予想する生徒会
「私達人間には、無限の可能性があるのよ!」
超絶ロリ女子高生桜野くりむはいつものように絶壁の如き胸部をえへんと張ると、パクリ名言を堂々と言い放っていた。
とまぁ聞きようによっては偽善にも聞こえかねない台詞ではあるものの、これに関しては割と同調できる思想だ。普段通りのセクハラトークで見事にあしらわれている杉崎に加勢する形にはなるが、桜野の揚げ足を取るように会話に乱入する。
「桜野の成長可能性は限りなくゼロだけどな」
「それはどういう意味なのかなぁ!? 人間としてなのか、それとも肉体的な意味なのか!」
「そんな……そんな残酷なこと、俺には……うっ」
「妙にリアルな反応やめなさい! そ、それに、人間として成長しないのは蓮も同じでしょ!? そこんとこはどうなのよ!」
「失礼な。俺は日々常に成長してんだよ」
「ど、どういう意味よ」
机を挟んだ真正面から獣のようにぐるぐる唸って威嚇してくる桜野。自分自身への罵倒を認めてしまっている形になっていることに気が付いているのかいないのか知らないが、何気に聞き捨てならないことを言われているような気がする。まったく失礼な。この俺が成長しないなんて、そんなことある訳ないだろう。
俺は呆れを含んだ表情で溜息をつくと、鞄から愛用の縄を三本取り出し、そのまま自身に巻き付け始め――
「なんと、セルフで亀甲縛りをできるようになったんだ! 褒めてくれ桜野! これは、マゾヒスト界に激震を走らせる大いなる一歩に……!」
「さて、それじゃあ皆の将来の夢を語っていくわよー。べ、別に私の進路志望の参考にしたいとかじゃないからね」
「…………真冬ちゃん」
「全身に麻縄巻き付けた変態さんと話すことなんて何もないのでこちらを向かないで欲しいです」
あまりにも無慈悲なスルーを喰らったので沈黙するしかない。藁にも縋る思いで隣の真冬ちゃんに助けを求めてはみたものの、心底気色悪いといった視線を向けられてしまった。純度百パーセントの嫌悪に思わず心臓が高鳴ってしまう。はぁはぁ、興奮してきた。
「真冬に変態的な嗜好押し付けてんじゃねぇぞ蓮さん」
「押し付けてなんかいない。今のはただの生理現象だ」
「そんな最低な生理現象あってたまるか! アンタが常軌を逸したマゾヒストってだけだろ!」
「俺は三度の飯よりも罵倒と蔑みの視線が大好きだ」
「限りなく知りたくなかった情報の一つなんだが!」
「あ、後は鞭が好きです。もちろん打たれる方で」
「誰も望んでないような補足情報付け加えてんじゃねぇよ!」
妹を庇うように横腹を殴ってきていた深夏が徐々に暗い顔をし始めてきていたので、そろそろ脱線から戻るとする。
今回の議題というか、桜野の提案は、まぁ根拠としては分かりやすい。つい数日前に配られた進路希望調査表。俺と姉さんは無難に「進学」と書いて担任に提出してはいるものの、彼女は未だに記入することができずに提出締切が近づいてきているという訳だ。毎日毎日何も考えずに生きている桜野らしいといえばらしいが、彼女の性格がどうであれ締切が遠ざかるわけではない。大方、放課後に担任からせっつかれでもしたのだろう。
ちなみに藤堂のヤツは意外にも「進学」と書いて提出していた。理由を聞いてみると、「あ、貴方ともっと一緒にいたいからに決まっているでしょう」と聞いたこちらまでもが恥ずかしくなってしまうセリフを吐かれた次第であります。複雑な関係だとは言え、あそこまでストレートに言われるとこちらとしても反応に困ってしまう。……主に、羞恥心的な意味で。
「なにニヤニヤしてんのよ蓮。気持ち悪いわよ」
「普通に酷いな」
