オルフェア北西部での衝突から、丸1日が過ぎた。
メギストリス軍は果敢に戦ったが、劣勢は覆うべくもなかった。4,000の兵のうち、2割に当たる850名が失われた。
最終的に、パンカネロは銀の丘戦線維持を諦め、キラキラ大風車塔への退却を命じた。残る兵士は遺体を必死で回収しつつ、第三歩兵部隊がしんがりを努め、辛くも風車塔への脱出を完遂した。
風車塔では、戦線の立て直しが行われていた。戦死者のザオラル・ザオリクによる順次蘇生が全力で行われているが、爆死や損傷の激しい遺体はそのまま“真の死”に至らざるを得ない。必然的に、メギストリス軍は完全防衛体制に入った。
緒戦での勝利を収めたチャムールは、意気揚々とミュルエルのルーラストーン周辺に引き上げた。ラミザが、ルーラストーンでミュルエルまで渡ってきていた。チャムールはラミザの前に跪き、戦況報告を行った。
「ご苦労様」ラミザは柔和な微笑をもって報告に応じた。
「メギストリス軍はキラキラ風車塔まで後退・籠城しました。あの城は鉄壁の防御を誇っていますので、現有勢力で抜くことは難しいですが、本隊が到着すればかならず…」
「そうだね。君は本隊と合流し、私の命があるまで銀の丘方面で待機していてくれるかな。私は、チョッピ荒野に行かなければならないのでね」
「チョッピ荒野?」チャムールは首をかしげた。
「あそこで、済ませてしまわなければならない用事があってね。それが済めば、我がドルワーム軍によるプクランド大陸占領はほぼ万全のものとなるよ。君はそれまで、ここを固めているんだ」
「は、しかし、王のみで向かわれるのは危険が大きすぎます。我が旅団の一部隊を…」
「大丈夫だよ。そのためにメギストリス軍を風車塔に封じ込めてくれたんだろう?本隊直属チームに同行してもらう。信頼出来る案内人も一緒にね。ああ、もう来たね」
チャムールは後ろを振り向いた。小柄な人物が歩いてきた。緑色のポンチョに短い杖をつき、顔は真っ白な口ヒゲ・あごひげ・眉で覆われている。パイプの煙で黄色く濁った眉と帽子の間から、鋭い目がこちらを見据えていた。
チャムールは思わずつぶやいた。
「…賢者エイドス様?」
ラミザとエイドスは、十名程度の衛兵を引き連れ、ドルボード車で南方に向かった。
残ったチャムールは混乱していた。なぜここに賢者エイドスが?ここまで攻め込んでおきながら、なぜ王のみがほぼ単身で南方に向かう?そもそも、我々に何の説明もないのは、なぜだ?
突如、ルーラストーンの衝撃波が現れた。チャムールは振り向いた。ドゥラ院長がそこに立っていた。
「ドゥラ様!王国での守備の任は?」
「それどころじゃないよ。この侵攻を止めなければならない」
「は?」チャムールは気色ばんでドゥラを睨んだ。この男、元が盗賊だけあって上官に対する態度が万全ではない。
「王国地下にウラード前国王と、娘のチリ様が幽閉されていた。先ほどお二人を助け出したところだ」
「え?お二人は退位後、偽レンダーシア訪問中行方不明となり、捜索中だったのでは?」
「それはラミザ王が我々に説明・指示したことだ。ラミザ王の行動は、明らかにおかしい。これまでは静観してきたが、前王が幽閉されていたとなると、一大事だ。この侵攻自体に大義がなくなる。王に直言せねばならん。王はどこへ?」
「それが、チョッピ荒野に用があるからと、なぜか賢者エイドス様と一緒に向かわれまして…」
「エイドス様と?なぜだ?私は一言も聞いていないが」
「解りません」
ドゥラは唇を噛んだ。
「くそっ、ここまで後手に回るとは。私の大失態だな。とにかく、機甲旅団2団は完全待機だ。一切の軍事行動を禁ずる。私は風車塔に使者を差し向け、取り急ぎの交渉に入る」
ドゥラの話を聴きながら、チャムールは頭の中のもやが晴れていくような感触を味わっていた。確かにラミザ王の行動は、ムチャクチャだ。何より不思議なのは、そのことに自分が今の今まで、殆ど気づいていなかったことだ。