やや駆け足気味
第1話「咎人と星空のカルテット」
冷たい空気が漂う廊下
いきすぎた清潔感は冷たさしか感じさせない
病院の廊下
日中にも関わらず静かなそこで
とある一室の前で少女達は言葉を紡ぐ
「ここ……だよね」
「うん。⬛︎⬛︎⬛︎号室のはずだよ」
「…………」
「……開けるよ」
黒髪の少女は扉に手をかける
振り返れば、緊張した面持ちの三人は頷く
開かれた扉
四人は、病室へと足を踏み入れ——
・
・
——数週間前
「えっと………それは、ひどいね……」
「ホントだよ!!
アタシ、カッとなっちゃって……!」
都内某所
レンタルスタジオの一室にて
金髪の少女が憤慨したように手を振りながら話し、
二人の少女は困ったように笑う
「でも、怪我しなくてよかったよ。
かなり危なそうな人みたいだし、やっぱり店員さんに伝えた方がいいかもね」
「もういなくなっちゃたけどね。
“二度と会わないことを祈る”だってさ。
あーーー!
思い出すだけでイライラしてきちゃうよー!」
「ははは……落ち着いて、咲希ちゃん。
…でも、気持ちはわかるよ。
みんなで真剣に練習してるんだし、お遊びなんて言われたら怒りたくなるよね」
二人は咲希を慰める
話に聞いただけでもあまり愉快な気持ちにはなれない程の事を言われたのだ
腹ただしいと感じるのも無理はない
「……志歩、大丈夫かな。
何かされたわけじゃないんだよね?」
「え……まあ、うん。
怖い人だったけど、手は出してこなかったよ。
…あー、あと
歌ってるところを聴かされたくらいかな?」
「歌って……?
ああ、だからちょっとしたらまた音が聴こえてきたんだ」
「うん」
そしてそれを直接ぶつけられたもう一人
先程から黙り込んだままぼんやりとした様子で座っている少女を見て
三人はヒソヒソと会話する
「……………」
一方の少女、志歩はそれに気付いていない
というよりも周りが見えていない
それ程に心ここに在らず、といった具合だ
彼女が考えるのは勿論先程の一幕の事
『♪——————————!!』
『テメェ等みたいなお遊び野郎共とは違う、
本気の音楽だ』
『全部、無駄だ!テメェ等のやってる事は!
この世界はな、才能が全てだ!!
生まれ持った才能をどこまで伸ばせるか、
それだけで全てが決まる』
『仮にプロを目指すんなら……諦めろ。
テメェ等じゃ絶対に無理だ。
ヘラヘラ笑いながら練習してるテメェ等にはな』
「………………」
「(お遊びなんて言葉で……私達の音楽を片付けて欲しくない。
私達は本気でバンドをやろうって約束した。
その為に、練習だって真剣にやってる。
でも……あの時……)」
『テメェ等は本当に……
本当の本気で、音楽をやってんのか!?
俺の目を見て言い返してみろ!!
出来るもんならな!』
「(何も……言葉が出てこなかった。
怖いって…
私じゃ敵わないって一瞬でも思って、言い返す気が起こらなかった。
私達は本気でやってるのに)」
「(………………)」
握り締めた拳に込められているのは怒りか悔しさか
それは誰に向けたものか
彼女にも解らないまま、感情だけが暴れる
それを殺しながら俯く志歩から目を逸らし、黒髪の少女、一歌は言葉を紡ぐ
「そういえばその……コートって、
咲希が言ってた人の?」
「多分……。
置いていっちゃったみたいだから一応持ってきたけど店員さんに渡した方がいいかな?」
「うーん……
その人、わたし達がいるってわかってるここに戻ってくるのかな…
これ……けっこう大事なものが入ってるみたいだよ」
「え?大事なものって……
これ、スマホ?」
「みたいだね。
それに財布とか……けっこう色々入ってるみたい」
三人はコートのポケットから覗くモノを見て言葉を交わし合う
財布もそうだが、スマホが無いというのは本当に困るものだ
持ち主の男も困っているのではないか
そう考えた一歌が何とかして届けてやれないかと提案すれば、
咲希ともう一人の少女、穂波は少し間を置いた後に一緒になって考え出す
考え事に夢中な志歩を置いて行われたその話題は穂波があるものを見つけた事で活路が開く
「あれ、これって……生徒手帳…だよね?」
「多分そうだと思う。
生徒手帳なら裏面に……あった。
えーっと、
“神山高校 第1学年 氷室靱”……?」
「神山高校……お兄ちゃんのと同じ……
……って——」
「「第1学年!?」」
思わず叫んだ咲希とぼんやりと話を聞いていた志歩の声が重なる
「うわっ!志歩ちゃん聞いてたんだ!
