恢復のクインテット   作:ブラック5930

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第6話「イレギュラー」

 

「さて……」

 

「…………!」

 

 

ルカに導かれて、教室に足を一歩踏み入れれば引き戸が音を立てて閉まる

 

背後で独りでに閉まったソレに靱は緊張した面持ちでルカを見詰める

 

 

「…あら、そんなに緊張しないで。

もっとリラックスして話しましょう?」

 

「は、はい…」

 

 

「(ルカ……さん、何だか怒ってるみたいだな。

こっちは意味の解らない事だらけで普通に困ってるんだけど…

第一、今目の前にいるのは本物の巡音ルカなんだよな……何だろうこの状況……)」

 

 

振り返ったルカの笑顔は凄味を感じるモノで、靱は冷や汗が湧いてくるのを感じていた

 

 

現実味の無い光景、動いて話すバーチャル•シンガー

 

ルカとミクから説明を受けて尚、疑念は晴れない

 

“セカイ”という場所は一般的なモノではない

 

先程一歌達からそう聞いた靱は考えれば考える程、混乱を深めていく

 

 

突然降って湧いた非現実

 

目の前の異質な存在から向けられる威圧感

 

とっくに脳が処理出来る範囲を超えているソレに、靱は半ば思考を放棄しかけていた

 

 

「単刀直入に聞かせてもらうわ。

あなたは“セカイ”のことを知らない?

見たことも、行ったこともないのかしら」

 

「…それは……」

 

 

問いかけに、オーバーフローを起こしかけた脳が再び働き始める

 

長考の末、靱が返したのは含みのある言葉

 

 

「……()()ありません。

それは間違いない筈です」

 

「………それは、どういう意味かしら」

 

「少し長くなってしまうんですが。

良ければお話しします」

 

 

眉を顰めたルカに、靱は話し出す

 

刺傷事件に遭って記憶を失った事

 

多くの知り合いや友人だった人間に会い、話を聞いて尚一度も思い当たる過去が無い事

 

全ての記憶が無い訳では無いが自分に関わる記憶の殆どは失われている事

 

 

「——なので、以前の僕が何をしていたのか、

どんな事があったのかは全く覚えていなくて…

もしかしたら“セカイ”という場所に行った事があるのかもしれないんですが、覚えていない以上なんとも……」

 

「……なるほど。記憶喪失、ね」

 

 

長い説明を聞き終えて、ルカは思考を巡らせる

 

 

「(ウソを言っているようには…見えないわね。

でもこの子からは…)」

 

 

「話は大体わかったわ。

勘繰るような真似をしてごめんなさいね。

でも……セカイのことは本当に覚えていない?

もう1度、よく考えてみて」

 

「解りました。セカイを……

………あ!」

 

 

改めて考え込み、靱は思い出した

 

 

 

 

『(………!?

この感じ……初めて感じる…

覚えてる?いや、違う。覚えがある……これだ。

覚えがある……“セカイ”って言葉は…!)』

 

 

 

 

「(……そうだ。あの時………!)」

 

 

次々に展開される非現実に流されて忘れていた感覚

 

セカイという言葉を覚えている

 

そんな感覚が脳裏に蘇り、思わず声を上げた靱にルカが言葉を投げ掛ける

 

 

「…もしかして、何か思い出したのかしら」

 

「えっと、はい。

思い出した、というよりは覚えている、といった方が適切なんですけど」

 

 

“セカイ”というワードに覚えがある

 

それを伝えれば、ルカは再び問いを投げ掛ける

 

 

「覚えいた……なるほどね。

それなら、もう少し思い出そうとしてみて。

きっと……まだ思い出せるはずよ」

 

「え………

はい、解りました。じゃあもう少し…」

 

 

言われるがままに、靱は思い出そうと意識を内に集中させる

 

“セカイ”

 

そのワードをより深く…より遠く……

 

探るように空白の頭から自らの深い場所へと沈むように

 

思考を巡らせ、それがナニカに当たるような感覚を覚えた時だった

 

 

「(あ………)」

 

 

 

 

『﴾ 待っていたよ、“想いの持ち主”、氷室靱。

セカイへようこそ……ここはキミのセカイさ ﴿』

 

 

 

 

記憶に、声が浮かんだ

 

 

 

 

『﴾ キミの知る“初音ミク”と姿が異なるのが不思議かい?

けれど私は……確かに“初音ミク”、さ。

信じろとまでは言わないけれどね ﴿』

 

 

『﴾ 何故、か。

その問いには簡単に答えられるよ。

私はキミに“本当の想い”を見つけて貰う為に、

キミがソレを見つけられるよう手助けをする為に生まれたのだから ﴿』

 

 

『﴾ そうとも、本当の想いから生まれた歌を歌う事

それが私にとってのリターンさ。

キミにはその為に本当の想いを見つけて貰う必要がある。

キミにとっても、そして私にとっても。

これは悪くない取引だと思うのだけれどね ﴿』

 

 

『﴾ これは“想いのカケラ”という。

このように虹色のような桃色のような……

不思議な輝きを放つモノだ。

まずはこれを探す必要があるよ。

これはキミの……失ったモノの導となるからね ﴿』

 

 

『﴾ 残念だけれど私が場所を教える事は出来ないよ。

キミが、探すんだ ﴿』

 

 

 

 

浮かぶ沢山の声と景色

 

チラつく影と笑みが記憶を覆う

 

 

「……………っ!!

