絶対零度女学園 【長編ローファンタジー】   作:ミカ塚原

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ルテニカとプミラ

「リリィ?初めて聞く名前ね」

 部屋の奥にいたショートヘアの少女氷魔が、ダーツをつまんでクルクル回しながら、剣を携えた銀髪の少女を睨む。すると、ショートヘアの少女は突然リリィに向かってそれを投擲してきた。

「!」

 リリィは、それを難なくキャッチしてみせる。しかし、最初からダーツはリリィの首を避ける軌道を描いていたようだった。

「何するのよヒオウギ!」

 リベルタが、猛然と進み出て抗議する。ヒオウギ、と呼ばれた少女は「ふっ」と小さく笑った。

「ごめんよ。あのディジットを倒したなんていうからには、腕は立つはずだと思ってね」

「洒落が通じない性格も、ほどほどにしてよ」

 呆れたようにリベルタはビリヤード台に腰掛けると、巨大な弓をドンと置いた。

「そんな大きな弓、持ってた?」

 おかっぱ氷魔、フリージアが珍しそうに弓を見る。リベルタの表情がわずかに曇った。

「…ストラトスの弓よ」

「なんですって?」

 フリージアや他の面々が、まさかという顔をした。

「ストラトスは、イオノスとの内紛で同士討ちしたって聞いたわ。なぜ、あなたがその弓を持っているの」

「話したくなかったけど、あなた達には伝えておくか」

 

 リベルタは、幹部である氷騎士ストラトスが同じ氷騎士イオノスとの内紛で同士討ちになった、という報道がデマであり、リリィやサーベラス達との共闘でリベルタがイオノスもろとも倒した、という真相を語った。フリージアたちは、にわかには信じがたい様子だった。

「あのストラトスを…」

「本当のことよ」

「実力差の事もあるけど、リベルタ…よく、自分の師にとどめを刺せたわね」

 フリージアは、その覚悟に敬服している様子だった。リベルタは、苦い表情で首を横に振る。

「後悔がない、といえばウソになるわ。けど、ストラトスはストラトスなりの覚悟があった。そして、私は奥義と、この弓を受け継いだ」

 それきり、リベルタは黙ってしまった。フリージアたちもその心情を察して、それ以上は何も言わなかった。

「ティージュ達はどうしてるの?それと、共闘したっていうサーベラス様は」

「サーベラス様たちは、氷騎士達との連戦でダメージを受けた身体を治してる。正直言うと、私もなんだけどね。今は態勢を整えるのも兼ねて、雌伏の時ってとこ」

「ついでに私達に、その子の顔見せに来たってわけか」

 フリージアは、リリィと名乗った銀髪の少女を見る。氷魔でありながら、その瞳は燃えるように赤い。

「リリィだっけ。ヒオウギが悪いことしたわね」

「気にしてないわ」

 リリィは笑う。その様子に、チェスをしていた二人の長髪の少女がクスリと笑った。

「すごい落ち着きよう」

「百戦錬磨の風格を感じますわ」

 そう言われて、リリィの肩がかすかに動いたのを、ヒオウギは見逃さなかった。

 座っていた長髪の二人は、立ち上がると仰々しく胸元に手を当てて自己紹介を始めた。右の耳を出した方がまず名乗る。

「申し遅れました。わたくし、ルテニカと申します」

「わたくしはプミラ」

「リベルタさんほどの実力はございませんが、お見知り置きを」

 その、ともすれば慇懃にも受け取れる態度に、初対面のリリィは不思議と嫌味を感じなかった。

 

 自己紹介が終わったところで、フリージアはアイスフォンを取り出した。すると、リベルタが慌てて忘れていた話を切り出した。

「そうだ、やばい。肝心な事を伝えないと」

「ん?」

「ディウルナ様からの通達。アイスフォンは、通信内容や位置情報が、何者かにチェックされている事が判明したの。だから、対策が整うまでは使用禁止。これ、レジスタンスのみんなに口頭で連絡してほしい」

