絶対零度女学園 【長編ローファンタジー】   作:ミカ塚原

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疑惑

 オブラのもとに、猫レジスタンス組織「月夜のマタタビ」のメンバーが連絡役でやって来たのは、ロードライトのエリアをひとまず彼女に任せて、いったんリベルタ達のレジスタンス組織「ジャルダン」のアジトへ百合香たちが移動しようとしていた時だった。

 野球帽とスタジャンという謎の服装の猫レジスタンスは、風のようなスピードで現れ、オブラの眼前で瓦礫に脚をひっかけて盛大に転倒した。

「あいた!!」

「何やってるんですか」

 呆れたようにオブラは手を差し伸べる。猫レジスタンスは立ち上がると、痛む額を咳払いでごまかしつつ、情報を伝えた。

「オブラ、ディウルナ様との面会、ようやく取り付けた」

「本当ですか!」

 オブラと、それを聞いていた百合香たちも驚いていた。それまで、接触を試みながらもなかなか姿を現さなかったのだ。

「それで、場所は?」

「僕が案内する。ついて来て」

「よし、行きましょう百合香さま!」

 振り向いて百合香を見上げる。百合香も、ようやくかという表情で頷いた。しかし、猫レジスタンスはそこで付け加えた。

「待って。ディウルナ様は、人数を制限して欲しいと言ってる。最大で4人程度にしてくれ、だって」

「あ…そうか」

 オブラは百合香達を見渡しながら言った。

「大勢で移動するのは、リスクが大きいためでしょう。百合香さま、メンバーを選んでください」

「私が?うーん、そうだな」

 百合香は顎に指を当てて考えた。サーベラスとのソフトボール対決で、自軍の打順を決めた時の感覚に似ている。すると、サーベラスが口をはさんだ。

「百合香、まずお前が行かなきゃ話にならん」

「…そうか」

 もう、なんとなく「百合香が大将」という空気が出来上がりつつあった。やむ無しに、百合香は手を上げる。

「まずは私と…それから」

 百合香は、振り返ってリベルタを見た。

「あなたも来て。第二層のレジスタンス代表として」

「わかった」

「それと、マグショット。あなた、ディウルナと話がしたいそうね」

 そう言われて、マグショットは若干渋い顔を見せたあと、小さく頷いた。

「うむ。色々と確認したい事がある」

「なかなか見ものの対談になりそうね、癖がある者どうし」

 百合香が意地悪く笑うと、マグショットは「ふん」とだけ返した。

「サーベラスはちょっと目立つから、悪いけどアジトでおとなしくしてて」

「へいへい。いつもこれだ」

「今更だけどあなた、最初に会った時もっと格式張った口調じゃなかった?どっちが素なのかしら」

 本題と全く関係ない事を百合香が指摘すると、全員がどっと笑い、サーベラスは「どうでもいいわ」とかぶりを振った。

「オブラを入れると、これで4人。決まりかな」

 百合香の意見に、全員異存はなさそうだった。グレーヌがリベルタの手を取る。

「私達の代表として、頼んだわよ」

「ええ」

 

 百合香たち、ディウルナとの面会組4人が整列したところで、猫レジスタンスは何かを思い出したようだった。

「やばい、肝心なことを忘れてた。この中で、アイスフォンを持ってるひと」

 言われて、オブラとリベルタが懐から取り出す。すると、猫レジスタンスは「あぶねー」と小声で言った。

「ディウルナ様からのお願いだそうです。アイスフォンはここに置いて行くか、所持するなら魔力を切った状態で、との事でした」

「なにそれ」

 リベルタが怪訝そうにレジスタンスを見る。

「わかりません。ただ、我々全員の安全確保のためだ、と言っていました。そして、できるならここに残るメンバーも、所持しているなら魔力を切っておくように、と」

 そう言われて、後ろにいたグレーヌたちから「えー」というぼやきが聞こえてくる。

「なにそれ。連載小説、ようやく再開したのに」

 ラシーヌが不服そうにアイスフォンの画面を見た。上級幹部カンデラによる、作品の推薦文がページの頭にでかでかと載っており、小説とどっちがメインなのかわからない。

「あんた、あれ読んでたの?」

 ティージュが、ラシーヌを物珍しそうな目で見る。猫レジスタンスは補足した。

「判断はお任せするそうです。ただ、最低限ディウルナ様の下に来られる場合は、さっきの話を厳守、という事でした」

 アイスフォン所持者の全員が首をかしげつつ結局、魔力、つまりスマートフォンでいう電源を切ったのだった。

「これでよし。行こう、オブラ」

「その前に、みなさんに名前くらい名乗ってくださいよ」

 オブラに言われて、野球帽のレジスタンスは「しまった」という顔で姿勢を直し、百合香を見た。

「申し遅れました。僕はオブラの仲間で、セバスチャンといいます。みんなからはセブ、と呼ばれています」

 