悪口罵倒はご褒美だとはいえ、親友からマジトーンで言われると地味に傷ついてしまう。というか、藤堂と進路希望調査の話をした一昨日くらいから俺に対する当たりが強くなっているのはおそらく気のせいではあるまい。怒っている理由もなんとなく想像はつく。理不尽だとは思うが八割方俺のせいであるのも否めないので、今は甘んじて受けるしかないのが現状だ。マゾじゃなかったら再起不能になっていた。
さて、話を戻して進路についてだ。深夏が順当に就職やらお嫁さんやらで生徒会メンバーをほんわかラブリーな空気に陥れている中、唯一無事だった真冬ちゃんに改めて声をかける。
「真冬ちゃんはやっぱり、ゲーム関係とか作家さん?」
「うーん、真冬はあんまり自分の趣味を仕事にしたくないタイプなんですよね。純粋な気持ちで没頭できなくなるというか」
「先輩二人のナマモノジャンルでBL本書くのは純粋な気持ちって言っていいのか?」
「真冬の本に出てくる登場人物はあくまでフィクションであり、実在の人物とは一切関係がありませんです」
「その注意書きすればなんでも許されると思うなよ」
「ただ、真冬がこっそり制作中の挿絵は紅葉弟先輩と杉崎先輩をモデルにしていますけどね!」
「やっぱり関係あるじゃねぇか! やめろ! 俺にそっちの気はない!」
「またまたぁ、マゾヒストなんだからそれも悦んでいるって真冬には分かりますよ」
「とんでもない誤解と捻くれた認識に齟齬が生じているんだけどねぇ!」
「完成したら次回のオールナイト全時空で朗読会しますね」
「全校規模での誤解を解くのは死ぬほど大変だから勘弁してぇええ!」
「……ふぅ、ストレス発散できたから良しとするです」
「悪魔か!」
完全に弄ばれた形になっているのだけれど、いつからこの後輩ちゃんはこんなに強かになってしまったのだろうか。四月に知り合った時点ではもっと健気で純情で、純粋無垢な女の子だったはずなのに……。
「いや、真冬ちゃんがそこまで歪んだのは間違いなく貴方とキー君のせいでしょ」
「あーあー聞こえないー」
「左右の耳を繋いであげようかしら」
「嬉しい限りだけどせめて死なない程度にお願いします」
かなりのジト目で実姉から睨まれているけれど、俺としては目を逸らすしかない。身に覚えがありすぎる、なんて認めた日には自分の変態っぷりを世に知らしめすことになってしまうからだ。杉崎はともかくとして、俺は心身ともに健やかな少年少女に危害や悪影響を加えるような先輩になった覚えは……覚えは……ない!
その後、杉崎はヒモ王だったり、我が姉は相変わらず社会の裏スレスレな妄言を叩いていたりとキャラ性にブレない発言を行っていたが、その後矛先が向けられたのはもちろん俺だ。桜野が妙に期待を込めた視線を送っているのはどういう了見か知らないけれど、とにもかくにも話題提起に協力したほうがよさそうな雰囲気だ。何やらソワソワしている親友は置いといて、さっそく口を開く。
「まぁとりあえずはススキノのSM界を牛耳るところからかな」
「世界的にあんまり支障が無さそうで地味に反響がありそうな世界を手中に収めようとするのはやめてください! 俺の夢も大概ですけど、蓮さんも結構アレですよね!」
「何を言う。最強のマゾヒストを目指すための足掛かりにはもってこいじゃないか。ススキノや池袋、中州の屈強なマゾヒスト達を結集し、俺は新国家を立ち上げてみせる」
「いやもうなんか一気に壮大なスペクタクルが展開されつつありますけども! イヤだそんな暑苦しい新国家! 屈折した性癖集団のクーデターなんて何の悪夢だ!」
「国名は『マッゾイ共和国』に決定だな」
『相変わらずネーミングセンスがダサい!』
