絶対零度女学園 【長編ローファンタジー】   作:ミカ塚原

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フリージアとヒオウギ

「気をつけろ、って言われてもな」

 超特急で駆け付けたオブラからの連絡を受けたリベルタは、フリージア、ヒオウギを見て一緒に首をかしげた。ヒオウギは釈然としない表情で唸る。

「じゃあその幽霊氷魔が現れたら、あたし達はとりあえず逃げろって事か」

「でも、一人だけ魂に攻撃できる人、ここにいるよね」

 フリージアは、わざとらしく確認するようにリベルタを見る。彼女がそういうスキルを持っている事は、仲間内では周知の事実である。リベルタは、自信なさげに答えた。

「たまたま、ちょっとそういうスキルがあるだけよ。ルテニカやプミラみたいな、本格的な霊能力があるとは思わないで」

「けど、ストラトスの背後に隠れてた精神体のイオノスにダメージを与えられたんでしょ?」

「うーん」

 リベルタは、自分のスキルがどの程度なのか自分自身でよくわからないのだった。リベルタが弓から放つエネルギーは、いわば変形版の魔法である。変幻自在の魔法ではないが、特殊な魔法のシールドなど、物理攻撃が通じない場合にもいくらか通用する事がある。しかし、件の幽霊にも通じるかどうかは不明だった。

「一体、どこのどいつだろうね。幽霊をけしかけてくる能力なんか持ってるのは」

 ヒオウギは、もしその幽霊氷魔が現れたらどう戦うべきか、頭の中でシミュレートを始めた。もしリベルタの技が通じるとしても、攻撃はリベルタに任せるしかないかも知れない。

「とにかく、伝える事は伝えました。僕はいったん、サーベラス様たちがいるアジトに戻りますよ。幽霊対策の御札を貼らないといけないので。それでは!」

 オブラは、あっという間にその場から消え去った。戦闘能力はないが、スピードだけで言うなら下手な氷騎士の攻撃もかわせそうである。

 

 オブラが去ったあと、リベルタ達三人は他にどうしようもないので、当初の予定通りレジスタンスのアジトを回る事にした。改めて歩いてみると、広い城だなと三人は思う。城というより、城塞都市ぐらいのスケールはあるかも知れない。

「こんだけ広いなら、城側がそもそも全体を把握できてないっていう話も、さもありなんって思うわね」

 フリージアはおかっぱの髪を撫でつつ、広い通廊を仰ぎ見た。

「ここから先は気味が悪くて、実を言うとあまり進みたくない」

「わかる。なんかこう、ゾワッとするような感覚」

 ヒオウギは、通廊の奥の闇を睨む。なぜそう感じるのかは、よくわからない。それは城側の氷魔も同じなのか、比較的警備も手薄なエリアであり、ロークラスのレジスタンスなどはここに身を潜める者が多かった。

「ねえ、提案なんだけど。ロークラスの子たち、分散させておくのは危険だと思うんだ。ある程度、まとめて配置できないのかな」

 リベルタの提案に、フリージアは「うーん」と首をひねった。

「ハイクラスの人達が、そのへん仕切ってくれれば助かるんだけどね」

「しっ」

 ヒオウギが、会話する二人に指を立てて黙るよう促した。咄嗟に二人も警戒する。

「なにか来る」

 ヒオウギは、両手を胸の前で交差させて身構えた。リベルタも、接近戦を想定して小剣を構える。フリージアは、右手を腰の後ろに回し、低い姿勢で通廊の奥を睨んだ。

 

 何やら、リズムが揃っていない足音が奥から近付いてくる。歩速はあまり速そうではない。

「ナロー・ドールズかな」

「わからない」

 フリージアとヒオウギは、わずかに前に出る。リベルタは、弓で後方から援護すべきか考えあぐねていた。

 しかし、やがて見えて来た足音の正体に三人は驚愕した。それは、つい今話題にしていた、ロークラスのレジスタンス少女たちだったのだ。数は12か13人、というところだ。

「あなた達、何してるの?」

 一瞬警戒を解いたフリージアに、リベルタは叫んだ。

「気をつけて!」

 リベルタの突然の警告に、何事かと二人が疑問をはさむ間もなく、少女たちは剣を構えて襲いかかってきた。

「なっ…!」

「フリージア、迷うな!」

 ヒオウギの交差させた両手それぞれに、エネルギーが凝縮して棒状の物体が出現した。ヒオウギは、両手を翼のように広げると、襲いかかってくるレジスタンス氷魔たちに一気に接近する。

「はーっ!!」

 ヒオウギが握っているそれは、戦闘用の扇だった。ヒオウギはコマのように回転しながら、展開した扇を閃かせる。

 ヒオウギの攻撃を受けた2体の氷魔の首が、無惨に通廊の床に落ちる。それを見て覚悟を決めたフリージアもまた、自らの武器を引き抜いて一気にリーチを詰め、それを一閃させた。

 フリージアが無言で振るうそれは、調理用のような優雅な曲線のナイフだった。相手の懐に飛び込むと、容赦なく心臓部に突き入れる。小さいが、恐るべき強度と貫通力を備えたナイフであり、氷魔の生命の中核を破壊された少女はその場に倒れ込む。

