ピースシーカー   作:イベリ

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第10話:はじめの

 

「ほれ、処置は終わりじゃ。まったく無茶をしおって!!」

 

処置が終わり、村の医者にバシン!と叩かれた背中の衝撃が傷口に響き、ベルメールは元気に叫んだ。

 

「いったぁ!?ちょっと、私けが人なんだけど!?」

 

「馬鹿者!!そこの小僧もそうだが、彼らがいなければ死んでた!!分かっているのか!?」

 

「あー、もうわかってるって。彼には感謝してるし、何度もお礼したもん────体で♡」

 

「シーカー」

 

「おい、冗談でもそれやめろ。触ってすらいねぇだからその目やめろマキノ!?」

 

5日後

 

既に治療を終えたベルメールは冗談を言っているが、アーロンに踏み潰された腕は既に手遅れだった。

 

気絶しているベルメールに対し、シーカーがその場で切断し、気がついたらもう腕がなかった状態だ。

 

それでも、冗談が少し過ぎるくらいには回復の兆しを見せている。

 

「それにしても、こーんな辺鄙な田舎にまさか『海軍最強の槍兵』がいるなんてねぇ。本当に運が良かったよ、ギネス大佐。」

 

「……今はシーカーだ。やめてくれ、ベルメールさん……もう、昔の話だ。腕…悪かったな、遅れちまって。」

 

「うへー、暗すぎ〜…いいって言ってるじゃない。」

 

少しの間おどけたベルメールは、一息ついてから、真面目な顔で頭を下げた。

 

「ありがとう。アンタとあの子がいなかったら、私は…私たちは本当に死んでたわ。」

 

「……あぁ、礼は受け取っとくよ。だが体はいらん。」

 

「あははっ!いけずな男だね、まったく。マキノちゃん、こんな暗い男でいいの?」

 

「あら、私にはとっても優しいんですよ?おまけにハンサムだし!今回の旅行も、私のワガママなんですから。」

 

「おい、ハンサムはオマケか。」

 

「えっ、嘘。ベタ惚れじゃん!」

 

こんないい女を捕まえてずるいぞ〜、と下品な冗句を最後に、ベルメールは欠伸をした。

 

「ナミたちは?」

 

「ルフィと遊んでるよ。歳が近い子供は珍しいからな。」

 

「そう、良かった。この村じゃ友達もいなかったから。」

 

外で走り回る3人に、ベルメールは母の微笑みを向けた。つるに聞いていた印象とは随分と乖離している。手の付けられない不良娘という評価だったが、子供ができるとこうも変わるのだろうか。

 

そう考えていると、ベルメールはニヤニヤしながらこちらをのぞきこんだ。

 

「なあに?見とれちゃった?」

 

「はっ、寝言は寝てから言うんだな。綺麗なことは認めるが、タイプじゃねぇ。聞いてた印象と、随分違っただけだ。」

 

「ひっど!?そこまではっきり言わなくていいじゃない!」

 

ベッドの上でウガー!っと吠えたベルメールは、次には落ち着いた声音で訊ねた。

 

「ねぇ、海軍やめたんでしょう?なんでやめたわけ?アンタ、新世界の海兵だし…評価だって相当高かったはずよね?」

 

「政府、及び海軍に幻滅しちまった。それだけだ。」

 

「へぇ〜、位が高いと色々あるらしいもんねぇ。それに、アンタはあの英雄の息子…なに、家系なの?」

 

「さぁな。親父も大概嫌いだが、俺も相当の自覚はあるよ。」

 

海軍の中で、ガープが大将に昇格しない理由はあまりにも有名な話だ。

 

「…アーロンは、復讐としちゃ分からなくねぇのが、辛いところだ。八つ当たりもいいところだがな。」

 

「魚人差別…私らには結局縁のない話さ。した覚えも無いわけだしね。」

 

「……そうだな……俺が海軍にいて、そういうものの認識を変えられればよかったが……力不足だった。」

 

「アンタで力が足りないなら、ほとんどの海兵が力不足さ。」

 

「そんなもん言い訳にもならねぇ。」

 

それを鼻で笑って、シーカーは病院を出ると、村の外れにあるボロ小屋に向かった。

 

中に入ると、複数の息遣いとジャラッと鎖の擦れる音が響いた。

 

「よぉ、暴れねぇんだな。」

 

真っ暗の小屋の中に声をかけても、反応ない。

 

