クレイジーサイコレズ系主人公が錦木千束の心臓を死ぬほど欲しがる話   作:靉靆 

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リコリコ万歳




#01 Birth & Departure

 

 

 

 

 

 

 

ある日、気が付いた時から不快だった。

 

──█したい

 

 己の臓腑を蛇の様に“ナニカ”が駆け巡った。悍ましく下劣な感情が胸中に渦巻き、脳を侵す。

 泥のようにへばりついた拭いきれぬ悪感情に苛まれる日々を、少女は送っていた。

 

──█したい。

 

 頭痛が止まない、吐き気がする。

 発狂死しかねない程に己の内に巣食う“ナニカ”を、必死に無視し続けた。

 

 子供には珍しい生まれながらの白髪を掻きむしりながら、歯軋りをする。

 

 

 少女の人生は、決して幸福に満ちたものではなかった。

 

 お世辞にも発展したとは言い難い小国、家はあれど貧民窟に近く蛆が繁殖する程に腐臭を放つ不衛生環境にて生まれ、美しい容貌を持った無垢な少女は、(とんび)が鷹を産んだのかと思わざる得ないような醜く下衆な母親に道具として扱われ生きてきた。

 

 その人生は、不幸以外の何物でもないだろう。

 だが少女は己の不幸を自覚してはいない。もとより幸福など露ほどにも知らぬ無知蒙昧故に、道具としての生涯こそを当然のものだと認識してしまっていたのだ。

 

 嗚咽を漏らしかけるほど悪辣な環境にて、それでも一切の不満を漏らさず母を愛していた。

 例えその愛に報いはなく、盗みを強要され、鬱憤の捌け口に殴られようとも少女は、己を産んだ母を愛していたのだ。

 

しかし、そんな歪な日常は脆く砕け散る。

 

 切っ掛けはある日のこと。いつもの様に鬱憤が溜まった少女の母がその捌け口として暴力の限りを尽くしていた時であった。

 少女の美しい顔は何度も殴られたことで腫れあがり、真っ白で艶やかな肌は今や青痣で埋め尽くされている。

 

 理不尽、不条理とも言える暴行を受け続けながらも、少女の胸に母への憎悪はない。

 

 これが当たり前なのだから。日常となったこの出来事も、数時間後には痛みという名の過去になるのだから。

 

被虐体質とも言える思考回路にて母への愛を思う──その時。

 

 

──█したい。

 

「───っ!」

 

 “ナニカ”が全身を駆け巡る。生まれてから今までずっとずっと苛まれてきた謎の感情による荒波が、この状況下にて少女の精神を蝕み蔓延る。

 

──█したい。█したい。█したい。

 

 思考が乱れる。現在進行形で鈍痛として響く殴打により意識を逸らそうとしても精神(こころ)がその暗闇に触れようと悶えてしまう。

 

「ぁ……あ、私、は──」

 

 

殺したい。

 

 

 殺意が、芽生えた。

 しかしその発生源は怒りでも憎悪でもなく、ただ()()()()()そう思っただけだった。

 正当な動機なら幾らでも思いつく筈なのに、今までの仕打ちに対する報いだと粋がるわけでもなく、なんとなしに少女はこの感情の根源を自覚したのだ。

 

 今日はいい天気だ──だから殺す。

 虫たちのさざめきが心地いい──だから殺す。

 今朝食べたパンが美味しかった──だから殺す。

 昨日の晩はとても良い夢を見た──だから殺す。

 貧民窟(スラム)の少年に綺麗と言われた──だから殺す。

 人を殺すのは悪いことだ──だから殺す。

 

 

 特に何もない──だから殺す。

 

 

 詰まるところ、特別な動機など存在しないのだ。

 全ての道がローマに通ずるように、少女の喜怒哀楽全ての感情が殺人衝動(さつい)へと繋がっていた。ただ()()()()のこと。

 

「あぁ。漸く分かった。私は、今まで死んでいたのですね」

 

