絶対零度女学園 【長編ローファンタジー】   作:ミカ塚原

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右腕

 百合香さんて完璧超人よね。成績もいいし、バスケじゃヒーローだし、おまけに美人だし。羨ましいわ。

 

 何様のつもり?美人で成績も良くて運動神経もあるから、私はあなた達と違うと思ってるの?

 

 いい気になるんじゃないわよ。あなたより上の人なんか世の中にはザラにいる。いつまでも才媛で通るなんて思わないことね。

 

 うわっ、何それ。意識高い系ってやつ?

 

 偉そうにしてるから、罰があたって感染したのよ。いい気味だわ。

 

 榴ヶ岡先輩に可愛がってもらえてるから、あなたに誰も文句を言わないのよ。嫌われてるの、わかってる?

 

 

 

 百合香は、小さい頃から勉強もバスケットボールも、努力を積み重ねてきた。その努力の全てを、誰もが知っているわけではない。

 達成してきた事に、百合香は誇りを持っていた。驕る事はなかった。

 

 しかしその態度を、逆に驕りと捉える人達もいた。達成できたからそんなに余裕があるのだ、何も持っていない人間の気持ちを知っているのかと、面と向かって言われた事さえある。

 嫌がらせもたくさんあった。靴箱を開けたらナメクジが這っていた事もある。誰かは知らないが、自分に嫌がらせをするために、わざわざ湿った土からここまで連れて来たのだろう。

 

 百合香は強い女の子ではあったが、それでも思春期の、まだ未発達な少女に過ぎなかった。

 

 努力してはいけないのか。自分を磨いてはならないのか。なぜ、高みに登った挙げ句、嫌われなくてはならないのか。それならば、自分を抑えてみんなと仲良く楽しく暮らす方が、幸せなのではないか。そんな風に考えた事もあった。

 

 それが、中学2年くらいの頃の事だった。

 

 

 

 

「これで送信。わかった?」

 歩きながらリベルタは、アイスフォンの使い方をオブラに説明した。オブラは飲み込みが早く、通話、メール、ニュース閲覧など、基本的な操作を一通り覚えてしまった。

「わかりました。ありがとうございます」

 アイスフォンを楽しそうにいじるオブラの姿は、やはり子供のそれであった。

「ところで、これって一体誰が作ってるんですか?」

 オブラの質問に、リベルタもティージュも首を傾げた。

「そういえば、そうだね。考えた事もなかった」

「気が付いたらみんな持ってたよね」

「城から支給されてるってこと?」

 ティージュの言葉に、オブラは首を傾げた。

「でも、サーベラス様やディウルナ様クラスの方でも、持ってない人たくさんいますよ。何故なんでしょうか」

「まあそれはそうだが、幹部クラスになると連絡は部下が勝手に取るからな。そもそも必要ないといえば、ないかも知れん」

 元幹部のサーベラスが言う事には、それなりに説得力がある。それに、とサーベラスは言った。

「俺の指で、そのちっこいオモチャを操作できると思うか」

 サーベラスは、オブラの持つアイスフォンに手を比較させてみた。指二本を重ねるだけで、端末がすっぽり隠れてしまう。

「なるほど」

 説得力とはこういうことか、と他の三人は頷いた。

 そうこうしているうち、一行はロードライトが守護するエリアにようやく辿り着いた。あちらこちらが崩落、倒壊した現場では、ナロー・ドールズが制服氷魔の指示のもと、瓦礫の撤去や壁、床の修復作業にあたっていた。

