絶対零度女学園 【長編ローファンタジー】   作:ミカ塚原

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三銃士

 オブラが例によって、今の作戦について説明を始めた。すでに参謀のような立ち位置が板についてきた感もある。

「まず、最初の目標はこの第1層を抜けて、上に上がることです」

 全員が頷く。

「現状、城側からは百合香さまが死亡した事になっていると思われているため、警備は手薄です」

「間違いない。俺とマグショットが確認してきた」

 サーベラスが胸を張る。オブラが続けた。

「そこで、やはり当初の予定どおり、水路の奥にある門を抜けて、最後の氷騎士バスタードの所へ向かいます。当然ですが戦闘中、僕は隠れています」

 あまりに堂々と情けない事を言うので、全員頷くしかなかった。

「質問。水路の奥の怪物っていうのは、戦わないで回避できないの?」

 百合香の質問に、オブラは腕組みして答えた。

「当然それは考えました。しかし僕もあれを間近で見ましたが、回避するのは不可能そうです。カンデラも、倒せない事はないが無闇に関わる必要もない、みたいな事を言って放置してましたし」

「なんでそんなの、配置したんだろ」

「カンデラ達も、なんでいるのかわからない、って言ってました。僕にも当然、わかりません」

 どういう事なのだろう、と百合香は思った。しかし以前、例の新聞屋ディウルナも、城側も城の全てを把握していない、といった事を言っていた。

「どうも、この城はそれほど単純ではないらしいわね」

「考えたって仕方ねえだろう。俺は頭が悪いからな。倒す敵を倒せばそれで終わるんだ、さっさと出発しようぜ」

 サーベラスの単純さは、こういう場面では頼もしかった。全員、議論は道々の暇つぶしにでもすればいい、と立ち上がる。

「斬り込み隊長どの、ここは一発、号令をかけてくれや」

「なに、それ」

 いきなり変な肩書きを与えられた百合香は、苦笑しながらも剣を突き立てて言った。

「私は人間、みんなは氷の精霊。立場は違うけど、この城を消して、もとの在り方に戻るっていう目的は同じ。いまさら迷いはないわね」

 全員が頷く。

「よし、何としてもまず、第1層を突破するわよ!」

「おう!!」

 全員が腕を上げて誓い合ったところで、ビードロが何かを持って現れた。

「みんなに、これを渡しておくわ。といっても、ごめんなさい。人間の百合香には使えないんだけど」

 それは、手のひらに収まるほどの、栓がついた小さな瓶だった。

「サーベラスには、ひとまわり大きいのを。はい」

「なんだ、こりゃ」

「氷魔用の補修材。少し深めの傷でも、すぐに埋めてくれるわ」

「ほう」

 サーベラスが、瓶を振って矯めつ眇めつした。

「マグショットみたいな体格なら、腕がちょん切れても繋げるかもね。ま、ここに来れば代わりの手足をくっつける実験もできるから、安心してバラバラにされて来てちょうだい」

 なかなか笑えないジョークを言いながら、ビードロは笑う。マグショットは「ふん」とだけ言った。

「代わりといっちゃ何だけど、百合香にはこれ」

「なにこれ」

 百合香は、手渡された一巻きのテープ状の布を眺めた。氷の包帯、といった様子だ。

「巻けばガッチリ固まる、言ってみればギプスね。腕がちょん切れても、とりあえず紛失しないようにくっつけるくらいはできるかも」

「どうしても腕をちょん切らせたくて仕方ないみたいね」

 多少白い目をビードロに向けながら、百合香はそれを腰のサイドガードの内側にしまう。

「ビードロ、あなたはどうするの」

「私はここにいるより他にないわ。でも、オブラがレジスタンスと連絡を取ってくれたから、何か必要な物があれば彼らに届けさせる」

「そう。なんだか、こっちも体制が整ってきたわね」

 百合香は笑いながら言う。

「さて、それじゃ行くか。色々ありがとうね、ビードロ」

「武運を祈っているわ」

「ようし、出撃よ!」

 全員が力強く頷くものの、勇んで引き戸をガラガラと開けても何だか緊張感がないな、と思う百合香ではあった。

 

 

