——暗転、戻り
長い浮遊感
降下するエレベーター内で感じるようなソレは酷く奇妙な感覚で
眩い光に刺された瞳が視力を取り戻し
上げていた腕を降ろし、周りを見渡して
「な……っ!?
急に景色が………ここ、学校……?」
靱は目を見開く
視界一面に広がる光景は、明らかに先程までとは異なっていた
星図のようなモノが描かれた黒板
規則正しく並べられた机と椅子
そして教卓の上には古ぼけた望遠鏡
学校の教室
それに極めて近い光景が、今目の前には広がっている
それは見覚えのない景色だ
尤も今の靱は、学校の教室自体見た事が無いのだが
「やっぱり……セカイに来てるんだ!」
「氷室さんは……いるね。
じゃあさっきのは、そういうこと?
でもどうして…」
「星乃さん!?天馬さんも……!
お二人共、ご無事でしたか。
光ったと思ったらいきなりこんな場所に……
一体これは何なんでしょう。夢…じゃないですよね」
「え〜っと……」
声に振り返れば、先程まで案内をしてくれていた二人が目に付いて靱は言葉を紡ぐ
二人が何か知っているとは思えなかったが、疑問を口に出さずにはいられなかった
そんな靱の言葉に二人は悩む仕草を見せ
靱が首を傾げた時だった
——扉の開く音
教室のドアを引いて開く特徴的な音に靱は思わずそちらを振り返り
「一歌、咲希、来てたんだね。
………?その人は……」
「………初音、ミク……!?」
赤いグラデーションのかかった髪
見慣れぬ服装
見知ったソレとは異なる姿だったが、靱は彼女を『初音ミク』だと感じた
「な、なんでバーチャル•シンガーのミクが…
星乃さん、天馬さん、これって一体……」
「あ〜……
いっちゃん、どうしよっか」
「セカイに来れたのに、何も知らないみたいだね。
私達の方が色々と聞きたいんだけど…
まずは説明しないと」
困惑した靱は先程訳知り顔だった二人の方を振り返る
一方の一歌と咲希は、先程の光やUntitledについて
そして現状について靱の方に質問したかったが、ひとまずは落ち着かせる方が先決だと結論付ける
しかし二人が口を開くより先に、新たな足音が三つ
「そんなところで何してるの?ミク」
「ミクちゃん、一歌ちゃん達を見てない?
さっきセカイに来たってルカさんが…」
「この辺りのはずだけど……ミク?
どうしてそんなに驚いて…………あら」
「これは……なるほどねえ」
新たに聞こえた声は、紡がれる筈の言葉に重なる
「……今度は巡音ルカ……!?
それにお二人は……!」
「……どういうこと?
なんであの人がここにいるわけ?」
混乱した靱の声と、志歩の声が重なって
教室は騒然とした雰囲気に満ちていた
「一歌ちゃん?咲希ちゃん?
えっと……どういう状況なのかな、これって」
「誰か説明してくれない?
意味わかんないんだけど」
「星乃さん……天馬さん……」
収集の付かなくなった教室で
困惑気味の声と不機嫌そうな声と助けを求める声が三つ重なる
その全てを向けられた一歌と咲希は
「それが、アタシ達にも…」
「私達と氷室さんのスマホが光ったと思ったら、急にここに…
私達の時と似てるけど少し違うような感覚がして
それで——」
若干顔を引き攣らせながらも口を開く
しかし混乱からか、要領を得ない説明が続き
「…取り敢えずその……状況を整理しよっか」
ミクの一言で、教室は静まり返った
・
・
「……つまり、皆さんの話を纏めると」
「ここは『セカイ』と呼ばれる星乃さん達4人の想い……強い感情から生まれた異世界で、
現実の世界とは全く別の場所である」
「そしてセカイにはミクやルカといった『バーチャル•シンガー』が存在し、バーチャルシンガーはプログラムに縛られずに人間のように自由に動いたり会話する事が出来る……と」
教室内にて
教壇付近にルカとミク
一番手前の席に靱
そしてその後ろに椅子だけを並べて四人の少女が座る光景
黒板をフルに使って行われた説明を、靱が纏めた後に反芻してみせる
靱は暫く黙り込み、再び口を開く
「えーっと……
もしかして僕が忘れてるだけで、普通にセカイというモノはどこにでもあって、皆知ってるモノなんでしょうか?」
「正直、とても信じられないんですが」
「……いや、普通は知らないけど」
「でも実際目の前にミクちゃん達もいるわけだし…
全部本当のことなんだよ!
