ここは、人魚の入江。
マキノ憧れの人魚たちの憩いを一目見たいと、遠くからその景色を眺めるだけにする、という話だったのだが、王族直々の歓迎があった故に、それが広まらないわけがなく、ソワソワしていた人魚達に気が付かれたのは必然だった。
そして今、マキノは憧れの人魚たちに引っ張られ、水辺で戯れていた。
キャッキャッと聞こえる可愛い声と、楽しそうな笑顔。シーカーは、それだけで満足だった。
「それでそれで、マキノさん!どうなったの?」
「シーカーが私をこう、庇ってくれて......大怪我したのに、お前が無事ならそれでいいって…」
『キャ〜っ!』
頬を染めて両の手で顔を隠すようにするマキノは、人魚たちに囲まれて恋バナをさせられていた。
その中に、オトヒメまでいるのは予想外だったが。
どうやら自分の話をしているらしいと気まずくなったシーカーは、本を読んでいるふりをして気にしてない風を装う。
触らぬ神に祟りなし、女の輪の中に男が入ってもいいことは無いだろうと、気まずい会話から意識を遮断する。
本を少しずらして、随所に掲げられる大海賊の旗を眺めた。
見たことはないが、白ひげの縄張りでの犯罪率の低さと、海賊の大人しさは異常だ。大海賊の名はそれだけで抑止になるのだろう。実際に魚人島も、縄張りとなってからは治安も安定した。
「旗が、気になるんじゃもん?」
そうして旗を見ていた事に気がついたのか、隣で一緒に肩身の狭い思いをしていたネプチューンが、シーカーに声をかけた。
「やはり…元海軍のお主は、海賊の縄張りは好かぬか?」
「あぁ、いやそうじゃないんです。むしろ、俺は白ひげを尊敬している。というか、それを言うなら海軍はココを守る責務を放棄してるんだ。文句なんて、口にする権利がない。」
「お主は、責務を果たしただけと?なんとも謙虚な男じゃもん。」
「謙虚と言いますか……海軍として、当たり前のことをしてただけですよ、加盟国であるリュウグウ王国を守るのは。」
「加盟国であることなぞ、もはや我々は忘れている。最後に世界会議に参加したのも、既に200年近く前じゃもん。」
「……」
魚人の歴史は奴隷の歴史だという過激な歴史学者もいるくらいには、古くからあった根深い問題だ。
魚見目の麗しい人魚は攫われ、売られ、酷い仕打ちを受け、魚人は死ぬまで籠代わりなんて話を聞く。
本当かどうかは分からないが、シーカーは目の前でそれを見ているため、否定ができない。
「ジンベエに聞いたんじゃもん。お主が魚人と人の関係を思い、魚人の悪行を許すように促したと。」
「そんなんじゃない。もし村人が拒絶するようなら、俺は容赦なく海軍にやつの首を差し出してた。褒めるべきは、それを許した村人ですよ。」
「ベルメールは偉大な人だった。交易の初めに、ここに来てもらったんじゃもん。その時も、彼女は我々を偏見の目で見ることなく、分け隔てない接し方をしていた。」
「なんだ、来てたんですね。いい人だったでしょう?」
「違いない⋯⋯ああいう人がいてくれることだけで、ワシらも希望をもてるんじゃもん。」
果てしなく遠い夢だとしても、1歩ずつ近づいているのだろうか。
そう考えていると、マキノがこちらに手を振った。どうやら、呼ばれたらしい。
人魚たちの中で仲良く笑っているマキノを見ると、その夢も遠いものじゃないのかもしれないと思えた。
「シーカー!」
「呼ばれておるぞ、色男。」
「⋯やめてくださいよ⋯では、失礼します。」
シーカーは苦笑して、すぐにマキノの元に向かった。
「ま、マキノ様⋯!次は、こちらをどうぞ⋯!」
「あら、ありがとう、しらほしちゃん。あむ⋯ん〜っ!とっても美味しいわ!」
「あ、えへ、えへへ⋯⋯!」
リュウグウ城に招待されたマキノとシーカーは、オトヒメの子供────しらほしとおままごとをして遊んでいた。
シーカーは別でオトヒメの子供達、フカボシ王子達に槍術を教えてくれとせがまれて、今は訓練場にいる。
初めはネプチューンよりは小さいがマキノの数倍ある大きさに目を見張ったが、気弱で可愛らしい性格に、マキノはすぐに子供という認識を持ち、姉のように接した。
「こうして遊んでいると、私の弟達が思い浮かぶわ。あの子たちとこんなふうにゆっくり遊んだことは無いけどね。」
「マキノ様には、弟様がいらっしゃるのですか?」
「うん、血は繋がってないけど3人いてね⋯1人は、しらほしちゃんの3歳年上で、もう1人が6つ上の男の子よ。やんちゃ盛りで、シーカーも手を焼いているけど、2人ともいい子たちよ。」
「も、もう1人のお方は⋯?」
無意識のうちに3人と答えていたマキノは、ハッとして、少し狼狽えながら返答する。
「あ、あぁ⋯えっと⋯少し遠くに引越していっちゃってね?私たちも、もう会えなくなってしまったの。」
「そうなのですね⋯残念です⋯」
乗り越えたとは言え、まだ悲しみと未練はある。いなくなってしまった彼を引き摺ることも良くは無いし、忘れたくもない。すこしブルーな気持ちを隠し、マキノは残念そうにするしらほしに笑いかけた。
