アストルティア戦記2550   作:しろたく

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9.ヴェリナード東海域

 ヴェリナード東海域の風は強かった。通常の帆船では、転覆しかねない波の高さだった。

 だが、ディオーレ級巡洋艦は王国最強クラスの船だ。アストルティアでは非常に珍しい内燃機関エンジンを搭載し、最大で400名が乗船出来る。

 全く稼働していない大陸間鉄道陸橋を北方に見つつ、船団は一路メギストリス領に向かっていた。

 

 ヒューザは甲板にいた。少しでも早く大陸を見たいかのようだ。傍らに立つ巨躯の持ち主は、キャット・リベリオだった。

 「ヒューザ、これはどう考えてもとんでもないことニャ」

 かつての宿敵であったリベリオは、今やヒューザの片腕とも言える存在となっている。共に幾多の修羅場を乗り越え、お互いの腹蔵を知り尽くしていた。

 出帆の時は急を極めており話す暇もなかったリベリオとヒューザだったが、今こうしてみると一言言わずにはいられないらしい。

 「ディオーレ級を無断で出帆させるなんて、前代未聞だニャ。魔法戦士部隊が全力で追撃してくるニャ。こっちはこの船をほとんど操縦したことがない猫族ばかりだし、追いつかれたらひとたまりもないニャ。今のうちに…」

 「すまんな、リベリオ」

 話の腰を強引に折られたリベリオは、普段であれば露骨に不機嫌になるところだが、このときばかりは困ったように微笑み返すしかなかった。

 「…こうしないと、気が済まないのニャね?」

 「お前には話してなかったと思う。俺は流浪時代に、先代プーポッパン王と現ラグアス王には返し尽くせないほどの恩を受けているんだ。ジュレットに無事戻ることが出来たのは先王のおかげだし、ラグアス王にも幾多の支援を受けている。

 大体、大陸全体に苦難が押し寄せているときに、黙って見てられるか。魔法戦士団はくどくどレクチャーを繰り返すだけで、全く行動に出ようとしねえ。クソの集まりだ」

 「女王ディオーレは黙っていないニャよ?」

 「だろうな。知ったことか。そもそも何で、プクランドからガートランドに援軍要請が行ってるんだ。本来ならヴェリナードが真っ先に駆けつけるべきだろうが」

 「オーディス王子にも話してないのかニャ?」

 「時間がなかった。しょうがない」

 

 ヒューザとリベリオは、暫く黙ってじっと正面の海を見つめた。まだ、到着まで半日はかかる。

 「…で、間違いないのか?」ヒューザが尋ねた。

 リベリオはふん!と胸を張る。猫族の感情表現は、大変解りやすい。

 「キャットバット情報網をなめてもらっては困るのニャ。ルーラなんぞなくとも、五大陸の全ての場所に翌日中には情報伝達出来るのニャ。今やアストルティア最強ニャ」

 「解った。マダム・マンマーの了承はもらったのか?」

 「もらったも何も、マダムの指示ニャ。猫族の間でも、今回のラミザのヤバさはただ事じゃないという見方ニャ。こういうときは情報を素早く集めた者勝ちニャ」

 「そうだな。現場に先に着いちまえば、後は何とでもなる。ラグアス王への連絡体制は、任せたぞ」

 「もう手配済みニャ」

 「ありがとう」

 

 ヒューザは軽く足下に目を落としてから、リベリオを見上げた。

 「しかし、こんな大規模な内戦が始まっちまうとはな。マデサゴーラ危機が終わったら普通の生活が戻ってくると皆思ってたのに、どうなってるんだか」

 「内戦は初めてでも何でもないニャ」

 リベリオの口調には棘があった。驚いて、ヒューザはリベリオを見た。

 「猫族とウェディはずっと戦闘状態にあったニャ。30年前のラーティス王島の戦いでは、1万頭以上の仲間が喪われたニャ。そもそも猫族が、王島からあの狭い猫島に追いやられたのも、 ウェディの圧政が原因ニャ。

 ジュレットの連中は俺たちを悪魔みたいに呼んでるけど、そもそも最初に仕掛けてきたのはウェディニャ。

 普通の生活?そんなものは俺たちには殆どなかったニャ。俺たちはずっと抑圧されてきたのを、忘れたニャ?」

 ヒューザは苦い顔をしてうつむいた。

 

 リベリオは、少しだけ表情を和らげた。

 「…まあ、マンマー様を裏切った俺が言えた筋合いじゃニャいが。

 だけどヒューザ、これだけは覚えておいて欲しいのニャ。同じ種族同士でも、戦いなんてのはちょっとしたきっかけで始まるニャ。

 ましてアストルティアとレンダーシアにはこれだけの種族がいて、何もいざこざが起こらない方がおかしいニャ。争いが起こったら、出来るだけ素早く鎮めるのが俺たちの役目。少なくとも俺はそう決めてるニャ」

 ヒューザは再び足下に目を落とした。暫く考えてから、彼はリベリオに微笑みかけた。

 「全く、世紀の裏切り者キャット・リベリオが、こんなまともなことを言うとはな」

 「ちゃんと反省して、心を入れ替えたのニャ!」

 「解ってるって」

 

 もう一度ヒューザは前方を眺めた。

 「早く終わりにしようぜ、こんな茶番」

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