【二巻発売中!】スペースオーク 蛮族の戦士は夜明けの天を翔け女王を狙う 作:日野久留馬
SIDE:トーン=テキンのトロフィー ペール
トーン=テキンの
いや、違う。
ペールがラスボスと認識している人物は隣のソファに座り、冒険譚を語っている。
彼女を上回る程の相手となれば、それは最早裏ボスとか真ボスとかの類であろう。
「……でっかぁ」
「にゃ?」
思わず口を突いた直球の感想に、膝の上に乗ったイヨが不思議そうに見上げてくる。
「何でもないですよー」
緑がかった長い金髪を手のひらで撫でつけてやると、イヨは糸目を更に細めて喉を鳴らした。
ちいさくてかよわい生き物を愛でていると、目の前に存在する強烈な生物のインパクトが和らぐ気がする。
それ程にオークの女王は圧倒的な存在であった。
トーン=テキンの女王、マルヤー・キスカ・トーン=テキン。
ピーカ姫の母だけあって未だ発展途上の娘の成長後を思わせる容姿であるが、その完成度は同性であるペールをして戦慄させるほどのものだ。
まず目を引くのは、その余りにも重装甲な胸部の山脈。
思わず口から漏れたように、でかい。 圧倒的にでかい。
娘の方も体格からすれば過積載気味だが、こちらは更にボリューム増し。
成熟した背丈に比例するかのごとく実った豊潤な果実は、わずかな動作にも応じて嫋やかに震える。
気楽な部屋着のリブセーターに包まれた玉体は凶悪な迫力を持つ胸部以外のシルエットも浮き彫りにしており、産後すぐとは思えない程に締まった腹部と、裏腹に豊かな腰回りも見て取れた。
グラマラスという言葉を形にしたかのような肢体のみならず、顔立ちもまた絶世の美女と評するしかない。
選りすぐりの整った部品のみで構成された美貌は硬質で冷たい印象を与えかねないが、金色の瞳の目尻が垂れ気味な事で柔らかさが加味され、美しさと親しみやすさを同居させている。
(こんなの勝ち目ないじゃないですかー……)
お茶請けのワッフルをイヨが食べやすい大きさに割ってやりながら、ペールは内心で呻いた。
ペールの主にして想い人、戦士カーツが懸想しているという女王は、凄まじい強敵であった。
女体の色香の権化のようなその姿は人によっては好みから外れるかも知れないが、これまでにペールが収集したカーツの好み情報には余りにもドンピシャ。
勝ち目など全く見当たらない。
(ノッコさんは女王陛下にどうやって勝つつもりなんだろう)
絶望的な気分になりながら、姫を挟んで反対側のソファに座っているノッコの様子を窺う。
彼女はまったく常と変わらぬ様子で、ワッフルを口いっぱいに頬張っていた。
普段通りのノッコの振るまいに、彼女がやりそうな手口が頭を過る。
(不意打ちでカーツさんを襲って、無理矢理手込めにとか……?)
