スライムナイト第1列の中央から、ドルボードを慎重に操作しつつ、セラフィは眼下の光景を一瞥した。
数多くのクレーターで構成されたザグバン丘陵は、砂漠化の進むドワチャッカ大陸の中でもことのほか荒涼とした場所だ。
かつてクレーター底部を生息地としていたメガザルロックたちは乱獲により大幅に数を減らし、今では数個のクレーター内にまばらに確認できるに過ぎない。それに伴ってサウルス類の生息数も徐々に、確実に減少していた。丘陵を通る風は生暖かく、曇天には時折ケツァルコアトルスの黄色い翼が見え隠れする。
地形的にドルボードを使いにくい場所なので、セラフィの中隊は殆どが徒歩での行軍を強いられる。セラフィのドルボードも、セグウェイタイプ2のシンプルなものだ。
伝書ドラキーマ4匹のうち、2匹が戻ってきた。セラフィは伝書内容を一瞥した後、スライムナイト及びダークパンサー4頭に、ペアでの南下を指示した。4つのチームは文字通り滑るように移動していった。
流れ落ちる汗をぬぐい、セラフィは後ろにいるカレヴァンを見た。カレヴァンは、真のレンダーシア・アストルティアではキラーパンサーであるチョメの姿を取っている。この部隊の中で人間の姿に見えるのは、今のところセラフィ一人だけだ。
「大丈夫かしら?」セラフィは尋ねた。
チョメの姿をしたカレヴァンは、泰然とした様子で首だけをこちらに向けた。
「うむ。彼らは熟練の兵員たちだし、欠けることなく戦線まで行って戻ってこられるだろう」
「何も手が出せないというのは歯がゆいけど…」
「とにかく、待つことだ。今回の任務には相当の忍耐力が要求される。兵もそうだが、何よりあなたにだ。セラフィ」
セラフィは微笑をもってカレヴァンに応え、荒涼たるザグバン丘陵に目を戻した。雨期でも殆ど雨の降らない丘陵大地には、まばらにしか草が生えていない。オーグリード大陸と並んで過酷な環境で知られるこの大陸の中でも、特に厳しい場所だ。
セラフィは残った部隊を集合させた。モンスターたちへの訓示を行う。
「ドルワーム部隊に発見されたときの措置は?」
「スライム種・パンサー種・ドラキー種別に素早く散開し、モンスターの縄張り保全を装います」
「よし。ではこの場で待機。今回の作戦では、交戦は基本的に一切禁止だ。指示があるまではこちらからの行動は行わないこと。では持ち場に着きなさい」
毎日、一字一句違えずに行ってきたやりとりだ。相手がモンスターだから、ではなく、軍律を維持するための最低限の手段である。
セラフィは疲労の色を悟られまいと、一人離れた小高い丘に向かった。
自分がモンスター部隊のリーダーを務めるなど、想像したこともなかった。他ならぬ勇者姫とその盟友からの再三の頼みがあったから、受けただけだ。
毎日、任務を受けたことを後悔していた。だが、CWが膠着することでアストルティア全体が崩壊の危機にさらされることは、十分に解っていた。
ネルゲル危機ともマデサゴーラ危機とも違う。前の二つは共通の敵が相手だった。「世界の危機」に際して、アストルティア各国とレンダーシアは緊密に団結していた。今回、6つの大陸はCWによって急速に分裂・対立してきている。
おそらく、彼の地には敵軍が常駐しているだろう。2機甲旅団という大軍がプクランド大陸に向かっている。彼の地ルートの部隊もかなり大がかりなはずだ。精鋭とは言え、このモンスター部隊で突っ込んでいって、果たして勝ち目はあるのか?
一日数回は繰り返される脳内反芻を止め、セラフィはゆっくりと隊に戻った。