絶対零度女学園 【長編ローファンタジー】   作:ミカ塚原

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矜持(第二章完結)

 巨大な氷の庭園を揺るがす衝撃のあと、静寂が訪れた。マグショットとサーベラスが百合香の戦いを見守る背後に、氷の銃士2体の骸が打ち捨てられている。

 

 百合香は全身の力を使い果たして、どうにか立っていた。その眼前に、全身がズタズタになったバスタードが膝をついている。

「ま、まさか…あの一撃で…まだ…」

 百合香は、バスタードの強靭さに驚愕した。すでに致命的なダメージを負っているようには見えるが、まだ指の一本さえ折れていないのだ。百合香の最大の技を受けてなお、である。

「ふ…凄まじい力だ…カンデラとて、あるいはまともに戦っていれば、ただでは済まなかったやも知れぬな」

 バスタードは、なおも立ち上がる気力を見せた。

「無様だな」

 自嘲するように、バスタードは自分の身体のダメージを見る。だが、その態度はどこか楽しげであった。

「バスタード、ひとつ聞かせて」

 百合香は、双方が動けない状態なのを知って、気になっていた事を問いかけた。

「なぜ、あなたは上の階級であるカンデラを、呼び捨てにしているの」

 その問いに、バスタードは無言だった。

「あなたは第3層から、性格が原因で降格されたと聞いたけれど、そうじゃない。もっと違う理由があったのではないの?」

「…ふ」

 バスタードは笑う。

「なるほど、戦いの最中にそんな事まで見抜いているとはな」

「あなたこそ、実は裏切り者だったのではないの?謀反の嫌疑をかけられて飛ばされた武将なんて、私の国の歴史上だって何人もいるわ」

「謀反か。ふふふふふ」

 今度こそバスタードは、声を出して笑った。サーベラスは腕を組んで「ふん」とだけ吐き捨てる。

「もし、あなたが皇帝に対して反意があるというのなら、私達は共同戦線を張れるはずだわ。そうではなくて?」

「惜しいな」

 バスタードは、再び片膝をついて言った。すでに百合香の一撃で、致命傷を負ったようだった。

「私は皇帝陛下に謀反を起こすつもりはない。だが、今こうして再び氷の身体を持って世に現れた時、私は皇帝陛下のなさり様に疑問を持った」

「疑問?」

「そうだ…そして、これまでの氷巌城という存在にもな。それまでの私は…いや私達は、氷魔皇帝という存在に対して一切の疑念を持たず、命じられたままに地上を蹂躙する、ただの人形だった」

 

 

 バスタードによれば、古代に氷巌城が出現した時、氷魔の歩兵部隊による地上への直接的な侵攻も行われてきたという。かつては人類側にも、魔術などを扱う強力な存在がいたため、放っておけば百合香のように、氷巌城に乗り込んで来られる恐れがあったのだ。

 その過程で、人類文明は氷巌城による氷河期と、直接的な武力侵攻の二重攻撃によって、衰退あるいは滅亡を余儀なくされた。

 

 そして、人類をはじめ地上の生命が凍り付き、ごく一部の熱帯地域を除いて生命が存在できなくなった時、氷巌城もまたそのエネルギー源を失って、やがて滅びの道を辿る。氷巌城とは、それを繰り返してきた存在なのだとバスタードは語った。

 

 

「私は、そのような在り方が、美しくないと思った。もっと違う在り方があるのではないかと。見ろ、この庭園を」

 バスタードは、自らが人類文明を模倣して作り上げた、氷の庭園を示しながら語った。

「全てが模倣だ。模倣しなければ、在り方ひとつ示す事ができない。それでいながら、その大元である人類文明を否定する。矛盾と混沌の複合体、それがこの氷巌城なのだ」

「なぜ…今になって、そんなふうに考えたの」

「わからん。だが、そこのサーベラスの馬鹿者のように、お前達人間の精神に影響されて、けったいな球技にうつつを抜かす輩も現れた。今回は、何かが過去の氷巌城とは違うのだ」

