生徒会の一存~もう一人の優良枠~   作:ふゆい

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 あけましておめでとうございます(遅)


二人だけの生徒会(下)

「アカちゃんのことはどう思っているの? 彼女を傷つけている自覚はあるんでしょう?」

 

 二人しかいない生徒会室。先程までのおちゃらけた雰囲気はどこへやら、打って変わって真面目な面持ちで俺を見据える姉さん。そのあまりにも据わった、一欠片の冗談すら感じられない眼光に、いつものようにヘラついて軽口を返そうとした俺は思わず口をつぐんだ。今はそんな不真面目さは求めていない、と表情だけで語られる。

 ふと視線を生徒会室の入り口に向けると、視線を遮るように姉さんは言葉を続けた。

 

「私は、蓮がどんな選択をしようと貴方の勝手だと思っているわ。私がいちいち口を出すことじゃないってことも。もういい大人なんだもの、自分の責任で行動すべきなんてことも分かっている」

「姉さん……」

「でもね、貴方の選択で誰かが……それこそ、私の大切な親友が傷つくというのなら、私はその選択を……紅葉蓮を許さない。それが貴方の選んだ最善の道だったとしても、たとえ貴方がかけがえのない姉弟だったとしても」

「…………」

 

 それは、おそらく姉さんがずっと言いたかったことなのだろう。

 中学時代のトラウマを抱えたまま碧陽学園に入学した俺達。周囲から距離を置いていた俺達姉弟と必死で友達になろうとしてくれた心優しい親友を……俺達の大事な親友を、この俺自身が傷つけようとしている、その事実に対して。あまり感情を表に出そうとしない姉さんが一年近く胸の奥に秘めていた、怒りの感情。

 俺だって、姉さんの立場だったら激怒しているだろう。親友を、それもよりによって恩人を蔑ろにしようとしているのだから。姉さんに限らず、この状況を聞いた人ならばほぼ全員が俺の事を「最低」と罵るに違いなかった。それはそれで俺にとってはご褒美ではあるけれど、さすがにそんな不謹慎な状況で快感を得られるとは思えない。

 

「アカちゃんが蓮に告白したのは、藤堂さんより後だった。というより、藤堂さんが告白したのを見て、慌てて後を追ったって言った方がいいかしらね。恋愛感情というもの自体をよく理解していなかったはずのアカちゃんが気持ちを貴方に伝えたって聞いて、正直驚いたわ」

 

 桜野が俺に告白してきたのは、今年の春先。それこそ、俺の生徒会入りが確定した時期のことだ。ようやく勉強地獄から解放されて、高校生らしく青春を謳歌していた頃。ちょうど年度末にクラス会で夜中まで騒いで、彼女を家まで送り届けた時に、桜野は言った。

 

『不器用だけど、常に周囲を笑顔にしようとする蓮のことが大好き』

 

 いつも馬鹿みたいに明るくて、色恋沙汰なんかまったく興味ないような素振りだった桜野が、初めて見せた年相応の顔。月明かりに照らされながら、頬を真っ赤に染め上げて。それはとても春先の夜風が撫で上げたものだとは到底思えず。俺のコートの裾を掴んだまま、一秒でも共にいようと抗うかのように。

 ……告白の返事は、『保留』だった。

 以前藤堂に言ったように、俺は他人からの好意を受け取る資格はないし、好意を向ける権利もない。愛する人の異変に気付かず、ただ傷つけることしかできなかった俺は、誰の気持ちも向けられることを許されなかったから。だから、桜野の告白を『保留』した。……『拒否』しなかった理由も、藤堂の時と同じ。

 拒否して傷つけるくらいなら、少しでもショックが少ない保留の方がお互いにいいと思ったから。

 あの時の選択を間違っているとは思わない。何も吹っ切られていない弱い俺にとっては、最善の選択だったと思っている。それは今でも変わらない。

 

