────お前、むかつくえ。
力なき一般市民に向けられた銃口は、一切の躊躇なく火を噴いた。
吹き出る血飛沫。苦しみに悶える男の声。子供の鳴き声。
全てが、不快だった。
不快で、不快で、仕方なかった。
「────っ!!」
我慢の限界。
自分の体は驚くほど自然に、担いでいた槍を砕けんばかりに握っていた。
背後から、自分の意図を読み取ったのか。背後に控えていた部下と上司が総出で止めにかかった。
「頼む、抑えていてくれっ…!そうじゃなきゃ…おれはっ、俺はァっ…!!!」
取り押さえられた状態のまま、銃声が2回、3回と響いた。
目の前でなんの罪もない男が、子供に看取られ死んだ。酷く、呆気なく死んだ。
雨がざんざんと降る中。もう動かなくなった男の傍にいた少女に、声が枯れるまで叫んだ。
済まない。君の家族を守れなくて済まない。
自分の無力さ、世界の理不尽さ。全てが憎かった。殴られて、殺されてもいいと思っていたのに。
その少女は、自分を許した。
彼女の父の最後の言葉が、そのような事だったらしい。
もう、詳しくは覚えていないけれど、そんな事だけは覚えていた。
明確に覚えているのは、自分の中にあった『正義』の支柱が崩れ落ちた事だけだった。
気がつけば、本部の訓練場でひたすらに暴れていた。
────俺はッ、あんな物を守る為にココにいるんじゃないッ!!!なにもっ、まもれながっだ……ッ!!
部下には随分と心配をかけた。その心配さえも、無視してしまったのだけれど。
止めてくれた上司は、厳しく咎めはした物の。心情を汲んでくれてはいた。
『まだ若いお前さんには、早かったかねぇ〜。これはわっしの責任…割り切らなきゃ、出来ない仕事もあるってことだねぇ〜。』
億劫そうに語った彼のどっちつかずな言葉は、ある意味で真理であったのだろう。
随分と小さい自分の頭に手をポンと置いて、あの人なりに慰めてくれた。
『……割りきれ、とは言わないわ。今、貴方には何を言っても響かない。私は、何も言えない…私も、無力なものね。ヒナ、痛感。』
随分と世話になったのに、何も言えなかった。きっと、あの人も自分の納得のいく答えを、用意できなかった罪悪感があったのだろう。
それ以上、何も言われることは無かった。
『あんなクズ共、守る価値もないわ…じゃが、そうもいかんのが歯痒いもんじゃ。』
硬いせんべいをバリバリ貪り、熱い緑茶で流し込んだ老兵は、ままならないと愚痴をこぼした。
そして、絶望した。
これほどの功績を残した英雄ですら、上層部を変えることは出来ないのだと。
そして、3日後。
俺は────海軍を、辞めた。
『残念だギネス…お前程の兵士、もうそうそう現れんだろう。』
『センゴクさん…もう俺は……俺の正義がわからねぇ……』
『………』
『お世話に…なりました…』
『────すまなかった。お前を、失望させてしまった。心からの謝罪を、ハートランド・ギネス大佐。』
『……』
『…お前の正義は、間違いなんかじゃない……!!』
最後にかけられた言葉は、まだ、ずっと頭に残っている。
その日、16の少年は迷いを抱えたまま、憧れだった場所を離れた。
元海軍本部大佐ハートランド・ギネスは、名と共に過去を捨て、ただ求める者に成り下がった。
「それにしても、こんな辺境まで来て…海軍は随分と暇になったんですね、ヒナさん。」
白髪の男は青い瞳を真隣の女性に向けて、からかうように口を開いた。
「どういう意味かしら?嫌味なら、随分といい性格になったものね。ヒナ、失望。」
黒檻の異名を持つ海兵────大佐ヒナは、あの時の彼からは想像も出来ぬ減らず口に、煙を吹かし肩を落とした。
ここは最弱の海『
あれから2年が経った。
彼は今、片田舎でひっそりと生活している。
