ドルワーム新王・ラミザは王宮・空中庭園の玉座を出て、庭園を見渡せる渡り廊下をゆっくりと歩いていた。彼の特徴でもあった長めの巻き髪は、新王即位に伴って短く刈り込まれていた。ずんぐりとした体型はドワーフ特有だが、ラミザの体躯からは一種の精悍さが感じられる。
ドルワーム王宮は、420年前の新ドルワーム王国建国時からおよそ50年をかけて建設され、歴代の王が維持してきた建造物だ。空中庭園にはその名の通り壁が全くなく、四方の太柱と中央部分の格子状階段のみが天井部分を支えている。砂漠の地で庭園に常に水を供給し続けるため、これも建国当時から数十年をかけてデマトード高地から引かれた運河と、大陸深部の地下水をくみ上げ、王宮と王国が維持されている。
ドワチャッカ大陸は大半が砂漠の土地だ。空中庭園の周囲は微弱な魔力シールドで保護されているが、砂漠を吹き渡る強風は王宮にも容赦なく吹き付けてくる。庭園の緑を前王ウラードはよく愛でていた。そのため、庭園には常に40名の園丁が勤務していたが、ラミザが即位してからは徐々に減員されている。
「ラミザ王!」
ラミザはゆっくりと振り向いた。ドゥラ院長が足早に近づいて来た。白い研究所作業服を着込んだドゥラはいつもの険しい表情を崩さないが、どことなく戸惑っているようにも見える。
「ドゥラ君、今日はお休みではなかったのかい?」ラミザは答えた。王子として宮中にある時からのもの柔らかい話し方は、変わっていない。
「は。非番ではあったのですが、状況が気になって登庁致しました。賢者部隊を新たに増援されたそうですね」
「ボクの命令じゃないよ。チャムール旅団長の判断だ。昨晩彼から打診があってね。ボクも必要だと思ったから、彼の判断を支持した」
ドゥラは少し目を伏せた後、もう一度ラミザの顔を見て、言葉を続けた。
「チャムールは優秀な将校となりました。元々盗賊団を率いていたときから、リーダーの資質はあったのでしょう。その判断自体に余り異を唱えるつもりはないのですが、しかし…」
「しかし?」
「王国本土の防衛が手薄に過ぎませんか。ここに他大陸からの侵攻を受けたらどうなるでしょう。前線に兵を集中投入したことで、王宮の防衛部隊は通常の半分以下の大勢となっています。王もお気づきでしょう」
ラミザは薄く笑った。ドゥラは表情を変えずにいたが、内心後ずさりをしたくなる気分に駆られた。王になってからのラミザは、ことあるごとにこの表情を見せる。
「この状況下でドルワームに侵攻してくる勢力などあるものか、ドゥラ君。エルトナの各都市国家とは不戦協定締結済みだし、ガートランドが差し向けている援軍も到着まで5日は優にかかる。特に、彼らの交通手段は限られているからね」
「お話の途中ですが、その件についても。我が国の方針により、大陸間鉄道が完全に不通になっているため、一般国民・市民の行き来にもかなりの支障が出てきています。このままでは国民の不満増大を抑え切れません。よって…」
「だから短期決戦が必要なんだよ。速やかに我が国の意向をプクランド大陸諸国に示し、新生ドルワーム王国の覇権を盤石なものにするための、やむを得ない行為だ。これ以上、他国の後塵を拝するわけにはいかないからね」
ラミザは暫し西の方角に目線を送り、話し続けた。
「もちろん、ラグアス王は全く侮れないし、ああ見えてメギストリス騎士団は非常に屈強だ。よって、戦線全体をコントロール出来る賢者部隊が最も重要だ。王宮の防衛力確保より、優先度は明らかに高い。ドゥラ君もその点には納得出来るだろう?」
何度か話してきた内容とは言え、ラミザの語る戦術には隙がなかった。チャムールとの意思疎通も問題ないようだ。ドゥラは黙って下を向き、同意を示した。確かに隙がない。今までのラミザの考え方からは比べものにならないくらい、行動に隙がない。
「さあ、我々が戦術のこまかいことを心配してもしょうがない。ちょうど庭園でハイ・ティーにしようと思っていたところだ。もちろん同席するよね、ドゥラ君?」
ラミザは、ドゥラが幼少期からずっと見てきた、ちょっと頼りなげだが人なつっこい笑みを浮かべていた。ドゥラも微笑をもって返すしかなかった。
自分がかつて無能な兄と蔑んでいたこの男は、実は常に心根の優しい、思いやりと気配りを欠かさない人物だった。二度にわたる天魔クァバルナの災厄を経て、ドゥラは彼の人品を見損なっていたことを深く恥じ、忠誠を誓った。彼であれば新しい国王を安心して任せられる。ドゥラはそう信じていた。
信じていた、か。いや、その思いは今でも変わらない。
ハイ・ティーが設けられたテーブルへ進むラミザの後を、ドゥラは足早で追った。