夕暮れ時のライブハウス
“ハコ”と呼ばれる小規模のイベント会場で
『『『おおおおぉぉぉ!!!』』』
詰めかけた客達の歓声が響く
歌唱を終え、歓声に応えるように手を振ってから舞台裏へと消えていく二人の姿を見送って尚
冷めぬ興奮のまま観客達は声をあげる
「今日もBAD DOGSはすげえな!
本当にこれでまだ高校生なのかよ」
「彰人はとにかく客を引っ張るパワーがあるし、冬弥はテクニカルなうえに妙な凄味がある……!
ZEROの腰巾着なんて言われてた頃が嘘みたいだな……」
「オレは最初からあいつらはできるって思ってたぜ!
なんつーか、聴く奴らを盛り上げるような不思議な力を感じるんだよな、あのふたりの歌は!
ZEROの迫力のある歌もすげえけど、あのふたりの歌の方が好きだぜ、オレは」
「まあ確かにそれはあるな…
だからこそ、三人揃った時のあいつらの
しかし、今日もすごい気迫だった。
もうここらであいつらに敵う若手なんかいないんじゃねえか?」
「待てよ。謙さんの娘だって負けてないだろ?
ひとりでやっててもあれだけすげえんだ、あの子だって“相棒”さえ見つかれば…!」
「それもそうか!
まったく、すごい世代だよな、本当に」
ステージ裏
舞台を降りて息を吐き、歩みを進める二人はそこにいた男に気付いて足を止める
「ほらよ」
「おっ、と。
なんだよ、靱。お前来てたのか」
「俺達の歌を聴きに来たのか?」
「…まぁな」
投げ渡されたタオルと包まれたペットボトルを受け取り、おざなりに礼を返しながら彰人と
続けて冬弥が問いかければ、佇んでいた靱は短く言葉を返した
その返事に気を良くして、彰人は得意気に口を開いた
「どうだよ、靱。
今日のオレ達のライブ、良い出来だっただろ。
完璧に決まってた筈だ」
「………。
あぁ、そうだな。
あの曲の入りで走り気味に歌う癖も直ってた。
パフォーマンスは見てねぇから知らねぇが、少なくとも歌唱は十分だ。
この短い期間でよくここまでのレベルになったな」
「はっ、当たり前だろ。
あんな半端なヤツらには絶対に負けられねえ。
その為にはこれくらいは当然だ」
「…ふん」
鼻を鳴らし、ふと声に気が付いて廊下へ目を向ける靱につられて二人も視線を向ける
そこには、いつかのミュージシャンが苛立った様子でブツブツと独り言を呟いている姿があり
気になった彰人は足を運んで声をかける
「…なんだよお前、イラついてんな」
「別に、大したことじゃねえよ。
ここらのヤツが最近謙さんの娘の話ばっかりしてやがるから腹が立っただけだ」
「白石の?」
声を掛けてきた相手を確認し、溜息を吐いて男が口にするのは白石杏の話
冬弥の問いに頷き、男は再び口を開く
「そういや聞いたぞ。
お前ら、今度同じイベントに出るんだろ?
あの七光りと比べられるなんてたまったもんじゃねえよな。
どうせお前らに負けてても、相棒が〜だの、今は〜だの、って持ち上げる連中が出てくるだろうしよ」
「………」
「いや、そのイベントは……」
「むしろ歓迎だ。
あいつらはオレ達の歌で潰すからな」
「……潰す?」
不敵な笑みを浮かべる彰人に、男は疑問を浮かべた
彰人の言葉を引き継いで、靱が口を開きその問いに答える
「おう。
圧倒的な力の差を見せつけて、徹底的に潰す。
“伝説”を超えるなんて二度と口に出来ねぇようにしてやる」
「………」
「マジかよ!そりゃいいな!
本気のお前ら三人にかかれば、謙さんの娘だってただのガキみたいなもんだ!」
「じゃあオレもちょっとばかり、
殺気すら含むような靱の雰囲気に一瞬怯むが、それ以上の歓喜に満ちた様子で男は言葉を放ち
同時に含みを持たせた笑みを浮かべる
「“応援”……?」
「おい、余計なことすんじゃねえぞ。
これはオレ達の問題だからな」
「ああ、わかってるって。
大したことはしねえよ」
「…………」
彰人の言葉を軽く流し、去っていく男の背を見て
三人は怪訝そうな表情を浮かべる
そんな三人の鞄の中のスマホが一瞬光を放ち、消える
しかし、それに気が付いた者はいなかった
・
・
イベント当日
ライブハウス「RED」の裏手で今日のイベントに参加するべく集まったユニット達の合間に
二人の少女の姿を認め、歩み寄った三人の少年のうち、一人が声を掛ける
「ふたりともよく来たね。
奥にある控室、自由に使っていいってさ」
「わかった。ありがとね、彰人」
「あ、あの………!