最初はアタシ達も、ビックリしちゃったけどね」
にわかには信じがたい
そう語る靱だが、咲希の言葉の通り実際目の前にセカイとやらが広がっている以上納得する他はない
異世界、なんて創作物の中の話だと思っていた
そこにいきなりやって来てしまったと思ったら、今日あったばかりの人達も現れて
しかも四人がこの異世界の創造主だという
突拍子もないセカイに思わず頭を抑える靱は、四人の少女と会話して
嘘を言っている風には全く見えない事から益々混乱して、頭を抱える
「……そうね、普通の人には信じられない話だと思うわ。
いきなり異世界なんて言われても意味がわからないでしょうね。
でもあなたは……本当に普通の人かしら」
「…ルカ?一体何を…」
「ミク、あなたにもわからない?
この子……靱はこのセカイに入って来た。
それも一歌達の話を聞いたところによれば、どうやらスマホに『Untitled』が現れたとか。
これって、信じられないことだと思わない?」
「……?
『Untitled』………
あ、さっきのあの曲みたいの…」
そんな靱に声を掛け、ミクと会話を交わすルカの言葉に靱は反応する
『Untitled』
思い返せば、アレを押した後に光が放たれたのだ
「ええ。
さっきも説明した通り、『Untitled』という一つの曲によってあなた達の住む世界と私達のいるセカイは繋がっている。
あなたのスマホに現れたのもUntitledのようね。
よかったら、見せてくれないかしら」
「えっと……はい。
これ、ですよね」
靱はスマホを取り出すと
現在再生されている曲の画面を映し出す
真っ白な背景に
停止ボタンと黒文字の題『Untitled』
それだけが映し出された画面を見せれば、ルカとミクは目を細める
「なにこの画面……」
「本当に、Untitledみたいだね。
でもこの曲は…」
「もう題が変わってるはずだけど…
氷室さんのは違うみたいだね」
「真っ白な画面……
氷室さん、プレイリストの背景って白に設定してるの?」
「え?
いや、そんな事はないですけど…
この曲だけなんか変な画面になってますね」
いつの間にか移動してスマホの画面を覗き込んでいた四人は口々に言葉を紡ぎ
その中の咲希の言葉に、靱も違和感に気付く
記憶を失う前の僕は音楽が好きだった
それはもはや確定と言っても良いだろう
何せ殆ど新品同様のこのスマホ
買い替えたばかりのようなコレには、プレイリストの数ファイルを埋め尽くすような数の曲がダウンロードされていたからだ
ジャンルやクリエイター事に整頓されたファイルが立ち並ぶプレイリストの背景はミクをイメージしたような青緑色に統一されており、決してこのような白一色の背景では無かった
再生ボタンと停止ボタンが合致した一つのボタンと曲題だけ、という画面の配置もおかしい
こんなにシンプルな構成では無かったからだ
奇妙な画面に首を傾げていると、
再びルカが言葉を紡ぎ出した
「見せてくれてありがとう。
その曲は確かに『Untitled』のようね。
でも、だからこそおかしいのよ」
「…おかしい?何がですか」
「セカイを繋ぐ曲……
先程言った通り、Untitledはこのセカイへ行く為のカギのような役割を持っているわ。
でもそれは……自分達の想いから作られたセカイへ行く為のカギ。
あなたはこのセカイを生み出した人ではないの。
だからここへは———決して来れないはずなのよ」
「……!?」
告げられた言葉に、靱の頭は疑問で埋め尽くされる
四人の少女もルカの言葉に神妙な面持ちへと変わり
「……もう少し詳しい話をしましょうか。
場所を変えてあっちの教室あたりで、ね。
一歌達は練習に戻るといいわ。
元々、そのつもりで志歩達は一歌達を探していたんでしょう?
ミク、一歌達をお願いね」
「う、うん……」
静かだが、どことなく迫力のあるルカの声にミクは言葉を返す事なく頷く
ルカは靱を手招きし、自らの後に続かせて教室を出ていき
続いた靱も教室を出て扉が閉められる
「「「「……………」」」」
四人の少女とミクが残された教室は沈黙に包まれる
練習に戻る
そう言われたものの、とてもそんな気分ではなく
誰かが不安気な表情を浮かべれば
やがてそれは全員に伝染していく
「……氷室さん、大丈夫かなあ」
呟かれた声は誰のモノか
ミクは、そっと目を細めた
モチベ更新の為、更新は依然として不定期になります