 突然そう言われて、フリージアたちは唖然とし、かつ蒼白になった。

「どういうこと!?」

「言った通りよ。アイスフォンを使っていれば、誰がどこに潜んでいるか、その何者かには筒抜けってこと。氷騎士のエリア外で、特定の場所に不自然に潜伏している集団がいたら、まずレジスタンスとみて間違いないって事よ」

 リベルタは、ディウルナがそれを危惧して移動時にアイスフォンを所持しなかったこと、そして錬金術師ビードロがその対策を研究している事を伝えた。

「先に言ってよ!」

「ごめん。失念してた。とりあえず、魔力は切っておいて」

 言われたとおり、フリージア達はアイスフォンの魔力をオフにした。ヒオウギが、落ち着かない様子で部屋を見回す。

「じゃあ、ここにあたし達が定期的にいる事も、その何者かには筒抜けって事なのね」

「でも、それなら話が変じゃない?そいつはどうして、怪しい動きをしてる私達を見付けに来ないの?」

 フリージアの疑問は、すでにリベルタ達も思い至った事だった。リベルタは、難しい顔をして腕組みした。

「私達もそれは考えた。けど、リリィはその何者かが、城側とは別の勢力なんじゃないか、と推測してるわ」

 そう語るリリィに視線が集まった。リリィは、魔力が切れたアイスフォンを持ち上げる。

「もちろん、そいつが何者なのかはわからない。けど、考えてみて。城側の氷魔でないとして、もし私達レジスタンスの味方であるなら、どうして姿を現さないの」

 なるほど、とフリージアたちは頷いた。

「そうだね。ディウルナ様でさえ私達に、間接的にせよ明確に関与しているのに、アイスフォンを大量に流通させながら存在が不明なのは、不自然だわ」

 感心したように、フリージアはリリィを見た。何か、他のレジスタンスとは違う印象を受けているようだった。

「一体、何者なのかしら」

「そもそもアイスフォンじたい、いつ行き渡ったのか曖昧だよね。気付いたらみんな持ってた」

 ヒオウギの指摘に、リリィ以外の面々が頷く。すると、リベルタがひとつの質問を全員に投げかけた。

「そもそも氷巌城が具現化する前の段階のこと、覚えてる?みんな」

 その問いは、非常に難しいものだった。フリージアもヒオウギも、首をひねって記憶を辿ってみたが、非常に曖昧である。リベルタはさらに踏み込んだ。

「氷魔の意識って、精霊体の時とは違うじゃない。確かに、今持ってるこの意識は精神体の段階で出来上がっていて、具現化するのを待っている状態だったけど、それ以前の段階を覚えてる氷魔って、どれくらいいるのかな」

「中にはいるらしいけどね。というか、ルテニカとプミラはそういうタイプじゃない?」

 フリージアが、それまで積極的に発言していない二人を会話に引き込む。ルテニカとプミラは、チェスの対局の手を止めて振り向いた。まるで鏡に映したような、左右対称の所作である。左耳を出している方、プミラが静かに語り始めた。

「私達二人は、精霊の時の記憶をある程度は持っています。ですが、その頃はまだ今のような明確な感情は持っておらず、大多数の少女氷魔と変わらない、城にその精神を縛られた存在でした。なので、ただ単に戦うこと、地上を支配するための意識しか持っていなかった、と記憶しています」

「アイスフォンについては、感情が芽生えた時にはすでに所有していたはずです」

 ルテニカの話に、リベルタが反応を見せた。

「なるほど。つまり、まだ私達が今のような感情を持ち合わせていなかった段階で、何者かから配られたということね」

「つまり、氷巌城が具現化してから、ということ?」リリィが訊ねる。

「そう。この制服だとか、兵士の武器防具類のほとんどは、具現化する前の精神体、思念体の段階で創造されていたはず。でも、具現化した後でも新たに物体を精錬する事はできる」