 生まれてからずっと感じていた不快感の正体はつまり、単純に我慢の限界を指し示していただけだったのだ。

 生まれた頃から蓋から溢れる本能を無自覚に抑えてた反動がただ不快感となっていただけなのかと、何て滑稽なことだと少女は思わず笑みを溢してしまう。

 

だって、()()()()()を我慢する必要なんてどこにもないのだから。

 

 そして一度その衝動を自覚してしまえば、もはや反射の領域で肉体が歓喜を吠えるように動き出した。身近にあった割れたガラスの破片を手に取り、更に鬱憤を晴らそうと此方へ殴りかかる女の首へと振るう。

 

「───ぁ?」

「あれ、(そこ)ないましたか」

 

 何事も最初は失敗がつきものだと言うが、よりにもよってこのタイミングで致命的な失敗(ミス)を冒したかと少女は失笑する。

 振るったガラス片は僅かに女の首を掠め、薄皮一枚切り裂き数滴の血を垂れ流させるだけに終わってしまった。

 

 女は一瞬唖然としながら首元に手を添えると、僅かに垂れる血と少女の持つガラス片の両方を認識し、今まで奴隷の様にこき使ってきた娘が自分に反抗したのだと理解するや否やその顔をまるでトマトのような赤色に染めて少女にのしかかる。

 

「このっ!ガキッ!!」

「ぁ!が、ぁ!……」

 

 女の両腕が少女の首を力強く締める。

 殺意を自覚した直後であっても大人と子供という身体的有利(アドバンテージ)を覆すには()()、少女は殺人鬼としては未熟者だった。

空気を求め締められた喉が乾いた音を鳴らす。

 意識は遠のき、昏き深淵の底へと身体が引き摺られるような感覚に溺れそうになる。

 

死の一歩前。もはや数秒後には意識は沈み、己の全てが陵辱されつくす直前に──少女(アクマ)は嗤う。

 

「は、はは。ぁ…き、れい……」

 

 生死の境に発した言葉は理解不能な賛美。顔を怒りの色に染め己を殺しかかる醜女の姿に、麗しの殺人鬼はその()()()を誉めたのだ。

 

 女は今、抗っている。自分を殺そうとした存在に対し、殺されてなるものかと、その怒りに満ちた表情に一筋の“畏れ”を滲ませながら反撃している──それが綺麗だと、少女は思った。

 あれ程までに醜い存在がその人生の窮地にて死を覆さんと命を煌めかせている。

 その“美しい在り方”へと、少女は感動のあまり涙を流す。

 

──嗚呼。その(いのち)を、摘み取りたい。

 

今此処に、殺人鬼の原点(オリジン)が幕開けた。

 

 それは脱皮。

 それは変貌。

 超越、進化──あるいは、堕天。

 

 瞬間。“道”が視える。

 

 まるで銃の照準器(レーザーライト)射殺(いころ)すべき対象を捕捉するが如く、少女の“眼”には女を絶死に至らせるための赤い死線が視えた。

 

 ガラス片を握る手に力が込められる。持ち手など存在しないその凶器により己の血が滴るが、痛みを感じる暇すら惜しいと言わんばかりに再び凶器(ナイフ)を女の首へと充てがった。

 人を死に至らしめるのに万力など不要。ただ画布(キャンバス)に筆を走らせ絵画を描くように優しく、慈しみを思わせるほど優雅に──刃を引いた。

 

「ぁぇ?」

 

 無様な遺言を残し、女は呆気なく死の虚へと堕ちゆく。

 断絶された頸動脈からはまるで噴水のように血が噴き出し、柘榴の実のようにパックリと割れた喉が生存を求め声にならない雑音を奏でる。

 

「────アハっ

 

 虚無へと力なく堕ちゆく母の最期を視界に納めた殺人鬼が、淫美に嗤った。

 やがて少女は辺り一面に散り地面の窪みに溜まった僅かな鮮血に指を浸す。

 

 暖かく。そして赫赫しい鮮血に濡れた指を、そっと口元へと這わせる。

 

「あぁ。私は今、生きている」

 

 初めての化粧(おしゃれ)は、真っ赤な口紅だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇夜に、死が舞う。