ただ、平和を乱す者を許せない性分は健在で、近くで海賊騒ぎがあれば、潰しに行き、手間賃を海軍にせびる生活をしている。
「それで『白槍のギネス』…いや────今はシーカーね。海軍に戻る気はない?ヒナ、提案。」
昔の名で呼ばれたシーカーは、特に反応することも無く、昔を斬り捨てるようにキッパリと断りを入れる。
「ありません。俺は、海軍に失望しちまった。二度と、戻れねぇ。」
「そういうところは…変わらないのね。」
「……聞いてますよ。スモーカーさん、また随分と上に楯突いてるみたいですね。貴方に迷惑かけっぱなしだとか。バスティーユさんに聞いてますよ。」
「『通らねぇ道理を押し通そうとするバカ共だ。マトモなら我慢できねぇぜ』ですって呆れちゃうわ。いま、謹慎中よ。」
「ははっ!相変わらずだなぁ。」
グイッと酒を煽ったシーカーは、あっ、という顔をしてカウンターを見た。
すると、美しく手入れされた黒髪をバンダナで纏めた女性が、仁王立ちでシーカーを可愛く睨んでいた。
「……シィ〜カァ〜?」
「わ、悪かったマキノ…!前の上司が来てつい、な?分かるだろ?」
「ダメよ。今日はこれ以上飲んじゃ!もう1人で4本も空けてるんだから!」
「そ、そりゃねぇって…明日抜いていいからさ…!」
「だーめ!それに、それ以上酔っ払うと…!」
そうして、マキノはその次の言葉を紡ぐことなく、ヒナをチラリと見た。
どうも、警戒されていることを理解したヒナは、お手上げと言わんばかりに肩を竦めて笑った。
「ふふっ、そうね。これ以上シーカーに酒を飲ませると、だーいすきな彼との時間も無くなっちゃうわね。ごめんなさい、マキノ。ヒナ、失念。」
「ひ、ヒナさん!からかわないでください!」
白い頬を朱に染めて、マキノはいーっ!と歯を見せて、心ばかしの抵抗をして見せた。
そんな微笑ましい彼女に笑いかけてから、ヒナは踵を返した。
「もう行くんです?」
「えぇ、そろそろ帰らないと、上にどやされるわ。貴方は可愛い子猫と大人しく過ごしてなさい。」
「もちろん、今日はそうさせてもらいます。」
「ちょっと!そういう事は言わなくていいのっ!」
「ごふぁッ!?」
ズドン!と腹に少女のパンチがかまされる。その細腕からはありえないほどの威力に、シーカーは前屈みになりながら親指を立てた。
「な、ナイスパンチ…これなら海軍大佐も任せられる…」
「まったく…それじゃあ、ヒナさん。また来てくださいね!」
「凄い切り替え。ヒナ、恐怖。」
またね、と手を振ったヒナを見送り、2人は身を寄せあった。
すると、心配そうにマキノが声をかける。
「……ねぇ、戻らなくてよかったの?」
「なんだよ、急に。」
「あなたの事は、知ってたわ。ガープさんにも聞いていたし、新聞にも…凄く有望な海兵だって…グランドラインで何人も海賊を捕まえたって…私、貴方の重りになりたくないの。」
性格、功績すらも知っていたマキノは、本当に良かったのかと尋ねる。イーストブルーの騒ぎなら率先して解決するくらいの正義感を持っている。
故に、自分の存在が彼をしばりつけてしまっていないかと、少し不安になってしまった。
「そうだったかもな。まぁ、もう捨てた過去だ。今はただのシーカー…このフーシャ村の、おまえの恋人だ。」
「…そっか。」
嘘は無いと確信したのか、マキノは満足気に笑った。
完全に冬が去り、春一番が吹く心地よい季節。シーカーは、港につけていた自身の船に荷を積み込んでいた。
「────シーカー!どこ行くんだ?」
そこに、フーシャ村唯一の少年が駆け寄ってきた。
それを目に留めると、シーカーは作業を中断して、堤防に腰掛けた。
「ルフィか。ちょいと遠くの島までな。」
「へぇ〜、何しに行くんだ?」
「海賊狩り。」
そう口にすると、少年ルフィはキラキラと目を輝かせ、いつもの言葉を叫ぶ。