「わ、私もその弟様達と仲良く、なれるでしょうか⋯⋯?」
「勿論、きっと気が合うと思うわ!2人とも、しらほしちゃんと仲良くなれる。誓ってもいいわよ?」
目を輝かせながらどんな話でも可愛らしく反応するしらほしに、マキノは笑顔を浮かべる。きっと、自分に妹がいたらこんな感じだったのだろうか、と。
「わ、私にお姉様がいたら⋯マキノ様みたいな感じなのでしょうか⋯?」
「ふふっ、いいのよ?私をお姉様って呼んでも?」
「えぇっ!?ま、マキノ⋯お姉様⋯?」
「⋯⋯はぁ〜⋯ほんと、しらほしちゃんは可愛いわね⋯このまま私たちと一緒に住まない?」
「えぇっ!?」
恥じらいながら姉と呼んでくれるしらほしが、オトヒメに天使と形容される理由を知った。
「ま、マキノ様!次は⋯地上のお話を、聞かせてくださいまし!」
「⋯もちろんいいわよ、何が聞きたい?」
「じゃあ⋯その⋯⋯タイヨウを⋯太陽を見たことはありますか?」
その言葉で、マキノはこの子はちゃんとオトヒメの子供なんだと実感して微笑んだ。
「えぇ、あるわよ。暖かくて熱くて眩しくて⋯⋯見続けていられないけれど、私たち人は太陽が無くちゃ生きられないの。」
「いつか⋯⋯私も、見れるでしょうか⋯?」
どこか、夢を語るようなその声音に、マキノはしらほしの手を取って力強く頷いた。
「絶対見れるわ⋯⋯その時は、私のいる村に来て?案内してあげるから!」
「ほっ、本当ですか!」
「えぇ、本当よ。だから、約束⋯指切りしましょ!」
しらほしの大きな小指に、マキノの小さな小指を添えて、2人で歌った。
『ゆーびきーりげーんまーん、うそつーいたら針千本のーますっ、ゆーびきった!』
しらほしはマキノの触れていた小指を大切そうに抱えて、可愛らしく微笑んだ。
ぼうっとする意識。眠っているような浮遊感の中、意識だけが漂っている感覚があった
ゆらゆらと揺らぐ熱気が顔に当たり、パッと目を開く
気がつけば、見知らぬ広場に立っていた。さっきまで、リュウグウ城に泊まっていってくれと言われ、一室を貸し与えられた所までは覚えている
どこだろうかと辺りを見渡せば、オトヒメが高台に立って演説をしている
その次にはパッと場面が変わり、オトヒメが燃え盛る籠に手を突っ込み、何かを必死に掻き集めている
突然の場面転換と、覚えのない場所。あぁ、これは夢なんだと気がついた
なにかに、誰かに触ろうとすると、するりとすり抜けてしまう
何も出来ないと、ただそれを眺めていると、揺らいだ炎の中から、パンッという乾いた音が5度響いた
サメのような瞳が、こちらを睨みつける
景色がウタカタのように弾け、赤が広がった
「───────嫌ッ!?いやぁぁっ?!シーカーッ!!?」
「ッ!?マキノ!?どうした、マキノ!!」
突然、夜中に隣で眠っていたマキノがパニックを起こした。急いで押さえつけたシーカーは、落ち着かせるようにマキノの顔を包んで、耳元で落ち着かせるように声をかける。
「落ち着け、マキノ。大丈夫、俺だ⋯!マキノ⋯!」
「あぁっ⋯!?あぁぁっ!!ぁぁっ⋯ぁっ⋯⋯っぁぅ⋯⋯⋯しーかー⋯⋯?」
「あぁ、俺だ。落ち着け、大丈夫だ。」
顔を涙でぐちゃぐちゃで汗だくのマキノは、気がついたのか、すぐに脱力してシーカーの胸に縋るように収まった。
「何を見た⋯?酷く魘されてたぞ。」
「⋯っ⋯わかんない⋯⋯けど⋯嫌なものを見た気がして⋯⋯っ⋯ごめんなさい⋯起こして⋯」
「謝るな、こういう時はなんて言うんだ?」
「⋯⋯ありがとう⋯シーカー⋯っ⋯」
憔悴仕切ったように腕の中で眠ったマキノは、安らいでいるようだったが、シーカーは少し怪訝な表情でその顔を見ていた。
優しくベッドに寝かせ、起こさないように部屋を出て、外に駆けつけていた気配と顔を見合せた。
「何があったのですか?マキノさん⋯⋯何か悪いものでも⋯?」
「オトヒメ様⋯夜分にすみません⋯分かりませんが、何か悪い夢を見たようで。」
「そうね⋯私は、あまり
オトヒメは、騒ぎを一人聞きつけ飛び起きて様子を見に来てくれたようだった。
「そうか⋯⋯貴方の見聞色は心の声を聞けるんでしたね。」
「えぇ⋯⋯だから、彼女の悲痛な叫び声が聞こえて。あんな叫び声、無視できないもの。」
「ご厚意感謝します。」
「そう畏まらないで⋯⋯あなた達とは、対等でいたいの。」
「ありがとう⋯流石は、【愛の人】だ。」
シーカーは礼をしてから、部屋に戻りマキノの隣に寝そべった。
安らかに寝息を立てる彼女は、もう悪夢を見ていないようだった。
「⋯⋯アレは⋯⋯⋯⋯いや、まさかね⋯」
最後に流れ込むように見えたあの景色を、シーカーはありえないと首を振って、大人しく眠りに落ちた。
2人目のヒロインいる?
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いる
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いらない