全員から国名をディスられて地味に傷つくものの、今更であるため軽く流すことにする。というか、いいと思うんだけどな新国家。サッドイ王国は姉さんに治めてもらって、たまに両国家で親交を深めることで究極のSMプレイを……げへへ。
「言っておくけど私は貴方の夢に乗っかるのイヤだからね」
「そんな! なんでだよ姉さん!」
「私はあくまでも個人的にSっ気があるだけであって、そんな大それたぶっ飛び方はしていないからよ」
『えっ……?』
「ちょっと待ちなさい貴方達」
とんでもない発言を聞いた気がするのだけれど俺達の気のせいだろうか。
「わ、私はまだ常識のある方でしょ? ねぇ、皆?」
『……………………』
「ちょ、嘘でしょ……? き、キー君! 蓮! 貴方達なら分かってくれるわよね?」
「……ごめんなさい、知弦さん」
「いやぁ、さすがにそれは無理でしょ姉さぶぎょぁっ!?」
「……ちょっと外の風に当たってくるわ」
「いやなんで今俺にだけ鞄ぶつけたの姉さん」
いいけどさ、別にいいんだけどさっ。なんか釈然としねぇ!
自身の扱いに今更ながらショックを覚えたらしい姉さんが生徒会室から出て行ってしまったが、たぶんすぐに戻ってくるだろうし特に気にしない方向で会議を進めていく。なんなら俺と杉崎の扱いの方が圧倒的に悪いのだけれど、そこでマウントを取ったところで生まれるのは限りない虚しさだけだから言わないでおいた。虚しい。
……とまぁひとしきりメンバー同士のボケの応酬が終わったところで(姉さんも無事に戻ってきた)、桜野が改めて会話を切り出した。
「でもさぁ、みんな勿体ないよね。堅実な将来を描くのは正しいとは思うけど、もっと可能性を追いかけてもいいと思うのにさ」
「まぁ会長の言う通りですが、さすがに宇宙人とか未来人とか超能力者って書くのは常識的にどうかと思いますよ」
「いやまぁそれはそうなんだけどさ。なんか、皆、もっともっといっぱいの可能性と選択肢を持っているはずなのになって」
『…………』
桜野の言葉に、俺を含めたメンバー全員が口を噤む。だが、おそらく俺だけは違う理由で二の句を告げなくなっていたのだと思う。
おそらく桜野は、そこまで深く考えて議題を提示したわけではないだろう。しかも、その方向性は将来の夢や進路に特定されているはずだ。……だけど俺は、彼女の言葉が優柔不断な俺自身の選択のことを言っているように捉えてしまっていた。
好かれる資格なんてない、好きになる資格なんてない。
そんな身勝手な理由を、いつまでも過去のトラウマを引きずっている俺は、自らの可能性を狭めていることになるのだろうか。もし彼女が言うように「人間には無限の可能性がある」のなら、俺自身がまた新たな人生を歩むことも可能なのだろうか。
――もしそれが、本当に許されるのなら……俺は。
「私達には、無限の可能性があると思うの! 過去の経験がどうであれ、未来はきっと明るいわ!」
それは、今回の冒頭で桜野が言った名言で。
藤堂が、桜野が……そして、俺が。
無限の可能性ってやつが平等に訪れるのだとしたら、それはきっと……。
「……きっと、俺なりの正解を持って、答えを出せると思うから」
「ん、蓮どうしたの? なんかボソボソ言ってなかった?」
「なんでもねぇよちびっこ」
「はぁ~? モヤシに言われたくないわよばーか!」
子供のようにムキになって突っかかってくる我が親友。どこまでも、どんな時でも普段通りに「親友」として接してくれる彼女に、心の中で感謝しつつ――
――どうか、彼女がこれからも幸福そうに笑ってくれるような答えを出せるようにと、未来の俺にエールを送った。
生徒会の新巻(周年)が面白かった。