「修復って、どうやってやるんだ」

 その辺は全く関心がないサーベラスはオブラに訊ねた。オブラは呆れたように肩を落としてみせる。

「元幹部なのに知らないんですか」

「悪かったな」

「あれですよ、ほら」

 オブラは通路の脇に積まれた、オーシャンブルーに光るキューブを指差す。四つ重ねるとリベルタの身長くらいの大きさである。

「あれは城から、各所に支給される補修または改装用の魔力キューブです。城内の壁や床は、あれで再生成したり、改造、移動できるんです」

「ああ、そういえば部下どもがグラウンド整備に使ってたな。俺は指示だけしてたから、その辺の細かい事は知らなんだ」

 完全に武人なんだな、とオブラ達は呆れ、かつ敬服してしまう。リベルタが解説を補足した。

「あれで直せるのは城の内部だけです。外壁やメインの柱や壁、基礎などは直せません」

「そうなのか」

「特に外壁と基礎は、我々には調達不可能な特別な素材で造られているようです。どれほどの強度を持つのか、までの情報はありませんが」

 リベルタがそうした情報を収集している事を、サーベラスは感心して聞いていた。基本的に武人であるため、情報収集だとか、計画を立てるといった作業は苦手である。

「ふうむ。レジスタンスってのも、なかなかバカにしたもんじゃないな」

「バカにしないでください」

 少女二人にキッと睨まれ、元幹部は両手を上げて降参した。すると、それまで黙っていた瑠魅香が、サーベラスに握られた聖剣アグニシオンの中から声を出した。

『みんな、急ごう。百合香が心配』

 瑠魅香に急かされてさらに先に進むと、巨大な防衛兵器、魔晶天使と激戦を繰り広げた広間に辿り着いた。本来はその上階がロードライトの間だったのたが、マグショットとロードライトの戦いで床は崩落してしまったのだった。

「ここか。なかなかの戦いだったようだな」

「参加したかった、みたいな口調で言わないでください、サーベラス様」

 オブラのツッコミも、サーベラスはどこ吹く風である。

 ここでも、ナロー・ドールズが瓦礫を運んでいたが、広間の奥に見慣れない壁ができている。

「ロードライトは?」

 ナロー・ドールズに指示を出していた制服氷魔に、リベルタが声をかけると氷魔は振り向いた。

「リベルタ様、お待ちしておりました」

 少女はリベルタに駆け寄ると、手で奥の真新しい壁にある扉を示す。

「あちらでロードライト様がお待ちです」

 

 制服氷魔の少女が扉を開けると、やや手狭で装飾も何もない部屋の奥に豪華な椅子が据えられており、人形サイズのロードライトが静かに座っていた。両脇には、制服の氷魔少女が控えている。

「お待ちしておりました。まあ、これはサーベラス様ではございませんか」

 椅子を降りると、ロードライトは進み出て一礼する。サーベラスは首を傾げた。

「どこかで会ったか」

「以前、上の層でお姿を拝見しました。それにしても、大した度胸でございますわね。氷魔皇帝を裏切って、堂々とこの氷巌城を歩かれるとは」

「ふん、人の事を言えた義理か。陛下、はつけなくていいのか」

「あら、これは私としたことが」

 ロードライトは口元を隠して咳払いする。

「お話は後にいたしましょう」

 ロードライトが制服氷魔に目線で合図すると、氷魔の一人がリベルタの前に進み出た。

「リベルタ様にお渡しする物がございます。こちらへどうぞ」

 そう言うと、リベルタは氷魔の後をついて行く。

「百合香は任せたよ」

 そう言うと、リベルタは氷魔とともに、さらに奥の部屋へと消えて行った。扉が閉じられたあと残された三人は、ロードライトが自ら案内役を買って出た。「百合香さまはこちらです」

 そう言って、別な部屋へ手招きをした、その時だった。

 

「見ぃちゃった!!!」

 

 広間に、後方から響く甲高い声があった。その声に、ロードライトは戦慄した。

「あっ、あなたは!」

 驚くロードライトの視線の先にいるのは、多数の制服氷魔を従えた、同じ制服氷魔だった。他の個体がシンプルなストレートヘアなのに対して、自分はまっすぐに垂らしたツインテールである。勝ち誇ったような視線が、ロードライトに向いていた。

