人々の生活を脅かすモンスター。そのモンスターを倒す『勇者』に憧れている青年・サトルはレベルアップのため近所の森で雑魚モンスター退治を行っていた。
ある日、彼はレベル999のモンスターを見付ける。不思議とステータスの低いこのモンスターを倒し、得られた経験値で一気にレベルを上げようとするサトルだったが、それは終わりのない呪いの始まりだった……

※『カクヨム』『小説家になろう』にも投稿しています。

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レベルアップの呪い

「はぁ!」

 

 木々が茂る森の中。青年サトルは大剣を振るい、一匹のゴブリン(子鬼)の腹を切り裂く。

 傷口から血飛沫が飛び散り、ゴブリンは仰向けに大地に倒れた。しばし手足を振り回しゴブリンは暴れていたが、人間の子供ほどの大きさしかない身体で藻掻いたところで、青年であるサトルに対し何か出来るものではない。

 加えてサトルは油断もしない。彼は大剣をゴブリンの喉笛に振り下ろし、頭と胴体を切り離した。首の断面から血が吹き出すも、その血はすぐに止まる。ゴブリンの動きも、止まる。

 確実に、ゴブリンは死んだ。

 次の瞬間、サトルの頭の中で()()()()()()()()()()。併せて心身が強くなったように感じる。手足に力が滾り、頭脳が冴え渡る。身体も軽くなったようだ。

 サトルにとってその感覚は慣れたもの。小さく息を吐き、着ている革の鎧を整えつつ、彼は腕に巻き付けた道具に目を向けた。

 

「ようやくレベル17か」

 

 そして腕輪に表示された数字を見てぽつりと呟く。目標までの遠さと、着実に進んでいる努力の歩みを噛み締めながら。

 サトルは勇者を目指す若者だ。

 勇者とは言うが、「モンスター退治屋」というのが実情に近い。この世界のあちこちに蔓延る危険なモンスターを倒し、報奨金を得るのが仕事だ。勇者という名は、人を容易く殺せるモンスターに勇ましく挑む姿から付けられたものに過ぎない。自称する事も可能であるが、変な人だと見られたくなければ国から発行される『資格証』が必要である。

 この資格をもらうには、ある程度の強さが必要だ。危険な生物と戦うのだから当然である。その強さを、それなりではあるが客観的かつ正確に判断する手段が――――レベルだ。

 レベルはこの世界に暮らす誰にでも、人間だけでなくゴブリンのようなモンスターにもあるもので、これ自体は強さとは直接関係しない。生物の『強さ』は六つのステータス(体・魔・攻・防・速・知)が示す。レベルがどんなに高くとも、攻が低ければ敵にダメージは与えられず、速が低ければ動きは緩慢だ。

 しかしレベルが上がると、ステータスは今までよりも大きく伸びる。

 レベルは魂のエネルギー量であり、それが上がると高次の存在へと肉体が変化するからだ。これがこの世界のルール。レベルアップしても見た目は変わらないが力の増大は確かなもので、うら若き乙女でも、20もレベル差があれば屈強な大男を片手で投げ飛ばせるだろう。

 勿論相手のレベルが高くとも、技量で優ればあしらうのは容易い。立ち回りや戦術でも逆転可能だ。されど圧倒的な力の前に、小手先の技が通じないのも事実。ましてや相手も戦術や立ち回りを意識すれば、やはりステータスの高い方が勝つ。そしてステータスはレベルが高いほど、高い傾向にある。

 レベルで全てを判断するのは素人だが、レベル差を無視するのは三流以下である。

 そしてレベルを挙げる方法は二つ。

 一つは地道に経験を積む事。日常生活で真面目に働けば、年に1レベルぐらい上がる。ちなみにこの時は、レベルアップしても頭の中で音は鳴らない。詳しい理由は判明していないが、一説には『感動』が少ないからと言われている。

