再び、都内某所
レンタルスタジオの一室にて
「…咲希、遅いね」
「迷ってるのかな。
一度連絡してみようか?」
「…大丈夫でしょ。
この辺、そんなに複雑な場所じゃないし」
三人の少女が言葉を交わす
楽器のチューニングを終わらせて、やる事もない三人は残りの一人である咲希の、
そして彼女に案内されているであろう少年を待つ
少年、氷室靱と四人の少女は
今日この場でのある事の為に約束を交わしていた
咲希は迷って辿り着けそうにない、という少年からの連絡に応じて部屋を出ている
「ねえ、志歩ちゃん。
どうして『演奏を聴いて』なんて言ったの?」
「あ、それ、私も気になってたんだ」
「どうして、って……」
「……3人とも、あの人が記憶喪失だって知って
何とかしてあげたいって思ったんでしょ?」
「え?まあ、それは…」
目を瞬かせる二人へ、志歩は言葉を続ける
「あの人は記憶を失くす前に私達の練習してた音を聴いてたみたいだし、もしかしたら何かきっかけになるかもって思った。
……それだけだよ」
「——そうなんだ。ありがとう、志歩」
「…よかったあ。
志歩ちゃん、てっきりあの人に怒ってるのかと」
「……別に。
怒ってなんかないよ」
納得した二人を尻目に、志歩は再び楽器の調子を確認し出す
ゆっくりと閉じられた瞳の奥に、燃える炎を隠しながら
「おまたせー!」
「すみません、遅くなりました」
「気にしないで下さい」
数分程後に、扉を開き少年と少女が現れる
謝罪を並び立てようとする彼を宥め、少女達は準備を始める
「えっと……、
今日は皆さんの演奏を聴かせて頂けるんでしたよね」
「……そう。
どう感じたかだけ教えて」
「なにか思い出す手がかりになるかも、って
志歩が」
「それは……
ありがとうございます…!」
「…………」
無言で準備を終えた志歩は、靱を一瞥すると楽譜へと目を走らせる
全員が準備を終え、合わせを終わらせた少女達は言葉を交わす
「みんな、準備はいい?」
「うん!いつでもオッケーだよ!」
「大丈夫だよ、志歩ちゃん」
「いつでもいけるよ」
「——それじゃあ、いくよ」
「お願いします」
志歩が纏め、合図と共に少女達は楽器を構える
靱は固唾を呑んでそれを見詰め
『♪—————!♪——————!』
「…………!」
曲の頭から重なる声
四人は声を重ねて歌を紡ぎ出し、それに添えられた演奏が歌を引き立たせる
『♪———————-!』
『♪———————!♪——————!』
《 《♪———needLe———♪》 》
「(この……歌………)」
「(なんだか凄く……響く…)」
靱は目を見開く
演奏のクオリティそのものについては今の自分には聴いただけではよく解らない
しかしとても…響く歌だと思った
希望に彩られたメロディライン
しかしその歌詞は、一重に明るいだけのモノではない
失敗や後悔を歌うモノ
そしてそれを——乗り越えていこうとするモノ
サビの盛り上がりが耳を打ち
靱は目を閉じる
「(良い歌だな……
でも、なんだかどこかで…)」
聴いていると胸の奥が擽られるようで
思わず胸に手を当てた時
『﴾ 「どうだっていい」も本音じゃない
誰かの”必要”だって 確かめたかった ﴿』
「(…………っ!?)」
一瞬だけ頭に言葉が浮かぶ
不可思議な感覚に目を見開いた彼の前で演奏は続き
『♪———本当に求めた答えはない
凹んでは仕舞い込んだ 繰り返していた』
『♪———「どうだっていい」も本音じゃない
誰かの”必要”だって 確かめたかった』
「え………」
頭に浮かんだ言葉と同じフレーズが歌われて
靱は戸惑う
「(じゃあ今のは……歌詞?
なんで……もしかして、記憶が…?)」
『♪————————!』
混乱する靱をよそに演奏は進む
取り敢えず今は演奏に集中しよう
態々時間を割いてくれた彼女達の為にも
そう結論付けて靱は聴く姿勢に戻った
『♪—————————!!』
「「「「……ふう」」」」
音が、止む
演奏を終えて最後まで歌い切り、少女達は息を吐いた
靱は拍手を止めて口を開く
「ありがとうございました。
凄く良い演奏でした。
何というかこう……心に響くような」
「皆さんは音楽を愛しているんですね」
「そう?