「レンの気持ちは分かっているつもり。十七年間もずっと一緒にいるんですもの。余計なことまで分かっちゃうのは道理よね」

「姉さんは聡すぎるんだよ」

「誰かさんが鈍すぎるのよ」

「悪かったな」

「罪悪感があるのなら、いい加減にアカちゃんへの素直な気持ちを教えてほしいわね」

「そもそもなんで姉さんが聞きたがるのさ」

「私はあの子の親友で、貴方の双子の姉なのよ? 知らないままだなんて許さないわ」

 

 勝手だなぁ、とぼやいてはみるものの、お喋りはそろそろ終わりらしい。姉さんの目が冗談を許さないものになっている。

 溜息をつく。こういうのは、当事者二人だけで話すような話題だと思うんだけど。言っても聞かないだろうから、いいけどさ。

 ただ静かに返事を待つ姉さんに向き直ると、いつものへらへらしたお調子者キャラを投げ捨てて、『紅葉蓮』として正直な答えをぶつけるべく俺は口を開いた。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

「あーもー。真儀瑠先生、書類の片付けくらい一人でしてくれないかなー。しかも結構溜まってたし」

 

 超絶怒涛の生徒会長こと私桜野くりむはてくてくと廊下を歩く。

 生徒会を休ませてまで私を呼び出した理由が、先生の雑務の処理だというのだからまったく笑えない。話を聞くと、いつもは杉崎が手伝ってくれていたのだとか。そもそも生徒に仕事を押し付けるなよと真面目に怒りたくはなるものの、彼女の傍若無人っぷりに今更ケチをつけても一緒ではある。こんなことばかり言っていると、蓮あたりからまたツッコミを入れられそうだし。

 ある程度終わらせてから抜け出してきたのだが、すっかり遅くなってしまった。今日は椎名姉妹も杉崎も不在で、知弦と蓮の二人だけの生徒会であるらしい。根は常識人の二人だから何もトラブルは起こらないとは思うけれど、日頃の行い的に少々心配だ。生徒会メンバーはたとえまったくふざけていなくても騒動を引き起こすというのは碧陽の全員羞恥の事実。いくら私が空前絶後の全知全能常識リーダーだとはいえ、さすがにあの暴走五人衆を止められる自信はない。特にあの双子は厳しい。

 とにもかくにも急いで生徒会室に向かおう。もうすぐ下校時刻だが、今ならまだ少しは生徒会活動ができる。それに、人数が少ないということは蓮と交流する頻度も必然的に跳ね上がるということだ。そう考えると胸が躍る。

 

「えへへー。リリシアには悪いけど、これが生徒会長権限だよね!」

「あら、偶然ですわね桜野くりむ。丁度私も生徒会室に向かおうとしていたところで――」

「全力ダッシュ!」

「お待ちなさい」

 

 せっかく意気揚々と歩いていた矢先に不吉な金髪が視界に入ったので脱走を試みるも、深夏もびっくりな体捌きで見事に捕獲されてしまう。こ、この金髪……新聞部のくせに動きが鋭い!

 

「急に何をするんですか藤堂さん。私は今とても急いでいるのですが」

「他人のふりをしても無駄ですわよ。聞けば本日の生徒会は三年生のみの活動とか。あのイレギュラー下級生共がいないということは、紅葉蓮との距離を縮める絶好のチャンス!」

「最難関知弦がいることを忘れてない?」

「うっ……ま、まぁお義姉様にはしっかりとご挨拶から入らせてもらうとしまして……」

「リリシアが知弦をそう呼ぶの気持ち悪い」

「辛辣すぎやしませんこと?」

 

 さすがに同級生を義姉呼びは本当に気色悪いので丁寧にツッコミを入れさせてもらう。文句を言ってくるリリシアではあるけれど、本人もある程度のキモさは自覚が合ったようでしっかり目を逸らす始末だ。リリシアは知弦が苦手だからなぁ。まぁそりゃ、あんだけ毎回毎回あしらわれれば苦手になるのも当然だけど。

 とはいえ、一応恋敵であるこの女をむざむざ生徒会室に連れて行くわけにもいかない。ただでさえ最近リードを許しているのだし、少しは私にも花を譲ってほしい所ではある。

 