 もう一つは誰かの魂のエネルギー……経験値を奪う事。つまり、相手を殺すのだ。

 無論人間相手にそれをやるのは犯罪であり、やればレベル60超えの憲兵団がぞろぞろ押し寄せてくるだろう。

 しかし殺す相手は人間でなくとも問題ない。勇者になれば嫌でも戦う事になるモンスターや、そこらを歩き回っている野生動物でも良いのだ。

 

「一週間掛けて、ようやく1レベル上がったか。まだまだ先は長いな……」

 

 そんな訳でサトルはスライムやゴブリンなどが暮らす、地元の村の傍に広がる森でモンスター退治に勤しんでいたのである。とはいえ彼等の持つ経験値は極めて少なく、百匹狩ってようやく1レベル上がる程度だ。

 おまけにレベルが上がるほど、レベルアップに必要な経験値は多くなる。ゴブリンやスライムばかり狩っていても、レベル25を超えた頃には何百と倒してもレベルは上がらなくなるだろう。

 一人前の勇者となるにはレベル50は必要だ。あと33レベル上げるのに、どれだけ苦労しなければならないのか。

 

「まぁ、コツコツやらないとな」

 

 余程の天才でなければ誰もが通る道。気を引き締め直して、サトルは次のモンスターを探す。

 森の奥ほど、モンスターが多くなる。レベルを上げたいサトルは、積極的に森の奥へと進んでいった。

 ところが、中々モンスターが現れない。一時間歩いても、二時間経っても。

 

「(妙だな……)」

 

 この森に生息しているのは、ゴブリンやスライムなどの弱いモンスターばかり。そういったモンスターは数が多く、頻繁に遭遇するものだ。

 普段なら、三十分もしないで新たなモンスターが出てくるものだ。今日も、つい先程倒したゴブリンまではそうだった。

 急な変化は、異変の前触れかも知れない。サトルは慎重に、周りを警戒しながら進み……

 やがて、彼はそれを見付けた。

 

「……………!」

 

 思わず息を飲み、後退り。木の陰に慌てて身を隠す。

 モンスターを見ても騒がない。それは勇者としては基本の立ち振る舞いであり、出来て当然の事。だが今回に限れば、悲鳴を上げなかった自分を褒めたいとサトルは思った。

 自画自賛したくなるぐらい『それ』は、おぞましい姿をしていたのである。

 それは人型をしていた。つまり頭があり、二本の腕と二本の足を持ち、背筋を伸ばした二足歩行をしている。角や背ビレ、翼は生えていない。服や腕輪のような文明的なものも身に付けていない。

 しかし、断じて人間的な姿ではない。

 皮膚はまるで筋肉が露出したような生々しさと屈曲さを併せ持ったもの。見た目は細いがよく観察すれば肉が引き締まっていて、遠目からでもその密度の高さが窺えた。手足は一見真っ直ぐなようで、よく見れば捻じ曲がっている。三回転はしているだろう。指先まで捻じ曲がり、鋭く尖っていた。

 顔は巨大な肉塊のよう。盛り上がった肉が顔面を埋め尽くし、目も鼻も口も確認出来ない。よく見れば頭蓋骨らしき骨が見え、しかしそれらは外向きに裂けている。即ち、頭の中身が外に飛び出しているのだ。ならば、骨の中心にある桃色の部分は……

 生理的嫌悪感を掻き立てる、おぞましい外観の肉体だ。しかし重要なのは、そんな事ではない。

 まるで正体が分からない事だ。

 

「(なんなんだ、あのモンスターは……!? 見た事も聞いた事もないぞ……)」

 

 魔族と呼ばれる人型モンスターはいるが、あれらは角や翼を除けば人と大差ない姿と言われている。肉体が腐っていないため、ゾンビとも違う。

 サトルは世界にいる全てのモンスターを把握している訳ではない。しかしモンスターといえども生物であり、分類が存在する。危険な存在であるモンスターは国が主導して研究しており、殆どの種が生態含め解明していた。そしてそれらの情報は一般に公開されており、少々高値だが図鑑も販売されている。