 そう語るバスタードの右腕が、ついに重さを支えきれず、肩からドサリと地面に落ちた。

「…ここまでのようだな。もはや語る時間もなさそうだ」

 バスタードは、最後の力で立ち上がると、切っ先が折れたレイピアを百合香に向ける。

「私は最後まで、皇帝陛下の忠臣だ。その在り様に疑問を呈したのも、臣下の務めなればこそ」

「バスタード…」

「貴様らは、貴様らの矜持を貫くがよい。サーベラス、ユリカ」

 もはや決意を決めた様子で、バスタードは百合香にゆっくりと、真っ正面から向かってきた。歩くたびに、氷の身体は崩壊を続ける。そしてその状態で、百合香の剣のリーチにまで踏み込んだ。

 バスタードは、どこにそんな力が残っていたのかという勢いで、百合香に渾身の一撃を突き出した。

 

 一瞬だった。百合香はバスタードのレイピアをかわし、その胸に聖剣アグニシオンを突き刺した。黄金の刃身が、氷の身体を容赦なく貫き、飛び散った氷の破片に黄金の光が反射した。

「見事だ」

 それだけ言い残すと、バスタードは後方に崩れ落ち、静かに事切れた。

 バスタードの胸を貫いたアグニシオンの刃を見つめながら、百合香にはそれまでにない感情が去来していた。

 

 

 百合香の願いで、バスタード達の遺骸は庭園の生け垣の中に埋葬される事になった。サーベラスは、時間が無駄になるとぼやきながら穴を掘っていたが、そのわりには丁重に3体を葬ってやったのだった。

「俺たちに、埋葬なんて感覚はわからねえが。ありがとうな、百合香」

「え?」

「いや、なんでもねえ」

「サーベラス、あなたって性格のわりに案外ハッキリしない所があるわよね」

「なんだと」

 怒ったそぶりを見せたサーベラスに、百合香は笑った。

「私にとっては、こいつらは敵に違いないけど。自分たちの在り方に疑問を持つ者もいるのね」

「ああ。だが、忠義ってのは厄介なものだな。おかしいと思っていても、背く事ができない。こいつとは反りが合わなかったのは確かだが、こいつも自分なりに、葛藤していたのかもな」

 そう言いながらサーベラスは、墓に突き立てられたレイピアの傾きを直してやった。マグショットはその様子を無言で眺めている。

「さて、問題は俺たちが、ここからどうするかだがな」

 サーベラスは、蚊帳の外になっていたオブラを見る。

「こっから第2層に上がる算段は、お前に任せてるんだからな。しっかり頼むぜ」

「お任せください!」

 ようやく活躍の場が訪れたオブラは、喜び勇んで生け垣の上で胸を張ると、空間の奥を指さした。

「この方向にあるドアを抜けると、長い通路に出ます。その先にある高い螺旋階段を登っていくと、第1層と2層の中間に位置するゲートがあり、そこに衛兵が控えています」

「その衛兵って強いの?」

 百合香は訊ねる。

「この面子の前では単なる雑魚です。が、彼らが倒された場合、交代で訪れる衛兵に侵入者の存在がバレる事になります」

 それはつまり、第2層に到達するとほぼ同時に、百合香かどうかは別として、何者かがゲートを強行突破した事が城中に伝わる事を意味する。

「だがよ、いずれ百合香が第2層を進んでいけば、結局はどこかでバレるわけだろ。それが多少早まったところで、大して変わりはねえんじゃねえのか」

 サーベラスが言う事にも、それなりに理屈は通っている、と百合香やマグショットは思った。しかし、とマグショットは言う。

「だとしても、登ってすぐに厳戒態勢が敷かれるよりは、多少なりとも拠点を作る等の余裕がある方が良いだろう。オブラ、任せたぞ」

「はい!それでは私の指示どおり動いてください!」

 

 

 