きょ、今日はよろしくお願いします!」
「こちらこそよろしく。
初めてで緊張するかもしれないけど、頑張って」
「ふふ、こはね、声上ずってるよ?」
「だ、だって……
お店の表、お客さんがいっぱいで…」
二人が笑みを浮かべながら奥へ進んでいくのを見送って
にこやかな仮面を脱ぎ捨て彰人は顔を歪める
「……ヘラヘラしやがって」
「いくぞ冬弥、靱。
徹底的に潰してやる」
「………待ってくれ、彰人」
歩き出そうとした二人に冬弥が声を掛けて止める
その真剣な表情に、彰人は彼の言葉を待つ
「聞いてくれ彰人、それに靱も。
俺は、あのふたりも『あのイベント』を超えたいと本気で思っているんじゃないかと思う」
「なんだよ急に」
「歌を聴いて判断しないか。
……ふたりを判断するのは、それからでも遅くない」
「…………」
彰人は冬弥の目を見詰め、少し考え込み
やがて言葉を返した
「……はぁ、わかったよ」
「1回だけだ。お前がそこまで言うなら——」
「——待てよ」
彰人の言葉を、靱が遮った
二人の視線を集めながら、靱は言葉を続ける
「今日は最初に俺達がやる筈だろ?
順番の問題があるんだ、アイツ等の歌を聴く時間なんてねぇ」
「……それは、今からでも言って…」
「本番前に急遽順番の変更だ?本気か、冬弥。
大体アタマにデカいのをかますってのは最初から決めてた筈だ。
今更変えんのかよ」
「………だが」
尚も食い下がる冬弥に、靱は目を細める
少しの沈黙の後、彼は再び口を開く
「……テメェとアイツ等の間に何があったのかは知らねぇし、聞く気もねぇ。
だが……冬弥」
「テメェまさか、アイツ等に絆されやがったんじゃねぇよな?」
「…………っ」
靱から放たれる雰囲気が変わる
場の空気そのものが冷え切るようなプレッシャーに冬弥は冷や汗を浮かべ、言葉に詰まった
そんな相棒を庇うように彰人が一歩前に出ると、靱は舌打ちをかまして威圧感を収める
「…まぁ別に構わないがな。
テメェ等が手を抜いてやるっていうなら止めやしねぇ。
だが俺はそんなふざけた言葉に従ってやるつもりはねぇぞ。
順番は変えねぇ、それは絶対だ。
アイツ等は俺一人でも必ず潰す」
「……靱!」
吐き捨てて、そのまま奥へと歩みを進めていく靱に冬弥が呼び掛けるが、彼は足を止めない
そんな様子をそれまで黙って見ていた彰人はようやく口を開く
「……あいつがああなっちまったら、もう止められねえぞ。
わかってんだろ、冬弥。今日は諦めろ。
やる以上はオレも手は抜けねえしな」
「彰人……。だが、俺は……」
言葉を交わしながら二人も靱の後に続き、歩みを進めていく
「よう彰……っておい!
ああ?なんだよアイツら……本番前にケンカか?」
そこへやって来た男が声を掛けようとするが、気付かずに歩みを進める二人と、その先を歩いていく靱の姿を見て男は怪訝な表情を浮かべる
「まあ、流石に大丈夫か。
…しかし、BAD DOGSにかかっちゃあの七光りも終わりだな。
オーディエンスの前で赤っ恥かくのが楽しみだ」
「さてと、アイツらの“応援”の準備でもしてやるか」
悪い笑みを浮かべ、男は歩き出す
白石杏への嫉妬を胸に
・
・
喧騒に包まれたステージ
押しかけた観客達は好き勝手に会話を始めていたが、響くMCの声の調子が変わった事でほんの少しだけ静かになる
『さあ、本日ハナを飾るユニットは……
あの“BAD DOGS”だ!
今回はフルメンバーでの参戦となってるぜ!
聴き逃すなよ!』
「おおぉぉぉっ!!」
「トッパーがBAD DOGS?
おいおい、最初からクライマックスかよ!」
「ハハッ、続く連中がブルっちまわなきゃいいけどな」
「でも今日は実力派揃いなんだろ?いけるぜ」
「謙さんとこの娘さんも出るって話だ。
しかもユニットとして登録されてる」
「って事は、まさか……!」
「おい、関係ねぇ話してんなよ!
BAD DOGSの登場だぞ、他の奴らなんてどうでもいい!」
「コイツらの歌を聴きに来たんだ!