 だが、次に起きた出来事にフリージア達は戦慄した。

「えっ!?」

 それは信じられない光景だった。たった今、間違いなく心臓部を貫かれたはずの氷魔が、むくりと立ち上がってフリージアに襲いかかったのだ。

「うっ、嘘!」

 氷魔は、虚ろな表情でフリージアに接近すると、肩をがっしりと掴み、その首に噛みつこうとしていた。その異様な様子に、足がすくんで反撃のタイミングが遅れてしまう。

「きゃあああ!!!」

 フリージアの悲鳴が轟いたその時、煌めく細いエネルギーが走って、フリージアの首に歯をむいたその頭を粉砕した。

「下がって!態勢を立て直すのよ!!」

 いつの間にか弓を構えていたリベルタが叫ぶ。ヒオウギはフリージアの左手を掴むと、一気に後退してリベルタと並んだ。

 頭部を破壊された氷魔は、今度こそ動かなくなったようである。だが、今まで心臓部を貫かれて倒れなかった氷魔など、ただの一度も見た事がない三人は、異様な何かを感じていた。フリージアはリベルタに答えを求める。

「どういうこと!?」

「わからない…こんなの、見た事がない」

 すると、ヒオウギが冷静に指摘した。

「ねえ、この子達おかしいよ。目の焦点が合ってない。それに、この生気を感じない機械的な動き…何かに似てると思わない?」

 その指摘に、リベルタたちは即座に理解した。似ている。魂を持たない自動人形に。

「まさかナロー・ドールズ!?」

「そっ、そんな事…だって、この姿は間違いなく私達と同じレジスタンスよ!」

 だんだん近づいてくる、レジスタンス少女の姿をした不気味な敵に怯えながらも、フリージアはナイフを構えた。リベルタは冷徹に言い放つ。

「考えてるヒマはない!弱点は頭よ!私は中央を狙う、二人は両翼を叩いて!」

 リベルタの号令で、ようやく覚悟を決めた二人は左右に散開した。

「フェザーストーム!!」

 ヒオウギが扇で左右から挟み込むように空を斬ると、無数の羽根のようなエネルギーが突風の刃となって氷魔たちに襲いかかった。その鋭いエネルギーは、一瞬で3体の首を切断する。

「ヴォーパル・エッジ!!」

 フリージアもまた、恐るべき速度で相手に接近すると、首を狙ってナイフを一閃させた。まるで刈り獲られる果実のように、一瞬で三つの頭がゴトリと床に落ち、胴体も力を失ってその場に倒れる。

「離れて!」

 リベルタの合図で二人は左右に飛び退く。中央には5体の氷魔が残っていた。倒れる仲間たちには何の関心も示さず、相変わらず機械的な動きでリベルタに向かってくる。

 リベルタはその群れの中央に狙いを定め、弓を弾いた。

「フリージング・ダスト!!」

 弾かれた弦から放たれた一条の閃光が、一瞬でその場の空気を凍結させると無数の刃を形成し、強烈な気流となって氷魔たちに襲いかかった。少女氷魔たちの上半身がその威力に耐え切れず、砂のように粉々に砕かれて、輝くエネルギーとともに空間の奥に消えて行った。その様子を、苦い表情でリベルタは見届けた。

「さすがね。やっぱりあんたには敵わないわ」

 気落ちするリベルタを励ますように、ヒオウギは肩をポンと叩いた。リベルタはうなだれたまま、倒れている少女たちの亡骸を見る。

「一体、何があったんだろう」

 仲間だったはずの少女たちを葬り去った罪悪感もあるが、彼女たちがまるでナロー・ドールズのように機械的な動きをしていた事もリベルタは気にかかった。フリージアもヒオウギもそれは同じである。

「単に、また城側に寝返ったというのであれば、それらしい意志を示したはずだわ。でも、彼女たちにそんな様子はなかった。すでに意志がなかったようにさえ見えた」

「ひょっとして、あの子たちはすでに死んでいたのかも」

 そのフリージアの推測に、リベルタとヒオウギは「まさか」と声を揃えた。フリージアは続ける。

「でも、そうだとしたら彼女たちに意志が感じられなかったのも説明がつかない?つまり、魂がすでに存在しない抜け殻を、単なる素体として利用されたのだとしたら」

「…一体、誰がそんなこと」

 リベルタの声には怒気が含まれていた。フリージアの推測が正しいのだとしたら、いま襲って来た彼女たちは、その身体を戦闘人形として使われた事になる。

「許せない…命を奪った挙げ句、その亡骸を道具として使うなんて」

「でも、そんな事やってのけられるような相手って、何者?」

 ヒオウギの問いは、他の二人にとっても謎だった。レジスタンス間で共有している情報に、そのような力を持つ敵の存在は確認されていない。だが、フリージアはひとつ気が付いた事があった。