 つまり、アイスフォンを創り上げて広めた何者かは、城が具現化した後で、何らかの目的でそれを大量に精錬し、城中に広めたという事になる。その場の全員が、そういう結論に到達した。

「これは、調べる必要があるね。ディウルナ様だけに頼ってちゃ、真相はわからない」

 フリージアの提言にリベルタは同意したが、「でも」と付け加えた。

「まずはその事実を、レジスタンスのみんなに伝達するのが先ね」

「そうだね。…と言っても」

 やや浮かない顔で、フリージアは俯いた。

「正直、レジスタンスも一枚岩ってわけじゃない。コンタクトを取るだけでも、嫌な顔してくるチームもいるし」

「いる。特にハイクラスの連中は」

 リベルタのぼやきに、リリィは不思議そうな顔をした。ハイクラスとは、少女兵士の平均的な戦闘能力で分けられた階級の最上位である。ロークラス・ミドルクラス・ハイクラスと三階級があり、リベルタ達はミドルクラスである。

「私ハイクラスの人達って知らないんだけど、そんな感じ悪いの?」

「うーん。平均的な実力は私達ミドルクラスより確かに上なんだけど」

 リベルタが言葉を途切れさせると、ヒオウギは不満をぶつけるようにダーツを壁に向けて投擲した。硬い壁のど真ん中に、ポイントがきれいに突き刺さる。

「協力し合うっていう意識がないんだよ、あいつらは。城側からすれば私らと同じ裏切り者だってのに。くだらない上下意識、カースト感覚だけは引きずってやがる。そんな上下関係が好きなら、さっさと城の犬に戻れっていうんだ。それなら遠慮なくスクラップにしてやれるのに」

「ヒオウギ、言い過ぎよ」

 たしなめるフリージアに、ヒオウギは「ふん」と返した。フリージアは、苦笑してリリィを見る。

「ま、ヒオウギの表現は悪いけど、実際その通りなの。あなたも制服デザインからするとミドルクラスらしいけど、ご愁傷様」

「なにが」

 リリィは、訝し気に面々の顔をうかがう。何がどう、ご愁傷様なのか。すると、リベルタが笑いながら説明した。

「前に教えたでしょ、私がハイクラスの連中に嫌われてるって」

「ああ…ミドルクラスなのに、ハイクラスより強いから?」

「そう。階級が下の奴が、自分達より強いのが面白くないのよ。ここにいるフリージア達もそうだし、グレーヌやティージュ、ラシーヌもハイクラスに引けを取らないから、私たちは揃って嫌われてる」

「なにそれ、バカじゃないの」

 つい思ったままを口にしたリリィに、ヒオウギが吹き出した。

「あはは、そうよ。バカなの、あいつらは。けどリリィ、あなただって最大級の嫌われ者候補よ。氷騎士を倒した奴なんて、ハイクラスにはいないわ。今頃アイスフォンの速報を読んで、歯ぎしりしてるかもね」

 そう言われて、リリィは釈然としない様子だった。レジスタンスとしては重要な戦果を挙げたというのに。すると、フリージアが立ち上がって装備を改め始めた。

「ま、ハイクラスの人達は後回しでいい。まずロークラス、ミドルクラスのレジスタンスたちにアイスフォンの件を伝えに行こう。とりあえず、二手に分かれる」

 異論を唱える者はいなかった。リリィ達も立ち上がり、自分の装備を確認する。そこで、フリージアがひとつの提案をした。

「せっかくだから、リリィとリベルタは分かれてもらおうかしら。何かあった時、それぞれのチームに強い人がいれば心強いわ」

「えっ」

 リリィが、何となく不安そうにリベルタを見た。

 

 

 結局、リベルタとフリージアとヒオウギの三人に、リリィとルテニカとプミラの三人、という編成で二手に分かれ、各所に潜伏するレジスタンス達にアイスフォンの件を徒歩で伝えて回る事になった。リリィは初対面の口数が少なそうな二人と、少々不安げにアジトを出発した。特に装飾もない無味乾燥な四角い通路を、ルテニカ達の案内でリリィは進んで行く。