空戦であれ白兵戦であれ戦闘の巧者であるカーツだが、その副官を務めるノッコもまたハイレベルな達人だ。
武に疎いペールにはどちらがより強いかなど判らないが、不意打ちなどのファクターを加味すればノッコがカーツを倒す事も十分有り得そうに思える。
ペールの頭の中で、たんこぶを作り白目を剥いたカーツを縛り上げて、勝利の笑みと共に跨がっているノッコの勇姿が浮かび上がった。
何だか恐ろしい程のリアリティがある。
若干の背徳的な興奮を覚えたペールは小さく咳払いすると、誤魔化すようにゴーグルの位置を直した。
「やっぱり報告書だけじゃなくて体験談も聞くと臨場感が違うねえ。
ペールだったっけ、君の話も聞かせてくれるかい?」
「あっ、はっ、はいっ!」
ひとしきり娘の話を聞き終え上機嫌の女王に話を振られたペールは、泡を食いながらも姿勢を正す。
話を聞きたいと言われても自分に話せる事など、オークに捕まった上に別のオークにまで捕まってしまったという、端から見れば鈍臭さすら覚える経歴くらいしかない。
「え、えぇっと、私は他所のオーク氏族に捕まってたんですけど、カーツさんに拾われまして……」
シャープ=シャービング氏族に捕まっていた時の話などは思い出したくもないし語りたくもないので端折れば、自然とカーツの話ばかりになる。
そしてペールの視点からすればカーツは頼もしくて気が利くけれども肝心な所では鈍感な、それこそ恋愛物コミックに出てきそうな
顔面の造作を除けば。
スピーチなど得意ではないペールが朴訥に語るカーツの冒険譚をにこにこしながら聞いていた女王は、話がひと段落した所で爆弾を落とした。
「ふぅん、そんな流れでカーツのトロフィーになったんだ。 それじゃ、もう抱かれたのかい?」
「抱っ……!?」
余りにもストレートな言葉にペールは思わず絶句する。
女王の問いに姫が横から口を挟んだ。
「まだだよねえ、あたしも手ぇ出されてないもん」
「待って、順番なら、まず私。 私は正式なカーツのトロフィーなんだし。
姫の前に味見しといてあげるよ」
唇を尖らせる姫に、口いっぱいのワッフルをドリンクパックのレモンティーで流し込んだノッコが物言いを付けた。
「あたしの戦士だよ!」
「私の主だよ」
金の猫目を吊り上げてノッコに食ってかかる愛娘を、マルヤー女王は同じ色の瞳を細めて見守っている。
「あ、あの、よろしいんですか……?」
仮にも氏族最高権力者の目の前で、その愛娘と言い争うのは不敬ではないのだろうか。
恐る恐る尋ねるペールに、女王は美貌に似合わぬ幼げな仕草で小首を傾げた。
「何がだい?」
「ノッコさん、姫と言い争ってますけど、そのぅ……お手討ちとか?」
「いやいや、しないよそんな事。 折角ピーカが気楽に話せる相手ができたのに」
ペールの口から出た飛躍した想像に、女王はくすりと笑う。
観察力に優れるドワーフであるペールは、愛娘を見守る女王の視線に混じった羨望の色を感じ取った。
「陛下には、そんな相手がいらっしゃらなかったんですか」
「氏族内じゃボクとピーカは立場が特殊だからね。
あんな風に誰かと口喧嘩する訳にもいかなくてさ」
女王は艶やかな唇から、諦観の籠もった吐息を漏らす。
「ノッコみたいな物怖じしない子は滅多に居ないからね、ああいう直球で話してくれる相手は貴重なんだけど……。
氏族の子達はボクらを奉りあげるくせに、肝心な所でなかなか言うこと聞いてくれないしさぁ」
「オーククイーンにはオークを惹きつけるカリスマがあるって聞きましたけど……」
「フェロモンって奴だね。 結局の所、鼻の下伸ばしてるだけだよ。
……頭の血が下半身に全部行っちゃってる状態だから、こっちの話なんて耳から入る端から抜けてくばっかりだし」
段々と女王の目が据わり、紡がれる言葉にトゲが混ざってくる。
これは聞き続けてよい話なのだろうか。
ペールは女王の愚痴に唇の端を引きつらせた。
「その、専制君主制なら臣下に無理難題も押しつけやすいんじゃないかって想像してたんですけど……」
普段の姫の振るまいを思い浮かべながら問うと、女王は首を振った。
プラチナの前髪がさらりと揺れる。
「戦闘関連ならね」
女王は余りにも豊かなバストを誇示するかの如く腕を組むと、柔らかなソファに沈み込むように背を預けた。