「俺も乗せてくれ!」
「乗せてやりたいところだが、お前に何かあると俺がガープさんに殺される。」
「じ、じいちゃんにか…それは仕方ねぇな!」
どうやら、この少年の中で祖父であるガープは畏怖の対象らしい。この言葉を言えば、大抵諦めてくれる。
ここに移ってきた時、ガープに頼まれ共にすごしているが、もはや年の離れた弟のように思っているし、ルフィもシーカーの事を兄のように思っている。
「ルフィ!2日後に帰ってくるが、ちゃんとメニューやっとけよ?」
「おう!任せろ!約束は破らねえ!」
「それでこそだ、じゃあな。マキノを頼んだぞ!」
「そっちも任せろ!」
手を振るルフィを眺めながら、この先にいるであろう悪意に
「────これで全部か。」
血塗れの黒槍を振るい、べっとりと付着していた血を払い、肩に担ぐ。
自身の足元で転がっているゴミを眺めながら、大きく欠伸をかいた。
「なん、で……東の海なんかに、お前みたいな、奴が……」
「へぇ、まだ意識あったか。寝てろ、起きたらインペルダウンだ。」
ごうごうと燃え盛るジョリーロジャーを掲げた船を槍で叩き斬り、真っ二つに沈める。
ついでに倒れる海賊の意識を刈り取り、縛って鎖に繋ぐ。船の後部に繋ぎ、海軍に引き渡す準備を終わらせる。
「お前900万もすんのか、いい臨時収入だ。」
東の海でこれだけの懸賞金が掛けられているとなれば、それなりの悪党だ。
「嫌な時代だ…大海賊時代。」
「────久しぶりじゃないの、ギネス。」
背後からキコキコと自転車に乗りながら、凍らせた海を渡る男がシーカーに声をかけた。
その声に、シーカーは目を見開いて驚いた。
「クザンさんなんでこんなとこに!あぁ、悪いけど、その名はもう捨てたんだ。今はシーカーって名乗ってる。」
頭をコリコリと掻いて、気だるげに答えた長身の男、海軍大将青雉────クザンは目を細めた。
「へっ、そうかよ。シーカー……海軍は、お前さんが求める場所じゃあ、なかったか。」
「……はい、今はもう宿り木を見つけてる。ヒナさんが先月来たんです、海軍に戻らないかって…でも無理だ、俺はもう…あそこじゃ、戦えねぇ。」
「…年少で大佐まで上り詰めたお前さんだからこそ…『割り切る正義』は納得いかなかったか。ボルサリーノの奴も嘆いてたぜ?」
「……すみません。」
「だからってお前、なんも言わずにいなくなることないでしょう。騒ぎんなったぜ?お前の部下達なんざ、今でも帰りを待ってる。」
「ははッ…悪ぃ事したなぁ……伝えといてください、今は…フーシャ村って所で、恋人とのんびり過ごしてるって。」
その言葉に、クザンは目を見開いてから、ニヤリと笑った。
「ボインか?」
「ボイン」
「いいねぇ、羨ましいなぁこの野郎!」
「ぜーんぶ捨てた俺の事、受け入れてくれた人です。だから、手放せません。」
「それがいいなぁ…伝えとくよ。」
あ、こいつら俺が連れてっからよ。と縛られた海賊を引き摺りながら、クザンが最後に1つ、と振り返った。
「なぁ、シーカー。お前さん、今何者なんだ?」
「────何もんでもないさ。俺はもう、なんでもねぇただの男さ。」
ピース・シーカー
この戒めとも言える名を背負って、彼はこの時代を傍観する。
いつの日か、どこかの誰かが、新たなる時代を。
平和を目指す者だった少年は、平和を求める者に、成り下がった。
やっちまったもんは仕方ねぇ…?させねぇよばーーーーか!!!
ワンピースってモブも可愛いよね。
ルフィが出航するまでの10年の話は詳しくやって欲しい?
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いる
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いらない