 当初の予定どおり、水路わきの通路を百合香たちは進んでいた。

「サーベラス、落ちないでよ」

 背後を護るサーベラスの、水面に飛び出した左肩を見ながら百合香は言った。

「心配ねえよ、もう何度も通って…いや、ごほん」

「え?」

 また何だか煮えきらないな、と思う百合香だった。

「そういえば、思い出した事がある。私が通ってる学園のすぐそばの用水路に、たまに亀が迷い込んでくるのよね。どこの亀なのかわからないけど」

「なんだと?」

 マグショットが興味深そうに訊ねる。

「うん。氷巌城は、その基盤となる土地だとかを模倣して創造されるのよね。だとすれば、それが校舎の周囲にあった構造や生き物だとかを、模倣しても不思議はないのかも」

「つまり、何もかもが皇帝だとかの意図に沿ったもんじゃねえって事なのか」

 サーベラスも、不思議そうに首を傾げる。どうやら、氷魔たちにとっても氷巌城は謎が多いらしい。

 

 しばらく歩いていると、何やら通路や壁に、ヒビや割れが目立つようになってきた。壁や天井の破片も散乱しており、水路の水があちこちに飛び散っている。

 やがて格子で区切られた貯水槽のような場所に出ると、さらに壁面の破壊は大きくなり、槽の奥には甲羅が滅茶苦茶に割られた氷の亀が、ぐったりとなっていた。

「なにこれ?」

 百合香は驚いて立ち止まり、その状況を訝しむ。先導するオブラも首をひねったが、やがて何か納得したように振り向いた。

「なるほど、そういう事でしたか」

 呆れたようにサーベラスを見る。

「お二人は、パトロールとか何とか言って、先にここにいる亀の怪物を倒してしまったんですね。百合香さまに負担をかけないために」

「え!?」

 百合香はさらに驚いて、サーベラスとマグショットを交互に見た。二人は、何の事か知らないといったポーズを見せる。

「さあな。おおかた、城の奴らがいい加減邪魔だからって、退治したんじゃねえのか」

「そんな所だろうな。こちらとしては、楽ができるというものだ」

 マグショットは明後日の方向を見ている。オブラは肩をすくめ、溜息をつく。

「そうですか。そういう事にしておきます。楽ができて、よかったですね」

「おう。百合香は肩慣らしができなくて残念だったな」

「白々しい…」

 オブラが細い目で二人を見る。百合香は溜息をつきながら微笑んだ。

「ありがとう、二人とも。でも、瑠魅香が怒るわよ。活躍する場面が減らされた、って」

「おう、だったら眠りこけてねえでさっさと起きろってもんだ。目が覚めたらもう第2層についてるかも知れねえぞ」

 サーベラスが笑うと、全員が声を上げて笑った。この時点で「自分達がやりました」と白状しているのだが、それには突っ込まない百合香だった。

「さあ、それじゃ行きましょう。最後の氷騎士が待つ場所へ」

 オブラが真っ先に、亀の怪物が倒れている奥の狭い通路へと進むと、残りの面々もその後をついて行った。

 

 

「その、バスタードって奴の所まではすぐなの?」

 百合香が訊ねる。

「はい。この通路を進むと、扉があります。ここは非常用通路なので、普段兵士の出入りはありません。扉を出て右手に進むと、間もなくバスタードが守護するエリアに入ります」

 オブラは、待ってましたと知識を披露する。

「バスタードは、そこを庭園に改造したという話です。レジスタンスの話では、氷の生け垣が迷路のようになっているとか」

「どういう奴なの?いったい」

「サーベラス様なら、よくご存知です」

 オブラは、わざとらしくサーベラスに話を振る。サーベラスは、いかにもウンザリだという風に、力いっぱいジェスチャーした。

「いけ好かん野郎だ。離れられてせいせいしたと思っていたのに、奴までこの第1層に降ろされやがった。まあ、奴を近くに置いておきたくないという点では、皇帝と同じ意見ではある」

 そこまで言われるとは、一体どういう相手なのかと百合香は考えた。もともと第3層の守護、つまり実力そのものはサーベラスと同じく、上級幹部を除けばトップクラスの筈である。

「会えばわかる」

 サーベラスは、それだけ言うとあとは無言だった。

 

 

 

 その頃、ここ第3層の図書館では、水晶騎士・アメジストのカンデラが、過去の氷巌城の出来事を調べるために訪れていた。図書館を預かる司書であり氷騎士の一人が、物珍しそうに訪れたカンデラを眺めた。

「これはこれは、カンデラ様。珍しい事もあるものです」

 その女性ふうの氷騎士は、司書というよりは怪しげな魔術師といった風体である。ヒムロデと似たフードつきのローブをまとっているが、頭は出しており、顔の前面にまでかかった髪が不気味だった。