 第1層と2層の中間にあるフロアに、大きな両開きの門があった。その左右を、槍を構え帯剣した兵士が護っている。

「侵入者が死んだというのに、ここのゲートの警戒は解かないんだな」

「反乱分子どもの動きが活発化する恐れもあるからな。しばらく、このままだろう」

「聞いたか、魔氷胚が盗まれたとかいう話」

「デマだと聞いたぞ。レジスタンスどもが流した」

 衛兵どうしが世間話をしている所へ、下方向からカツカツと、複数の足音が聞こえてきて、やがて四人の氷魔兵士が上ってきた。

「ご苦労」

「ご苦労。上にか」

「うむ。ディウルナ様に現状報告だ」

 そう言って、兵士は広報官ディウルナの署名が入った手形を見せる。受け取った衛兵は、それを扉にはめ込まれたタブレットに重ねた。

 タブレットから青白い光が走って、手形を精査すると、扉の錠が外れる音がした。

「下はどんな状況だ」

 衛兵が、手形を返しながら訊ねる。

「侵入者がいなくなってからは、静かなものだ。勢いづいていた反乱分子どもの気配も、パッタリ止んだ。いずれ広報が回って来るだろう」

「そうか」

「とはいえ、反乱分子が行動を起こさない保証もない。ゲートの守衛、よろしく頼むぞ」

「了解した」

 互いに敬礼すると、四人の兵士は扉をくぐって上層へと登って行った。

 

 

 螺旋階段の下の方から、扉が閉じる重い音が響いてきたタイミングで、オブラの変装魔法が解けて、氷の兵士たちの姿が百合香、サーベラス、マグショット、オブラの姿に戻った。ちなみに、衛兵にそれらしく話を合わせていたのはオブラである。

「ふいー、緊張するな」

 サーベラスが、もうたくさんだとばかりにお手上げのポーズをする。

「こういうスパイじみた活動は慣れてねえからな。オブラでなきゃ無理だ」

「私はけっこう楽しかったわ」

 百合香が笑う。

「相手に気取られぬよう、いかに平静を保つか。精神修行の一環でもあるな」

「マグショット様はなんでも修行にしてしまいますね」

 呆れたようにオブラは横目でマグショットを見る。

「でもオブラ、こんな魔法どうやって覚えたの?」

 百合香は、前々からの疑問を訊ねた。

「これは、もともと出来たんです。特に修行とかはしてません」

「そうなんだ」

「レジスタンスでも、これができるのは僕と、他に数名しかおりません。他にも、透明になれたりするのもいますよ」

「それはもう会った」

 そんな雑談を交わしながら、一行は上層へと登っていった。

 

 何段登ったのか、そろそろ脚が疲れてきた頃に、やっと階段が終わって通路が見えてきた。

「見えました、第2層です」

 オブラが先に前に出て、通路の左右を警戒した。

「いよいよね」

「ああ」

 百合香も警戒し、神経を研ぎ澄ます。サーベラスは何か楽しそうだった。マグショットは無言である。

「みなさん、我々のアジトに案内します。警戒しながらついて来てください」

「お前の変装魔法をまた使えばいいんじゃねえのか」

 サーベラスの提案に、オブラは「正気か」みたいな顔を向けた。

「あの魔法がどれほど魔力を消費するかわからないから、外野は簡単に言うんですよ」

「ふうん、そうなのか」

 サーベラスは他人事のように言う。オブラは鼻息を荒くして、「ついて来てください」と先導した。すると、マグショットが立ち止まって言った。

「悪いが、俺はここでいったん抜けさせてもらう」

「えっ?」

 百合香が振り向いた。

「すまない。野暮用を済ませたら合流する」

「野暮用?」

「これ以上は言わん。だが、もしも俺の手が必要なら、すぐにレジスタンスどもに連絡しろ。いいな」

 それだけ言うと、マグショットはさっさと姿を消してしまう。

「また!ホントにマイペースなんだから」

 オブラは憤慨して、マグショットが走り去った通路を睨む。

「すみません。ああいう人なんです」

「そうね。でも、野暮用って何なのかしら」

 百合香はその時、ひとつのマグショットの仕草を思い出していた。

「ねえ、マグショットの左目って、ファッションだって言ってたわよね」

「え?はい、本人がそう言ってましたよ」

「…本当なのかな」

 百合香の呟きに、サーベラスとオブラは顔を見合わせた。

「たまに、あの傷をカリカリ擦りながら、何か考え込んでるふうな時、あるよね」

「百合香さまって、細かいところ見てますよね。探偵の素質あるんじゃないですか」

「そうかな」

 百合香は、頭の中で「名探偵ユリカ」という、小学一年女児が主人公の作品を何となく連想していた。

 

