童話をモチーフにしたり、別にそうでも無いウマ娘の短編を入れておく箱です。


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あるレース中の場面から始まります。

ワンダーアキュートはなぜスマートファルコンを赤鬼と呼ぶようになったのか。


※ワンダーアキュートのエミュの甘さは目を瞑ってね。
※ウマドルに対する深刻なイメ損を含みます。いやな人はブラウザバック推奨。


鬼のスマートファルコン

「鬼のスマートファルコン」

 

 

スマートファルコンの背中に一歩の距離まで迫った。

その時だった。

ワンダーアキュートは異様な音を耳にした。

高い集中状態に入っていたことも相まって、その音は蹄鉄がダートを蹴り上げる音でも、集団の息遣いでも、耳が風を切る風切り音のどれでもないと直ぐに分かった。

音の発信源はスマートファルコン。

ミシミシ、プツプツ、パンッ、というレース中まず耳にするはずの無い異音は斜め前方のスマートファルコンから発されていた。

 

 

 「(ダメじゃっ! 集中集中!)」

 

 状況が余りに飲み込めないせいで一瞬気を散らしたが、直ぐに持ち直す。

 

 

 「(ゴールまで後300! 今は追い抜くのみぞ!)」

 

 なるべくスマートファルコンを気にしないように、視界に入れないように注力した。

 だが、その意識は却ってスマートファルコンへと警戒を強める結果となり、結果ワンダーアキュートはスマートファルコンを直視することとなる。

 

 

 スマートファルコンの体には異変が起きていた。

 

 レース前と比べて彼女のトモはあそこまで太かっただろうか。

 ーーただ膨張しているのではないと一目でわかる、荒縄を幾重にも束ねたような筋繊維。

 腕はここまで太かっただろうか。

 ーーもはや推進力を生み出すための新たな器官と化している。

 

 だが群を抜いて異常なのはその背中だった。

 

 ワンダーアキュートの知っているいつものスマートファルコンは、女性らしく丸みを帯びて、かつ無駄のないしなやかな肉体の持ち主だ。少なくとも、筋肉の塊ではない。

 知っているからこそワンダーアキュートは最初、それがスマートファルコンの背中とは理解できなかった。

 

 ただ思った。

 

 

 “此れは人に非ず。山である。山が、動いている。“と

 

 

 スマートファルコンの背中は隆起していた。

 広く、深く、弾ける一歩手前まで引き延ばされたアイドルらしい可愛さのある勝負服は爆発せんばかりに緊張し、筋肉の陰影がわかるくらい向こう側が透けて見える。

 透けた先の背中に大きく存在を主張する一対の巨大な目があった。

 少なくともキラキラしたウマドルの目ではない、機敏なハヤブサの狩人のような目でもない。これは、それよりももっと、もっと恐ろしいーー。

 そこまで考えてワンダーアキュートは目を逸らした。否、真剣なレースの真っ最中であろうとも無視できない恐怖から目を逸らそうとした。だが間に合わなかった。

 視線が外れ前を向くその一瞬前、スマートファルコンの背中、眼球もない筈の向こう側と目が合った、ような気がした。

 

 

 だが同時に冷静な部分では考えを巡らせていた。

 スマートファルコンの背面の隆起《おこ》り。脚二本分の働きはすると見たり。

 力強い。ここまで鍛え込まれた肉体を持つウマ娘などおいそれとはいないだろう。凄まじいPOWER。最強のフュージョン。全く恐れ入った。

 だがそれは同時に膨大なスタミナを消費することと同意。

 それを証明するように、ほら見さらせ、今にも落ちてきているではないか。

 

 パワーを保つためだけのスタミナ、タフネス。認めよう。とはいえ、ちいと少しばかり足りなかったようだねえ。

 老獪に結論付けた。

 現に、唯一抜きん出て並ぶものなしとばかりに先頭を旅していたスマートファルコンの位置はスルスルと落ちてきている。

 

 今、ワンダーアキュートとスマートファルコンは並んだ。

 

 ワンダーアキュートはこれ幸いとばかりに、集中力によって希釈された時間の中で、老獪にライバルを観察した。

 肉体。確かに恐ろしい、まるで巨大な汽車のようなプレッシャーは触れるだけでも体がバラバラになると錯覚させる。

 それがどうした。ならば近寄らなければ良いだけのこと。そうすればプレッシャーに惑わされず自分のレースを最後まで貫ける。

 あとは此奴のスタミナがどこまで“粘る“か。

 ワンダーアキュートは推論を導くため横に並んだスマートファルコンのトモを観察した。上限が近いならヘロヘロとした不安定さかがどこかに見て取れるはずだ。

 

 見る。確信。

 スマートファルコンの体力は限界が近い。

 その証拠に、彼女の足取りはこんなにも軽やかにーー、軽やかに?

