ザグバン丘陵南東の方角から、かなりの速度でモンスター第2チームが戻って来るのが見えた。砂埃を上げながら駆けるダークパンサーの姿は、とても隠密行動中とは思えない。彼らを叱責しなければならないのだろうか、とセラフィはぼんやり考えていた。
帰投したモンスターチームは、口々に報告した。南方のドルワーム2機甲旅団は、一分隊がルーラストーンを用いてプクランド大陸へ本格上陸、残りの部隊もアクロニア鉱山港から合流した船舶、もしくは大陸間鉄道の軌道を用いてそのまま南下を始めたらしい。全部隊は二日もかからずにプクランド側に上陸するだろう。
「ザグバン丘陵側には全く兵が残っていないの?」セラフィは尋ねた。
「一分隊だけ残されています。但し完全に後方兵站を担う部隊で、戦闘レベルの兵力は有していません」
「ザアグの洞門方面は?」
「死角になってよく解りませんが、大きな兵力が割かれている様子は余り見受けられません」
セラフィはカレヴァンを振り向いた。カレヴァンは小さくうなずいた。
「確かに少しおかしいな。まさかほぼ全部隊を上陸させるとは。なぜザグバン丘陵を空にしたのだろう?我々の存在に気づいた上で、トラップを張っているのか?」
一瞬の思考の後、セラフィは言った。
「…確かに罠かもしれないわね。でも、少なくとも現有戦力の殆どが大陸を離れたのなら、これ以上のチャンスはない。そう判断すべきね」
セラフィは全部隊に指示を出した。
「当初の作戦通り、ザグバン丘陵最南部、ザアグの洞門を目指す。全軍進撃!」
モンスター部隊の移動は異常に速かった。ダークパンサーは全力疾走だと軽くドルボードの2倍のスピードを出す。セラフィはカレヴァンと共に、最後衛を維持しつつザアグの洞門へ急行した。
2時間程度で、洞門前に到着した。辺りにはモンスターも含め、敵の気配どころか生き物の気配が全くない。と言うより、そもそもこの洞窟に何者かが立ち入った形跡が、全くなかった。
「…ほぼもぬけの殻で間違いないな、この洞窟は」カレヴァンが言う。
「南方侵攻を済ませて、前衛を固めてから戻ってくるつもりなのかしら?」
「いや、それであれば最小限の兵力は残しておくはずだ。そもそも、海底を経由した二重侵攻作戦をとっているのならば、この場所を完全に空けるはずがない」
セラフィとモンスター隊は戸惑いながら、洞窟内部に入ろうとした。
突然、上空から大きな羽音が聞こえた。すわケツァルコアトルスの攻撃か、と一同は身構え、上空を見据えた。
モンスターではなかった。馬だ。羽の生えた馬、天馬が一目散にこちらに向かって飛んでくる。伝説の天馬、ファルシオンだった。
ならば乗っている人物は一人以外考えられない。セラフィは逸るモンスター部隊を押さえ、天馬の降下をじっと待った。
目の前にファルシオンが降り立ち、その背からアンルシアが降りてきた。セラフィはかけより、彼女の下馬を手伝った。
「アンルシア様、どうなさったのですか。ちょうどこの洞窟内に進入しようとしていたのですが、ドルワーム軍の気配が全くないためどのような行動を取るべきかと…」
「連絡もせずに来てごめんなさい、セラフィ。ことは急を要するの」
アンルシアはいつものように、その少女のような可憐な顔立ちに似つかわしくない、射貫くような鋭い目線で、隊全体に語りかけた。
「皆さん、ここはドルワーム軍の侵攻経路ではありません。彼らがザグバン海峡地下を通って、二正面でプクランドに向かうという作戦予測は、間違っていました。皆さんは、一旦ここで待機して下さい。まもなくカミハルムイ候ニコロイ王の派遣した部隊が、こちらに到着するはずです」
アンルシアは、彼女はセラフィに向き直った。
「セラフィ、一緒に来て。ファルシオンに同乗しましょう」
「どこへですか?」セラフィは完全に困惑していた。
アンルシアは少し唇を噛み、答えた。
「…完全に虚を突かれたわ。彼らの目的地は、チョッピ荒野の北東部、チューザー地下空洞よ。今、関係者に大急ぎで連絡して、そちらに向かわせているの」
「チョッピ荒野??」
「メギストリス軍が破られたら、ドルワーム軍は直ちにチョッピ荒野に向かうはず。今から追えばギリギリ間に合うわ。詳しい話は馬上でしましょう」
「待って下さい。いずれにしてもザアグ洞門はプクランドにとって脅威となるでしょう。この洞窟を封鎖する必要はないのですか?もともと、そのために我々はここに…」
「…この洞窟の先には何もないの。もちろん海峡の下を通る遺跡や地下トンネルも、全く存在しない。作戦目的自体が大きく間違っていた。というか、ラミザ王に欺かれていたのね。
あなたには、この作戦の真の目的はまだ知らせていなかった。ごめんなさい。状況が流動的だったので、まずはここへの潜行を優先してもらい、私がその後合流して真の目的伝達をするつもりだったのだけど、全部一からやり直し。
とにかく乗ってちょうだい。話はそれから」
アンルシアは、カミハルムイ部隊が到着したときに取るべき行動を、簡潔に部隊に指示した。その後、アンルシアとセラフィは、カレヴァンとモンスター部隊を残し、大きな羽音と共に再びその地を離れた。
カレヴァンは今聴いた話にかなりの混乱を覚えていたが、すぐさまモンスター部隊を再配置し、カミハルムイ部隊の到着に備えた。