姉さんは普段通りの落ち着いた様子で軽く息を吐くと、艶めかしい美脚を組み替えてから桜野を諭し始める。
「アカちゃん。一応一般論から言ってみるけど、こういう性の乱れとかの問題は私達生徒会が動いたところでどうこうなるようなモノじゃないと思うわよ?」
「どうこうならなくても、してみせるのよ! それが私達生徒会の使命! 碧陽から歪んだ愛を排除するの!」
「でも、そうしちゃうとかなりの生徒が消えちゃうような気がするのだけれど。特にウチの弟とかハーレム王とか」
「大義を成すための尊い犠牲よ。大きな利益のためには小さな代償も仕方がないの」
「……アカちゃん。生徒会長っていう集団はいったい誰のためにあるのかをもう一度考えてみない? あくまでアカちゃんは、《生徒》の《会》の《長》なのよ。それが生徒のことを考えないで一人で突っ走っちゃったら、本末転倒もいいところじゃない」
「う」
相も変わらず大人な姉さんの正論に、多少行きすぎた感は否めないのか表情を固まらせてたじろぐ桜野。視線を泳がせて俺達を見ている辺り助けを求めているのだろうが、そもそも反対派に立っている俺達に救助を請うという行動自体無意味を通り越して無謀だ。今回に限っては、桜野は一人で頑張らないといけない。
……しかしなぁ、見た目お子様な桜野が若干涙目で困りきっている姿は、なかなか俺達の保護欲を擽るわけで。このまま放置と言うのも些か罪悪感が残る。
俺と同じ考えに至ったであろう真冬ちゃんがこそっと手を上げようとしていたが、俺はあえてそれを諫める。怪訝な視線を向けられたので、桜野達にバレない程度の声量で会話を開始。
「(どうしたのですか紅葉弟先輩。真冬が折角会長さんを助けようとしていたのに)」
「(今回の会議は、明確な答えが出ない堂々巡りなんだ。今更アイツを助けたところで付け上がるだけだし、反対しても会議が停滞するだけだ。だから、これ以上の意見交換はやめておいた方がいい)」
「(でもでも、このままだと本当に会議が終わらないんじゃ……)」
「(俺に、考えがあるんだ)」
「(考え?)」
「(あぁ)」
真冬ちゃんが疑問符を浮かべて首を傾げる。他の三人は先程と似たような会話を繰り返していたが、俺はそんなことにはお構いなしに手をあげると、桜野から呼ばれるのも待たずに口を開いた。
「一応ここまでの状況を再確認したいんだけど、構わないか?」
「え、えぇ……どうぞ」
「ありがとう。学園内での不純異性交遊を失くしたいっていうのが桜野の意見だよな? 別に恋愛ご法度にまでするつもりはないんだろ?」
「それは……うん。私は、ケジメをもって学園生活を送ってほしいだけだから」
「その意見は至極真っ当だよ。正論だ。間違ったことは何も言っちゃいない」
「ぁ……で、でしょう! ほら、さすが蓮はよく分かってる――――」
「でも、お前は生徒会長という点では間違っているよ」
「……え?」
桜野の表情が笑顔のまま固まる。それは他のメンバーも同様で、驚きを顔に貼りつけた四人は目を丸くして俺を見つめていた。「こいつは何するつもりなんだ」という疑問を込めた視線が浴びせられる。そして、姉さんと杉崎からは、桜野と対立するような立場に立った俺を非難するかのような眼差しが向けられる。
俺は二人に軽く微笑むと、桜野の方を改めて向いた。彼女の敵対心に溢れた視線が全身を貫き、少しだけ胸が痛くなる。……落ち着け、俺。【こういう事】を乗り越えるために、俺は被虐趣味なんて道を選んだはずだろ? これくらいの痛み、快感に変えてみせろ。