 セブの案内で、何やら入り組んだ狭い無機質な廊下を、計5名が進んでいた。5名といっても、うち3名は猫である。

「あのアイスフォンの件、どういう事なんだろう」

 リベルタが、魔力を切って単なる氷の板となったアイスフォンを手に呟いた。

「僕も詳しい事はわかりません。ディウルナ様から、説明があるそうです」

「安全確保のため、って言ってたわよね」

 リベルタの問いに、百合香やオブラも首を傾げた。魔力を入れた状態で所持する事に、何か不都合があるのだろうか。

「前にも聞いたかも知れないけど、そもそもアイスフォンって、氷巌城の誰が造ってるの?」

 氷魔文字が読めない以上、アイスフォンに縁がない人間の百合香は訊ねた。

「実は私達もよく知らない。ちなみに、過去に出現した氷巌城には存在しなかったらしいわ。ストラトスから聞いた話だけど」

 リベルタの話から、どうやら強敵だった氷騎士ストラトスは、過去の氷巌城の時代からすでに存在していたらしい、と百合香は理解した。いったい、どれくらい過去からいたのだろう。

「私達の世界にも、よく似てるというか、ほぼ同一の通信機器がある。スマートフォンっていうんだけど」

 百合香の説明に、他の面々は興味深げだった。

「へえ。じゃ、城の誰かがそれを模倣して造ったって事なんだろうね」

 リベルタの言葉に、全員が改めて考えた。この魔法の通信機器を、氷巌城の誰が造って、普及させたのか。

 その疑問に行き着いたところで、入り組んだ通路の途中でセブは立ち止まると、周囲を警戒した。

「周りに敵はいませんね」

「私は何も感じない。瑠魅香、気配とか感じる?」

 百合香がそれまで黙っていた瑠魅香に訊ねると、瑠魅香はボソリと言った。

『…ごめん、寝てた』

「大層なご身分だこと」

『周囲には何もいないよ。大丈夫』

 瑠魅香のお墨付きで、セブは「よし」と言うと、例によって何もない壁をノックした。すると、壁の向こうから返ってきたのは、意外にも女性の声だった。

『うるさいわね、朝から』

「警察の者ですが、102号室の方をご存知ありませんか」

『お隣さんなら先週引っ越したわよ!』

 だいぶ刺々しい返事のあと、壁がフッと消え去って、奥に続く狭い通路が現れた。この光景も百合香はだいぶ見慣れてきた感がある。百合香とリベルタは、顔を見合わせて苦笑した。

「これ、レジスタンスの標準仕様なの?」

「さあ」

 

 開いた通路に全員が入ると、再び入口は閉じられてしまった。そのままさらに奥へ進むと、何やら百合香には昭和つぽい香りがするデザインの、安っぽいドアが現れた。再びセブがノックすると、今度は聞き覚えのある男性の声が返ってきた。

『南極の氷の溶解も進んでいるようだが』

「心配いりませんよ。世界はもうすぐ凍結しますから」

 だいぶ笑えない合言葉のあと、ドアの鍵が開く音がして『どうぞ』という声がした。代表して、百合香がノブを回す。

 

 ドアの向こうは、それこそ衛星放送の再放送で見た事がある、昭和の探偵ドラマに出てくる事務所といった雰囲気だった。奥のデスクに座っていた人影が立ち上がると、デスクライトに照らされてその姿が見えた。ダブルブレステッドのスーツにハットを被ったデッサン人形、広報官ディウルナである。