 勇者を目指す身であるサトルは、ある程度モンスターの分類については勉強していた。全ての種を把握している訳ではないが、分類については大体記憶している。にも拘わらず該当するモンスターが分からない。未発見種か、突然変異種か……誰も知らないモンスターだとすると、どれだけ危険な存在かも不明だ。

 そこで、サトルは懐から小さな眼鏡を取り出す。

 道具の名はスペクタクルズ。相手のレベルとステータスを測定し、数値として出してくれる魔法道具だ。ほぼ使い捨てな上に高価なため、あまり簡単には使えない道具だが……あのような得体の知れない存在相手に出し惜しみはしていられない。

 サトルの判断は極めて正しいものだと、眼鏡に表示された数字は教えてくれた。

 

「(れ、レベル999……!?)」

 

 スペクタクルズに表示された値は、途方もないものだった。

 サトルと比べて高い、なんてものではない。世界最強と名高い王国騎士でさえもレベル100〜150程度。御伽噺に出てくる伝説の勇者すら、レベル300と言われている。その勇者に討伐された伝説の魔王でもレベル500だ。

 レベル999なんて、どう考えてもおかしい。

 スペクタクルズの誤作動だろうか。念のため他の物を使ってみるが、寸分違わず同じ結果が表示された。どうやら結果に誤りはないらしい。

 あんな高レベルの怪物が暴れたら、それこそ世界の終わりだ。

 すぐに国に報告しなければ、とサトルは考える。しかし遅れて、スペクタクルズに表示されたもう一つの数字……ステータスを見て気付く。

 このモンスター、全然弱いと。

 ステータスの数値は驚くほど低かったのだ。サトルよりは上だが、ひょっとすると勝てるかも知れないと思わせる程度しかない。

 レベルが高いのに、ステータスは低い。そのような事があり得るかと言えば、そう珍しい事ではない。原因の一つは種族の違い。例えばレベル100の小虫は、小虫相手ならば世界最強を名乗れるだろう。だがレベル5の人間の子供の方が虫よりも遥かに強い。レベル50のドラゴンは、レベル150の騎士を数人纏めて相手に出来る強さと言われている。それほどまでに種族の差は絶対なのだ。とはいえ今回遭遇した謎のモンスターは、大きさからして人間と同程度以上の実力はありそうなもの。此度の説明には適していない。

 恐らく今回の原因は老化だ。魂のエネルギー(レベル)がどれだけ多くとも、年月を重ねれば肉体はやがて衰えていき、力を失う。レベル150の老人は、レベル100の青年との腕相撲には勝てないのだ。

 このモンスターも、年老いた個体ならばステータスが低いのも頷ける。

 無論長生きであれば技術や経験が豊富であり、それらはステータスの差を埋めてくる要素だ。数値だけで強さは判断出来ない。しかし奇襲により一撃で葬れば、経験を活かした戦いをさせずに済む。

 

「(やれるか……?)」

 

 スペクタクルズに表示された内容を見る限り、生命力を示すステータスの体、そして頑丈さを示す防の値も大して高くない。急所を斬れば一撃で倒せる可能性は十分ある。仮に倒せなくても、先手で深手を負わせればこちらの優位は確たるものとなるだろう。

 相手はモンスターだ。しかもレベル999という事は、相当多くの魂……命からエネルギーを奪った筈である。極めて悪辣な存在だ。これを倒すためなのだから、奇襲攻撃に卑劣さを感じる必要はなく、また情けもいらないだろう。

 それに。

 

「(レベル999分の経験値……!)」

 

 倒せば、奴が今まで得てきた経験値をもらえる。全てを丸ごととはいかない(経験値を得る過程で漏れが出てくるからだ)が、だとしても五百や六百はレベルが上がるだろう。

 それだけのレベルがあれば、ドラゴンでもない限り恐れる必要はない。本当にいるかどうかも分からない、伝説の魔王が復活しても難なく倒せる筈だ。

 危険を犯すだけの価値はある。それに危険を恐れて利を捨て去るようでは、『勇者』になんてなれやしない。

 覚悟は決まった。

 

「たああっ!」

 