「相変わらず不気味な奴だ。ヌルダといい、第3層は奇人の寄り合い所だな」

「ふふふ、しかしカンデラ様がこのような所においでになるなど、初めての事ではございませぬか」

「図書館では静かにするものではないのか」

 黙っておれ、と言外に示したカンデラは、広いが薄暗い図書室をぐるりと見渡した。

「氷巌城の歴史を調べられる書物はあるか」

 すると、司書はぴくりと反応した。

「年代にもよりますが、いつ頃のものを」

「人間の暦でいう、12450年前ごろだ」

「…お待ちくださいまし」

 そう言うと、司書はいったん準備室のような所に引っ込んで、一本の鍵のようなものを手にして戻ってきた。

「申し上げておきますが、ご所望の本があるエリアの棚は、全て持ち出し厳禁です」

「うむ」

 カンデラが案内されて訪れたのは、ひとつの棚の裏側に隠されていた、扉の奥の部屋だった。そこは蔵書室というよりは、小さな博物館といった趣の部屋で、透明なケースの中には、よくわからない石の破片だとか、骨らしきもの、植物の標本などがあった。

「これは、地上の物ではないか!」

 カンデラは驚いて言った。

「これは石だ。これは、動物の骨か?これは花と、葉や茎…全て本物だ」

「その通りです」

「なぜ、こんなものが図書室にある」

「図書室”にも”、と言い換えた方が良いでしょう」

 司書は不気味に笑う。

「今お目当てのものは、そちらではございますまい」

「む…」

 カンデラは、薄気味悪い標本のエリアを通って、さらに奥の小部屋に案内された。部屋は狭いが、入り口側を除いた三面に棚があり、そこには厚い書物がぎっしりと並んでいる。部屋の中央にはテーブルと椅子が据え付けられていた。

「この部屋には、氷巌城の歴史の全てが記された書物が並んでいます」

「おお。壮観だな」

「さきほども申し上げましたとおり、持ち出しは厳禁です。もっとも、持ち出そうとしても結界に阻まれる仕組みになっておりますが。それと、もうひとつ。お手に取られても、赤い封印が施されて開けない本は、一部の者のみが閲覧を許された禁書となっております」

「禁書だと」

「はい。そのような本があった場合は、お諦めくださいますよう」

「…わかった」

 カンデラは、しぶしぶ頷いた。上級幹部である水晶騎士の地位にあっても、閲覧を許されない書物とは何なのか。気にはなるが、ひとまずは自分が知りたい情報が書かれた本を探す事にした。

 

 

 

 オブラの案内で、第1層最後の氷騎士・バスタードのいるエリアに向かう百合香たち一行は、徐々に通路の装飾が過剰になっていく事に気が付いた。

「何かしら。ここまでの第1層の雰囲気と、だいぶ違うわね。ロココ調というか」

「色もなんだか違いますね。薄いピンクとか」

 どうも、これから繰り広げられるであろう戦闘のイメージが湧かない、華やかな空間である。

 やがて、両開きのやはり装飾過多の扉を通過すると、天井がドーム状になっている、広い空間に出た。そこには氷でできた見事な庭園があり、奥には、離宮のような建物が見える。

「ここが、そのマスタードがいる…」

「バスタード」

「…バスタードがいるエリアなのね」

 百合香は空間を見渡すが、氷の生け垣が微妙な高さになっているため、全体がよく見渡せないのだった。

「くそ、なんだこの邪魔な垣根は」

 いかにも忌々しいといった様子で、サーベラスがぼやいた。

「ちっ、仕方ねえ」

 そう言うと、いつものバットを消して、サーベラスは百合香の身長ほどもある大剣を出現させた。

「すごっ」

「ま、これが俺のもともとの得物だ。大剣使いのサーベラス、上級幹部にだって引けを取る気はねえ。いくぞ」

 そう言うと、いきなり目の前の生け垣を大剣で薙ぎ始めた。丁寧に手入れされている様子の生け垣も、サーベラスにとっては単なる進軍の邪魔でしかないようである。

 

 サーベラスが率先して生け垣を薙ぎ、蹴り倒し、向こうに見える舘目指して進軍を続けている、その時だった。

 

『愚か者が!!!』

 

 何やら張りのある声が、空間に響き渡った。

 

『美を理解せぬ蛮族め!!!何をしにここへ現れた!!!』

 

 その声にサーベラスは、この世の終わりの方がまだましだ、とでも言わんばかりに首を振った。

「おいでなすった。百合香、頼みがある。あいつのトドメは俺にやらせろ」

「お好きにどうぞ」

 興味もなさそうに百合香が答える。サーベラスがブツブツ言っていると、突然生け垣が魔法のように動き出して、中央の広場に続く道が現れた。その真ん中に、一人の氷魔が細身の剣を手にして立っている。

 その姿は何やら、アレクサンドル・デュマ『三銃士』の主人公チームの誰か、といった衣装で、頭には羽根飾りのついた派手な帽子を被っている。剣はやや根元が太めだが、全体としては細身のレイピアだった。