 

「ぁ──ぃ?」

「ダメですよ。こんな暗がりにふらつく千鳥足で一人だなんて」

 

 近所の酒場に入り浸りケチな店主の出す安酒に溺れ、少しばかり酔いを醒まそうと店を出た落伍者の男は、その無意味な人生に幕を閉じた。

 

「あまりにも()()()()()で、思わず殺しちゃったじゃないですか」

 

 下手人は、夜の闇には不似合いな雪の如き艶やかな白髪を靡かせる少女──麗しき殺人鬼が、人肉を裂き我欲を満たす。

 

 最初の殺人。母親を殺してから2年が経った。

 齢は未だ10にも満たず服装もお世辞にも洒落たものとは言えない襤褸布であったが、その所作と美貌は思わず“その手の趣味”がなくとも色気を感じるほどに美しいものであった。

 少女の本性を知らなければ、という前提のもとであればだが。

 

「まだ疼きますね。もう一人殺し……いえ。もう夜が明けますか」

 

 丁寧な言葉遣いからは考えられない物騒な人語を発すると共に、酩酊する男を殺した凶器(ガラス片)の血を拭い仕舞う。

 子供故に背が届かぬ為まずは脚の腱を削ぎ、崩れ落ちる男の頸動脈を切り裂き辺りに血が飛散しているというのに、少女の襤褸服には一切の返り血は付着していなかった。

 

 2年という歳月は、少女の才能(ギフト)を伸ばすのに十分な時間であったと言える。

 その技量、精神、能力の全てが()()()()()()と呼ぶに相応しいほど極まり、それに見合うだけの多くの人間を切り殺した。

 

 巨万を築く富者を殺した。

 施しを乞う貧者を殺した。

 傲慢に他を見下す強者を殺した。

 人の顔色を伺う弱者を殺した。

 

 男を殺した。女を殺した。子供を殺した。老人を殺した──性別年齢人種の区別なく、死神は平等に終焉を手向ける。

 

 やがて少女は、その小国にて“恐怖”となった。

 

 正体不明の殺人鬼。老若男女富者貧者を区別なく、そして呵責なく切り殺す悪魔の解体者(リッパー)を、人々は恐れた。

 事件を担当する警察も現場を嗅ぎ回る探偵も事件を愚弄する記事を書いた記者もその全てが、形なき()()()に殺される。

 

「少し退屈ですね」

 

 ふと、そう思うことがある。衝動を満たすことが全てであり殺害場所に関して拘りを持たない彼女は転々とその拠点を変えてきたが、精神は怪物のそれであっても身体は成人の二分の一を迎えていない少女のそれ、移動にも限界があった。

 

 それ故に思うのだ。こんな狭い鳥籠などではなく、己の“渇望”を満たすかもしれない強者がこの広々とした世界にはいるやもしれないと。

 

「……お母さん」

 

 首筋を撫でながら、殺人処女(はじめて)を捨てたあの日見た己の母の抗う姿を想起する。

──美しいと、そう思った。

 人がその終に放つ命の煌めき。己の殺人衝動と相反する。生きたいと、死にたくないと足掻く他者の生存本能に少女はどうしようもなく惹かれてしまった。

 

 殺人(ころし)とは、少女にとっての食事である。

 

 食わねば餓死する。それ故に普段は食材の選り好みをせず彼女は我欲を満たす。そうせねば発狂死しかねない程の不快感が己を射抜くと分かっていたから──あぁ、だが。食事であるのなら、偶の贅沢もまたしてみたいと考えるのが常だろう。

 

 熟練の兵士(つわもの)を殺したい。

 最後まで抗う勇気ある者を殺したい。

 譲れぬ信念を抱く若人を殺したい。

 

 誰でも良くて、“誰か”が良い。

 

 その二つの衝動は、矛盾か否か。

 殺しの技術を極め、対象が己の死を直視する寸前にその息の根を絶つ絶技を納めた暗殺者(アサシン)の如き殺人鬼(リッパー)が、よもや血沸き肉踊る闘争を求めているようにも聞こえる渇望を吐露している。