「……なにか言えよ、話も出来ねぇ。」

 

それでも帰ってこない返事に、シーカーはため息を1つこぼした。

 

「……お前の処遇意外と苦労するかと思ったが、よく調べれば離反したらしいな。ならお前は賞金首……海軍も動いてくれるだろう。」

 

暗闇にシーカーの声だけが響き、やはり返答は帰ってこなかった。

 

性にあわないと頭を搔いたシーカーは、声音を1段下げた。

 

「……これ以上喋らねぇ様なら、ここにいる下っぱ共は全員始末して行くが…だんまりって事は承知してるってことでいいんだよな?」

 

「─────ッ同胞に手は出すなぁッ!!」

 

漸く口を開いたアーロンは、鎖を引きちぎらんばかりに吠えて、シーカーを暗闇で睨みつけた。

 

漸く口を開いたアーロンに、シーカーは目線を合わせるようにしゃがみこんだ。

 

「お前達をこのままインペルダウンにでもぶち込めば、はいおしまい……みんな幸せだ。」

 

そう言った瞬間。アーロンが勢いよく頭を地面に叩きつけた。何事かと思えば、アーロンの懇願だった。

 

「………俺の首で、勘弁してくれねぇか。」

 

ほんの数分対峙しただけだが、この男のプライドの高さはわかる。そんな男が、下等種族と罵っていた人間に頭を下げるという事に、どれほどの覚悟と意味が込められているのか。

 

しかし、シーカーはそれを良しとしない。

 

「無理だな。ここで見逃せば、第2、第3のお前のようなやつが生まれるだけだ。」

 

「俺が言い聞かせる!」

 

「海賊の言うことを信用しろと?」

 

「……馬鹿なことを言ってるのは承知の上だ!!だが…コイツらは俺に付いてきちまっただけの奴ら…!大人しく魚人島に向かわせて出ないように言いつける…!」

 

『あ、アーロンさん…っ!!』

 

「……はぁ…お前な、どんだけ虫のいい───────っ!?」

 

瞬間、シーカーの見聞色に強い覇気の持ち主が引っかかった。その中に、先日に感じた気配があった。

 

(まさかあのタコ……増援を呼びやがったのか!!)

 

「な、なんだ…?」

 

「話はまた後だ…!お前を助けに来たか…!?」

 

「はぁ!?俺を、助けに?」

 

判断を見誤ったと思ったシーカーは、急ぎ寝泊まりしている借家に戻った。

 

やつが頼れる増援と言えば、亡きフィッシャータイガーの右腕、現七武海である海侠のジンベエだろう。それならば、この覇気の強さも納得できる。

 

「シーカー、そんなに急いでどうしたの?」

 

「マキノ!村人を集めて奥に下がらせてろ!やべぇのが来る!村が戦場になるかもしれねぇ!」

 

「わ、わかった!」

 

これで安心だと、とりあえず槍と盾を装備したシーカーはなるべく村から離れた場所に行こうと家を出ると、ルフィが立っていた。

 

「……シーカー。なんか、スゲェの来てるんだよな?全員が、あのアーロンとかいうやつと同じくらい強え。」

 

その言葉に、シーカーは瞠目した。

 

5日前に発現したばかり、なんなら制御の修行など一切していない。もしかすると、無意識のうちに強者の覇気を感じ取り、スイッチを入れたのだろうか。

 

戦うとすれば確実に、強者との戦いになる。それは、ルフィの未来にとっては必須レベルのものだ。先日の覚悟を思い出したシーカーは、ルフィに手を差し伸べた。

 

「ルフィ、来るか……いや、来い!多分、戦いになる。」

 

「おう!行くよ!足でまといかもしれねぇけど、戦わねぇで死ぬよりよっぽどいい!」

 

「よく言ったッ!!」

 

弟の成長に嬉しくなったシーカーだったが、後ろから駆け寄ってくる少女を見て、その獰猛な笑みを引っ込めた。

 

「────ルフィ!!」

 

「ナミ!!村の奥に逃げてろって言われなかったか!?」

 

すると、村の奥に逃げているはずのナミが、ルフィに駆け寄ってきた。きっと、1人反対方向に向かうルフィが心配で着いてきたのだろう。

 

「ルフィ、急にどっか行っちゃうから、心配で……なにか来るんでしょ…?に、逃げよ?シーカーさんに任せてさ…すっごく強いんでしょ?」

 