 サトルは剣を構え、力強く走り出す。

 モンスターはびくりと身体を震わせながら振り返る。ぐちゃぐちゃに潰れた顔から表情は窺えないが、驚いたような仕草だ。

 

「ア、アフェ」

 

 次いで何か奇妙な声を発した。反射的な威嚇かも知れないが、こんな声に怯むほどサトルも弱くない。

 彼の振るった剣は、モンスターの首を打ち――――呆気なく刎ねた。

 

「や、やった……!」

 

 奇襲は成功した。体の低さからして、首を刎ねれば再生も出来まい。

 サトルのその予想は的中した。頭を失ったモンスターは、力なく仰向けに倒れる。

 そしてサトルの頭の中で軽快な音が鳴り響いた。レベルアップを知らせる感覚。このモンスターから、魂のエネルギー(経験値)を得られたという確固たる証拠だ。

 彼は謎のモンスターを倒した事でレベルアップした。

 ――――してしまった。

 

「ぐぎゃあっ!?」

 

 突如、身体に走る激痛にサトルは悲鳴を上げる。

 何が起きたのか。まさかモンスターの奇襲か、はたまた先のモンスターの反撃を受けたのか。痛みに苦しみながらも、痛む腕に目を向ける。

 そこには、骨を無視したように捻じ曲がった自分の腕があった。

 ……どうして俺の腕が、こんなぐしゃぐしゃになっている? あまりにも想定外の状況に唖然となるサトルだったが、困惑している最中にもサトルの身体は新たな変化を起こす。

 腕が膨らんだのだ。ボコボコと、まるで肉が新たに生まれるかのように。

 そして腕は最初に変化しただけに過ぎない。

 腕の次は胸や腹や足が、今までの何倍にも膨れ上がった。腕に覚えたのとは違った激痛が全身に走り、抱いていた疑問が痛みに塗り潰される。

 更に、膨らんだ身体は一瞬で縮む。

 

「ぐぎぃいい!?」

 

 その時に、先程腕が感じたのと同じような痛みに見舞われた。身体の内側にあるものが、ぐちゃぐちゃに潰されるような感覚だった。

 サトルは察した。この身体の膨張は、筋肉が膨れ上がっているのだと。それが一気に収縮した事で、骨や血管などを押し潰しているのだ。

 おまけに筋肉は砕いた骨に沿って成長しているらしく、その結果手足が捻じ曲がっていく。曲がった筋肉に絞られ、神経までも潰されていた。捻れた神経は常に激痛を伝え、痛みが癒える気配はない。

 しかし何故筋肉が膨れ上がっているのか? それも自分自身の身体をぐちゃぐちゃに潰すほどの勢いで。

 その原因は、痛みと混乱でまともに働かないサトルの頭脳が思い付く限り一つしかない。

 レベルアップだ。

 レベル999の存在から得た莫大な経験値により、サトルのレベルも一気に上がった。いや、恐らく今も上がっている最中だ。1レベル上がるにも、少なからず時間が掛かる。サトルの予想では、恐らく今はレベル200ぐらいになるだろう。

 元のレベルの十数倍にもなるレベルアップにより、ステータスは何百倍にも増えた。その急激な変化が、肉体に見える形で起きている……そう考えるのが自然だ。

 今までレベルアップで筋肉が膨張・収縮した事など、サトルの記憶にはない。事実、一般的にはレベルアップによる見た目の変化はないとされている。

 しかしそれは普通のレベルアップ……1ずつ上がった時の話。筋肉が百分の一ぐらい太くなったり縮んだりしたところで、誰が気付くというのか。痛みだって感じないだろうし、それで骨が砕ける事も、神経が捻じ曲がる事もないだろう。

 肉体が強くなっているのだから、肉体が変化していない筈がない。単に今まで、誰も気付かなかっただけなのだ。

 気付かなくても問題なんてなかった。普通、どんな強敵を倒そうと、レベルは1ずつ上がるものなのだから。だが、サトルは経験してしまった。短時間で何百ものレベルアップを果たす、常識の通じない状態を。

