「たとえ人数が足りなくても、個々が限界以上の力を発揮すれば何一つ問題はないのよ!」
超絶美人の紅葉知弦は珍しくエベレストの如き胸部をえへんと張ると、パクリ名言を堂々と言い放っていた。
そう、本日の名言係はいつもの桜野ではない。というか、今この場で名言を言うようなメンバーは一人もいなかった。辺りを見渡せど、生徒会室には俺と姉さんの二人しかいない。普段は六人座っている机に二人しかいない光景は、とても物足りなさを感じさせる。
「……というか、なんで私がアカちゃんの代わりをやらされているのかしら」
「俺がやるより姉さんがやった方が読者も嬉しいからだよ」
「メタな発言はさておき、こんな事態は珍しいわね。四月にキー君とアカちゃんが二人でいた時以来じゃない?」
「桜野は真儀瑠先生に連れられて職員室へ。椎名姉妹は母親と用事らしく、杉崎は風邪ひいて自宅で療養中。これはこれでまた示し合わせたように欠席が被って、何かの思惑を感じざるを得ないや」
「それより、私と蓮しかいないのならわざわざ生徒会室に集まる意味は一ミリもないんじゃないの……」
「まぁまぁ、たまにはいいじゃん」
肩を竦めて至極正しい意見を述べる姉さんをなだめる。確かに俺と姉さんだけならば家に帰ってもやることは同じだし、生徒会室に顔を出す必要は全くない。これといって急を要する雑務もないわけで、本当にやることもなかった。かといってこのまま大人しく帰るのもなんか時間を無駄にしたようで腑に落ちない。せっかくのしえ都会としての時間なのだから、家ではすることができない何かをやってもいいだろう。
にしても、杉崎が風邪をひくとは珍しいこともあったものだ。アイツならばたとえ全身骨折してでも生徒会に顔を出しそうなものだが……、
「キー君は熱が40度超えているくせに登校しようとしていたから、朝の時点で深夏と宇宙さんに強制送還してもらったわ。そうでもしないとあの子無理にでも雑務こなそうとするんだもの」
「生徒会大好きすぎるのはいっこうに構わないんだけど、そこまでいくと一種の病気だね……。俺は今さら傷病くらいでへこたれることはないから、いつも通りを装って来られる自信あるよ!」
「誇ることじゃないし、貴方も似たようなものじゃない。場合によってはキー君よりもタチ悪いわよ」
「それはショックを隠せない」
至極冷静にツッコミを入れてくる姉さん。杉崎以上の悪評がつくのはできるだけ避けたい俺としては、今の姉さんの発言は非常に遺憾であり、なおかつ割と衝撃だった。杉崎は女性目当てで病気を乗り越えるが、俺は性癖的に病気をものともしないだけだというのに……一緒にしないでほしいな!
しかしながら二人だけだと本当に暇だ。雑務もない上にお互いに提出期限の迫った宿題もないため、手を動かして時間を潰すということもできない。よって結果的には姉さんと雑談するか、その他遊び道具を見つけるしかないわけで――――
そこではた、と何かに思い当たった俺は、期待に満ちた表情を浮かべて姉さんの顔を見やる。
「姉さん」
「どうしたの蓮。どこからどう見てもしょうもない考えが浮かんだみたいな顔で私のほうを見て」
「ひどくない?」
もうサディストどうこうではなく、単純に口が悪くないかこの姉は。
性癖云々では説明できない弟への辛辣さに少々傷つきはするものの、改めて口を開く。
「せっかく二人しかいない上に、普段なら皆がいるはずの生徒会室というこの状況……これはもう、いつもとは違うシチュエーションでSMプレイに励むしか!」
「お疲れ様でした」
「あぁっ! 嘘です冗談ですイッツレンレンジョォーック! お願いだから帰らないで姉さん! さすがにここに一人はきつい!」
「マゾが今さら弱音吐くんじゃないの。黙って逆立ちでもしていなさい」
「実の弟に対して虫ケラを見るような視線を送るなんて姉の風上にも置けないね。はぁはぁ」
「息を荒げて顔を赤らめながらノーハンド逆立ちしている人外めいた貴方だけには言われたくないわよ……」
俺の惚れ惚れするほどにスムーズな行動に対してあからさまにドン引きな様子を見せる姉さん。だがそれがいい。全力で忌避したような侮蔑と嘲笑に染まったその表情が、滅茶苦茶いいよ!