……今のが、もしかして………!」

 

「思い出したみたいね。

聞かせてもらえるかしら」

 

 

目を見開く靱に、ルカが声を掛ける

 

記憶の想起

 

初めて経験するソレに高揚した様子で靱はルカに()()()()()事を話す

 

 

“セカイ”と思われる場所の記憶があった事

 

そこは小高い丘から一望出来る荒野と廃街の広がる命の気配なきセカイだった事

 

そしてそこで、黒いミクと話をした記憶があった事

 

セカイと本当の想いやそれから生まれる歌

 

想いのカケラと言われるモノを辿った事を

 

 

その全てを話し、ソレを聞いたルカは神妙な面持ちへと変わった

 

 

「そう、やっぱりセカイに……。

思い出せるのはそれが限界?」

 

「はい。これ以上は、何も…」

 

「わかったわ。

思い出してくれてありがとう」

 

 

言葉を交わしながら、ルカは思考を巡らせる

 

 

「(想像以上に面倒なのが出てきたわね。

荒れ果てたセカイの景色に、黒いミク。

それに……想いのカケラ?

“想いの欠片”とは別物みたいだし、全く知らないワードね。

失ったモノの導になるっていうのもおかしな話だし、この子はやっぱり…)」

 

 

「あの……ルカさん!」

 

「…あら、ごめんなさいね。

少し考えごとをしていて。なにかしら」

 

 

巡らせた思考を、靱の呼びかけで打ち切る

 

どうやら気が付くのが遅れたようで少し大きな声を出した彼へ言葉を返せば、言葉が紡がれる

 

 

「本当に、ありがとうございます!!」

 

「………。

ごめんなさい、いったい何の話?」

 

「あ、その……

ルカさんのおかげで、自分の事を思い出せたので!」

 

「………」

 

 

口を噤むルカに、少しの興奮を含んだ声で靱は言葉を続ける

 

 

「今まで、誰に何を言われても全く思い出せなくて、ずっと申し訳ない気分でいっぱいだったんです。

きっと大切な記憶なのに、引っ掛かるような感覚も感じなくてただ覚えていないと返す事しか出来なかったので。

……でも!」

 

「ルカさんに言われてセカイの事を思い出そうとしたら、ちゃんと思い出せたんです。

………あ。

すみません、少し大きな声を出してしまって」

 

 

「……………」

 

 

興奮気味に言葉を紡いだ自身に気が付いて

 

我に返ったように頭を下げる靱をルカはまじまじと見詰める

 

暫しの沈黙を挟み、ルカは口を開いた

 

 

「気にしないでちょうだい。

そう、初めて……ね。

思い出せてよかったわね」

 

「はい」

 

 

「……靱、あなたに聞きたいことがあるの」

 

「?

はい、何でしょう」

 

「あなたはこのセカイをどう思う?」

 

「どう?

えっと、不思議な場所だなって思ってます」

 

「……そう」

 

 

ルカの言葉に、靱は首を傾げながら答える

 

その姿を視界の中心に捉えてルカは言葉を続ける

 

 

「あなたの記憶喪失のことだけど。

もしかしたら……何とかなるかもしれないわ」

 

「……え!本当ですか!?」

 

「ええ。

きっとそれは……セカイが関係していることだと思うわ。

よかったら、私に手伝わせてくれないかしら。

あなたの記憶を取り戻すことを」

 

「それは凄くありがたいんですけど…

でも、本当に良いんですか?

僕、何も出来ませんけど……」

 

「構わないわ。

見返りを求めているわけじゃないから。

それに私も……少し興味があるのよ。

他のセカイについて」

 

 

声を落として返された言葉に、ルカは言葉を返す

 

 

記憶喪失に関連する何かに思い当たる事がある

 

そう告げたルカの提案に靱は乗り、幾つかの条件を受け入れた

 

『Untitled』を使用してセカイに入るのは予め決められた時間帯に限定する事

 

セカイ内ではルカかミクの目の届く範囲にいる事

 

セカイを訪れた際はルカかミクを探す事

 

 

それから幾つか言葉を交わして

 

ルカはセカイからの帰り方について靱へ話す

 

 

「そうよ。

その『Untitled』、再生中になっているでしょう?