…っていうか、第1学年って……」
「えっ、1年生!?
アタシ達と同い年ってこと!?」
咲希と志歩は困惑する
どう見ても同い年には見えない容姿が記憶に残っている以上、信じ難い事だ
とはいえ現実として生徒手帳にはそう記されている訳で
混乱する二人を横目に、穂波が言葉を紡ぐ
「神山高校……ってことは咲希ちゃんのお兄さんと同じ高校だよね。
司さんに頼んで渡してもらうのはどうかな?」
「………うーん…1年生……え?
あー、お兄ちゃんに?」
少し考えた末、咲希は了承し、兄経由で忘れ物を届けるという結論に落ち着く
当然、四人がそこまでする義理はない
しかし彼女達は、恐らく困っているであろう人間を見ないフリが出来る人となりではなかった
例えそれが酷い言葉を投げ掛けた者だとしても
そしてその翌日
「お兄ちゃん!」
「……おお、咲希か!
どうした?その袋は……」
「お兄ちゃんと同じ高校の子が忘れ物をしちゃって
1年生の子みたいなんだけど…」
袋に入れたコート類を見せて咲希は説明する
起きたトラブルを除いて
咲希の説明を受けた兄、司は快く引き受け、名前を聞く
「それで?誰に届ければいいんだ?」
「“氷室靱”って名前みたい」
「氷室……?
ああ、靱のことか!」
「お兄ちゃん、知り合いなの?」
「知り合いというか……まあ、そんな感じだ。
しかし靱か……。
少し遅くなってしまうが、今度見舞いに行くつもりだったから、その時に届けておくとしよう」
「お見舞い……?」
兄の口から出た言葉に首を傾げる咲希
そんな彼女の言葉に、司は頷く
「うむ。
そうか、咲希は知らなかったな。
あいつは……どうやら⬛︎⬛︎通りの辺りで暴漢に刺されたようでな。
今は⬛︎⬛︎病院に入院しているんだ」
「刺さ……っ!?
えっ……大丈夫なの!?」
「オレも聞いた時は驚いたが、どうやら命に別状はないらしい。
意識が戻っていないから面会が可能な状態じゃないみたいだが…
傷の方は回復していっているようだし、直に目を覚ますって話だったな」
「神高の方じゃ大きな騒ぎになっている。
⬛︎⬛︎通りの辺りには近付くなと、臨時で開かれた全校集会で呼びかけられたくらいだしな。
咲希もあの辺りには近付かないように気を付けるんだぞ」
「うん……」
兄の忠告に、咲希は頷きながら思考を巡らせる
「(刺されたって……そのままの意味?
アタシ達と会った時は普通だったし、
あの後に……?)」
考え込む咲希に気付かずに、司は⬛︎⬛︎通り周辺の危険性について長々と念を押すように語っている
暫くして、咲希は言葉を紡ぐ
「……お兄ちゃん」
「いいか?一歌達にも言っておくんだぞ。
絶対にあの辺には………
……む?どうした」
「その…忘れ物の話だけど…」
「やっぱり、アタシが直接渡しにいってもいい?」
「直接、って……病院までか?」
「うん」
頷く咲希に、司はほんの少し間を置いて言葉を紡ぐ
「ふむ。
まあ、知り合いのようだし……気になるだろうな。
わかった!
