大賢者ルシェンダを中心とする【叡智の冠】会議は、このところ頻発する緊急事態のため、実質的に週2回以上開催されることも珍しくなかった。
グランゼドーラ城地下の会議室には、オルフェアで釘付けとなっている賢者エイドスを除いた3名が集まっていた。エイドスは現地からホログラム参加だ。
「戦況を共有化しよう。賢者エイドス、お持ちの情報をお話し頂けるか」
その強大な魔力で、実年齢を完全にカモフラージュしてきたルシェンダだが、さすがに昨今は疲労の色を隠せない。エイドスもまた、ホログラム越しでも分かる困憊した顔つきで、説明を開始した。
「ザグバン丘陵南部からドルワーム機甲旅団2隊が南下・上陸目前、ヴェリナードからは未確認船団が東進中。おそらく彼らの目的地は…」
ぼそぼそと説明を始めたエイドスを、ブロッゲンの杖がいきなり遮った。
「しかーし、ヴェリナード船団がメギストリス制圧を目的としているかどうかはまだ分からないのでアール!
ブロッゲン様が見立てたところ、船舶数は3隻で、物資も最低限に過ぎないので、上陸戦を前提としたものとは考えにくいとのことなのでアール!」
「…ホルタよ、この会議の時くらいは、そのしゃべり方を改めることはできんのか?」
ルシェンダはウンザリ感を露骨に出しつつ、杖に憑依している神父を実名で呼んだ。生前のホルタは、あのルナナとか言うワガママ小娘の父親だった頃は、控えめで人徳のある神父だったのだが、杖に憑依してなぜこんなふざけたキャラになってしまったのか、全く理解できない。
「これはしょうがないのでアール!!」
いつも言下に否定されるところも、全く同じだ。諦めて、彼女はエイドスに向き直った。
「ラグアス王とは、連絡がつきそうなのか?」
「斥候ドラキー族が完全に払底しており、連絡手段はほぼ途絶えております。エネルギー充填量がもう少しあれば、ARマルチライン回線を使うことも出来るのですが、現状ではエネルギー枯渇も甚だしく…」
ルシェンダはエイドスの報告を、手を振って制止した。ホログラム使用によるエネルギー消費もバカにならない。重要な論点に絞ることにした。
「エイドス。やはり私はどうにも納得がいかない。今回のラミザ王の目的だ」
「はあ」
「そもそも、ウラード王が突如譲位をした経緯も全くドルワーム国外には伝わってこない。そしてラミザが即位した直後のこの暴挙だ。こんなことをすれば諸国全体を敵に回すことは明らかなのに、彼は矢継ぎ早に行動を仕掛けている」
エイドスはホログラム上で、じっと耳を傾けている。
「…どう考えても、王の背後に誰かが、あるいは何かがいて、彼を扇動しているとしか思えない。もちろん、これは誰でも思いつくことだ。だが、余りにも行動があからさま過ぎる。裏の裏があるのではないか、と勘ぐってしまうのだよ、エイドス」
エイドスは、パイプの煙ですっかり黄色くなった眉毛と帽子の隙間から、ルシェンダを見つめた。
「ルシェンダ様。私はこう思うのです。ドワチャッカ大陸はウルベア・ガテリアと言うアストルティア最古の文明を長きに渡り2つ擁していた大陸です。加えて、ドワーフとはそもそもが誇り高き種族です。
ですが、ここ数十年ドワチャッカの人口は減少の一途をたどっております。産業水準でも5大陸の最低レベルにとどまっており、オーグリードやウェナの後塵を拝しています。彼らの誇りは、地に落ちていると申し上げて良い。
ドルワーム王国の諸侯たちは、元々覇権を旗印にしていたところがあります。過去数代の王は、他国への侵攻こそ行わなかったものの、常に交易や領土交渉等を通じて自国の優位強化を図っていた。
ですが、ウラード王は全く異なり、融和的・共和的な政策をとっていました。ラミザ王子は人知れず、そのような先王の姿勢に反感を持っていた、と言うことは考えられませんか?」
淡々と語るエイドスの口調を、ブロッゲンの杖が大音声で遮った。
「…うーむ、それは思いつかなかった。深い洞察でアール!!」
ルシェンダはため息をついた。
