恢復のクインテット   作:ブラック5930

4 / 31
第4話「怨嗟の炎」

 

脱ぎ捨てられたコートが廊下に落ちる

 

 

自宅、居間

 

散らかった部屋は何がある訳でもない

 

 

外の喧騒から解放された感覚に浸り大きく息を吸い、吐き出す

 

吐き出されたのは溜息に近いものとなった

 

 

「……………」

 

 

 

 

『そう!こはねが私の相棒!

今日、一緒に歌ってみてわかったの!』

 

 

『あいつらは、オレ達の歌でぶっ潰す』

 

 

 

 

「………白石、杏か」

 

 

音のない部屋で靱は思考を巡らせる

 

 

白石杏

 

『RAD WEEKEND』の中心となったアーティスト

 

“白石謙”の娘

 

 

歌唱、パフォーマンス共にビビットストリートではある程度飛び抜けた勢いを持ち、才能の片鱗を覗かせている者で

 

()()()()を吹聴する数少ない人物の一人

 

彰人も冬弥もそれなりに気にかけている相手だ

 

そしてそれは、靱も例外では無かった

 

 

「(宮女は私立の女子校。

特別音楽に力を入れている専門学校という訳でもない。

つまりは相棒だのと吹聴していたアレはほぼ間違いなく素人と見て良い)」

 

「(歌っているところは見ていない。

仮に才能を感じさせる者であるならば、長い目で見れば白石の判断は間違ってないかもしれない)」

 

「(……だが、無理だろうな)」

 

 

自然と目を細める

 

 

「(よほど強い意思が無い限り、ズブの素人がこの世界でやっていく事なんて出来やしない。

アレにそんな気概がある訳がない。

あの目からは……強い意思も覚悟も何も感じない。

大方白石に乗せられて…『楽しそうだからやってみたい』なんて軽い気持ちで足を踏み入れようって魂胆だろう)」

 

「(そうなる事はアイツも予想出来なかった訳じゃない筈だ。

それでも素人と組む道を選んだって事は……

端から本気じゃなかったって事だ)」

 

 

「……下らねぇ。馬鹿が」

 

 

吐き捨てるように言葉は部屋へ溶けていく

 

 

「自分は謙さんの娘だから、才能があるからゆっくりやっていけばいいって。

そんなふざけた考えでいやがるのか。

調子に乗ってやがるのか。

……舐めるなよ」

 

「この音楽の道世界はそんなふざけた考えが通用する程甘くはねぇ。

信念も無い雑魚が折れずに生き抜ける訳ねぇだろ。

遊び半分で俺達の前に立ち塞がる気か」

 

 

感情が騒めく

 

胸の奥底から湧き上がる黒い衝動が苛立ちと混ざり合って靱の瞳の輝きを強くする

 

 

「…才能は確かに重要だ。

音楽に関してはそれが一番。

努力を重ねるなんてやって当たり前の事。

スタート地点も伸び幅も、才能が全てを決める。

凡人も他より出来るだけで大した事ねぇ奴も、本物の天才には敵う訳がねぇ」

 

「だが、白石……

アイツにそれだけの才能があるのか?

…俺には“本物”には見えねぇな。

この先、本物になるかもしれねぇが、それだけだ。

親が幾ら凄かろうが、その子供が凄い奴になるなんて保証がどこにあるってんだ」

 

 

吐き捨てる言葉には熱が篭る

 

嫌悪が込められたソレはしかし、誰かに対して向けたようなモノではなかった

 

 

「(“本物”に至る為には、その辺のクズ共とは比較にもならない程強い想いが必要な筈だ。

お遊び気分で楽しんで、それで伝説を越えるだと?

……ふざけるな…!)」

 

 

 

 

『あいつらが半端な気分でやっていると決めつけるのは、まだ早いんじゃないか』

 

 

 

 

「………冬弥も、まだまだ甘いな。

あんな半端者共に情が湧くようじゃ」

 

 

最後まで気が進まない様子だった冬弥の様子を思い出し、靱は顔を歪める

 

 

交友はあったかもしれない

 

だがそれは、決して馴れ合う為じゃない

 

 

同じ栄光を目指す敵として、その人となりと実力を感じ取る為

 

ただそれだけの筈だ

 

 

「クソが……、もう鳴って来やがる」

 

 

頭痛すら伴う強烈な雑音

 

高まった苛立ちが再び雑音を思い出させる

 

頭に響く不愉快な音に、靱は額を抑える

 

 

巡らせた思考は散っていき、黒い衝動が内で燃えるように暴れる

 

それらを紛らわせようとして靱はテーブルの上にあったリモコンを操作してテレビをつけ——

 

 

 

『……本日、9月18日はあの氷室夫妻の命日です。

9年前の今日、彼らは不幸にも命を落としました』

 