 

「が、がぼ、ご、ぎ、ぃ……!?」

 

 身体の変化は、胴体だけで終わらない。頭が割れるような頭痛がサトルを襲う。

 そして、本当に頭が割れた。

 ぼこぼこと膨れ上がった中身が、頭蓋骨をぶち破って外へと溢れ出したのだ。しわくちゃの器官が外気に露出し、膨張に耐えきれず切れた血管から血が吹き出す。ピンクの中身が赤黒く染まるのにさして時間は掛からない。

 ステータスの一つ・知は知能の高さを物語る。

 長年の真面目な勉強だけでなくレベルアップでも向上するステータスだが、どうやらこれも脳の肥大化・収縮が起きていたらしい。普段は、頭蓋骨内で収まる変化だったのだろう。しかし短時間で数百倍もの成長となると、そういう訳にもいかなかったようだ。そして肥大化した脳は、ただ頭蓋骨と頭皮を粉砕しただけではない。

 眼球を押し出し、視神経を潰す。

 頬骨を砕き、顎を落とす。

 鼓膜は破裂し、音も消してしまう。

 鼻の通り道も潰し、息さえ出来なくしてしまう。

 顔を構成するパーツが次々と崩れ、原型を失う。もう、肉親であっても彼がサトルであるとは分かるまい。肉圧で目が飛び出し、その穴を膨らんだ表情筋が埋めたため視覚も失ってしまった。

 顔が潰れている間も胸部筋肉は膨張。着ていた革の鎧が弾け飛ぶほどの筋膨張は、ついに肋骨をへし折る。肺が穴だらけになり、心臓が骨の欠片で貫かれた。胃と腸も潰され、原型を失っているだろう。普通ならば致命傷だ。

 しかしサトルは死なない。

 何故ならレベルアップする度に、生命力を示すステータス・体が回復しているからだ。レベルアップ時に優れた肉体に再構成される過程で、古い傷が消えている。

 本来ならば祝福と呼べる効果が、サトルを永遠の苦しみに囚えていた。

 

「(何時になったら、終わるんだ……!?)」

 

 眼球が失われたサトルに、周りの様子は分からない。時間の感覚も痛みに飲まれて失われた。

 ある意味、それで良かったのだろう。

 彼の腕輪が示すレベルは417。

 彼が予測していた到達レベルまで、あと200も残っていたのだから……

 ……………

 ………

 …

 ……果たして、どれだけの時間が経ったのか。

 レベルアップの痛みも音もなくなった頃、サトルはむくりと起き上がる。

 相変わらず目の前は見えない。かつて目があった場所は肉に埋もれている。しかしレベルアップにより知が増大したサトルは、例え見ずとも自身の状況を理解していた。

 自分の姿が、かのモンスターと酷似したものになっていると。

 

「(元の姿には、戻れなかったか)」

 

 或いは、これこそが超高レベルの魂に相応しい姿形なのか。

 手足が捻じれ、脳も筋肉も剥き出しの姿の何処が『高次』なのかとも言いたいが、しかしそれは人間的な感性の話。実際の高次元存在も、もしかするとこんな見た目なのかも知れない。

 なんにせよ、こんな化け物姿では故郷の村には帰れない。帰った瞬間、新種のモンスターとして攻撃されるに決まっている。もしかすると王国騎士団にも知らせが行き、討伐隊が組まれるかも知れない。

 とはいえレベル数百となったであろう(正確なレベルは分からない。腕に嵌めていた道具を見ようにも目が潰れていては確認出来ない)サトルに、騎士団だろうが伝説の勇者だろうがダメージは与えられないだろう。

 そしてサトルが攻撃すれば、彼等は一撃で吹き飛ぶに違いない。それも跡形もなく。

 このような結末はサトルが望むものではない。いくら強くても、人殺しにはなりたくないのだ。

 敵対者は手加減して倒し、それから話し合いをすれば……とも考えたが、一気にレベルが数十倍になったのだ。ステータスは恐らく今までの数百倍になっている。使った事もない、今までの数百倍の力を的確に制御なんて出来る訳がない。

