俺には親友がいた。
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前世の俺は、子供の頃から何をやっても大抵はうまく行った。運動以外はだが、どうやら、遺伝子的なものか、疾患的なものかは知らないが、周りに比べ身体が弱い方だったので、体育などは誰よりも努力しなければ、人並みには立てなかった。勿論、日頃から鍛えていたので、軽く富士山を登頂する程度には体力がついたが……。
さて、身体の話は置いておこう。何をやらせてもできると言う話だったな。文字通り、大抵はできた。勉強は勿論、ゲーム、楽器、クイズなどだな。特に、暗記系は得意だった。1度見たものなら、絶対に忘れない自信があったほどだ。それはそれとして、"作者の考えを答えなさい"の問題は無くて良いと思っている。
高校1年生の10月27日、確か中間試験の順位が張り出された日だったか、その日、ある人が話しかけてきた。その表情は、敗北感や対抗心に満ちたものだった。その人物の顔には心当たりがあった。その中間試験の順位が2位で、俺の1つ下の人だ。名前は、八神 透慈、彼は俺に、普段の勉強について聞いてきたので、普段通りの勉強について話した所、彼の表情は変わった。屈辱感、劣等感、畏怖、そして、尊敬の念がこもっていた。
それから、透慈は俺によく絡んできた。授業の時の競争などから始まり、彼はその様なことが出来そうな状態になれば、すぐに勝負を仕掛けてきた。初めは「子供かよ?」と思っていたが、俺もそれを楽しむ様になっていた。最初はずっと俺が勝ち続けていたが、回数を重ねるごとに彼は成長し、俺を追い込み、勝利の回数を増やしていった。
それに負けじと、俺も成長していった。透慈から、特に対人関係の技術の多くを盗んでいった。その関係は、もはや好敵手とも言えるだろう。だが、確かに友情が存在していた。
ある日、透慈が死んだ。
何かの帰り、俺と透慈が2人で歩いていた時、透慈だけが車に轢かれた。なぜ俺が轢かれなかったのか、何も理解できずにいた。ただ、当時が轢かれた瞬間、理解した。「透慈が死んだ」と言うことを、無常な現実を叩き込まれ、ただ呆然と立ちつくした。
それから、俺は何をすれば良いのかもわからず、ただ、何も考えずに大学へ進学した。そのまま、周りから流されるままに教師になっていた。教員採用試験は、透慈から吸収した技術のおかげか、面接でも問題なく立ち回れた。
そんな日々のある日、確か、大学を卒業し、就職をしてから1年が過ぎた頃、通勤時などに読んでいた、某ウェブ小説投稿サイトにて、ある作品が投稿された。
その名は、「魔王学院の不適合者」サブタイトルは省略するが……。俺はその作品に心の底から引き込まれた。何故かはわからない、だが、あの物語は、あの世界は、あの魔王は、俺の泥沼の底に沈んだ心を、日の下に引き上げたのだ。
それからの俺は、そんな日々の楽しみと共に、教員としての人生を歩んだ。透慈の死も、乗り越えることができたと言えるかもしれない。生徒達を沼に引きずり込みながらも、俺は生きた。
そうして、2023年の8月、海外の雪山の登山中に遭難して凍死、そうしてこの世界の転生してきた。
人生とは、なかなかどうして不思議なものだ。まさか、お前と再会することになろうとはな。
心からの親友、八神 透慈よ。