…そう言ってもらえると、嬉しいな」
笑顔で紡がれた言葉に、少女達は口元を緩める
称賛の言葉は素直なモノで含みを感じさせない
少女達は一瞬満足気に微笑み、
そして彼に何か思い出せる事があったか聞こうとしたその刹那
「そうだ、氷室さ——」
「——ねえ」
「はい?」
ギターを肩にかけたまま一歩踏み出した志歩の言葉が、一歌の言葉を遮る
「私達の演奏を聴いてどう思った?
上手いとか下手とか、そういうのはわからない?」
「えっ、と……」
歩みを進め、すぐ近くまでやって来た志歩の問いに靱は一瞬言い淀む
「すみません。
そういうのは聴いただけじゃ、よく解りません。
ただ……凄く良い音が出ていると思いましたし、皆さん息ぴったりに歌ってましたし…
上手い、んだと僕は思いました」
「…………」
返答に、志歩は暫し沈黙を返す
『なんだ?テメェ等の下手くそな演奏の為に俺の方の練習を控えろってか?』
『思い知ったか……コイツが本物だ。
テメェ等みたいなお遊び野郎共とは違う、本気の音楽だ』
『………ほらな。
そんなもんだ、テメェ等なんて……!』
「………そう」
「……え?」
沈黙を破り、志歩は一言言葉を返す
そして小さく息を吐いた靱に
ギターが突き出された
困惑する彼に、志歩を再び口を開く
「えっと……?」
「私達の演奏を聴いただけじゃ、特に何も思い出せなかったんでしょ?
だったら自分でも歌ってみたら何か変わるんじゃない?
楽器なら、私のを貸してあげるから」
「…………」
「ちょっと、志歩?」
志歩の言葉に、少女達が騒めき立つ
「いきなり歌って、って無茶じゃない?
今日は私達の演奏を聴いて欲しいってことで来てもらったんだし」
「そうだよ志歩ちゃん。
そんなこと言っても困らせちゃうだけだし…」
「ううん。
あの人は、歌えるし楽器だって弾けるはず。
あれだけの音が出せるのは、それだけ長いこと音楽に触れて生きてきたってこと。
だったら記憶が無くなったくらいで歌えなくなんてならないよ。
…咲希も聴いてたし、わかるでしょ?」
「えっ!?
まあ……聴いてたけど…。
くらい、って…….
全部忘れちゃってるなら楽器の弾き方も忘れちゃってるんじゃない?」
言葉を交わす少女達
その脇で考え込んでいた靱は、やがて顔を上げる
「……解りました。
ギターは退院後に幾度か触れたので、弾く事自体は出来ると思います。
歌は解りませんが……。
色々考えて下さってありがとうございます」
「…………」
言葉を紡ぐ靱に、志歩は自らのギターを貸す
「えっと、氷室さん。
別に無理はしなくても……」
「…いえ、大丈夫です。
今日こうして皆さんは僕の為に時間を割いて下さっている訳ですし。
僕も何かお返しが出来れば、と思っていたので。
これくらいで返し切れる恩だとは思っていませんが」
靱は少女に言葉を返しながら、チューニングを始める
一曲程度ではさほどズレている訳でもない
自らの耳を使ったソレは即座に終わり、彼は改めて楽器を構える
「…あれ?楽譜とかは?」
「あ、今日は特に用意していなかったので…
皆さんと同じ曲を弾くのもまずいですし、この前に覚えた曲をやろうかと」
「丁度ギターを用いて歌える曲だったので」
「そうなんだ…」
楽譜はない
自らの頭の中に譜面を思い描き、靱は息を吸い込む
「——いきます」
歌詞は既に頭に入っている
しかし、実際に歌った事も演奏した事も、今の自分には無い
「(覚えてるのかな……“やり方”は。
実際にやってみないとそればっかりは解らないや。
まずはやってみないと。
さっきの星乃さん達みたいに……ああやって弾いてみれば…)」
心を奮い立たせ、靱は手を掛ける
『♪—————————-!』
「「「「…………っ!」」」」
勢い良くギターが掻き鳴らされ、
紡がれる激しいメロディラインに少女達は息を呑む
歌に入るまでのイントロパートは非常に激しい
ロック調のメロディは荒々しく感じるモノではあるが、刺々しい調子ではない
「(この曲……!)」
四人の中で一歌だけは、その特徴的なイントロで既に何の曲か悟っていた