 

──否。矛盾とは決して乖離にあらず、それは表裏一体の美しき共存に他ならない。

 

 歪んだ渇望が、矜持の美学へと昇華する。

 

「──おや?」

 

 衝動を半ばまで満たし仮初めの拠点へと戻った彼女の視線が、()()()に引き寄せられる。

 貧民窟の近場には不釣り合いで高価そうな(ケース)が、質素な寝床に置かれていた。

 

 警戒心を高め、感覚を研ぎ澄まし周囲に視線を転がす。よもや自分の正体に間抜けな犬どもが気付いたのかと一瞬思考するが、それにしては己を待ち伏せるわけでもなく寝床に置き土産をして去っていくその行動の意味が理解しきれない。

 

「爆弾でも入ってるのでしょうか」

 

 念のため退路を確保し、爆発が起ころうとも爆風を受け流す体制を構えながら(ケース)に触れる。

 鍵はかけられていない。

 留め具の部分に触れれば、カチリと解錠音が静寂の屋内に響く。

 

「これは……」

 

 内容物は一枚のメッセージカード、厚みを感じる茶色の封筒と()()()()を模した装飾物(チャーム)

 

そして、美しい意匠をした一振りの凶器(ナイフ)

 

 ガラス片という粗末な凶器で殺しを続け、武器に関しては無知な少女の素人目でも一眼でそのナイフが業物だと理解できた。

逆手に握れば、自分のためだけに匠が腕を振るったのだと瞬時に理解できるほどの心地良さを感じさせ、刀身はまるで海のような透明さを美しく煌びやかに誇示している。

 

 数秒か、数分か、あるいはそれ以上。

 美しい凶器に見惚れ我を忘れていた殺人鬼が意識を現実に引き戻すと、次に手に取ったのはフクロウを模した装飾品。

 

「……“アラン・アダムズ”?」

 

 生まれも育ちも呪われた彼女であったが、その“フクロウ”が意味する支援者を知らぬほど寡聞ではなかった。

 

 アラン・アダムズ──世界中で“才能”のある者に無償の支援を行う謎に満ちた存在。あくまでも代名詞として名称が語られるのみであり、それ以外の凡ゆる情報が不明。

 姿形も、本名か偽名かも、団体組織の規模すらもその全てが謎という名のベールに包まれている。

 

 少女はその装飾品(フクロウ)が送られた意味を瞬時に理解した。

内に眠る才能を見込まれ支援を受けた“アランチルドレン”の共通点こそ、この“フクロウ”なのだから。

 

「倫理にそぐわぬ才能すら、天からの祝福というわけですか」

 

 一説によれば、アランチルドレンは“使命”を見つけ出し己の才を発揮することが命題であるという。

 

「ならば殺しましょう。これからも、これまでのように。私の命が朽ちるその瞬間まで」

 

殺人鬼の使命とは、即ち──殺すことに他ならないのだから。

 

「それにしても」

 

 次に、一枚のメッセージカードを手に取る。

 

 

「誕生日。ふふっ、初めて祝われちゃいました」

 

 

───Happy birthday

 

 

 カードに刻まれたその一言に、殺人鬼は思わず笑みを溢した。

奇しくも……否。“アラン”は事前に知っていたのだろう。この日が彼女の母が没した日であり、悍ましき殺人鬼が生まれ堕ちた祝い日なのだと。

 

 中々に洒落た贈り言葉だと感嘆し、最後に残った封筒に目を向ける。

二つのマチを括り付ける紐を丁寧に紐解き中身を確認すれば、中に入っていたのは厚みに納得を覚えさせるほどの札束に“アラン”名義のカードなど──支援の名の通り金銭的な援助としては十分なそれらの他にもう一つ、この国の意匠(デザイン)とは異なる菊花が描かれたパスポートを手に取り開いた。

 

響奏(KYOKA) 霧霞(KIRIGASUMI)……?」

 

 撮った覚えのない自分の顔が写った写真と、見覚えのない名前。

 偽名という意味合いで“アラン”が付けたのか、同封の身分証には日本人とのハーフ()()()()()になっていた。

 