「死んでこいみたいな無謀な命令にだって、戦いに関する事なら氏族の子達は嬉々として従うよ。
それで武勇を示せるからね。 でも、それ以外はからっきし。
特にこれまでのルールを変えるような指示はなかなか受け入れないんだ、伝統とは違うからって思考停止してさ」
唇を尖らせる女王の表情は不満を露わにする時の姫によく似ており、愛らしさすら感じさせる。
このギャップにカーツはやられたのだろうか等と頭の端で考えつつ、ペールは口を挟んだ。
「陛下が進められてるっていう、トロフィーを活用する政策の事ですか」
「そう、先の事を考えるとトロフィーの人達の協力がないとトーン=テキンは立ち行かないからね。
ボクはがったがたの氏族をピーカに継がせるつもりはないよ」
ボクが継いだ時みたいにねと小さく続けるマルヤー女王の言葉を、ペールは強ばった微笑みで聞き流した。
これ絶対聞いたらマズい奴だ。
危機感に苛まれるペールを他所に、本音を吐き出して少しは清々したとばかりに女王はドリンクパックを勢いよく呷った。
白い喉を上下させてレモンティーを流し込み、言葉を続ける。
「トロフィーの人達がトーン=テキンに協力したくないってのも判る話さ。
そのために、まずは氏族側が意識を改めて譲歩しなくちゃいけないのに……そんな所を汲み取って上手くやれるほど頭の回る戦士はカーツくらいのものだよ」
女王は金の瞳でペールをまっすぐ見据えた。
威厳か、あるいは四苦八苦しながらも氏族を導いてきた実績によるものか、柔和な垂れ目に宿る光に思わずペールの背筋が伸びる。
「だから、彼の知性を引き継いだ次世代の子が多く欲しいんだ、早いところカーツに抱かれて孕んでくれないかね?」
「そ、そこに戻るんですかぁ……」
呻き声を上げるペールに女王は愛娘によく似た仕草で、こてんと首を傾げた。
「さっきの話からすると、カーツを嫌ってるわけではないんだろう?
トロフィーとの融和という観点でも、そういう関係性は望ましいんだが」
「カーツさんの事は嫌いじゃないですけどぉ」
やはり、オーク文化とは根本的な所でセンスが違う。
一般的な
同じくオーク文化で育っているピーカ姫もそういった側面はあったが、女王はより明確だ。
子を為す事と、そこに本来生じるであろう恋情の類が、完全に分離している。
下手をすると
「カーツさん自身の気持ちの方が……」
「ふむ? ボクの体に興味を示してたから男色って訳じゃないとは思うけど。
……女に興味があるのに手を出さないとなると、不能とか……?」
何かカーツにとって恐ろしく不名誉な誤解が生じつつあった。
ペールは慌てて口を挟む。
「あ、あの! カーツさんが私達に手を出さないのは、おそらく拘りがあるからだと思われます!」
「拘り? どんな?」
むしろ子供のような無邪気な反問を向けられ、ペールは言葉に詰まった。
何が悲しゅうて恋敵(と呼ぶには強力すぎるが)に塩を送らねばならないのか。
美貌に浮かんだきょとんとした表情が、とてつもなく愛らしいのがまた腹立たしい。
だが、ここで何らかの説明をしておかないと、女王の中にカーツが不能ではないかという疑いが根付いてしまう。
マッチョイズム全開なオーク文化では、とんでもないペナルティになりかねない。
ペールは世の理不尽さを改めて噛みしめながら、想い人の名誉を護るべく口を開いた。
「……カーツさんは、女王陛下と子を作る事を望んでいます」
「そう言ってたね、今回は間に合わなかったけど」
リブセーターの上から、へその下辺りを撫でながら女王は頷く。
「でも、ボク以外の女を抱かない理由にはならないんじゃないかい?」
「そこがカーツさんの拘りです」
これ以上は、言うべきか言わぬべきか。
ペールは一瞬迷った。
そして日和った。
なるだけ表現を丸くして、口に出す。
「……おそらくカーツさんは、最初に子供を作る相手は陛下がいいと考えています」
「妙な所に拘るなあ」
「ですが、それがカーツさんを支えているんだと思います」
「んー、確かに験担ぎする戦士は結構いるしなあ。
その拘りが彼を戦士として支えてるなら、外野が口出しするべきじゃないねえ」
腕組みした女王は仕方ないとばかりに溜息を吐く。
女王を納得させつつカーツの秘めているであろう想いを秘したままにする、厄介なミッションをやり遂げたペールもまた密かに一息吐くのであった。