メギストリス玉座の間で、ラグアス王と宰相フォステイルは、刻一刻と入ってくる前線の速報を聞きながら、各方面への指示に追われていた。
ルーラが最小限しか使えない今、情報伝達は伝書ドラキー族・アカイライ飛脚に頼らざるを得ない。必然的に伝達効率は下がり、当を得ない不確かなネタも多くなっていた。そんな中、いくつかの重要な情報が彼らにもたらされた。
ガートランド軍が24時間以内にはメギストリス西岸に到着するという。最初の予定では後5日以上はかかるとのことだったので、これは嬉しい誤算だ。一方でミュルエル北方の戦線がいよいよ崩れそうだというパンカネロからの速報がある。もう一つ、ヴェリナードからの不明船団が3隻接近中という、プテラサウルス族による遠視情報も届いていた。さらにもう一つ、ニコロイ王からの書簡。
「フォステイル、このヴェリナードからの船団は何だろう?3隻だけだけど、ディオーレ級巡洋艦が中心らしいね。穏やかじゃない」
「ヴェリナード軍が参戦するとは思えません。ドルワームとヴェリナード魔法戦士団との交渉は不調に終わっておりますし、彼らは此度の戦乱には興味がないというか、関与を避けたいようですので。ただ、船団の目的が何かという点については、私も今のところ見当がつきません」
「そうだね」
ラグアスは目をしばたたいた。ここ1ヶ月、ほとんど眠っていない。特に休戦協議が決裂し、両軍の衝突が始まってからのラグアスは、ほぼ不眠不休だった。フォステイルに寝ろ寝ろと散々叱られながら、ようやくうたた寝をするような状態だ。
「…やっぱり、僕が前線に行くよ。フォステイル」
フォステイルは首を振った。
「国家元首の仕事は国の中央にしっかりと構え、臣下に指示を出すこと、そう申し上げたはずです。陛下が前線に出てもしものことがあったら、メギストリス全体が回復不能なダメージを受けます。同じことを何度申し上げれば良いのですか?」フォステイルはいつものように目をつり上げた。
「分かってるよ。でも、よくよく考えた結果なんだ。聞いて欲しい」。
ラグアスはそのつぶらな瞳で、フォステイルをひたと見据えた。亡き母・前王妃アルウェとうり二つの目線だ。
550年前からこのアストルティアを生き抜き、アルウェにも寄り添って来たフォステイルは、どうもこの目線に弱い。仕方ないとばかりに、話の続きを聞くことにした。
「ラミザ君、いやラミザ王に直接会う必要があると思う。ラミザ王は、絶対この最前線まで出てくる。確信があるんだ」
「確信とは?」
「さっき来た、ニコロイ王からの書簡だよ。急いで出したらしく要点しか書かれてないけど、ラミザ王が不戦協定内容をかなり念入りに確認してきたことが知らせてある。彼は後ろの不安を徹底的に排除したいんだよ。と言うことは、自分が出てくる気なんだ」
「…かなり根拠薄弱ですな」
「前線にドゥラ院長ではなくチャムールを差し向けていることもそうだよ。つまり、ドゥラをドルワーム城に残すつもりだ。本来なら、ドルワーム機甲旅団の参謀としてはドゥラ以外考えられないはずだからね」
「なるほど」
フォステイルはやや感嘆しながら、ラグアス王を見つけた。情報収集が行き届いているし、筋も通っている。プーポッパン前王の不幸な逝去以降、ラグアスは驚くほどの成長を見せていた。
「根拠は分かりましたが、それと最前線に王が赴かれる理由が繋がりません」
「顔を見て話したいんだよ、ラミザ王と」
ラグアスの顔は少し紅潮していた。
「確かに、今回のラミザ君の行動はどう考えても変だ。全く理屈が通らないし、同調する国も一つもない。
その一方で、進軍はキチンと統率が取れていて、兵は一心不乱に戦っている。ちぐはぐすぎるんだよ。
実際に彼に会って、顔を見て話せば何か分かると思うんだ。ボクはそうしたい。何より、国王が正面に出て行けば、向こうもそう簡単に侵攻してくることはできないだろう」
「…その主張には全く同意出来ません。彼らが王を確認したからと言って、攻撃を控えるという根拠はありません。むしろ攻撃を強める可能性すらある。王の安全は、最優先事項です、しかし…」
フォステイルは長い時間考え込んだ。
「…こうしましょう。戒厳令を想定したシフトを取ります。王の影武者を置き、執政はいつも通り私が進めます。王には今晩のうちに、精鋭数名だけをつれて極秘裏に移動して頂きます。公の行動は認めるわけには参りません。随員は私が選びます」
「解った。移動方法は?」
「基本的にはルーラは控えるべきでしょう。ドルボードにて移動して頂きます」
「よし。ではすぐ準備するよ。今の通り進めておいて、フォステイル」
ラグアスは準備のために王座を離れた。フォステイルは一瞬悲痛な表情を見せたが、すぐさま王の移動手配にとりかかった。