 一人、第2層の通路を歩くマグショットは、立ち止まって左目の傷を手で触れた。

「…我ながら感傷的だな」

 呟くと、再びゆっくりと通路を歩き出した。

 

 

 氷巌城第2層の通路は、第1層よりももう少し細かくデザインされているものだった。等間隔で立っている柱も、装飾というほどでもないが、それなりに意匠が施されている。なぜだかわからないが、百合香には馴染みのある空間だった。

「なんか見覚えがあるなあ、この廊下」

「それは、模倣した土台になっている建物があったからじゃないですか」

 さも当然のようにオブラが言ったその時、百合香は「あっ」と手を叩いた。

「学園の廊下だ!」

「学園って、お前が通ってる施設か」

「そう!その、教室がある廊下に雰囲気がすごく似てる」

 百合香は、ようやく合点が行った。

「いよいよ学園っぽくなってきたのかな。ねえオブラ、この層の氷魔ってどんな感じなの」

 すると、オブラにしては珍しく返しが遅い。

「実は、この第2層は氷巌城において一番謎が多いんです」

「どういうこと?」

「なんというか、こう…いちばん、城側の管理の目が届かない層らしいんです」

「管理の目が届かない?」

 オブラの言っている意味が、百合香にはわかりかねた。

「実を言うと、レジスタンスがこの層で数名、行方不明になっています」

「なにそれ。捕まったってこと?」

「それが謎なのです。城側がレジスタンスを捕らえたなら、人質に取って我々を引きずり出す道具にする筈なんです。仮に死亡したとしても、見せしめに晒すとか、利用されるはずです。それなのに、そんな事は起きていないんです」

 百合香は首を傾げた。

「それが、城側の管理の目が届かない、っていう意味なのね」

「実態は謎です。実は、僕にはそれを調べる目的もあるんです。早く、アジトに急ぎましょう。それに、百合香さまの”癒しの間”のゲートも見つけておく必要があります」

 来て早々ミッションだらけだな、と百合香は思った。

 

 

 第3層図書館の一室では、カンデラが城の過去の歴史についての書物を紐解いていた。最近のものでは300年ほど前の物もある。

「氷巌城といっても、常にこのような大規模なものばかりではなかったのだな…」

 カンデラが調べたところによれば、氷魔皇帝クラスの氷魔ではなく、もっと格下のクラスの氷魔が送り込まれる例もあるらしかった。その場合はとりたてて人類にとって脅威というレベルではなく、放っておいても勝手に消滅する事例さえあったという。

「今回のような大規模な氷巌城が最後に出現したのは、やはり12000年ほど前の事になるようだが」

 そう呟いて、カンデラはひとつの本を手に取り、開こうとしてみた。しかし、本は全体が赤い光のベールに覆われ、1ページたりとも開く事はできなかった。

「これが例の、”禁書”というわけか」

 カンデラは溜息をついた。自分が調べたい時代の出来事が記されているらしい本が、禁書になっているのだ。しかし、とカンデラは思った。

「逆に言えば、これを開く許可を得ているのは、どのクラス以上なのか、という話になってくる…ヒムロデ様ならば読めるのだろうか。あるいは、皇帝陛下以外は読めない事もあり得る」

 そこまで呟いて、カンデラの頭に疑問が浮かんだ。

「なぜ、氷巌城を構成する我らに、情報を隠さねばならぬのだ?」

 それは、あるいは水晶騎士カンデラという存在の、ひとつの転換点であるかも知れなかった。

 

 氷巌城はオーロラの光を受け、結界の中で不気味に存在し続けていた。


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