翌日、ビビットストリート
カフェ『WEEKEND GARAGE』
「……………」
「杏、手が止まってるぞ」
「あ、うん。ごめん……」
客のいない店内で食器を洗う手を止めてボンヤリと考え込む少女へ、男は声を掛ける
我に返った杏は返事を返すが、暫くすると再び考え事を始め
そんな娘を見て男は小さく溜息を吐くと、店の奥へと消えていく
「(メッセージ、既読はついたけど……
返って来なかったな…)」
昨日、何件かメッセージを送ったが、こはねからメッセージが返される事は無かった
夜頃に一応既読そのものは付いていたのだが、彼女は返事自体は返さなかった
それ程深く傷付いたのだろう
そう考えて、彼女は拳を固く握り締める
「(私……守ってあげられなかった。
こはねが困ったら助けるって言ったのに)」
「(こはねに、もっとこの街のことも、イベントのことも好きになってもらいたかったのに……)」
「(でも……)」
「……ごめん父さん!
私、今からこはねに会いに——」
後悔してばかりではいられない
決意を固め、奥へと大きな声で叫びながら立ち上がった彼女の前で
店の扉が開き、入口に取り付けられた鈴が小気味よく鳴り響く
「……杏ちゃん」
「え………こはね!?」
入って来たのは、今まさに杏が会いに行こうと考えた少女
しかしその少女の姿は昨日までとは大きく変わっており、杏はその目を大きく見開く
服装こそ変わっていないものの、二つ結びに纏められた髪は、以前よりも明らかに短く切られている
何より目を引くのは、眼鏡を外しコンタクトに変えた事で少し大きく見える瞳
「杏ちゃん、心配してくれたのに全然返事できなくて、ごめんね」
「そんなの全然いいよ!
それより、その髪に、どうしたの!?メガネも…
!」
様変わりした彼女に驚きを隠し切れずに、思わず詰め寄って質問する杏に、こはねは言葉を紡ぎ出す
「うん、実は昨日ね——」
「そっか、ミク達に会ったんだ」
こはねからセカイでのバーチャル•シンガー達との語らいを聞き遂げた杏は頷く
そんな杏へとこはねは言葉を紡ぐ
「うん。
それで、私決めたの」
「決めた?」
「うん」
こはねから紡がれる言葉はいつものように細くどこか弱気な声ではない
それに何となく気が付いてちょっとした疑問を浮かべる杏を見詰めながら、こはねは言葉を続ける
「昨日、東雲くんにああいうふうに言われて、
たしかに私は、みんなに比べて真剣になれてなかったって思ったの」
「でも、杏ちゃんと一緒にここで歌ったことを思い出して……
やっぱり、杏ちゃんと一緒にたくさんの人を、ドキドキさせるイベントをやってみたいって、そう思った」
「私……まだ全然力不足だけど……
それでも、杏ちゃんと一緒に、最高のイベントを目指したい!」
「——だから、もう迷わないよ!」
「…………………!!」
紡がれた言葉に、
自分を見据える強い輝きを放つ彼女の瞳に、
杏は見惚れるようにこはねの姿を目を見開いて見詰めていた
少しして彼女は一度目を閉じ、それからゆっくりと開くと言葉を紡ぐ
「……やっぱり思った通りだった」
「こはねは私の、最高の相棒だね!」
「えへへ……ありがとう、杏ちゃん」
満面の笑みと共に紡がれた杏の言葉に、こはねは表情を緩めて照れ臭そうに頭を掻く
「よーし、
また練習して、ふたりでイベントに出よう!
BAD DOGSの三人も見返してやる!」
「それでいつか、『RAD WEEKEND』を超えるイベントをふたりでやろう!」
「うん!」
心機一転
新たな一歩を踏み出すべく決意を新たにして
声を重ねる二人の空気へ
鳴り響く鈴の音が割り入った
見れば、そこには店へ新たに訪れた二人の人影
「こんにちは……って、また謙さんいないのか」
「噂をすれば、ちょうどいいところに来たじゃん」
「おいおい、店員が客睨むか?普通」
挑戦的な笑みを浮かべる杏に、彰人が不機嫌そうに言葉を返す
冬弥は店の中を見回し、
目に付いた少女の姿に驚いて、目を大きく開けた
「!!小豆沢……?その髪は……」
「あ?お前……!?