 そこでまずリリィが気になったのは、ルテニカもプミラも、揃って武器を装備していない事であった。腰に短刀のひとつも下げてはいない。

「ねえ、聞いていいかしら」

 コミュニケーションとは違う意味で不安を感じたリリィが、両隣を歩く二人に訊ねた。

「あなた達って、武器は持たないの?」

「はい」「はい」

 両サイドから、ほぼ同じ声色がほぼ同じタイミングで返ってきた。返答はそれだけである。説明なしか、とリリィは心の中でぼやいた。すると、右を歩くプミラが小さく笑った。

「ご心配とは思いますが、その時が来たら実地で説明いたしますので、ご安心を」

 まるで、こちらの心の中を見透かしたようなプミラにリリィは驚いた。すると、左を歩くルテニカも続いて口を開く。

「リリィ。あなたこそ、わたくし達に隠してる秘密、ございますでしょう?」

「えっ!?」

 リリィの背筋がびくりと反った。ルテニカは口元に握り拳を当てて笑う。

「あなたは、非常に二面性のある方のように思えます。いま見えているリリィとは、全く違うもう一人のリリィが、あなたの中にいるような」

 リリィは表情を引きつらせた。首の筋肉が緊張している。ルテニカとプミラは揃って笑った。リリィは誤魔化すように、探り探り言葉を選ぶ。

「にっ、二面性なんて誰でもそうじゃないかしら。リベルタだって、勇敢な時もあれば、落ち込む所も見てきたわ」

「なるほど」「咄嗟にそれらしい言葉で誤魔化す才もあるようですね」

 まったく褒められている気がしないリリィであった。

 

 しばらく歩いていると、リリィは何かに気付いて「あっ」と小さく声を出した。

「今の、何だろう」

 突然リリィが立ち止まる。ルテニカとプミラもそれに倣った。

「今の、とは?」

 ルテニカが訊ねる。リリィは、続く通路の奥を睨んだ。

「今、なにか…人影みたいなのが通路を横切ったように見えた。敵かな。でも、足音は聞こえなかった」

 すると、ルテニカは意外そうな目をリリィに向けた。

「今のが見えたのですか」

「え?ええ…」

 そう返した直後に、リリィはルテニカに訊ね返した。

「どういうこと。今のが見えたのですか、って」

「言ったとおりの意味です。リリィ、あなたも見えたのですね」

 その言葉に、リリィは理解した。どうやら、何かが見えたのは自分だけではなかったらしい。すると、ルテニカとプミラは頷き合ってリリィを見た。

「リリィ、いま見えたのは普通の氷魔兵士ではありません」

「どういうこと?ルテニア」

「ルテニカです」

 名前の言い間違いを冷静に正しながら、ルテニカは続けた。

「リリィ、今のが見えたという事は、あなたは少なくとも私達と同様の感覚を備えているようですね」

「同様の感覚?」

 その意味が、リリィにはわかりかねた。感覚って何のことだ。見る、聞くなど、五感の事なら持っていても特に不思議もない。

 そう思っていると、リリィは突然背筋に何かゾワゾワする感覚を覚えた。

「うっ!?」

 思わず、自分の二の腕を抱いてブルブルと震える。髪が逆立つような感触もあった。

「なに、今の」

「リリィ、気をつけてください」

 そう言って、ルテニカは懐から何かを取り出した。それは、リリィにも見覚えがある品物である。プミラもまた同じものを取り出して、それを持ったまま合掌した。

 二人の手に下げられたそれは、無数の珠が連なる輪、要するに数珠であった。

「どうやら、私達がこちらに来たのは正解だったようです」

「ちょっと何言ってるかわからないんだけど」

 何となく危険を感じて剣を構えるリリィに、二人は声を揃えて言った。

「いま見えたものは、おそらく死んだ兵士の亡霊です」


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