 

 おかしい。ほんの数瞬前までは確かにスタミナ切れの兆候があった。だからこそこうして自身の隣まで落ちて、並んでいるのだから。

 並んでいるのだから?

 なぜ並んでいるのだろう。スタミナが切れかけて落ちているのなら、今頃アタシが差していてもおかしくない。にもかかわらず、こうして並んでいるのは、落ちてきたのは、ーー脚を溜めるためのブラフ?

 

 さっきまで気にも留めなかった心臓の音が強く響く。

 体の中心が冷え、内臓が迫り上がってくる。

 そして、自分の音が如何に弱々しく、反対に、隣にいるスマートファルコンの足音がやけに大きく、強く聞こえる。

 

 スマートファルコンは落ちるはずだ。落ちなくてはならないのだ。

 ワンダーアキュートは自身の考えに縋るあまり、横にいるスマートファルコンの顔を伺った。伺ってしまった。

 

 

 “赤鬼“

 

 

 およそ童話に出てくるほのぼのとした鬼とは似ても似つかない、畏ろしさの象徴がそこに在った。

 

 ウマドルらしくスキンケアに気を遣っていたスマートファルコンの肌は白い透明さを備えていたが、却ってそれがスマートファルコンの皮下に暴れ回る赤い激しい血潮の存在を浮き彫りにさせている。

 炎が内側で迸っているかのような太い血管、紅く染め上がった首、耳、顔、そして凄惨な形相。

 

 視線を感じたスマートファルコンはそちらを一瞥した。

 両者は一瞬だけ視線を交わした。

 その一瞬はどれほどの時間だったのだろう。決して長くはなかったはずだ。だが、視線に込められた感情の熱量は痛いほど伝わった。いや一方的に押し押された。

 

 “ごうっ“という空気の動きをワンダーアキュートの片耳が捉えた。

 スマートファルコンの、ジェットエンジンの過給機のような吸気。彼女はそれを終えると爆発的に加速した。

 踏み込みの度に爆発するダート。

 地面に伝わる力の効率など一切合切無視した、圧倒的力を備えた者だけに許される力による蹂躙のごとき走りで、スマートファルコンは一馬身、二馬身と二番手の位置にいるワンダーアキュートと差を付けていった。

 

 

 そしてゴール。大歓声。

 電光掲示板にはスマートファルコン1着の表示。

 ワンダーアキュートは入着。すなわち、負け。

 

 

 ワンダーアキュートは徐々にスピード落としながら努めて呼吸と心を落ち着かせていたが、先ほどのスマートファルコンを視認した時の戦慄から復帰できないでいた。

 心臓に負担をかけないようにと少し歩いたが、結局脚を止め、両手を膝に置いて呼吸をすることになった。

 本当はダート上に倒れ込んでしまいたい。

 だがそれだけはしなかった。勝者の影に隠れることになってしまったが、戦い抜いた五体をみっともなく土の上に晒すことだけはしたくない。それはレースでの勝敗以上の負けだ。だいたい、倒れ込めば口に泥が入る、泥の味は敗北の汚泥だけで十分だ。

 未だ足は震えていた。

 それが疲労によるものなのか、スマートファルコンへの恐怖なのか武者震いなのか、本人にもはっきりとは分からない。ただ、とんでもない奴人と同時代に生まれてしまったな、と思った。

 

 

ーーーーーーー

 

 ライブに備えて控室に戻る途中の地下バ道でワンダーアキュートのトレーナがタオルとドリンク片手に出迎えてくれた。

 

 

 「アキュート」担当バの名前を呼びながらタオルを渡す。

 「ああ、ありがとうね」

 「どこか痛むところはある?」

 「大丈夫よお」

 クーラーボックスから取り出したばかりのタオルは冷たく、ワンダーアキュートはそれで気持ちよさそうに顔や首筋を拭いていた。その間に目視でトモを確認しつつ、ひと段落ついたところでタイミングを見計らってドリンクを渡す。

 

 

 「スポドリもあるよ」

 「すまないねえ、ありがとう」

 ワンダーアキュートが500mlのスポーツドリンクを一息で飲み干すと、トレーナーは彼女に気を遣わせないようにしつつ空の容器を受け取る。もう何度も繰り返したやりとりにも拘らず、彼女はいつも申し訳なさそうにしていた。

 

 

 二人横に並んで同じ速さで歩き出す。

 同じ“並ぶ“でもファルコンさんの時とは大違いだねえ、とワンダーアキュート。

 

 