このあいだのチビか……?」
彰人も遅れてこはねに気が付き、目を見開くが
すぐに不機嫌そうな表情に戻って彼女へ言葉を投げ掛ける
あの時のように
「……おい、まだウロウロしてるのか。
聞こえなかったのか?
この店は、お前みたいな中途半端な——」
「———中途半端じゃないよ」
「は?」
「私達、決めたの。
もう一度イベントに出る」
「……なんだと?」
投げ掛けた鋭い棘を含んだ言葉を
凛と響くこはねの声が遮った
イベントに出る、そう言い切った彼女に、彰人は眉を上げて聞き返す
「ねえあんた達、次どこで歌うの?
私達、あんた達の出るイベントに出ようと思ってるんだよね」
「……おいお前ら、自分達が何言ってるのか、
わかってんのか?」
「中途半端な覚悟しか持たないヤツが、オレは一番嫌いなんだ。
もし、お前らがまたオレ達と同じイベントに出るなら……今度は完膚なきまでに潰すぞ」
挑戦的な杏からの言葉に、
顔を歪めて言葉を二人に投げ掛ける彰人へ
こはねは言葉を返した
「してるよ、覚悟」
「………!」
「『RAD WEEKEND』のことも、
ここで歌う人達の気持ちも、まだまだ全然わかってないかもしれない。
でも……」
『ねえ、こはね!私と組もう!
私と組んで、一緒に最高のイベントをやろうよ!』
『逃げてもやられるんなら、立ち向かうしかねぇ。
自分の譲れないモノの為に、叶えたい望みの為に!
どんなに恐ろしくても歯を食い縛って立ち向かう。
それだけが、道を切り拓くんだ』
「私は、ここで杏ちゃんと一緒に、
みんながドキドキする、最高のイベントを作りたい!」
「だから絶対、もう逃げない!!」
言い切ったこはねは真っ直ぐ彰人を見詰める
その瞳は強く輝きを放っていて
彰人は黙り込む
「…………」
「……来週の土曜だ」
「次は『Mossy stone』で歌う。
枠は、まだ空いていたはずだ」
相棒に代わって冬弥が次のイベントの場所を教えると、杏は不敵な笑みを浮かべる
「いいね。じゃあそこでやろっか。
今度は正々堂々、ね」
「……勝手にしろ。
帰るぞ冬弥。謙さんがいねえならいる意味ねえ」
踵を返し、扉に手を掛ける彰人に手で少しだけ待って欲しいと合図し、冬弥は二人へ問いかける
「小豆沢、白石」
「ふたりは、『RAD WEEKEND』を超えるイベントを、本気でやろうと思っているのか?」
「「もちろん!!」」
二人は声を揃えて答える
その言葉に冬弥はほんの少し表情を和らげる
「……フッ、そうか」
「…楽しみにしている」
「えっ、あ……ありがとう……」
小さく笑って言葉を紡ぎ、冬弥は彰人と共に戸を潜り、店を出て行った
思いがけぬ言葉に困惑しながら礼を返すこはねを置き去りにして
・
・
『WEEKEND GARAGE』を出た二人へ
「……どうやら、謙さんはいなかったみてぇだな。
代わりに面白い事があったみたいだが」
「ああ。
…聞こえていたか?」
「そりゃあれだけ馬鹿デカイ声で騒いでりゃな。
まぁ謙さんがいねぇならもう用はねぇな」
店の壁に寄りかかるようにして外で待っていた靱が声を掛け、冬弥と言葉を交わす
一方で苛立ったような顔をした彰人は、愚痴を吐くように呟く
「……チッ、なんなんだよあいつら」
「あのチビ、急にあんな大口叩きやがって……。
どうせ白石にたきつけられただけだろ」
「『RAD WEEKEND』を超えるのはオレ達だ。
今度こそ思い知らせてやるぞ、冬弥、靱」
「…………」
「……あぁ、そうだな」
「…おい靱、どこ行くんだよ」
冬弥は無言、靱は短く返事を返し、
どこかへ向かうべく歩き始めた靱に彰人は声を掛ける
「ちょっと用事を思い出してな。
安心しろ、次のイベントもちゃんと出る。
それじゃ、当日の予定はテメェ等に任せた」
「………。
…なんだよ、あいつ。