「生徒会室は役員以外立ち入り禁止なのでお引き取り下さい」

「あら、そんなこと言ってもいいのですか?」

「どういう意味よ」

「紅葉姉弟しかいない生徒会室。そこでの会話は誰も知らない。でも、中身は気になる……そうは思いませんか?」

「……まさか」

「そう、そのまさかですわ」

 

 勿体ぶるような言い方。しかし、私は悟った。彼女の真意、そしてそれがもたらす財宝を。

 リリシアは新聞部だが、同時に生粋のパパラッチでもある。盗聴盗撮はお手の物、本気を出せば国家の中枢にでも潜り込めるとは見た目が普通すぎる新聞部員の談。その真偽はさておき、彼女の取材力は本物だ。碧陽学園の情報網を支配していると言っても過言ではないだろう。一生徒がそれほどまでの影響力を持っていていいのかはこの際置いておく。

 ゴクリンコ、と生唾を呑み込む私に、あくどい表情を浮かべたリリシアが言葉を続ける。

 

「普段は見られない彼らの素顔。そして、おそらくは私や貴女のことも少なからず話してはいるでしょう。直接赴けば確かに絡みは増えるかもしれない。ですが私にかかれば、姉弟でしか話せない内容もあら不思議。瞬く間に私達の耳に入る事間違いなし!」

「た、確かに……倫理的にどうなのかはさておいて、魅力的な提案……」

「でしょう? 恋とは時に情報戦。敵を知り己を知れば百戦危うからず、と昔の人は言いましたわ。ここはひとつ、私と手を取り合うべきではありませんこと? 具体的に言うと、先に盗聴してあげるから会議に混ぜてくださいな」

「びっくりするくらい愚直に来たね」

「そりゃあもう。私だって藁にも縋りたい思いですし」

 

 リリシアがここまで素直に協力を申し出るのも珍しい。それも、一応はライバルである私に声をかけるなんて初めてではなかろうか。まぁ犬猿の仲とは言われているけど一緒に遊びに行ったりもするし、仲が悪いわけではないのだけど……手を取り合うのはなんかヤな感じがしていた。たぶん同族嫌悪。

 だけれども、今回ばかりはお互いに不利益もなさそうだ。となれば協力を拒否する道理もない。

 

「部外者を入れるのは特別だからね」

「さすがは我が好敵手。それでこそ桜野くりむですわ」

「持ち上げても甘くなったりはしないんだから」

 

 イーッとなじりつつも二人して生徒会室へ。しばらくして、見慣れたドアが見えてくる。中からはくぐもった二人の声がわずかではあるが聞こえてきていた。

 早速リリシアが何やら磁石のような機械を扉に取り付ける。そこから伸びたイヤホンをつけると、扉一枚隔てているとは思えないくらい明瞭に紅葉姉弟の声が聞こえてきた。

 

「リリシア……こんなガチの機械をいったいどこで……」

「最近はネットで何でも手に入りますのよ。覚えておくといいですわ」

「知りたくなかった真実」

 

 そういえば前に知弦が通販で三角木馬を購入していたことを思い出す。そういうアブノーマルな人達の中では通販が一般化しているのだろう。すぐに忘れよう。

 気を取り直して、二人の会話に耳をそばだてる。

 

『えっと……「お子様生徒会長にも分かる心理テスト全集」だって』

「(喧嘩売ってんのか!)」

「(落ち着きなさい桜野くりむ! 向こうにバレますわよ!)」

 

 暴れ出した私をリリシアが慌てて止める。明らかに私だけを狙い撃ちにした本のタイトルに怒りを隠せない。まったく、そんな酷いタイトルの本を出す出版社はどこのどいつなの!?