あいつに会いにいけるようになったら知らせよう」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
「フッ、礼には及ばんぞ」
・
・
——そして、今日に至る訳だ
事情を説明したところ、全員が着いていくといって結局四人で行く事になった
ノックして呼びかけて、
返事が返ってきたのを確認して一歌は扉を開ける
緊張気味に足を踏み入れた病室は真っ白で
咲希はいつかの部屋を想起して一瞬顔を顰める
「突然すみません。
氷室さん……で合ってますよね。
私達、この前があなたが忘れていったコートを届けに来たんですけど」
四人を代表して紡がれた一歌の言葉に、
男は無言
少しして男が口を開く
「…コート……」
「なるほど……貴方達は」
「………?」
紡がれた低い声に二人は緊張を深め
二人は疑問を浮かべる
「……あぁ、すみません。
こっちだけ勝手に納得しちゃって。
その、ですね……」
「「「「記憶喪失!?」」」」
「えぇ。有り体にいえば、そうなります」
声を重ねて驚く四人に、男、靱は苦笑する
彼の説明は解りやすく丁寧なものだったが、
そういう問題ではなく理解に苦しむ言葉だった
「えーっと、それじゃ……ご自分の名前や住所も全く記憶にない状態ってことなんですよね?」
「それってすっごくマズいんじゃ……」
「まぁ……そうですね。
でも皆さんが届けて下さった“忘れ物”のおかげでなんとかなりそうです。
スマホから情報が得られそうですし。
本当に、何とお礼を言ったらいいか……」
「…いえ、別にお礼なんて」
靱は袋から取り出したスマホを見て、希望を見出したようだ
財布が戻ってきたのも大きい
ようやく精神面に幾分か余裕が持てるようになって、靱はそれを届けてくれた四人に言葉を紡ぐ
「えっと……星乃さんに、天馬さんに、望月さんに、日野森さん、でしたよね。
皆さんはどこで僕と……?
良ければ教えて頂けるとありがたいんですが…
何分、何も覚えていないもので……
もしかしたら、まだ皆さんと会った場所の周辺に何か置いてきているかもしれないと心配で」
「…………」
「あー……えーっ、と……」
「……?」
言い淀む少女達に、靱は首を傾げる
葛藤の末に
話す事を決めた少女は、会った時の事を語り出す
何一つ偽る事なく話し終えて——
「——本当にすみませんでした!!」
「いや……その、はい」
「大丈夫です。
もう終わったことですから…」
話を聞き終えて
一番に少年から飛んだのは謝罪の言葉
凄い勢いで謝られて、少女達は苦笑する
「…いえ。そんな訳には。
そんな酷い事を言っていたなんて…
記憶を失う前の僕は真っ当な人物では無かったと知り合いから聞いてはいたのですが、まさかそこまでとは思いませんでした。
本当にすみません」
「ううん、大丈夫です」
「…………」
言葉を紡ぐ少年の表情は暗い
少女達も、彼が何も覚えていない状態故に、それ以上責めようとは思えない
病院に重苦しい空気が漂う
「……皆さんは、そんな事を言われたのに僕にわざわざこれを届けに来て下さったんですよね。
………何かお返し出来るものがあれば良かったんですが、生憎何も無いもので…」
「そんな、お返しだなんて——」
見返りを求めて来た訳ではない
単純に気になって、そして言いたい事があって、ここを訪れただけだ
そんな想いから言葉を紡ぐ咲希の言葉に
「……お返し、ね」
「…志歩?」
重ねるように志歩が口を開く
病室に入ってから初めて言葉を紡ぐ彼女は、小さく笑みを浮かべていて
「それなら、やって欲しいことがある」
「…なんでしょう?」
「退院したら私達の演奏を聴きに来て。
場所は、前のレンタルスタジオでいいから」
「……しほちゃん?」
その笑みは、どことなく寒気を感じるものだった
という訳で本話から一番手のユニットの章に入ります