昨日は言っても聞く耳持たねえくらいキレてたってのに、あんまりやる気なさそうじゃねえか。
あいつらを潰すってのに、調子でも悪いのか…?」
「…………」
軽く手を振って去っていった靱が見えなくなってから、彰人は不満げに言葉を紡いだ
しかし、自らの相棒も先程から黙り込んだままなのに気が付き、彰人は冬弥の方へ視線を向ける
「どうした?まさか冬弥も調子悪いのか?」
「……いや、そういうわけじゃない」
「なら次のセトリ考えるぞ。
今度こそ、あいつらを潰してやる」
暗い笑みを浮かべる彰人を冬弥はじっと見詰める
「………。
彰人、俺は………」
呟いた言葉はとても小さく、
彼の耳へは届かなかった
・
・
とある裏通り
薄暗い路地の行き止まりで、息を切らした男は顔を上げて身を震わせる
「ひっ………!く、来るな!!」
「……………」
男の叫びを意にも介さず、ゆっくりと近づいて来る男の姿へ、ミュージシャンは絶望的な表情を浮かべる
「す、すまねえ!この間のはオレが悪かった!
だから許してくれ!!この通りだ!」
「……………」
勢いよく頭を下げても、懇願するように見詰めても
男は歩みを止めない
やがて男はすぐ目の前まで辿り着き、そこで足を止めて男を見下ろす
ギラつく赤い眼光に男は堪らず言葉を吐き出す
「な、なんとか言ってくれよ!
黙ってちゃわからねえよ、ZERO!
オレを恨んでるのか?
まさか、ここでボコボコにしようって魂胆か!?」
男には負い目がある
応援と称して余計な真似をして、彼等を怒らせ、あまつさえもその責任すらも押し付けて逃げ出してしまった事
それの報復へやって来たのかと、男は畏れ慄く
そんな男を、靱は嗤う
「あぁ、テメェを二度と歌えなくなるまでブチのめしに来た」
「………ひいっ!!」
浮かべられた歪んだ笑みに、
振り上げられた拳に男は顔を腕で守り、身を縮める
しかし、いつまで待っても衝撃は伝わって来ず
不思議に思って腕を下げると、
彼はただ男を見下ろすようにして佇んでいた
「……と言いたいところだが、違ぇよ。
勿論そうしても良いんだが、そんな事しても何にもならねぇからな」
「え……、それじゃあなんで…」
何故逃げ出した自分をここまで追いかけて来たのか
疑問を浮かべる男へ、靱は言葉を返す
「…来週の土曜、イベントを見に来い。
場所は『Mossy stone』だ」
「は………?」
「そこでは俺達と……『Vivids』がやる」
「……!」
“Vivids”
その言葉に男は反応を示す
「テメェが少しでも悪いと思ってるなら、来い。
……あぁ、次にあんな真似をしたら———殺す」
「し、しねえよ!当たり前だ!!」
「……なら良い。
テメェが下らねぇ嫉妬で潰した“七光り”とその相棒のライブを、
アイツ等の歌を聴いて帰れ」
それだけ口にすると、靱は踵を返して去って行く
その背を目にしながら、男は呟く
「な、何だってんだよ……いったい……」
そんな男の安堵も疑問も気にかけず、
靱はただ歩みを進めて行く
角を曲がって通りを抜けて、コートのポケットに突っ込んだ腕を出して彼は眩い日差しから目を庇う
「(白石、小豆沢……
俺の期待を、裏切ってくれるなよ)」
勝手にQ&Aのコーナー(唐突)
Q1.本作の『BAD DOGS』のリーダーは?
A.東雲彰人。原作通り。
Q2.靱との交友がある彰人、冬弥、杏のうち最も古い付き合いなのは?
A.白石杏。『BAD DOGS』加入前から知り合っている。
本編に多分書き切れないけど勘違いされがちなのを置いておくスタイル
ifについて。やるならどっち
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ほぼ確実にあり得ない展開
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割とあり得たかもしれない展開