「ねえ、いま起きた事って…ルテニカ達からの伝言と関係してくると思わない?」

「どういう事?」

「だって、ルテニカ達が遭遇した敵の話を思い出してよ」

「あっ」

 リベルタとヒオウギは顔を見合わせた。

「そうだ…あっちは、幽霊と遭遇したって言ってた」

「そう。こちらはまるで魂が抜けたような、機械のような敵。かたや、向こうでは身体を持たない幽霊と戦っている。これ、どういうこと?」

 三人は黙り込んだ。もう、起きている事が理解を超えている。だが、リベルタは弓を構えたまま通廊の奥を見据えた。

「考えても仕方ない。どうやら、敵はいよいよ私達レジスタンスを本格的に狙って動いているらしいわ。一刻も早く、このふざけた敵を探し出して、叩き潰すのよ」

 そのリベルタの様子に、フリージアたちは何か敬服したような眼差しを向けた。

「リベルタ、あなた強くなったわね」

「え?」

「以前のあなたは、もっと思い詰めてるような所があった。けど、今は何か違う。全てを振り払って前に進むような強さが感じられる」

 フリージアの言葉に、リベルタは苦笑した。

「それはきっと、あの子のせいよ」

「あの子?」

「そう。あの子」

 リベルタは、その場にいない一人の仲間の顔を思い出していた。

「ズタボロになっても敵に向かって食らいついて行く、彼女の戦いに私は惹かれる。もし、私がどこか変わったように見えるのだとしたら、それは彼女がすでに私の中にもいるからだと思う」

 

 

 

 リリィは、誰かに呼ばれたような気がして不意に振り向いた。ルテニカがそれに気付いて様子をうかがう。

「どうしました?」

「いや、誰かに呼ばれた気がして」

「ふふ、それは誰かがあなたの事を思い浮かべているのかも」

 ルテニカは笑った。

「心というのは、どこかで繋がっているものです」

「そうなのかな」

 リリィは、尚も続く通路を睨む。だが、だいぶ歩いても先程のような幽霊が現れる気配はない。数珠を掲げて何かを探っていたらしいプミラが、諦めたように数珠を下ろした。

「妙ですね。先程まで感じていた気味の悪い気配が、とたんに消えています」

「気配って、あの幽霊軍団みたいな気配ってこと?」

「はい」

 リリィも二人の真似をして、気配を探ってみる。しかし、もともと霊感があるかないかも定かではない。何も感じないので、諦めて気持ちをダンジョン探索モードに切り替えた。

 その時、リリィはひとつの案件を思い出してルテニカ達にたずねた。

「ねえ、ちょっと訊きたいんだけど。行方不明の猫レジスタンスのこと、何か知らないかな」

「猫レジスタンス…あの、オブラという猫の仲間の事ですね」

「そう」

 リリィの問いに、ルテニカとプミラは少し考え込んだ。

「確かに、猫のレジスタンスが何者かに捕らわれているというのは知っています。愛玩動物のようにされている写真が、アイスフォンを通じて出回っているのを見ました」

 そう言うものの、現在アイスフォンは危険が伴う事が判明したため、使用禁止をディウルナから言い渡されている。

「何者に捕らわれているのかは不明ですが、この第二層にいるのは確かなようです。なので、このまま進めばいずれ出会う事になるかも知れませんね」

「少なくとも、殺されている心配だけはなさそうです」

 二人の言葉に少しだけリリィは安心する様子を見せた。だが、本当に生かしておいてもらえるかは不明である。それに、城側がその情報を察知して、レジスタンス摘発に利用してこないとも限らないのだ。

「第二層は城側の命令を無視して、わりと好き勝手に活動してるのが多いって聞いたけど」

「そうですね、それは確かです。それは、レジスタンスの数が最も多い事からもわかります」

「なるほど」

 確かに、レジスタンスが当たり前のように存在するなとリリィは思った。城に抵抗するのも、自由意志の帰結だと考えれば納得がいく。

「…レジスタンスを徹底的に増やして、上の階層に攻め入る」

 ぽつりと呟いたリリィの言葉に、ルテニカとプミラは驚いて振り向いた。

「今なんと仰いました」

「え?」

「上の階層に攻め入る、と」

 そう言われて、リリィは何気ない無意識のつぶやきを自覚する事になった。どうして、そんなことを考えたのだろう。焦ったリリィは手を振って取り繕った。

「あはは、冗談冗談」

 リリィは笑ってごまかそうとするが、ルテニカ達は真剣な顔をしていた。

「なるほど。最終的には、そこまで考えなければならないのですね」

「ちょっと、真に受けないでよ」

「いいえ。あなたを見ていると、なぜか大それた計画も現実味を帯びて聞こえてきます」

 プミラの言葉にリリィは、何か言い知れない高揚のような感覚を覚えた。軍勢を集めて、上の階層に攻め入る。それは、氷魔皇帝ラハヴェという存在に真っ向から勝負を挑む、ということだ。

 

 はたして、そんな時が来るのだろうか。来たとして、その勝敗の帰趨はどうなるのだろう。今のリリィには、予想さえできない。今は、この巨大な氷の城を一歩一歩、ただ進んで行くしかなかった。


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