よっしゃ………って、あれ?」
MCの紹介に、観客達は沸き立つ
普段は終盤に出るユニットの最初からの登場に心を震わせる客達は
出てきた人物が一人である事に首を傾げる
「おい、ZEROだけか?三人でやるんだろ?」
「ってかあの手に持ってるヤツ……まさか!」
『おおっと、これはどうした事だー!』
観客もMCも困惑する中、一人舞台に上がった靱はギターを手にマイクのスイッチを入れる
そして、彼のよく通る声が会場へと響く
『おう、勿論三人でやる。
だがその前に……今日は気分がノってるんだ。
一曲だけ一人でやらせてくれよ。
下らねぇオープニングトークにあれだけ時間割けるんだ、一曲くらい構わねぇだろ?』
その不遜な物言いに、観客の一部はどよめく
しかしその場の多くを占める、彼を知る者達はその言葉に呆れるような、諦めたような笑みを浮かべて方々で会話する
「おいおいZEROの奴、また滅茶苦茶言ってやがるぞ」
「仕方ねえだろ、そりゃZEROだしな。
まあでも一理あるな。
確かにあんな盛り上がりに欠けるトークよりアイツの歌のがよほど上等ってもんだ」
「はは、それもそうだな。
いいぞー!ZEROー!思いっきりやっちまえ!」
「しかしアイツがこういうイベントとかで弾き語りやるなんて初めてじゃねぇか?
えらく気合い入ってんな…」
「まぁ好都合だろ。
いきなりヤバいのが聴けそうだ」
観客の好意的な反応に、MCも静止を呼びかける訳にはいかず許可を出す
その返事を聞いて靱は嗤い、構える
『それじゃ、いくぞ———!』
「(よく聴いとけよ、白石、小豆沢——!)」
『♪——————————!!』
ギターの音が苛烈に響き、一定のメロディを紡いだ後に靱は歌い出す
それまでは盛り上がっていた会場も音が響いてからは途端に静まり返り
皆固唾を呑んで彼の演奏を、歌を聴いていた
『♪——————!♪————————!』
『♪————————!』
鳴り響くロックスタイルのメロディに
その熾烈にして壮厳な演奏に、聴く者は息を呑む
『♪———————!!』
その荒々しく、全てを呑み込むような暴力的にも思える歌声に
観客達は心臓を掴まれる様な感覚に陥る
『♪——————-!♪————————-!』
「ば、化け物かよ…」
「なんだ、この……」
『♪———————-!!♪———————!!』
「あり得ねぇ…」
「これ程だったか?アイツ…!」
『♪——————————-!!!』
激情を爆発させるような激しい演奏
魂をぶつけるようなその歌唱が止み
一度静けさに包まれたライブハウスを、
ワンテンポ遅れて嵐の様な歓声が包み込む
「おおおおおっ!!いいぞー!!!」
「やるじゃねぇか!最高だーっ!!!」
「おい、この前聴いた時より……」
「ああ!すげぇ響く……!
ちゃんとした設備でやってるからか?」
「バカ言え……そりゃ…」
沸き立つ観客
靱の音楽がその場の雰囲気に火を点けて
観客達のボルテージが加速的に上がっていくのを確認して靱は小さく笑う
『おお!ここで、BAD DOGSが勢揃いだーっ!』
靱の弾き語りが終わり、ギターを傍に片付けるのと同時に彰人と冬弥がステージ上に姿を現し、観客の歓声は更に大きくなる
「そういやそうか、こっからが本番だったな!」
「いいぞー!
ZEROー!彰人ー!冬弥ー!
おまえらの本気を見せてくれーっ!」
「今日は最初から最高のライブになりそうだな」
「ははっ!アイツら気合い入りすぎだろ!
これじゃあ、この後は全部——」
観客達は益々沸き立ち、興奮して声を上げる
『『『♪————————!!』』』
温まった空気を冷まさぬように間を置かずに始まった三人の歌に、今度は観客達も盛り上がったまま一緒にノり始める
歓声を上げる者
同じように歌のフレーズを口ずさむ者
天へと手を突き上げ興奮冷めぬ者
反応は様々だが、その場の全員が完全にノっている
そんな感覚に包まれながら、靱は歌唱を行いながらも心の内で問いかける
「(どうだ、半端者共。
これが俺達『BAD DOGS』だ)」
「(テメェ等がこのステージに上がれるか?
テメェ等はこの後で、俺達以上に場を盛り上げられるのか!?)」
「(見せてみろ、白石、小豆沢———!!)」
雑音の影響下から外れていると、実は本作の靱は前作中盤までよりはマトモだったりします
ifについて。やるならどっち
-
ほぼ確実にあり得ない展開
-
割とあり得たかもしれない展開