「なるほど、一理あるかもしれんな。また改めて話そう。賢者ホーロー、状況を共有化してくれるか」
ルシェンダはホーローに向き直った。ホーローはここ2週間ほど、憔悴しているように見えたが、ぶつぶつと発せられる独り言からその理由ははっきりしていた。
「…まったく、今日はカミハルムイ名物王都の桜餅を最低5個は食って力を蓄える日なのに、いつまでこれが続くのか…」
ルシェンダは静かな怒りを覚えた。
「賢者ホーロー。食べ物の話は暫し捨て置け。貴殿の知っている情報を、速やかに全て共有化したまえ」
ルシェンダの幻視シールドが怒りによって少し弱まり、その【真の姿】がほの見えていた。ホーローはもとより、残りの賢者全てが正しく震え上がった。
「大変失礼しました。私の得ている情報は、カミハルムイ王国の動きで…」
ホーローがカミハルムイとアズランでの動向を説明し、議論はなお1時間ほど続けられた。
とは言え、錯綜する状況を多少なりとも理解することは出来ても【叡智の冠】が手をつけられることは限られていた。殆ど成果らしい成果を得られないまま、会議は終了し、各賢者は自分たちの持ち場に戻っていった。
薄暗い地下の会議室で、ルシェンダはまだ暫し佇んでいた。誰もいなくなった今、彼女の【真の姿】が、かなりはっきりと形を取って現れていた。幻視シールドを常に維持することが不可能なほど、彼女は疲れを隠すことが出来なくなっていた。
「ルシェンダ様」
少しまどろんでいたルシェンダは、はっとなって向き直った。瞬時に幻視シールドを張り直す。
勇者姫、アンルシアが戸口にひざまずいていた。ルシェンダは彼女を招き入れた。
「お疲れのところ申し訳ありません」
「…うむ。会議は踊る、されど進まず、だ。」
「大賢者の皆様も、お疲れの中懸命に働いていらっしゃるようですが」
「だといいがな…で?」
ルシェンダはじっとアンルシアを見つめた。アンルシアはつい最近髪をかなり短く切り詰め、より活動的なスタイルとなっていた。
ここグランゼドーラ城地下のホログラム会議室は、盗聴や精神感応を含めた全てのエネルギーを遮蔽するシールドが完備されている。それでもルシェンダとアンルシアは、念には念を入れて固有名詞を避けながら、会話を続けた。
「奴で、ほぼ間違いないのか?」
「…間違いないでしょう。少し復活サイクルが早い気もしますが、それ以外は想定通りです。セラフィからの情報とも一致します」
「うむ」
ルシェンダは沈黙し、前をまっすぐ見つめた。彼女は基本的に熟慮する。素早い判断は余り得意ではないが、その代わり徹底して考え抜いた結論を、満を持して実行する。
「奴だとした場合、今までと行動パターンがかなり異なる。少なくともこんな手の込んだ差し口は、以前にはなかったものだ。それが気になる。もちろん、彼を操作しているのは奴だと考えるのが妥当ではあるのだが…」
「私もそれは考えていました、ルシェンダ様。ですが、最終目的地がA地であり、そこに向けて行動がなされているとすれば、辻褄が合います」
「そうだな。最も可能性の高い仮説に集中することとしよう」。
ルシェンダは手元のエネルギーボックスパネルを操作し、データスフィアを呼び出した。目下、ルシェンダにのみ許された特権的エネルギー使用である。彼女はレンダーシアの在野人物データベースにアクセスした。
「リンジャの塔に居所を構える歴史学者がいたな。なんと言ったか、女性の…」
「ヒストリカ博士ですか」
「彼女の専門は旧リンジャ帝国だが、ドワチャッカ・プクランドの古代史にもかなり詳しかったはずだ。少々遠回りかもしれんが、意見を聞いておくのは手だろう」
「分かりました。我が盟友に依頼し、情報を入手します」
アンルシアは手早く一礼し、地下室を去った。
CW下において、アンルシアは文字通り八面六臂の活躍を見せている。その体力は無尽蔵ではないかと思われるほどだ。マデサゴーラ危機と、何より兄トーマとの辛い別れが、彼女を一段とたくましくしたことは間違いない。
ルシェンダはその後も黙考を続けていた。