 どうやら担当バのメンタルに特に問題は無さそうだ。であれば、トレーナーはワンダーアキュートの記憶が鮮明なうちにレースの感想を聞くことにした。鉄は熱いうちに打つに限る。

 

 

 「ねえアキュート、今日のレースはどうだった?」

 「うーん。途中まではいい展開だと思ったんだけどねえ、最後は赤鬼に食べられてしまったよ」

 

 

 ワンダーアキュートは普段から落ち着いたウマ娘だ。

 安定したメンタルは彼女の強みとも言える。

 それに田舎のばあちゃんのような口調も相まって、時折JKと思えない時があった。

 そんなワンダーアキュートが、“赤鬼“と口にした部分だけ何か感情を隠そうとしている。

 隠そうとした部分が一体どのような感情なのか、トレーナーの勘はここで聞き出すべきではないと告げた。

 

 

 しかし、“赤鬼“か。

 状況から判断するにスマートファルコンのことだろう。

 

 

 「スマートファルコン……、鬼は強かったかい?」

 「強かったも何も、圧倒されてしまったよ。パワー負けだねえ、あたしも、ライアンさんみたいにもっと筋肉つけたほうがいいのかねえ?」

 「全体のバランスがあるからなあ、なんとも言えないけど。今のままじゃ鬼退治は難しそう?」

 「……負けるつもりはねっけど、武器は欲しいかもなあ。矢でも刀でも」

 「それじゃ本当に鬼退治だ」

 「あら、本当だ」

 

 

 ワンダーアキュートは、トレーナが全く自然にスマートファルコンのことを鬼扱いするのが可笑しくて少し笑った。

 トレーナーもそれが分かってか、結局二人で笑い合った。

 

 

 「次は勝とう」

 「もちろん。負ける気はないよう」

 「ああ。……それにしても“鬼“か。とてもじゃないがアイドル、いやウマドルか。目指す子のあだ名とは思えないなあ」

 「トレーナーさんはレース中のファルコンさんを知らないからそう言えるんよ。本当に鬼、“赤鬼“だったんだからねえ」

 「ふふ、砂のサイレンススズカに続いて赤鬼のスマートファルコンか。彼女もいろんな名前が付く」

 「本当にねえ」

 

 

 二人の話し声を、ウマ娘を含めた周囲の関係者が聞いていた。

 

 

 控室につくとトレーナーはワンダーアキュートをパイプ椅子に座らせ触診と問診を実施した。ワンダーアキュートはくすぐったそうにしている。若干筋肉が腫れているところがあるが、軽症にも満たない範囲だ。

 大きな後遺症がないことが確認できると、「何かあったらすぐ言ってくれ」とだけ伝えて控室から出ていこうとする。

 片方は部屋の中で着替えるのだから、流石に一緒には居れない。

 時間は丁度いいし、トレーナーはライブ用の関係者エリアに移動しようとした。

 

 

 「じゃあ、先に言ってるよ」

 「うん。また後でねえ」

 「君の素敵な踊り、ちゃんと見てるからね」

 「もうっ、余計なこと言わんで早く行きんさい。」

 ぐいぐいとトレーナーの背中を押して追いやるワンダーアキュートの頬は、レース中とは別の理由で梅のように紅く染まっていた。

 

 

ーーーーーーー

 

 

 ワンダーアキュートとそのトレーナの、スマートファルコンに関する地下バ道での会話を聞いた他のウマ娘が、面白がって自身のトレーナーに「赤鬼」のことを話すと、そのトレーナーは仲の良い記者にネタとして「ターフに現れた赤鬼」の話をした。

 その結果……。

 

レースの号外の見出しに「赤鬼スマートファルコン、今日も大暴れ」とデカデカと記載され、ウマドル路線を目指すファル子を「ファル子はウマドルなのに、なんで鬼なの〜〜〜!!」と大いに困惑させた。

 しかし「赤鬼」の通り名は今までウマドルに興味が無かった層にも波及し、結果としてファル子はより多くのファンを獲得することになる。

 「ウマドル」としての在り方を望むファル子にしてみれば、ファンが増えて嬉しいやら「鬼」呼ばわりは可愛くないやらで乙女心にちょっと複雑な心境であったが、とりあえずファンが増えてダートが盛り上がることには変わりないので、いつものように「しゃい⭐️」と気合を入れると、心機一転ウマドル道を驀進するのでした。

 

 

 めでたしめでたし。




「サイレンススズカの除霊」
「狐(っぽいカラーリングのウマ娘)の嫁入り、もしくはトレーナーの婿入り騒動」
「ブライアンとイッパイアッテナ」
「レース後、敢えて汗だくの状態で胸元にトレーナーの顔を抱き寄せ呼吸させるフジキセキSS」
「スイープトウショウと不思議の小瓶」

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