 仮にどうにか和解出来ても、うっかりで人間を粉微塵にする力を持っていては共に暮らせない。

 故郷には帰れず、人と共にはいられない。ましてや勇者になんてなれっこない。

 最早生きている意味すら感じられず、いっそ死を選びたいが……それもまた今の身体では無理だ。レベルアップし過ぎた身体は、例え天空から落ちても傷は付かず、自傷行為さえも受け付けないだろう。

 だからサトルは、何もしない事を選んだ。

 森の中でただ呆然と、動かず、何もせず、時が過ぎ去るのを待つ。仮にモンスターが現れても、攻撃はせず、ただそこに居続けるだけ。

 そうすれば、きっと何時か死ねる筈だと彼は気付いたのだ。自分が仕留めたあのモンスターのように。

 老いがくれば、ステータスが衰えれば、何時の日か必ず……

 

 

 

 

 

 あれから時は流れた。

 果たしてどれだけの歳月が経っただろうか。サトルにはもう分からない。最初の頃は季節の変化を数えていたが、巡りが百を超えた時にはもう飽きてしまったのだから。

 最低でも百年は生きた筈だが、そこから更に数え切れないほどの季節を過ごした。レベルアップ数百となった高次元と魂と身体は、寿命もまた極めて優秀な値だったらしい。果たして故郷の村は今でもあるのか、属していた国は残っているのか。そもそも此処はまだ森なのか。

 未だ顔面を覆う肉塊の所為で世界は見えず、何も分からない。

 付け加えるとこの数百年間、サトルは飲まず食わずでいたが、乾きも飢えもない。高次の魂にとって、飲食というのはさぞや浅ましい行為なのだろう。母の料理の味も、興味本位で齧ったゴブリンのおぞましい味も、もう忘れてしまった。

 肌で感じる気候変化から自然について考えていた分、自然科学には詳しくなっただろうが。それと暇なのであれこれと考えていた哲学にも。発表すれば今すぐ学者や哲学者になれそうだ。勿論、数百年の引きこもりが抱いた妄想なのは自覚している。

 いっそ狂ってしまえば楽だったかも知れないが、やはり高次元存在は精神防御力も高いらしい。どんなに苦しくても、サトルの人間性は失われていない。

 それだけの時を経てようやく肉体の衰えが感じられるようになった。

 まだまだ生半可なモンスターに倒されるほど弱くはないが、もう少し弱くなれば、そこそこ強いモンスターが獲物として襲ってくるだろう。

 長く不条理な苦しみの時間も、間もなく終わる――――

 そう思っていた時の事だ。

 背後から、強烈な殺気を感じたのは。

 なんだ、と思ったのとほぼ同時に、足に鋭い痛みが走った。足の筋を切られたらしい。

 衰えたとはいえ高レベルの肉体をこうもあっさり切り裂くとは。驚きを覚えたサトルは、受け身も取れず地面に倒れ伏す。

 

「良し! やったわ!」

 

 戸惑いの中、少女の声が聞こえてきた。

 

「流石ジェーンだな」

 

「むぅ。魔法なら私が活躍出来たのに」

 

 声は更に増え、若い男と、もう一人若い女も現れたらしい。

 合計三人の人間が、サトルの近くに現れた。彼等は一体何者なのか。優れた知のステータスを持つサトルは、その正体をすぐに察する。

 勇者、或いはそれに類するものを目指す者達だ。かつてのサトルと同じような。

 

「すごいレベルだったけど、ステータス通り弱かったわね」

 

「だろ? おまけに隙だらけだったから、奇襲すれば楽勝だと思ったんだ」

 

「流石ケンジね。さて、コイツを倒したらどれだけレベルアップ出来るかしら?」

 

