恢復のクインテット   作:ブラック5930

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第2話「はみ出し者達のクオリア」

 

白い部屋

 

 

窓から差し込む陽の光が眩しい

 

細めた視界に映るのは、変わり映えのない外の景色

 

 

「……はぁ…」

 

 

溜息が漏れる

 

ベッドの上で大きく溜息を吐き、

 

靱はそのまま身体を投げ出した

 

 

寝転べば、伝わるのは微妙に固い感触と少しの冷たさ

 

白い天井を見上げ、ぼんやりと思考を巡らせる

 

 

「(結局、白石さん………じゃない。

杏さん達が色々考えてくれたけど……

どうにも空振りというべきか…)」

 

「(どこまで覚えていて、どこまで覚えていないのか。

あまりにもあやふや過ぎる)」

 

 

靱は情報を並び立て、組み立てる

 

 

「(僕……は『氷室靱』。

都立高校の神山高校1年Cクラス所属。

親しくしていた人はあの四人以外には特におらず。

性格は……かなり難あり)」

 

「(人嫌い?だったのかな……

友達を作るようなタイプでは無かったみたい。

学校では殆ど会話らしい会話も無かった…と。

あとは……音楽に日常的に触れていた……?)」

 

 

四人から聞いた情報を整理した中で、最もヒントになりそうなのはその辺りだと靱は感じた

 

ストリートライブ?と呼ばれるらしい路上での演奏活動や、

 

ライブハウスを使用したイベントに参加して歌唱を行っていた

 

彰人や冬弥はその時のチームメイトだという

 

 

金銭を得る為の活動ではない

 

ならばそれは趣味の範囲といえるだろう

 

よほど音楽に興味が無ければ、そんな真似が出来るとは思えない

 

 

「(うーん……

そう、こういうところが…妙なんだよなぁ。

変に知識が残ってるというか、覚えてるというか)」

 

 

用語そのものの知識は無かった

 

イベントやストリートライブ、ライブハウス等

 

聞いただけでは何を指すのか解らなかった

 

しかし

 

 

「(でも、“音楽”がどんなものなのかは知ってるし

金銭を得る為にバイト等を行う必要がある、だとか

学生という身分の意味は知ってたり……)」

 

 

凸凹な認識

 

知識として得たモノの一部は消えており、

 

殆どは残っているような奇妙な喪失

 

それをおかしい、と感じられる事自体がおかしい

 

 

医者や看護師から聞き漁った限りでは、一般的に記憶喪失とされるモノはこのような症状では無いとの事

 

 

「(まぁ記憶がないって事は記憶喪失なんだろうけど

なんか気持ち悪い感覚だな……

覚えてないってのも…)」

 

 

四人から聞いた自身の他者との関係性、

 

自分がどのように生活していたか、

 

それ等は全く記憶に掠らない

 

聞かされても実感が湧かないのだ

 

まるて、遠い他人事のように

 

 

「(…まぁそんな事より今は……

現状を取り敢えず整理してみよう。

まずいところを挙げてみると…

まず、持ち歩いていたらしいスマホがない、

身分を証明するモノもない、所持金はゼロ、

帰る場所も解らない、親族の連絡先も知らない)」

 

「(…もしかしなくても……手詰まりなんじゃ)」

 

 

状況はあまり良いモノではない

 

正直な話、退院がどうだのと考えられる訳がない

 

そもそも現代社会においてスマホが手元に無いというのはあまりにも痛いのだ

 

 

「(多分持ち歩いている筈だけど、散らばってたらしい所持品にそんなモノは無かった。

ん……そういえば)」

 

 

病室に置いてある黒いケースに目をやる

 

極めて頑丈な作りの楽器ケース

 

事件時は投げ出されて転がっていたらしいそれの中身は無事なようだった

 

 

「(エレキギター……

普段から持ち歩いてたみたいだし、本当にずっと音楽漬けだったって事かな)」

 

「(音楽………音楽……うーん…)」

 

 

思考に沈む

 

自身の奥深くから、記憶を掬うように

 

けれど、どこまでいけども空白は空白で

 

 

見つからぬ答えに、靱は苦笑する

 

 

「(……なーんにも思い付かないや。

焦ったって仕方ないかもしれないけど…)」

 

 

靱を襲うのは、漠然とした不安

 

このまま何も思い出せないのではないか

 

そんな感覚がのしかかり、気が滅入る

 

 

再び溜息を吐いた時、

 

 

「………?はい、どうぞ」

 

 

ノックの音が響き、靱は扉の方へ声を掛ける

 

 

「………?」

 

 

しかし、返ってくるのは沈黙

 

全くの無反応に靱は気のせいかと首を傾げ——

 

 

「こんにちはーーっ!!

入院生活はどう?氷室先輩」

 

「———っ!?」

 

 

勢いよく開かれた扉から入ってきた人物の大声に度肝を抜かれて身を震わせる

 

硬直した靱に一直線に歩み寄ってきたのは、一人の人物

 

明るいピンク色の髪をサイドテールに纏め、神高の制服を着込んだ——少女

 

 

「あれ?

刺されたって聞いたけど、ふつーに元気じゃん。

相変わらず頑丈なんだねー」

 

「え……、えーっと……」

 

「……あっ、そうか」

 

 

困惑する靱に、彼女は納得したように頷く

 

 

「けっこうイメチェンしたからわかんないかな?