『氷室⬛︎⬛︎さんが手掛けた曲は今でも名曲として数多くの人々に親しまれています。

彼女の死を惜しむ作曲家は多く、早すぎる終わりを迎えてしまった彼女と一度言葉を交わしたかったと語る———』

 

 

「………あ?」

 

 

髪を掻き分ける様に動かしていた手が止まる

 

 

 

『——本日特集としてその生涯を追っていくのはこちらの写真の人物。

⬛︎⬛︎世代の人々を初めとして9年が経つ今でも世界中の人々の記憶に残る演奏家。

ご存知、“氷室皇司朗”さんです。

“生ける伝説”とまで称された彼もその始まりは——』

 

 

「………っ」

 

 

咄嗟にチャンネルを変えて尚、現れた同じような内容に靱は歯噛みする

 

 

「…もうそんな季節になりやがるのか。

毎年、同じ様な事ばかり流しやがって。

とっくに死んだ奴の話を蒸し返して何が面白い」

 

 

今日がその日だからこそ流れているモノだと解っていても、苛立ちは収まらない

 

湧き上がる衝動に、鼓動を感じる

 

 

——雑音が煩い

 

 

「……………」

 

 

頭を覆う雑音が、衝動が加速的に強く主張を始める

 

胸を満たす黒い衝動が限界に近付くにつれて、普段とは真逆に

 

巡らない筈の思考が巡り出し、靱の意識は思考の海に沈んで行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

音楽家、『氷室皇司朗』

 

流星のように現れて瞬く間に日本中の人々をその演奏で魅了した彼は、日本だけでは飽き足らず世界へと飛び出して活動を広げた

 

 

演奏を通じて曲に込められた想いを解放し、届ける

 

想いを託す人々も、それを聴く人々も全員に、

 

皆を笑顔に変えて希望を届けた

 

 

言葉の通じない人達も、音楽を通じて繋がれる

 

世界中にそんな夢を振り撒いて輝いたその男は、俺の父親だった

 

 

誇らしかった

 

焦がれる程に憧れた

 

 

その親愛が、憧れが、呪いへ変わったのはいつからだっただろう

 

それは間違いなく、あの日が始まりだ

 

 

 

『……嘘つき』

 

 

 

涙は出なかった

 

 

焦げ臭い香典の香りを、揺らめく蝋燭の火を

 

他人事のように見つめていた日を覚えている

 

 

現実味が湧かなくて、

 

ソレを実感したのはもっと先の事だった

 

 

 

……自らに降り掛かる悪意という形でこれ以上なく鮮明に

 

 

 

——どうして、俺が責められなければならない

 

 

 

嘘だらけのメディアの記事を皮切りに悪意に触れる日々は始まりを迎えた

 

 

周りは敵ばかりだった

 

どこまで逃げても奴等は追ってくる

 

 

…そして同時に、味方などいなかった

 

そう思っていた人間も後ろから刺してくる様な輩でしか無かった

 

 

醜悪な人々から逃げ隠れ、

 

そうして行き着いた先で俺は()()()()()()

 

 

 

 

『お、おい……やり過ぎじゃねぇか?

ソイツ、もう動かないぞ……!』

 

『あ?

おーい、オラ、生きてるか?

ハハ、こりゃ駄目だな。

まあ別にいいじゃねぇか。それより、ちゃんと撮れてるんだろうな』

 

『…は?お前、ふざけんなよ!

それどころじゃねぇ、これじゃ殺人犯だぞ。

締めるとは聞いたが本当に殺すなんて聞いちゃいねぇ。

話が違うぞ』

 

『はぁ?そりゃこんだけいるんだ。

順番にやったら死ぬだろ。

お前今更怖気ついたのか?』

 

『馬鹿な事言って……

っ!おい、やべぇ。このサイレンは…!』

 

『クッソ、てめぇらも逃げろ!

留置所なんざ御免だ』

 

『馬鹿、大体お前が——』

 

 

 

醜悪な会話を記憶している

 

近付いてくるサイレンの音に蜘蛛の子を散らすように逃げ出していくこの世のクズ共の姿を

 

 

 

 

『…あ………が………うごk……』

 

 

 

広がる血溜まりに浸かる感覚を覚えている

 

動かそうとしても全く身体が動かない重い感覚を、

 

世界が霞む様な視界を

 

 

 

『うあ…………だ…れ…………』

 

 

 

僅かに動いたその手を動かした感覚を覚えている

 

手を伸ばし縋るような感情を、

 

…誰も助けに来てはくれない絶望を

 

 

 

『(……どうして、俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ)』

 

 

 

湧き上がる感情を覚えている

 

不条理への怒りを、理不尽への怨嗟を

 

そしてそれ以上に胸を占める

 

哀しみと絶望を

 

 

 

『(誰か……誰も…いないのかよ……?