「セブ、オブラ、ご苦労」

 鼻にかかったような独特の声で、ディウルナはレジスタンス達の労をねぎらった。

「久しぶりだね、百合香くん。だいぶイメージが変わったようだが」

「新聞屋さんにしては遅れてるわね。いま、こういうスタイルが流行ってるのよ」

「相変わらずだ」

 ディウルナは、以前の黄金で統一された姿から、氷魔と区別がつかない白銀の姿に変貌した百合香を見た。

「ここまで、よく戦ってきた。見事な活躍ぶりだ。手放しで賞賛するよ」

「どういたしまして。カンデラとかいう奴には完敗だったけどね」

「あれは私も予想外だった」

 すると、マグショットが一歩前に進み出て、その鋭い声を響かせた。

「お前がディウルナか」

「これはこれは。そういうあなたこそ、噂の拳法使いマグショット殿とお見受けする。お名前とご活躍のほどは存じ上げておりました」

 ディウルナの口調には、含むような所は特にないが、それが逆にマグショットの癇に障ったようだった。

「聞いたとおり、胡散臭い奴だな」

「これは手厳しい。私はお会いできて光栄ですよ。そして、そちらのお嬢さんは」

 ディウルナは、大きな弓を背負った少女、リベルタを見る。リベルタは進み出て名乗った。

「お初にお目にかかります。レジスタンス組織"ジャルダン"を代表して伺いました、リベルタと申します」

「初めまして。会う約束をしていながら、お待たせして申し訳ない」

「とんでもない。お時間を割いていただけて光栄です」

「ふむ」

 何かリベルタの態度に感心したような様子を見せると、応接用の椅子を勧め、自らはデスクについた。

 百合香とリベルタは隣り合って座り、その横にオブラとセブが座る。マグショットは椅子ではなく、テーブルのど真ん中に胡座をかいてディウルナの正面に陣取った。

「さて、私がここにいられる時間も限られている。何か急ぎの話はあるかな、百合香」

「ええ。氷騎士ロードライト、知ってるわね」

「もちろん」

「彼女が城を裏切って、私達の側についた」

「うむ。ついさっき知った。少しも驚いていないわけではないが、ほぼ予想の範囲内の事だ」

 ディウルナはあっさり言ったが、その情報収集の速さに一同は敬服し、そして呆れていた。百合香は話を続ける。

「それとロードライトの絡みで、ディジットという氷騎士を、私が倒した。これも知ってるわね」

「もちろん」

「じゃあ、ディジットの配下の兵士が全員、私の配下に収まった事は?」

 その報せは、さすがにディウルナにも驚きを持って迎えられたようだった。文字通りハットを脱ぐと、ディウルナはわざとらしく拍手してみせた。

「ブラボー。参った。さすがの私も、そこまでの予測はできなかった」

「あなたも読みを誤る事はあるのね」

「私は神ではないよ。一人の物書きが、物事の全てを見通せる慧眼など持ち得ない事くらい、ちょっと考えればわかる筈だ。人間は、誰かを神格化して思考停止の言い訳にする事が多いがね」

 すると、黙っていたマグショットが口を挟んだ。

「時間がないと言っておきながら、冗長な話をダラダラと吐くやつだ」

「ちょっと、マグショット」

「百合香、お前もお前だ。さっさと本題に入れ。俺はこいつに問い質したい事がある」

 やれやれ、と百合香は溜息をついて姿勢を正した。

「ディウルナ、あなたにお願いしたい事があるの」

「わかっている。ディジットが死亡した件を、君達の仕業ではないように工作しろ、と言うのだろう」

「…察しがよくて助かるわ」

 百合香は、リベルタと怪訝そうに目線を合わせた。

「できる?」

「工作する事は容易だが、さすがにここまで、何度も同じような手法を使いすぎている」

「それは私達も思った」

「ふむ」

 ディウルナはしばらく考え込んだのち、立ち上がって言った。

「嘘は、真実の情報に紛れ込ませてこそ真価を発揮する」

「聞いたようなセリフね」

「うむ。私の考えはこうだ。今回は下手な工作をしない。ディジットが何者かに倒された事を、そのまま報じる」

「なんですって?」

 百合香は、今度こそ疑わしい目でディウルナを見た。

「私の存在を明かせっていうの?」

「そこだよ。君の今の姿をよく見たまえ」

「え?」

 そう言われて、全員が百合香を改めて見た。リベルタが、「なるほど」と唸る。

「氷騎士ディジットは倒された。――正体不明の、謎の氷魔によって。そういう方向に話を持って行くんですね」

「ご明察だ、リベルタくん」

 ディウルナは気障ったらしく、手のひらを向けて言った。

「どうしたわけか今の百合香くんは、氷魔とあまり区分けがつかない。言われてみれば肌の色が少し人間に近いだろうか、という程度だ。実際、相対したディジットが君を氷魔だと思い込んでいたそうだね」