「…あぁ、シーカーはすっげぇ強え!じーちゃんとマトモに殴り会える奴は今じゃシーカーしかいないってじーちゃんも言ってたしな!」

 

「な、ならさ……私たちと一緒に隠れてよ?ね?危ないよ…!」

 

ナミとは、ノジコよりも歳が近く、夢も似通ったもので、何より死にかけたベルメールを救った張本人だ。ヒーローのように写っているのかもしれない。

 

困ったように顔を歪めたルフィは、思いついたように笑って、またナミに帽子をかぶせた。

 

「じゃあ、これまた預かっててくれ!必ず返してもらいに来るから!」

 

「──────ほんと?ほんとに、帰ってくるの?」

 

「当たり前だ!おれは約束は破らねぇ!!」

 

ニカッ!と笑ったルフィに、少し頬を染めたナミは、花が咲くような満面の笑みで答えた。

 

「っうん!待ってる!必ず帰ってきて!!」

 

それだけ言い残し、嬉しそうに村の奥に行ったナミを見て、ルフィはよしっと声を張り上げた。

 

「やるぞ!シーカー!」

 

「やるなぁ、お前…」

 

「ん、なにがだ?」

 

「無自覚ね…はいはい、んじゃ行くぞ!もうすぐそこだ。」

 

苦笑しながら走り出せば、ルフィはシーカーの後ろについて行った。

 

港につけば、もう目と鼻の先にタイヨウの海賊団の船が迫っていた。

 

七武海を初めて感じたが、おおよそあの時のカタクリと同等。今なら負けはしないだろうが、荒れた戦いになりそうだ。

 

そう考えていると、甲板から影が飛び出し、シーカー達の目の前に着地した。

 

「─────お前さんが、アーロンを仕留めた男か……気配を全く感じられん。掴めんのう。」

 

「海侠のジンベエだな、何の用だ…と聞くのは野暮か?」

 

「ふんっ!!」

 

「いかにも…なんじゃ、その小僧は?」

 

シーカーの倍はあろうかという巨漢。海侠のジンベエは、シーカーの挑発とも取れる言葉に、鋭い眼光を向けるだけだった。

 

「白髪に黒槍と聖盾。そうか、お前さんが『非加盟国の英雄』ハートランド・ギネス。銀斧をほぼ単独で退け、カタクリと互角を誇った男か。オトヒメ王妃が良い海兵じゃったと言うとったわい。」

 

「オトヒメ様……その名は捨てた…今はピース・シーカーだ。シーカーと呼べ。」

 

「……なるほど、失礼した。シーカー、儂らは戦いに来たわけじゃない。矛を収めちゃくれんか?ここで暴れたバカモンの落とし前をつけに来ただけじゃ。」

 

「信じられねぇな。やつの仲間の言うことだ。」

 

「ふむ…道理じゃな……」

 

しかし、このままでは平行線。シーカーは条件付きで許すつもりだった。

 

「条件付きだ。船と仲間全員は20海里離れた場所に位置取ること。お前だけが陸に上がること。それを守るなら会わせてやる。」

 

「感謝する。おい!船は20海里離せ!ワシが帰るまで動くな!!」

 

それに反応するように離れていく船は20海里ちょうどのところで止まった。

 

「これだけ離れてりゃ、お前が暴れても十分対処出来る。」

 

「ほう…面白いことを言う…試してみたいが、今はそんなことしとる場合では無いか。」

 

「まっ、着いてきな。」

 

ニヤリと笑ったジンベエに背を向け、アーロンの場所に向かった。

 

道中、何があったのかを詳しく話していた。

 

「被害はどうなっとる。」

 

「割と早めに止めたからな。それでも、女が1人片腕を切除した。」

 

「…………そうか。」

 

「ほら、ここだ。」

 

小屋の中にジンベエを招き入れ、中に光を入れれば、縛られた魚人たちが固まって縛られていた。

 

「じ、ジンベエ!?」

 

「……牢獄から出してやった返しがこれか、アーロン。」

 

「……っ…!!」

 

「最弱の海と呼ばれる平和な海を襲い、圧倒的強者に敗れたか。無様なもんじゃな。」

 

「…テメェ…言わせておけば!!」

 

そうアーロンが反応しようとした瞬間、アーロンが先日の戦いの比ではないほどの衝撃で地面に叩きつけられた。

 