ほら、ボクだよ。

——暁山瑞希、⬛︎中2年⬛︎クラスの!」

 

「というか、先輩の方が雰囲気変わってない?

あー、今はもう先輩じゃないんだっけ。

同学年だし」

 

「あー………」

 

 

スラスラと言葉を続ける彼女に困惑していた靱は事態を察して言い淀む

 

そんな彼に不思議そうな顔を浮かべる少女

 

いつまでも黙っている訳にはいかず、靱は重い口を開く

 

 

「……その、実は———」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええーーーーーっ!?記憶喪失————!?」

 

 

病室に大きな声が響く

 

 

「それって、本当に!?

冗談とかじゃなくて………?」

 

「はい、本当です」

 

「それじゃあボクの事も……」

 

「……えっと、はい。すみません。

全く……」

 

「…ええ〜……そんなぁ…」

 

 

少女、瑞希と名乗った人物は頭を抱える

 

そんな様子を申し訳なさそうに見詰める靱

 

 

暫くして顔を上げた彼女は、靱に説明の続きを促した

 

 

「えっとそれじゃあ氷室先輩……

…あー、靱は……

記憶が全くないってこと?」

 

「あぁいえ、全くって訳じゃ無いんですが」

 

 

靱は現状を説明する

 

自身に関する記憶の大半を失っている事

 

覚えている事と覚えていない事がある事

 

 

それ等を真剣な表情で聞き、考え込む瑞希に靱は声を掛ける

 

 

「あ、それと……

暁山さんと僕は……知り合い、なんですか?」

 

「…………。

まあ、そんな感じだね〜」

 

 

靱の言葉に、彼女はにこやかな笑みを返す

 

 

「中学の頃の先輩後輩って関係でさ。

卒業後は全然会わなかったけど、⬛︎⬛︎通りで刺されたって学校中でウワサになってたから。

流石に気になって見舞いにきたんだけど……

ケガの方は大丈夫なの?」

 

「あぁ、それは大丈夫です。

もう殆ど完治してるようなので」

 

「そっか」

 

 

ホッとしたように一瞬息を吐いた彼女は、病院での生活や事件についての事を聞いてくる

 

どうやらかなりお喋りな人らしい

 

こちらが返す暇は与えつつも、会話を主導するようにコロコロと表情を変えながら矢継ぎ早に言葉を紡いで来る彼女と話に興じていると、時間はあっという間に過ぎていく

 

彼女が手を振り、部屋を出て行く頃には

 

靱はすっかり疲労感に包まれていた

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

扉を閉める

 

病室から人気のない廊下へと出て

 

窓から吹き込んで来る寒風が髪を揺らす

 

貼り付けていた笑みを消して、瑞希は小さく呟く

 

 

「……記憶喪失、か…」

 

 

神妙な面持ちで、瑞希は思考を巡らせる

 

 

「(ウソを言ってるようには見えなかった…

というか、ウソつく必要ないしね。

本当にそうなんだろうけと、うーん……)」

 

「(聞いた感じけっこう重度みたいだな。

現住所や誕生日、最初は名前すら覚えてなかったみたいだし。

色々聞いてみても特に反応もない。

あれは今すぐにどうこうするのは難しそうかも)」

 

 

「……どうにもなんないよね、あれじゃ」

 

 

仕方ない

 

そんな調子で瑞希は小さく笑う

 

笑みを浮かべる彼女の頭に一瞬、鈍痛が走り抜け

 

 

 

 

 

『——おや、靱くん。またケンカかい?』

 

『だったらどうしたよ。俺の勝手だろ』

 

『そうだね。

ただ今日は……やけにキズが多いと思ってね。

もしかして、やられてしまったのかい?』

 

『…誰があんな連中に……

一人残らず返り討ちにしたに決まってんだろ!』

 

 

『……あのさ、ふたりとも。

騒ぐんならよそでやってくんない?

さっきからうるさいんだけど』

 

 

『すまないね、瑞希。

——というわけだけど、何か言うことがあるんじゃないかい?靱くん』

 

『はァ?今のはどう考えてもお前のせいだろうが。

おい瑞希、この脳内演出馬鹿が……』

 

『…だからうるさいって……』

 

 

 

 

 

頭を振って、彼女は記憶を振り払う

 

 

「……ううん。まあ仕方ないよね。

そっかー、記憶喪失か〜。

流石に予想外だったなぁ…」

 

「なぁ〜んだ。

だったら変に緊張する必要なかったじゃん。

まったく、早く言って欲しいなぁ」

 

 

少女はおかしそうに笑う

 

 

「でもそっか…、うん……」

 

 

「(……“暁山さん”かぁ………)」

 

 

やがて、笑みを浮かべた彼女が歩き出せば

 

差し込む陽の光がその表情を隠す

 

静かな院内の廊下に靴音が小さく響き、消えた

 

 

 

 

 





喪失後の氷室靱は記憶を失ったのではなく、文字通り漂白、リセットをかけられた状態だったりします。
簡単に言うと、様々な人物から受けた影響の全てがゼロになった状態なので記憶の喪失もそれに付随するモノでしかありません。

ifについて。やるならどっち

  • ほぼ確実にあり得ない展開
  • 割とあり得たかもしれない展開
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