「…なるほど」

「これを利用しない手はない。百合香、君は今から氷魔として行動するんだ」

「え!?」

 百合香のみならず、リベルタ達もその提案には驚いた。

「そうだ。私は新聞、そしてアイスフォンの記事にも、謎の氷魔が裏切ったという情報を流す。城側にも、公式の情報として報告させるよう、上手く計らっておこう」

 その程度は造作もない、とでも言わんばかりである。百合香は訊ねた。

「瑠魅香はどうするの?黒髪の魔女に変身した瞬間、バレるわよ」

「そこはどうにか上手くやるしかないだろう」

「あんがい適当ね」

 百合香は呆れたように肩を落とす。だが、今選べる最良の選択肢である事もわかっていた。正体がわからないものの、少なくともディジットを倒したのは氷魔であるという事になると、謎の金髪の女剣士が生きていたという真実の情報に比べれば、まだいくらか城の警戒は緩い事が期待できる。

「わかったわ。情報操作の手筈はディウルナ、あなたに任せる」

「了解した。急ぎの話はこれでいいかな」

「ええ。あとは、あなたとお話したい人が待ちきれないでしょうから」

 百合香は横目でマグショットを見た。マグショットは、ジロリと百合香に視線を返したのち、ディウルナに向き合った。

「今のやり取りで、ひとまず俺の聞きたい事の半分はわかった」

「ほう」

 ディウルナは再び椅子に腰を下ろすと、後ろにもたれて話の続きを促した。マグショットは、いつものニヒルな調子で話を続ける。

「正直に言おう。俺はディウルナ、お前が実のところ城側の氷魔で、百合香を騙して始末する事を画策しているのでは、と考えていたのだ」

「それはまた。で、今の会話で私の疑惑は晴れたと?」

「お前の言葉に嘘はない。嘘をついている奴は、話をすればわかる」

 マグショットはそう断言した。どういう根拠があるのか、百合香やリベルタにはわからないが、常に感覚を研ぎ澄ましている武闘家としての判断なのだろう、と二人は思う事にした。

「お前が百合香やレジスタンスに偽りなく協力している事、それは確かなようだ」

「ご理解いただけて幸いです」

「だがな」

 マグショットは、テーブルの上に立ち上がってディウルナを見据えた。

「嘘は言っていないかも知れんが、隠している事はある」

 その追及に、一瞬部屋の空気が強張った。それは、以前にマグショットが言っていた懸念である。ディウルナは、少し間を置いて訊ねた。

「ふむ。私が何を隠していると?」

「知れた事。百合香の正体だ」

 その言葉に、聞いていた全員が息を飲んだ。ことに、本人である百合香は目を丸くしてマグショットを見た。

「なっ…何を言っているの?私の正体ですって?」

「百合香、少し待て。俺が問い詰めるのが先だ」

 そう言われると、百合香は黙るしかなかった。マグショットはさらに続ける。

「お前は、百合香に対して”怪物にならぬよう”だとかの妙な格言を伝えたな。それとほぼ平行して、百合香は謎の力に目覚めた。いくらなんでもタイミングが良すぎる。お前は、百合香が今のような状態になる事を、知っていたのではないのか」

 それを聞いた百合香は、いくらかの戦慄を覚えていた。確かに、単なる忠告にしてはタイミングが一致している。しかし、黙って二人のやり取りを今は聞く事にした。ディウルナは落ち着いた様子で訊ね返す。

「私が、百合香くんの何を知っていると?」

「俺が知るものか。知らないからこうして訊ねているのだ。知っている事を正直に言え」

「ふむ」

 ディウルナは、百合香を見て言った。

「いかにも。私は、百合香くんについて、いくらか知っている事がある」

「なるほど。いくらか、ということは、知らない事もある、という事か?」

「その通り」

「では、知っている事を全て話せ」

 マグショットは、いつの間にかサイを両手に構えていた。下手な事を言ったらいつでも斬りかかるぞ、とでも言わんばかりである。そう広くもない室内に、緊張が走った。だが、ディウルナはまったく動じる様子を見せず答えた。

「実のところ私が知っている情報は、あなたが期待するほど核心に迫るようなものではない。推測も混じっている。それでも構わなければ」

「ごたくはいい。さっさと話してもらおう」

 マグショットのサイの切っ先が、ディウルナの胸を向いた。

「いいでしょう」

 ディウルナは、立ち上がるとゆっくりデスクの前に進み出て、手を後ろに組んで語り始めた。

 

「百合香くん。君は人間ではない」


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