「貴様!!あれだけ殴ってもまだ分からんかったようじゃな!!タイの兄貴の意思も!!魚人族の希望も!!貴様は踏み躙りおったんじゃっ!!」

 

「がハッ…!?」

 

(俺と同じこと言ってるわ。)

 

「シーカーと同じこと言ってんな。」

 

「よしルフィ、もうナミんとこに戻っとけ。」

 

「わかったー。戦いになんなそうだしな!あのオッサン、良い奴っぽい!」

 

ニシシシシ!っといつもの笑い声を残し去っていくルフィにため息を吐いて、未だ殴り続けるジンベエを眺めた。

 

「それになんじゃ、みかじめ料!?所有物にするだぁ!?貴様、天竜人にでもなったつもりか!?挙句の果てに、子供の前で母親を殺そうとし、結果的に片腕を奪った!!女の体に、二度と戻らん傷を残した!!やりすぎたワシを止めていたお前はどこに行った!?」

 

このジンベエという海賊、割と義理や人情というものを持っているらしい。無論、海賊なのだから無法者の悪人ではあるのだが。

 

「魚人族の怒り!?それでお頭が最も嫌った人間の真似事をしてどうする!?ワシらが憎むべきは人ではなく世界貴族じゃろうがァっ!!」

 

「っ…その憎むべき世界貴族の犬に成り下がったのはどこのどいつだ!?俺ァ…アニキだけは……っ!!」

 

「お頭の最後を!オトヒメ王妃の意志を無駄にするくらいなら、ワシの感情など些末なものじゃ!!一時の感情に任せ、オトヒメ様の人との融和の夢、それに加え貴様は全魚人の夢────タイヨウへの道を閉ざすところじゃった!!」

 

─────貴方のような人がいれば…私たちはきっと、タイヨウの元へ……!!

 

タイヨウの元へ。この言葉は、4年前に魚人島に逃げ込んだ億超えの首を捕らえた時に、魚人島の妃、オトヒメが呟いていたことを思い出した。

 

「……この落とし前…命では足らん!!」

 

グッと握った拳を覇気で纏ったジンベエは、アーロンを殺すつもりで拳を振り下ろした。

 

「やめろジンベエ。まだ、頭を下げさせてもいねぇ。」

 

がっしりと掴まれた拳は、アーロンの寸前で止まっていた。

 

「俺は魚人族との軋轢を残したくない…海軍を呼んでねぇのも、その迷いがあったからだ。このままじゃ、どっちにも最悪の印象だけを残して終わりだ。」

 

「ではどうせいと言うんじゃ……コイツを海軍に突き出して懸賞金をこの村に届けようか?」

 

「それじゃ結局同じだ……まぁ、とりあえず村人に会わす、ついてこい。」

 

「あぁ……お前も来るんじゃ、地に頭擦り付けて謝らんかいバカモンが。」

 

鼻を掴まれズルズルと引き摺られるアーロンを少しだけ憐れに思いながら、シーカーは村人の元に先導した。

 

 

 

 

 

「─────本当に、申し訳のないことをした。こやつを解放したのはワシの責任。アーロンの行いによってお前さんは腕を切断するまでの傷を負った。」

 

「………」

 

「謝って済むとも思うておらん。腹を切れと言うのなら、この場で切る覚悟は出来とる。」

 

広場、ジンベエがアーロンを地面に叩きつけるように頭を下げさせ、ベルメールの目の前に伏していた。

 

どうなるのか、その場を見守っていたシーカーは、怯えるナミたちを宥めているマキノの隣に陣取ったルフィとアイコンタクトをしながら、いつアーロンが暴れてもいいように気を抜いてはいなかった。

 

「…腹を斬るとか、そういうのは望んでない。アンタは弟分を信じて、裏切られただけ。アンタの責任はないよ。」

 

「じゃが、ワシがこのバカを解放しなければ…」

 

「そんな元も子もない話はいい……私なりに、色々考えてた。アーロン、あんたは結局弱者を支配して自分の欲求を満たすことしか考えていなかった。魚人族の怒りだとか言ってはいたけど、結局アンタは自分のことしか考えちゃいなかった。」

 

「……その、通りだ。俺は、ただ…怒りを発散させることしか、考えていなかった。だが、謝らねぇ。謝って、許されることでもねぇ……」

 

驚く程に正直に吐き出された言葉は、アーロンの偽りのない本心。分かっていた、自分の行いが、ただの八つ当たりであることなんて。

 