「これはとんでもない場面に出くわしたわね。氷騎士ロードライト様が、裏切り者のサーベラスと接触しているなんて」

「ディジット!!」

 ロードライトが叫んだ名に、サーベラス達は驚いた。それは、氷騎士の名前だったからだ。

「ディジットだと。名前だけは聞いた事があるな」

 サーベラスは、一切動じる様子もなくディジットの前に進み出た。しかし、ロードライトがその横からサーベラスの前に立ちふさがる。

「ディジット、一体何の御用ですか。立ち入り禁止だと通達したはずです」

「アハハハ!!何が通達よ!もう、そっちは裏切り者確定じゃない!」

 ディジットは腕を組んでロードライトを見下ろす。その瞳は、邪悪な意志が形をなしたかのように思えた。

「もっとも、ある意味関係ないけどね。あたしは最初から、アンタを殺しに来たんだから」

「―――何ですって」

「あたしは元からアンタが嫌いだったのよ。人形の分際で、あたしと同じ氷騎士にまでなっちゃって。やれ美しさがどうの、とか。ウザいのよ!」

 ディジットは、怒気がこもった声で吐き捨てた。そこには、罵倒ではなく本物の怒りが込められているように、ティージュには思えた。

「アンタがレジスタンスとやり合って重傷を負ったと聞いて、チャンスだと思ったわ。殺すなら今しかない、ってね!」

「だから、わざわざ人を寄越して私の容態を確認させたのですね」

「そうよ。相手の状況を探るのは戦の基本!」

 両腰に下げた剣を抜くと、ディジットは切っ先をロードライトにまっすぐ向けた。

「ついでに、裏切り者のサーベラスもまとめて解体してやるわ。あたしの手柄に役立つのを、せいぜい喜ぶことね!!」

 高笑いするディジットだったが、その正面に巨大な影が立ちはだかった。

「お嬢ちゃんよ、調子に乗るのはけっこうだが、解体されるのはてめえの方かも知れねえんだぜ」

「ふん、裏切り者ふぜいの遠吠えなんか怖くもないわ」

 二本の剣を交差させて構えるディジットの両翼に、剣を構えた少女たちが展開してサーベラスたちを包囲した。サーベラスは、アグニシオンをティージュに手渡す。

「ティージュ、百合香は任せた」

「えっ!?」

「早く行け!!」

 サーベラスの一喝に、ティージュはビクリとしてアグニシオンを受け取ると、ロードライト配下の少女に声をかける。

「百合香は!?」

「こちらです!」

 ティージュはサーベラスを信じて、アグニシオンを携えその場を駆け去る。それを確認したサーベラスは、改めてディジットに向き直った。

「こちとら、まともに戦えてないもんで色々溜まってるんだ。せいぜい楽しませてみろや!!」

 サーベラスが取り出した、身の丈をはるかに超える大剣の迫力に、ディジットの配下の少女兵士たちは一瞬怯んでわずかに後退した。

「どうした。かかってこい!!」

 サーベラスの野太い声が響き渡る。ディジットはそれを恐れる風もなく、不敵に笑みを浮かべた。

「そんなに死にたいなら、逝かせてやるわ!!」

 ディジットは、サーベラスめがけて駆け出す。かと思いきや。

「死ね!!!」

 一瞬で方向転換するとディジットは、二本の剣を挟み込むように、ロードライトの首めがけて振り下ろした。最初から、狙いはロードライトだったのだ。

「はっ!」

 ロードライトは、跳躍して上方にかわす。だが、そこへ待ち構えていたかのように、制服氷魔が二体、剣を払ってきた。

「あっ!!」

 ロードライトは、回避不可能な状況に追い込まれた。万全の状態のロードライトであれば、ここから如何ようにでも反撃はできる。しかし、今はまだマグショット戦、魔晶巨兵戦のダメージが深い。ここまでか、とロードライトは思った。