 彼等は高レベル『モンスター』を倒してレベルアップするつもりのようだ。そしてレベルの高さから警戒し、奇襲攻撃を決めたらしい。

 批難する気はない。かつての自分がしたのと同じ行為なのだから。むしろこんな自分が勇者の『育成(レベルアップ)』に貢献出来るのなら、誉れとすら思う。

 一つ懸念があるとすれば、自分を倒せば莫大な経験値が生じ、彼等のレベルが一気に何百と上がる事。そうなれば、かつての自分と同じ悲劇が繰り返されてしまう。

 だが、その心配は恐らくないとサトルは考えていた。

 レベルアップで得られる経験値は、魂のエネルギーである。そしてこのエネルギーは、倒した者の下に向かう……なんて事はなく、周囲にいる者全員に満遍なく分配される。大勢の者がいれば、その分経験値が等分され、一人当たりの獲得経験値量は下がるのだ。故にどうあっても、彼等はサトルの時ほどのレベルアップは出来ない。

 加えて、倒した相手から経験値を得る時には漏れが生じる。だから相手の持つ全経験値を手に入れて、相手と同じレベルになる事は出来ない。つまり、今のサトルが持つ経験値もかつて倒したあのモンスターほどのレベルはない筈。レベルが低ければ倒された時に出る経験値も少なくなる。

 二つの理由から、この三人組が化け物に成り果てるほどレベルアップする可能性は高くない。

 恐らくは200か、300未満程度だろうか。御伽噺の勇者と同程度だ。それでも身体の負担は小さくない筈が、化け物にはならないだろう。

 サトルはそう思っていた。そう信じていた。

 

「そうだなぁ、レベル()()()()だからな。俺達で三等分しても、400は軽く超えそうだ。もしかしたら500近くまでいくかも知れない」

 

 この言葉を聞くまでは。

 レベル1320。

 それはかつてサトルが倒したモンスターを、遥かに上回るレベルだ。御伽噺の魔王すら虫けら扱い出来そうである。

 しかしサトルはこの姿になってからモンスター退治などしていない。なのにどうして、あの時倒したモンスターよりもレベルが高くなっている? 経験値を手に入れてないのだからレベルが上がる筈が……

 そこでサトルは気付く。

 レベルアップは、モンスターを倒した時だけに起きるものではない。日常生活で経験を積んでも、年に1レベルぐらいは上がるのだ。

 自分はあれから何年生きた?

 あれからどれだけの経験を積んだ?

 何も行動はせずとも、自然の変化や哲学は考えた。それもまた立派な経験だ。そして日常生活で得た経験でレベルアップした場合、頭の中で音は鳴らない。だからどれだけレベルを重ねたか分からない。

 ぞわりと、サトルの身体は数百年ぶりに震えた。

 レベル四桁ともなれば、三等分してもひよっこ勇者のレベルは400を超えるだろう。人外の域であり、彼等の姿は醜く変わる可能性が高い。

 しかし自分の将来に絶望して死のうとしても、老化以外の方法で死ぬ術がない。

 そして老化を待てば経験が積まれ、レベルは上がっていく。誰かに倒せるぐらい弱くなった時には、その誰かのレベルをかつての自分よりも高くするだけの経験値を溜め込んで。

 これは、永遠に繰り返される輪なのだ。

 人間を取り込みながら成長し、時には増殖していく悪しき循環。

 断ち切らなければならない。意を決してサトルは叫ぶ。

 

「ア、アフェオッ」

 

 叫んでから気付いた。

 ああ、自分がかつて倒したモンスターと同じ声じゃないか。

 何百年とろくに喋らなかった弊害か、それとも新たな身体をろくに使わなくて上手く操れなかったのか。

 疑問を追求しようとする思慮深い知性は、しかし首から伝わる痛さと冷たさにより途絶える。

 消えゆく意識の末期に、サトルは聞いた。悲鳴と、骨が砕ける音と、肉の捩じ切れる音が。

 ひょっとすると走馬灯が如く過ぎった、ただの幻聴かも知れない。

 確かな事は一つだけ。

 この呪いに、終わりはない。

 この世にレベルアップがある限り、消える事も絶える事もなく、広がり続けていくのだ――――



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