「どかせるんなら最初からどかせ、この気障やろう」

「あいつがバスタード?」

「ああ」

 サーベラスは、名前を言うのもイヤですといった風に、百合香の問いに簡潔に答えた。

「ほう、そこにいるのは裏切り者のチビ猫どもか。そうか、裏切り者が揃って私のもとへ出頭したというわけか。ははははは、なかなかに殊勝な心掛けよ。うむ、そのような神妙なる態度であれば、この秀麗にして聡明、強く気高く、まさしく知恵と力と美の女神に愛されし私が罪を軽減されるよう取り計らってやらん事もない。それ、そこに直るがよい」

 ひとしきりバスタードが喋り尽くしたあとで、百合香がボソリと呟いた。

「やっぱり私に殺らせて」

「こればかりは譲れん。俺がやる」

 どっちが首をはねるか、という物騒な言い合いが始まったところで、バスタードは裏切り者の他に、見慣れない者が混じっている事に気が付いた。

「む!?」

 バスタードは、百合香の姿をまじまじと見る。

「ほう、美しい。まるで人間のようだが、この私の侍女として仕えようというのだな。うむ、私自身のこの人望が怖いくらいだが、よい心掛けだ」

 その言葉が、斬り込み隊長の逆鱗を少しばかり刺激してしまったようだった。

「絶対私が殺る」

「俺にやらせろ!」

 二人の言い合いをよそに、バスタードは百合香の姿にようやく何か気付いたようだった。

「…その方、もしかして本当に人間か」

「だったら何だっていうの」

「ま、まさか!?」

 バスタードは、表情が見えない仮面の奥で驚愕していた。

「そんな馬鹿な。侵入者の人間はすでに死んだとの報告だ!」

「知らないわよそんなの!悪いけど、ここで死ぬのはあなた!!」

 百合香は、間髪入れず飛び出した。

「あっ、抜け駆けだ!!!」

 ずるいぞ、と叫びながらサーベラスも大剣を片手に飛び出す。その後を、やれやれとマグショットが続いた。

「オブラ、お前は隠れていろ」

「はい!!」

 オブラは、力強く答えると、力強く身を潜めたのだった。

 

「でえぇ――――いっ!!」

 なまった身体の試運転とばかりに、百合香は全力で斬りかかる。

「ふっ、野蛮な剣だ」

 バスタードは百合香の上段からの剣撃を、ひねるようなレイピアの動きでかるくいなしてしまう。

「あっ!」

「力任せに斬り伏せるだけが剣ではない」

 バスタードは、側面に隙ができた百合香の胴体に突きを入れた。しかし、百合香は一瞬で身を低く沈め、それをかわすとレイピアを下から跳ね上げる。

「なに!?」

「甘く見ないことね!」

 今度は、横薙ぎにバスタードの胴体を狙う。しかしバスタードは一瞬早く、蹴りを放ってきた。百合香はそれをかわすため、大きく後方に飛び退る。

「ほう、なかなかの腕前だ」

「あんたたちのお陰で、嫌でも鍛えさせられたからね!」

 再び斬りかかろうと構える百合香だったが、脇からサーベラスが飛び出してきた。

「ぬりゃあぁぁ―――――っ!!!」

「こっ、この!!!」

 バスタードは、全力で振り下ろされた大剣をレイピアの根元で受け止める。

「下品な野獣め!」

「ぬかせ!!貴様のような、相手を見下す事しか頭にない輩、俺が引導を渡してくれる!!」

「ふっ!」

 バスタードはサーベラスの大剣を、やはりひねるような動きで制すると、その剣先を地面に叩き落としてしまった。

「ぬっ!」

「力任せの下品な剣で、この私は倒せぬわ!」

 バスタードは、サーベラスの首を狙ってレイピアを突き入れる。しかし、横から割り込んだ黄金の輝きがそれを跳ねのけた。

「む!?」

「悪いけど、3対1よ!」

 黄金の剣でレイピアを払った百合香の背後から、マグショットが飛び掛かってバスタードの胴体に思い切り蹴りを放つ。

「おあたぁ!!!」

「ぐはっ!!」

 バスタードは大きく後ずさる。

「3人がかりとは、なんと情けないものよのうサーベラス」

「俺一人でも十分よ。今は時間が優先だ」

「甘いな」

「なに!?」

 バスタードは、指をパチンと鳴らす。すると、サーベラス達を囲むように、両サイドに二体の氷魔剣士が現れたのだった。

「我らの華麗なる剣に葬られる事を喜ぶがいい!」

 バスタードの合図で、氷の銃士たちが一斉に百合香たちに襲いかかった。


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