 どうやら知弦も同じことを考えたようで、呆れたように質問していた。

 

『出版社どこよ。その極々限られた一部を狙い撃ちしたようなタイトルは完全に悪意あるわよね』

『富士〇書房って書いてるね』

『案の定!』

 

 これには私だけではなくリリシアまでもがツッコミを入れた。慌てて口を噤むが、幸い二人には聞こえていなかったらしい。安堵に胸を撫で下ろす。

 その後占いやら心理テストやら、聞いているだけで正気度が削られる会話が続いたものの、ようやく私達が期待していた会話が始まるようだ。先程とは打って変わって神妙な声色で知弦が蓮へ問いかける。

 

『蓮はさ、アカちゃんのこと、本当はどう思っているの?』

『え……?』

『アカちゃんの気持ちを踏みにじってる自覚はあるんでしょう? 彼女のことを本当はどう思っているのか、真面目に答えてちょうだい』

 

 蓮の戸惑う様子が伝わってくる。かくいう私も喉の奥が干上がる思いだ。隣を見れば、居心地悪そうに俯いているリリシアの姿。当然だろう。返答次第では私を傷つけかねないこの質問。万が一の事を考えると、彼女も気が気でないに違いない。

 息を呑む。心臓がけたたましくなって騒がしい。私の意思とは無関係に身体が震え、呼吸が乱れる。見兼ねたリリシアが手を繋いでくれるが、治まる様子はない。

 あぁ、いったい今から、どんな言葉で私は打ちのめされるのか――――

 

 

『俺は、桜野のこと、大好きだよ』

 

 

 ――――呼吸が、止まった。

 冗談ではなく、本気で一瞬呼吸が停止する。呼吸どころか、生命活動が停止したようにも思えた。そんな私の動揺を他所に、彼は言葉を続ける。

 

『姉さんには前にも言ったけど、俺は藤堂の事も桜野のことも大好きなんだ。最低なこと言っている自覚はあるけどさ、優劣なんてつけられない。いつかきっちりしないといけないのは分かっているよ。でも、こんな最低な俺なんかに好意を向けてくれている最高の二人なんだ。そんな簡単に返事をしていいわけないじゃないか』

『キー君みたいなこと言っているけど、キー君と違ってうじうじしているのが低評価ね』

『お生憎様。俺は優柔不断で頼りない鈍感マゾ野郎なので、その言葉はご褒美にしかならないよ』

『はぁ……その様子だと、あの二人の苦悩は卒業まで続きそうね……』

『面目ない……』

 

 結局いつものように知弦に説教され始める蓮。さっきまでの威勢はどこへやら、すっかり普段の二人に戻っていた。

 ……だけど、こちらとしては、そうもいかない。

 

「…………あぅぅ」

 

 顔が赤い、なんてものでは済まされない赤面っぷり。リリシアも同様に、熱湯を被ったかのように火照った顔つきをしている。顔だけじゃなく全身が熱い。恥ずかしさと嬉しさが入り混じって、もう意味が分からない!

 

「あの馬鹿……そういうことは直接言いなさいよ……」

「うぅ、ずるいですわ……」

 

 二人して頭を抱える。あの最低男はどこまで私達を悩ませれば気が済むのだろう。ただでさえ告白の返事を保留にしてやきもきさせているというのに、本当にムカつく男だ。

 ……それでも嫌な気持ちがしないのは、惚れた弱みというやつだろうか。どうやら馬鹿なのは蓮だけじゃないらしい。彼の雰囲気に当てられて、私とリリシアも相当馬鹿になっているようだ。

 イヤホンを外してリリシアと顔を見合わせる。とても平常心で生徒会室に突撃できる心境ではなかった。

 

「……帰ろっか、リリシア」

「えぇ……喫茶店にでも寄りましょう……」

 

 二人に気取られないようにゆっくりと生徒会室を後にする。間もなく夏本番といった暑さが始まる夕陽の下で、それ以上に火照った私達は心臓の鼓動をBGMに下校を開始するのだった。

 

 

 

 ――――帰宅後、ベッドに飛び込んで悶絶したのは言うまでもない。

 

 

 




 応援のメッセージ、いつもありがたく読ませていただいております。
 遅筆な拙作ですが、これからもよろしくお願い致します。
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