それでも、敬愛する兄の死は、冷静な考えを放棄させるくらいには、アーロンの心を打ち砕いたのだ。

 

何かを失い、自暴自棄になった姿は、どこか昔の自分に似ていると、ベルメールは苦笑した。

 

「……けどね、私は魚人が悪だなんて思っちゃいないし、魚人差別の根深さは今回でよく知れたし、これは人間の汚点ってのは間違いがない。ある人から…嫌って程世界貴族のクソっぷりを教えて貰ったしね。」

 

「……ふんっ…」

 

チラリとシーカーをみたベルメールに、なんとも言えない笑みで返したシーカーは、ヒラヒラと手を振るだけに留めた。今、誰かが口を開くべきでは無い。

 

「だから……ってわけじゃない。これで私の気が紛れるなんて思わない。でも……私は、許す!」

 

「───────はっ?」

 

まさかの言葉に、アーロンは素っ頓狂な声を上げた。そんなアーロンの目を見ながら、ベルメールは続けた。

 

「人の意思は巡る。それは憎しみも同じ。誰かがどこかでその連鎖を断ち切らなきゃいけない。1人のちっぽけな憎しみだって…それが鎖のように繋がって、やがて大きなものになって……人と魚人の間に、より深い溝を生み出す。なら、これくらいですんだ私が、あんたを許して、この鎖を断ち切るしかないじゃない?」

 

その言葉は、ベルメールにしか言えない言葉だったろう。母として、後ろに大事な娘たち2人が見ているから。

 

「なにより、あの子達の母親として……憎しみを憎しみで返す様な、悪い見本は見せたくないって理由が1番かな!」

 

あっ、腕無くなったことは恨んでるから、死ぬほどこき使う予定だからよろしく。と続けたベルメールを、アーロンは信じられないような顔で見ていた。

 

シーカーはベルメールが先程のボロ小屋の外で盗み聞いていたのには気がついていた。その時にはもう彼女の中でこの結論は出ていた。だからこそ、あの場でアーロンの罪を裁くことはしなかった。

 

ジンベエは涙を流しながら、頭を地面に擦り付ける程に何度も下げた。

 

「魚人族を代表して、ベルメール!!お前さんに敬意を払う!かたじけないッ!!!」

 

「ううん、いいの!だから、この話はこれでおしまい私たちは言葉が通じるんだから、手をとりあえるはずよ。」

 

その言葉を、魚人たちはどれほど待ち望んでいただろうか。

 

「ごめん、勝手に決めちゃったけど……いいよね?みんな!」

 

「1番被害を受けたお前がいいってんなら、構わん。」

 

「俺もだ!ベルメール!」

 

俺も、私も、と広がっていく肯定の声が、どれ程に嬉しいか。

 

ジンベエですら、人との融和は不可能だと内心では思っていたのに。目の前の人間達は、それをいとも簡単にして見せた。先日魚人に襲われ命の危機に瀕していたのに、だ。

 

なによりも、ジンベエの見聞色をもってして、嘘では無い事がわかったことが大きかっただろう。

 

「──────なんと言う、器じゃ……っ!!」

 

「魚人の人達って、ミカンは好き?特産品として取り扱いたいんだ。あと、旗を借りたいんだ。海中に靡くように、あなた達のタイヨウを。あなた達の夢に、少しでも歩み寄れるように、この村を始めの1歩にしてみない?」

 

その言葉が、どれ程の地上に憧れる魚人の救いになるか。

 

「あぁ!旗なんぞ幾らでも!困った事があれば、すぐに連絡して欲しい!果物は大好きじゃ!魚人島じゃ地上のものはあまり食えんから、きっと皆気に入る!シーカー!皆を呼んでもいいか!」

 

今にも飛び出したいだろうに、律儀にこちらに伺いたてるジンベエに少し呆れながら、シーカーは首肯した。

 

「ここまで来て俺が断っちゃ、彼女の覚悟を無駄にしちまう。行けよ。」

 

縛られたまま呆然としたアーロンを引き摺って仲間を呼びに行ったジンベエ。その後ろ姿が見えなくなった時、クラっとベルメールが崩れ落ちた。

 

「─────おつかれさん。かっこよかったぜ、先輩。」

 

「ははっ……あー…緊張した……ありがと、後輩。」

 