生徒会室が静寂に包まれる。俺一人だけが孤立した空間の中、意を決して口を開く。
「桜野、お前は生徒会長をなんだと思っているんだ?」
「……この学園を治める最高権力者よ」
「だろうな。確かに、生徒主権のこの学園じゃその答えが最適だろうよ。……でもな、最高権力者だからって好き放題我儘放題していいってことじゃないんだぜ? 生徒の利益を最優先に考えて、そのためには自分の意見も妥協しながらも最善の案を選ぶ。自分が気に入らないからってだけで排除して、理想の学園を作ろうってのは、ちょっとばかし独裁が過ぎるんじゃないのか?」
「……独裁じゃないわ。私は、碧陽のためを思って言っているのよ」
「それは分かる。性の乱れから碧陽の株が下がったりしたら大変だ、防がなきゃっていうお前の気持ちは大いにわかるさ。でも違うんだ。全排除なんか駄目だ。それをやっちまうと、【どんな奴でも受け入れる】っていうウチの方針を曲げちまうことになる。お前は、碧陽の学風を変えてまでも不純異性交遊を失くしたいのか?」
「それは……」
一気に捲し立てられ、考えが纏まらない様子の桜野。……でも、それでいい。
今の俺が並べ立てたのは、紛れもなくただの屁理屈だ。桜野の真っすぐな意見に比べれば、塵ほどの優しさも正当性もない。我儘なのは、俺の方だ。
でも、今回はそれでいい。コイツは生徒のことを本当に考えてくれている、その形式さえ残っていれば、この会議はどうにでも立て直せる。
「蓮、もしかして貴方……」
俺の真意に気付いた姉さんが思わずと言った様子で呟いていたが、俺はあえてそれを無視すると、言葉を続ける。
「今答えを出せとは言わない。とりあえず、今度プリントでも配布して注意を呼び掛けておこうぜ。風紀委員と連携して放課後の巡回も厳しくすればいい。全面禁止にしなくても、それだけやれば少しは減ると思うぜ?」
「でも、プリントとかだと見ない人もいるし、それに風紀委員の仕事を増やすわけには……」
「大丈夫。その点についても考えている」
「え?」
桜野は顔を上げると、まじまじと俺を見つめた。期待を顔一面に浮かべ、子供のように目を潤ませている。……あぁ畜生。こんなヤツを一瞬でも傷つけねぇと物事を収拾できない俺はやっぱり未熟者だ。杉崎の馬鹿の方が、何千倍も要領がいい。不器用だな、俺。
自分の不甲斐なさに溜息をつきそうになるが、なんとかそれを飲み込むと、生徒会中の視線を一身に受け、俺は高らかに宣言する。
「今度の全校集会の時に、俺が直々に呼びかけるよ。『不純異性交遊、変態行為は自重しましょう』って」
『…………はぁ!?』
ガタタッ! と激しく椅子を鳴らして勢いよく立ち上がるメンバー達。予想外の意見に驚いているのか、はたまた「お前が言うな」的考えに囚われているのか分からないが、それぞれが驚きのあまり口をパクパクと魚のように開閉している。なんか面白いな。
俺が一人勝ち誇った様子で胸を張っていると、しばらく黙りこくっていた深夏が震える指先で俺を示しながら口元をヒクヒクと痙攣させていた。
「あ、アンタ……アンタ自分が何言ってんのかわかってんのか!?」
「おう。俺様のようなパーフェクトガイが全校に向けて警鐘を鳴らしてやるんだ。これは碧陽から日本、果ては世界中の学校に広まり、地球全体を不純異性交遊の少ない惑星に変えることだろう!」
「いやいやいやいや! 結構大層なこと言っているけど張本人に説得力が皆無だから! ある意味この惑星全体で最大級の変態だから、蓮さんは!」
「よせよ。濡れるじゃねぇか」