「ツッコミ不在の状況でいつも以上に性癖を発露するなら、藤堂さんをこの場に呼んでもいいのだけれど」
「それじゃあチェスでも嗜もうか姉さん。それともここは少しアダルトにポーカーでもやるかい?」
「清々しいまでにオンオフが激しいわね」
「藤堂だけは……藤堂だけは勘弁してください……!」
「じゃあ奏ならいいのね」
「よしわかった。靴の裏までなら舐めようじゃないか」
「ご褒美じゃないの」
「ちっ……」
「揺るぎないわね……」
基本サディストなくせに今日に限って妙に常識人めいた姉さんは俺の言動に逐一冷めた発言を繰り返している。そもそも俺をこんなにしたのは姉さんだろうというツッコミはここで入れると今後の生活に支障をきたす可能性があるので口には出さない。いくらマゾとはいえ、ストッパーの外れた姉さんの責めは後遺症が残る。
というか、ここで藤堂と奏を呼ぼうとする姉さんの据わった根性に感服だ。まぁ実際にこの生徒会に奏を呼ぶなんてことは姉さんの性格的にしないだろうけど、面白半分に藤堂を呼びつけるくらいのことはしでかしそうで素直に怖い。最近俺と藤堂の仲を見ながら楽しんでいる節があるため、ここで止めておかないと取り返しのつかないことになる可能性も大いにある。というか、貴女の親友もこの件に関して一枚噛んでいるのですが、その辺はどう処理するつもりだったのでしょうか。
その後なんとか最悪の事態を回避することに成功した俺は、状況打破のために倉庫から掘り出した書物在中段ボールをどんと机の上に置くと、その中から適当に一冊取り出した。
「えっと……『お子様生徒会長にも分かる心理テスト全集』だって」
「出版社どこよ。その極々限られた一部を狙い撃ちしたようなタイトルは完全に悪意あるわよね」
「富士〇書房って書いてるね」
「案の定!」
最近生徒会議事録の書籍化を手伝ってくれている某出版社が日頃の仕返しをしたとしか思えない悪意100パーセントのタイトルに苦笑を隠せない。やはりあちらさんもウチの会長の横暴に耐えかねていたということか。……今度菓子折りもって謝りに行こう。
子供の癇癪と気まぐれに振り回されている出版社さんに同情めいた何かを感じながらも、さっそく本を開いてよさげな心理テストを探す。
「おっ、この心理テストは姉さんに合っているんじゃないか?」
「へぇ、さぞかし乙女チックで優雅なテストなんでしょうね」
「『今まで人生を踏み外させた人間の数から分かる貴方の人間性』テストだって」
「テストするまでもなく一人でもいたその瞬間から人間性最低でしょう!? 何を競おうとしているのよそのテストは! 五十歩百歩じゃない!」
「……ちなみに聞くけど、何人くらい人生破滅させたの?」
「100人を超えたところで数えるのをやめたわ」
「大魔王クラスじゃねぇか!」
内容を否定した割にしっかり最低人間していて素直にビビる。どのツラ下げてさっきのセリフを吐いたのか小一時間ほど問い詰めたいところではあるが、あまり言及してお茶の間に披露できないような事件まで漏洩してしまうと取り返しがつかない。ここは姉さんの社会的立場の確保と、俺の精神安定の為にもスルーしておくべきだろう。でもその前科持ちで今の心理テストをディスったのは本当に意味が分からないよ……。
仕方がないので、他の項目をペラペラと。
「『胸の大きさで分かる男からの好感度テスト』」
「ファッション誌の巻末特集か!」
「『今まで殺した蚊の数から分かる貴方の優しさテスト』」
「どこ向けなのよそのテストは! 後そのテストは絶対優しさ求めてないでしょう!? 残酷性計測が目的でしょう!?」
「『周囲からの評価から分かる人間性テスト』」
「あらいいじゃない。まぁ私は眉目秀麗頭脳明晰な完璧JKだから、わざわざテストするまでもないと思うけれどね」
「ソーデスネ」
「全身の穴という穴から蒸発寸前の蝋燭垂らしてやるわ……」
「さすがに死ぬので勘弁してください」
瞬時に床に這いつくばって土下寝を敢行。土下座ではなく土下寝。これは限られたものだけが習得することができる、究極の謝罪方法である。その際に相手の靴を舐めることができれば免許皆伝なので、習得希望の方は人間としてのプライドを捨てる覚悟を決めるところから始めよう! なお友達は激減するぞ! 気を付けよう!
5ペロ時点でようやく許された俺は椅子に座りなおすと、心理テストの本を閉じると一息入れてぽつりと呟く。
「……まともなものがなかったね」
「タイトルの時点で不安しかなかったことについてはツッコまなくていいのかしら」
「というかタイトル間違っているよねこれ。お子様会長どうこうじゃなくて、最低人間に向けた限りなく下衆な心理テストだよね」
「アカちゃんディスってまで売ろうとした内容とは思えないわ……」
どこまで彼女へのヘイトが溜まればこんなことになるのかと疑問には思うものの、たぶん慣れてしまった俺達がおかしいのだろうと結論付けた。その結論に至った瞬間に頭を抱えて唸る高校三年生が二名ほど生徒会室に生まれてしまったことはまったくの余談である。
二人して溜息をつく。時計を見ると時刻はようやく5時を回ったところだ。何も仕事がないためここで帰宅してもいいのだが、少々早い。もう少し時間を潰したいところではある。
何をしようかなー、と生徒会室のあちらこちらに視線を飛ばしていると、不意に姉さんが俺の名前を呼んだ。
「ねぇ、蓮。少しいいかしら」
「んー? どうしたの改まって。どうせ暇だからなんでもいいよ――――」
「蓮はさ、アカちゃんのこと、本当はどう思っているの?」
「……は?」
一瞬完全に思考が止まる。この雰囲気で急に何を言い出したのか、脳が理解を拒否しそうになるが、それだけはしてはいけないと何度か彼女の言葉を噛み砕く。姉さんはさっきまでとは明らかに違う真剣な表情で俺を見据えていた。
目を丸くする俺に対して、限りなく低いトーンで姉さんはゆっくり、それでいて確かに言った。
「アカちゃんの気持ちを踏みにじってる自覚はあるんでしょう? 彼女のことを本当はどう思っているのか、真面目に答えてちょうだい」
――――俺を追い詰めるように、瞳に暗い輝きを灯らせて。
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