腰を抱くようにして支えたシーカーに、母らしい柔らかい笑みを浮かべた。

 

少し震える体は、トラウマに近いソレだ。魚人に対する恐怖は、気丈に振舞ってはいても体が記憶している。それでも、ベルメールは魚人を恐怖や畏怖の目ではなく、隣人として見た。

 

その覚悟を見透かすような視線に、ベルメールは深く息を吐き出した。

 

「私が、怖いって目で見てちゃ、ノジコやナミだって、怖いって思うに決まってる。あの人たちは腹を斬る覚悟を見せた。だから、私達も相応の覚悟を、見せなきゃね。」

 

「……歴史を変えた、なんて無責任なこと言えねぇ。けど…その行動は、確実に何かを変えた。ベルメールさん、貴女は偉大な女だ。」

 

シーカーの言葉に、ニッと笑ったベルメールは、おどけて見せた。

 

「だろう?嫁にどう?」

 

「間に合ってる。」

 

「ちぇ〜……ほんとに?」

 

「………しつこいなぁ。」

 

「今、考えた?」

 

「考えてねぇ、面倒臭いだけだ。」

 

腕の中でなんだとー!と吠えたベルメールには言わないが、いい女だとは思えた。

 

その後、アーロンの一味とジンベエ達魚人全員が、村人に土下座をして、和解とは言えないが、事態は収まりつつあった。

 

それからは、魚人も人も飲めや歌えやの村を巻き込んでの大宴会。

 

「ゲンゾウ!呑んどるか!」

 

「あぁ!飲んでいるともジンベエ!アラディンも飲め!」

 

「お、おい!無理やり飲ませるな!!」

 

そこかしこで人と魚人が酒を酌み交わし、肩を組む様子が見えた。マキノも料理を振る舞って楽しそうに笑っている。

 

その様子を、端の方で見ていたアーロンの隣に、ジョッキを持ったシーカーが腰掛けた。

 

「おら、飲めよ。」

 

「……あ、あぁ……」

 

困惑しながらジョッキを受け取ったアーロンは、そのままジョッキの中身を飲み干した。

 

「………ぶはぁっ……美味ぇ…」

 

「だろ?俺のイチオシさ。早速扱き使われてたな。」

 

「……肝の据わった女だ…相手は、自分の腕をぐちゃぐちゃにしたやつだってのに…」

 

それから、沈黙が続く。特に喋ることも無く、ただアーロンの中ではありえない光景を眺めていた。子供達が魚人の首にぶら下がり、背中に乗っかり。見たことの無い光景に、言葉を失っているという印象を受けた。

 

すると、唐突にアーロンは口を開いた。

 

「……タイの大兄貴は…奴隷だった人間のガキを故郷まで送り届けたことがあった。」

 

「………聞かせてくれ。」

 

「最後まで、ガキは感謝していたらしい。だがどうせ、大人になれば、他の人間と同じになるに決まってる。」

 

「…かもな。」

 

「……もし、変わらなかったとしても……1人が変わったところで、無くなる問題でもねぇ。」

 

「そうだな。」

 

「だから、俺の人間に対するスタンスは何も変わらねぇ。」

 

「あぁ。」

 

変わらない現実。きっとほかの魚人よりも聡いアーロンは、誰よりも現実主義者(リアリスト)であったが故に、人が変わることはないと確信したのだろう。それが間違いだとは思わない。現在まで、魚人の迫害は続いてきたし、根深いものだ。

 

それでも、変わったとまでは言わないまでも、アーロンの心に理解を見せたベルメールの覚悟に、アーロンは応えなければならないと思った。

 

「……けどよ、けど……俺はまだ、ああいうガキ共がどんな人間になるのか…この目で直接見たことはねぇ…だから…次に人間に失望するのは……あのガキどもを見届けてからでも、いいかと思った。あの時のタイの大兄貴の気持ちが……ほんの少しだけ、わかった気がする。」

 

「……そうか。」

 

同情の余地はないが、それでもアーロンは今日、少しだけ世界の広さを知った。

 

人間を知った。

 

「腕を失くしたってのに……子供にカッコつけたいってだけで許しちまう大馬鹿がいるってことは、よくわかった。」

 

「違いねぇ、ベルメールさんは筋金入りだ。」

 

アーロンはシャハハと小さく笑って、清々しく酒を煽った。

 

 




確実に賛否ある最後にしてしまったわ

2人目のヒロインいる?

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