そのジャンルの中では有名なクリエイターの曲であり、曲そのものもヒットしたモノだったから
『♪—————!♪——————-!』
『♪————————!』
それはハイペースな曲だった
リズムは取りやすいがテンポそのものが早く、
シンプルな歌唱の難易度も高い
しかし
「(……すごい。
難しそうな曲だけど、ちゃんと歌えてる。
志歩ちゃんが上手いって言ってたくらいだし、疑ってるわけじゃなかったけど…
本当に上手いんだ)」
「(カラオケで歌う分にも難しい曲なのに、
楽器を弾きながらここまで歌えるのはスゴいな。
……でも、なんだか…)」
少年は、ギターを弾きながらその曲をしっかりと歌えていた
何もかも忘れている、と言われたところで到底信じられない程度には力強い声で
激しいパートでも音程は正確
苛烈さの中で乱れる事なく、“音”を引き立たせる歌唱と演奏は、技術を感じさせるものだった
故に、初めて彼の歌を聴く少女達は同じような所感を抱く
『♪———————!♪—————-!』
『♪———!♪————-!♪—————-!』
《 《♪———ヒバナ———♪》 》
難関パートとなる、歌詞が突然英語へと変わるそこも難なく少年は歌い切り
一歌と穂波は感心したように息を漏らす
その一方で
「……………」
記憶を失う前の彼の歌を知る志歩は目を細めていた
彼女に浮かぶ感情は決して良いモノではない
「(……本当に、全部忘れてるんだ。
別に本気で疑ってたわけじゃないけど)」
「(弾けてはいるし、歌えてもいる。
でも、前の時よりはずっと下手になってる。
それにレベルがどうとか以前に……)」
『(なんて……冷たい音なんだろ。
乱暴でめちゃくちゃに聴こえるようで、ちゃんと技術は感じる。
けど、あまりにも……痛い音だ。
全部拒絶して……ひとりでいたいって叫んでるみたいな音……)』
「(あの時の、冷たくて拒絶するような感じを全然感じない。
まるで別人みたいに、この音は暖かい。
でもその代わり…)」
「(あの身震いするような迫力も、感じない。
これじゃあまるで……)」
一瞬目を閉じて、
志歩は思考を打ち切って再び聴く姿勢に戻る
『♪—————————!!』
程なくして、演奏は終わる
歌い切り、音を奏でる手を止めて
靱は息を整えて再び口を開く
「…これで終わりです。
えっと、どうでしたか?
ちゃんと歌えていましたか……?」
「はい、それはもう」
「氷室さんって演奏も歌もすごく上手なんですね。
ほとんど忘れちゃってるとは思えないくらいで驚いちゃいました」
「…………」
「……そうですか」
返ってきた言葉は、概ね称賛に近いモノ
しかし靱の表情は優れない
彼は志歩と咲希の方に一瞬目を走らせて
考えていた事が確信に変わった様子で、尚表情を暗くする
「……貸して下さって、ありがとうございます」
「…………」
靱は志歩にギターを返すと、支度を始める
それはすぐに終わり、目を瞬かせる少女達に彼は口を開く
「…今日はありがとうございました。
おかげで、色々と掴めた事もありました。
まだ何か思い出せた訳じゃありませんが……
皆さんのおかげで、本当に助かりました。
何から何まで、ありがとうございます」
「……では」
「あっ、氷室さん!?」
礼を紡ぐと、少年は足早に去っていく
扉を開き、少女の声に彼は微笑み返すと
そのまま扉が閉まり、その姿は消えた
「えっ、
このあたりは作りが複雑で全然わからないって言ってたのに!
アタシ、ちょっと行ってくる!」
それを追って咲希が扉の向こうへ消えて
室内は静けさに包まれる
「…ちょっと心配だし、私も行ってくるね」
「一歌ちゃん?」
「咲希だけだと一緒に迷ってるかもしれないし、
しばらく行くとあんまり治安が良くない通りもあるから……
ふたりとも、後で“セカイ”で合流しよう」
「…うん、わかった」
暫くして一歌も後を追って部屋を出て行き
再び部屋は沈黙に包まれる
「……それにしてもさっきの氷室さん…
急にどうしたんだろうね」
「………。
………さあね。なんだろ」
それ以上やる事もなくなって、楽器を片付けながら問いかける穂波に
志歩は短く言葉を返した
更新ペース迷走中