その曲を停止すればいつもの世界へ帰れるはずよ」

 

「……なるほど。

だから二つの世界を繋ぐ曲、なんですね。

わかりました」

 

「それじゃあ、気を付けて。

その『Untitled』は私にもよくわからないものだから、もしかしたら勝手が違うかもしれない。

無事に帰れることを祈ってるわ」

 

「…サラッと怖い事言いますね。

わかりました。

あ、あと星乃さん達には……」

 

「ええ。

私から言っておくから安心してちょうだい」

 

「お願いします。

……今日は本当にありがとうございました。

それでは」

 

 

礼を口にして、靱はスマホの画面の停止ボタンを押す

 

眩い光へ包まれる彼へルカは言葉を投げ掛ける

 

 

「約束、忘れないでちょうだいね」

 

「…はい!」

 

 

光の中から言葉が返ってきて

 

そのままスマホから溢れる光は強くなっていく

 

 

「…………っ!」

 

 

眩い光が最高潮に達した時、

 

虹色の輝きは真っ黒な極光へと変化して周囲に紫電を撒き散らす

 

 

轟音と共に迸った電光が周囲を焼き尽くし

 

間一髪飛び退いたルカはその被害から逃れる

 

空間を揺るがすような衝撃と共に気配の消える感覚

 

彼が向こうの世界へと消えた事を悟り、ルカは安堵の息を漏らした

 

 

 

「——ルカ!!」

 

「……ミク」

 

 

慌てた様子で扉を開き駆けてきた少女

 

ミクへとルカは顔を向ける

 

 

「一歌達は?」

 

「少し前に帰ったよ。

……それより、今のは……!?」

 

「あの子が元の世界に帰った。

それだけのことよ。

それだけの、ね」

 

 

焼け焦げた床や机がゆっくりと元に戻っていくのを目にして眉を顰めるミクへ、ルカは語る

 

先程までのやり取りや彼の思い出した事を

 

 

「——記憶喪失……そっか。

一歌達から聞いたけど、やっぱり当人も困ってるんだね。

それで、セカイに行ったことがあるって……

本当に他のセカイってものがあるんだね」

 

「そうね。

以前にも考えたことはもあったけど、今日確信に変わったわ。

このセカイとは全く異なる……“他のセカイ”というものも、確かに存在するみたいよ」

 

「そしてあの子のそれは……

……決して、良いものではないみたいね」

 

「…良いものではない?」

 

 

聞き返すミクに、ルカは頷く

 

 

「あの子自体には、害意はないわ。

どう見ても誰かに危害を加えようとするタイプではないようだし、このセカイを訪れた時もとても混乱しているようだった。

問題は、あの子の中にあるものよ」

 

「中?

それって、もしかして……

あの黒いモヤみたいなののこと?」

 

「ええ。それのことよ」

 

 

一度言葉を切って、ルカは改めて言葉を紡ぎ出す

 

 

「私はあれを……あの子のセカイに関わるものだと推測しているわ。

あの子を覗くように見詰めると邪魔するように動くのも、それらしさがあるでしょう」

 

「それとあれは……

とても危険なものであるとも推測しているわ」

 

「危険な……?

セカイに関するもの……

私達みたいなものなら、危険なものではないんじゃない?」

 

「そうね。

それが本当に、私達みたいなものならね」

 

「……?」

 

 

ミクの疑問へ、ルカは言葉を返す

 

 

「ただの予測でしかないけれど、あの子の記憶喪失…

あれはセカイに関わったことで引き起こされたものだと思うわ。

セカイを生み出した子に害を与えるセカイなんてあまり考えたくはないけど…

恐らく、間違いないわ」

 

「今回私達のセカイにUntitledが繋がったのも、セカイが関係しているとみていいわ。

何が目的かはわからないけど、用心した方がいいのは確かよ」

 

「あの子がセカイに来た時のセカイが震えるような感覚、ミクも覚えてるでしょう?

さっき近くで見てわかったわ。

強引に通り抜けるようにして、世界の間を移動している。

あの妙な画面のUntitledといい、とても真っ当なセカイとは思えないわね」

 

「……………」

 

 

ルカの言葉に、ミクは考え込む

 

さっきの音や衝撃はそういう事かと

 

そして同時に、ルカが語った危険性について

 

 

「好き勝手にセカイに来られても危ないし、一応私の方であの子と話をして約束を取り付けておいたから、今後は私とミクで様子を見ましょう。

危険な存在かもしれないからこそ、私達が用心しておかないと」

 

「……そっか。わかった。

私も次の時によく見てみるね」

 

 

ルカの言葉に、ミクは言葉を返す

 

先程の話からすればルカは記憶喪失に関しての話題で約束を取り付けたのだろう

 

担ぐような真似をする事にミクは少々罪悪感を覚えるが、ルカの語った事を思い浮かべて思考を固める

 

 

「(わからないことだらけだけど……

一歌達になにかあったら大変だし、私もしっかりしないと)」

 

 

ミクの表情は、優れなかった

 

 

 

 

 




モチベ低迷中の為、更新未定
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