「やっぱりどうしようもない変態じゃん! そんなヤツがどの面下げて『不純異性交遊、よくない』とか言うつもりなんだよ! 無理だっつうの!」
「……俺みたいな変態に言われるから、こんな奴に注意されるくらい酷いなら直そうと思えるんじゃないのか?」
「あっ……」
さらりと入れ込んだその台詞に、ツッコミの弾幕を展開していた深夏はおろか他の四人までもがポカンとした表情で俺を見上げる。目から鱗が落ちる顔とはこういうことを言うのかと一人感心してしまった。特に桜野。お前表情明るすぎだろう。
皆の注目を一身に受け、俺は今回の解決策を俺なりに頑張って纏めながら説明していく。
「最初からできてねぇ奴が注意すりゃ、対抗心燃やして気を付けようとするだろ。引き締まるっていうのか? 学園一のマゾヒストである俺が言うことで、生徒達の怒りを煽って不純異性交遊をなくさせりゃあいい。それなら、被害受けるのは俺だけで済むし、注意も効果的で万々歳だ」
「蓮……」
「そんな顔すんなよ桜野。俺は天下のマゾヒストだぜ? 一時の怒りを食らうくらいどうってことねぇよ。それに、この学園の生徒はそんなにねちっこい奴らじゃない。俺の注意も分かってくれると思うし、嫌ったままにされるとは到底思えねぇよ。俺達が積み上げてきた友情は、そんな程度で崩れるもんじゃねぇだろう?」
「……うん」
「だから、安心しろ。俺が最小限の被害で、最大限の効果を上げてやる。俺のトーク力を舐めんなよ? 全校集会が終わったら総出で拍手されるくらいの素晴らしい演説にして見せるさ」
「……馬鹿ね。アンタが何言っても罵倒しか返ってこないわよ」
「それはそれでご褒美だよ」
我慢しきれなくなったのか、桜野は少しだけ俯くとくすっと小さく笑みを零した。そこでは先程までの憔悴した様子はなく、いつも通りの明るい桜野くりむが楽しそうに笑顔を見せている。
見ると、杉崎や姉さん、深夏、真冬ちゃんまでもが困ったようにではあるものの、それでも素直な笑顔を浮かべていた。それぞれが笑い声をあげ、殺伐としていた雰囲気を消し去っていく。
そんな中、杉崎は俺に視線を向けるとわずかに頭を下げる。
「(……ありがとうございます。やっぱり、蓮さんには敵いませんね)」
「(そんなことねぇよ。俺はお前のサポートをしただけだ。けど、今回は俺が汚れ役を引き受けてやったんだから、今度は覚えてろよ?)」
「(お手柔らかにお願いしますね)」
くつくつと苦笑交じりに喉を鳴らす杉崎。それでも次の瞬間には、桜野の方へと向き直って馬鹿な話題を振り始めていた。
「会長、そういえば会長が想像していた不純異性交遊ってどんな感じなんです? 俺、詳しく聞きたいんですけど」
「えぇっ!? そ、それは……えと……」
『…………(ニヤニヤ)』
「それは?」
「う、うぅ……せ、セクハラはダメぇ――――――――っ!」
杉崎がからかい、桜野が叫び、姉さんがフォローし、深夏が諫め、真冬ちゃんが苦笑する。
俺が望んでいた生徒会の姿が、確かにそこにはあった。自分を犠牲にしてでも守りたい日常が、ようやく戻ってきた。
(あーぁ、面倒だなこういう役目。もう絶対やらねぇ)
殺伐とした生徒会は嫌いだ。どうせならば、笑顔の絶えない仲良し集団を維持したい。それが周囲にどう言われようとも、俺はこいつらの笑顔を守って見せる。
誰よりも他人の笑顔を求める杉崎のハーレムが、暗い雰囲気に包まれていちゃいけねぇんだ。
普段通りの笑い声が生徒会室に響き渡る中、俺は全校集会で生徒全員を幸せにできるような原稿を目指してパソコンを立ち上げた。
次回は蓮の演説です、お楽しみに♪