痛い、寒い、()()()()()……)』

 

『(…どうして、誰も助けてくれないんだ…

何もしなくても危害を加えには来る癖に)』

 

 

 

救いなど無いと

 

助けなど無いと理解した

 

近付くサイレンの音は酷く遠く聞こえた

 

間に合わないと、もう駄目だとどこか頭は冷静に答えを導き出して

 

それでも尚

 

 

 

『(嫌だ……いやだ………

死にたくない……

なんで、どうして、こんなふうに死ななきゃいけないんだよ!

ふざけんな!いやだ!

死にたくない………っ!!)』

 

 

 

空を掴み手は落ちた

 

血濡れの床にぶつかった硬い感触を記憶している

 

 

足掻き、胸の中で絶叫し、暴れた

 

救いはなく、助けもなく

 

意識は暗い闇へと沈んでいく

 

 

そして、深く暗い一片の光も見えぬ闇の底で

 

死に触れるその間際

 

途切れた意識のその先で

 

 

 

『…セカイへようこそ。“想いの持ち主”』

 

 

 

——ミクと出会ったんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

「………っ!うっ……ぐ………ッ!」

 

 

強い頭痛

 

無理矢理思考の海から意識を引き上げて

 

堪えきれない激痛に靱は声を漏らす

 

 

——雑音が煩い

 

 

 

『——しかし彼の死は、あまりにも多くの影響を与え過ぎてしまいました。

中には7年経つ現在でも語り継がれる程の残虐性で世論を動かした——』

 

 

 

「——黙れッ!!!」

 

 

叩き付けた拳がテーブルを軋ませる

 

宙に浮いたリモコンを掴み、そのままテレビに投げ付ければ、派手な音を立てて画面が割れる音が部屋に響き渡る

 

 

——雑音が煩い

 

 

「……全部、

全部、アイツのせいだ!!

勝手に置いていった挙句、残したのは面倒事だけ。

ゴミ野郎が!お前を父親だとは思わない!!」

 

 

——雑音が煩い

 

 

「お前が……お前が……ッ!

俺から全てを奪った!!

死んだ後も持て囃されて良い気分か!?

俺は最悪の気分だッ!」

 

 

湧き上がる衝動が理性を塗り潰す

 

完全に思考が黒く染まり、意識を離れて身体が動く

 

 

蹴り付けた足が床に転がるモノを蹴り飛ばし、壊す

 

叩き付けられる拳がテーブルを揺らし、決壊させる

 

 

「何が“伝説”だ!何が世界に名を残す偉大な人物だ!!

一人の父親としてロクに責務も果たさなかったクズが偉大?

虫以下の連中を生んだお前が!?」

 

「ふざけるなッ!

お前のせいで………お前のせいで……ッ!!」

 

 

発露

 

爆発する感情が脳を焦がす

 

 

感情のままに暴れ、壊し、

 

息を切らして気が付いた頃には、部屋の様子は様変わりしていた

 

 

滅茶苦茶に散らかった部屋を見つめ、靱は未だ熱い額を抑える

 

 

「……ハァ…ハァ……

クソ…落ち着け……」

 

 

頭が痛い

 

絶え間なく響く雑音が少しずつ小さくなっていくのを感じ、靱はほんの少し冷静さを取り戻す

 

 

「終わった事に何を熱くなってやがる……

そうだ、もう終わったんだ。何もかも………」

 

「俺は、あの頃とは違う。

強くなった。奪われるだけの人間じゃない……!」

 

 

呟きは部屋に響く

 

 

「証明してやる……

テメェなんかよりも俺の方が生きている価値のある人間だって」

 

「あの男がなんだ。“伝説”がなんだ。

『RAD WEEKEND』がどうした。

終わったモノなんざ、とっくに過去に過ぎ去った奴等なんか恐れる必要はねぇ。

ぶっ壊してやればいい、伝説なんて!」

 

「その為に……

俺達の邪魔をする奴は全員潰す!

壊してやる、一人残らず。

“伝説の夜”を超えるのは俺達だけで十分だ」

 

 

壊れた部屋で靱は口の端を歪めて嗤う

 

 

「白石に……小豆沢だったか。

あの雑魚共は必ず潰す。

アイツ等が二度と歌えなくなる程に徹底的に思い知らせてやる。

俺の前でふざけた姿を見せた事を後悔させてやる」

 

「…来月が楽しみだぜ」

 

 

残骸と破損痕だらけの部屋に靱は座り込む

 

その瞳の奥には、黒い炎が揺れていた

 

 

 

 

 





分岐によって分かれる別ルートの構想自体は結構色々練ってたりするんですが、一番状態が悪いものを本作として採用していたりします

ifについて。やるならどっち

  • ほぼ確実にあり得ない展開
  • 割とあり得たかもしれない展開
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。