 が、ロードライトの視界が突然、何かに覆われてしまった。

「!?」

 驚く間もなく、ロードライトは上半身を何かに掴まれ、後方の床に投げ出されてしまう。

「きゃあ!!」

 ロードライトの姿が消え、その首を狙っていた剣は宙を舞った。

「邪魔だ、どいてろ」

 その太い手でロードライトを文字通り、人形のように放り投げたのはサーベラスだった。

「ふん!!」

 サーベラスが大剣を横に薙ぐと、制服氷魔少女二体の首が一瞬で宙を舞った。その首から下が、哀れに崩れ落ちる。

「…やるわね」

 一瞬早く一歩下がって見ていたディジットが、舌打ちしてサーベラスを睨む。そこにサーベラスは間髪入れず、大剣を真正面から振り下ろした。

「ぐあっ!」

 二本の剣で受け止めたディジットだが、その凄まじい重圧を伴う一撃に耐えきれず、下半身のバランスを崩してしまった。サーベラスは、獅子の咆哮であるかのように一喝する。

「部下を守ろうともしないような卑怯者が、俺様に敵うとでも思ったか!!」

「なっ…なめるな!」

 ディジットは渾身の力で、大剣を弾き返す。パワーに明らかな差があると見て、大きくその場を後退した。

「ふん、何が氷騎士だ。"拍子抜け騎士"とでも改めたらどうだ」

 剣も罵倒も容赦がないサーベラスだったが、相変わらずディジットは不敵な笑みを浮かべたままだった。

 そして不意にディジットは、その双剣を腰の鞘に戻してしまう。その行動に、サーベラスは何かを感じ取って身構えた。

「さすが、百戦錬磨のサーベラス。カンがいいわね」

「ごたくはいい。何か隠してるんならとっとと仕掛けて来いや」

 戦うのが楽しくて仕方ない、というサーベラスの本性がそろそろ露わになってきたところで、ディジットがパチンと指を鳴らす。すると突然、とてつもない鳴動が広間を襲った。

「!?」

「ロードライト様!」

 ロードライト配下の氷魔が慌てて、その身を抱えて安全な場所まで後退する。鳴動は尚も続いた。ディジットは、勝利を確信したかのように笑った。

「あははは!!卑怯者、ですって!?卑怯者で結構よ!」

 ディジットの癇に障る声が響き渡ったかと思うと、その背後に眩い巨大な輝きが三つ現れた。光が収まった時そこにいたのは、三体の魔晶兵であった。

「なに!!」

 サーベラスは驚愕した。魔晶兵を、運搬する事もなく出現させるなど聞いた事もない。

 だが、サーベラスはその魔晶兵が何かおかしい事に気付いた。首がない。そして、首元には人が収まれるようなスペースが空いているのだ。

「これが私、ディジットの力。私は指ひとつで力ある存在を呼び出せる。自らの力を時間かけて磨くなんて、バカのやる事よ!!」

 そう言い捨てると、ディジットは突然高く跳躍し、魔晶兵の首元にすっぽりと収まってしまった。ディジットに続いて、他の氷魔も乗り込む。

「どっ…どういう事だ!」

「こういう事よ!!」

 ディジットが乗り込んだ魔晶兵は、驚くほどの正確さでサーベラスを狙って拳を振り下ろしてきた。慌てて回避するが、その直りかけていた床が、またも陥没させられた。

「こいつ、速い!」

「当たり前よ!魔晶兵は魂が備わっていないが故に、その行動パターンにも、正確性にも制限がある。だったら、氷魔が乗り込んで頭脳になればいい!」

 今度は、他の二体の魔晶兵がサーベラスを左右から挟撃し、腕からビームを放ってきた。

「死ね!!裏切り者!!」

 ディジットが叫ぶ。しかしサーベラスは回避が難しいとみるや、前進してディジットが搭乗する魔晶兵の正面に突進した。自殺行為に思えたが、ディジットはすぐにその意味を悟った。

「あっ!」

 サーベラスを狙っていたビームを、慌てて二体の氷魔少女は停止させる。そのままでは、ディジットが乗る魔晶兵を直撃してしまうからだ。

「おのれ!」

「年季が違うぜ、お嬢ちゃん!!」

 サーベラスは、力任せに大剣を魔晶兵の胴体に叩きつけた。

「くっ…!」

 これが本当に生身の力かと思うほどの衝撃が、魔晶兵に走る。ディジットは座席から投げ出されそうになるほどだった。しかし、その防御力は並ではなく、わずかに装甲が剥離したにすぎなかった。

「くそっ、硬え!」

「ただの魔晶兵じゃないわよ!」

 ディジットは再び、魔晶兵の拳をサーベラスめがけて振り下ろす。サーベラスはそれを左腕で受けた。

「ぐっ!」

「ふふん、魔晶兵のパンチを受け止めるなんてさすがの馬鹿力ね。でも、三体の強化された魔晶兵に、一人で勝てるかしら!?」

「こっ、この…!」

 抑え込まれている所へ、背後から二体の魔晶兵が迫った。サーベラスめがけて、胸にビームが集束し始める。

 万事休すか、と思われた、その時だった。

「なに!?」

 ディジットは突然の出来事に声を上げた。どこからか巨大な二本の氷の矢が飛んできて、二体の魔晶兵の胸部を直撃したのだ。エネルギー集束装置は正確に破壊され、ビームは直前で発射を阻止されてしまったのだった。

「だっ…誰!?」

 立ち込める煙の奥から姿を現したのは、両腕で巨大な弓を構えた、リベルタの姿だった。

「リベルタ!」

 サーベラスは驚いてその右腕を見る。失われたはずの右腕が、しっかりと元に戻っているのだ。

「おっ、お前、その右腕は!?」

「おしゃべりは、そこの偉そうなツインテールを叩きのめしてからよ。氷騎士ストラトスの一番弟子、レジスタンスのリベルタ、参る!」


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