「キョーカ、キョウカ……響奏(きょうか)。私の、名前」

 

 少女には名前がなかった。

 生前の母は己をただの道具として扱い名を与えず。自分以外の他者との関わりなど殺した死体だけであった冷徹な殺人鬼にとって、その与えられた名前に本来ならば永劫得るはずのなかった“誰か”との繋がりを感じたのだ。

 

 “アラン”は偽名として殺人鬼にこの名を与えたのだろう。殺しの異才をこの小国に埋めさせぬ為に身分を偽らせ、彼女に殺人鬼としての可能性と見聞を広げる手助けをした。

 

 だが、その意図を理解しながらも──この名を真名として誇りたいと、少女は思う。

 

 少女──響奏に自覚などないが、それは紛れもなく“歓喜”の感情であった。嬉しい、嬉しいと。氷の心臓に僅かな熱が灯る。

 

 金銭や身分証と言った“アラン”による支援品を再び(ケース)へ詰め直す。贈られた業物(ナイフ)は太腿に括ったホルダーに納め、フクロウの装飾品(チャーム)を大切そうに懐へと仕舞った。

 

「さてそれでは、血塗れの旅路を歩みましょう」

 

この日、殺しの姫は小さな箱庭から脱する為の翼を得た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は殺人鬼だった。

 

 少女は戦場を闊歩した。

 

 闇夜に突如と現れ音もなく、殺しの姫は気配を絶ち熟練の兵士たちの命を弄び摘んでゆく。

 

 やがて少女は数多の異名で呼ばれることとなった。

 夜の闇すら無問題と言わんばかりの縦横無尽に戦場を駆け抜け的確に命脈を刈り取るその姿を知覚した者は(オウル)と囁く。

 

 屈強な男たちに四方八方から襲い掛かられ、ナイフのみでは手数が足りぬ窮地の状況下に於いて獰猛に獣の如く喉笛へと喰らいかかるその狂気を目にした者は人狼(リュカオン)と慄く。

 

 敵軍の仮基地に煙幕を張り、気配を殺しながらナイフ一本で一個小隊を壊滅させたその人外の所業に生き残った兵士は奴こそが霧に潜む殺人鬼(ジャック・ザ・リッパー)だと震え上がる。

 

 

 そして今宵、殺人鬼は新たな獲物を前に牙を剥く。

 響奏(きょうか)の眼前にいるのはひとりの兵士。両者の持つ武器はナイフと銃。片や齢一桁の少女、片や訓練を積んだ熟練の兵士。

 一見すればあまりにも差の開きすぎた両者の対峙であるが、その実態は全く異なる。

 

「くるな、来るなッ!」

 

 引き金に指をかける男は、震えていた。

 目の前の少女に、圧倒的体格差に加えて武器の差という有利点(アドバンテージ)が存在するにも関わらず、国の為その命を懸けると誓い入隊を決意した筈の愛国者が、眼前の“死”を無様に恐れる。

 

「───は?」

 

 対する少女は一眼で業物と分かる凶器(ナイフ)を利き手に弄び、冷めた目つきで兵士を睨む。

 その瞳には、怒りと失望の感情(いろ)が混ざりあっていた。

 

「もういい。もういいです──()()()()()

「ぁ……かふっ」

 

 殺人鬼が無慈悲に放った言葉の意味を理解する間もなく、男はその生涯に幕を閉じた。

 都合三閃──響奏(きょうか)が先の刹那に振るった斬撃の数である。

一撃目に放った頸動脈の切断にて命脈を確実に刈り取り、続く二閃、三閃にて更に深く切り込み首を落とす。

 己の期待に答えられぬ弱者への単なる八つ当たり──その結果により生じた絶技であった。

 

「チッ、標的の排除完了。増援は来ていますか、()()

 

 己の真後ろにてこの戦場を指揮する()()へと、響奏は問いを投げた。

 彼女と共にいたのは、青年だった。どこか気怠げな雰囲気を隠しもせず、包帯で視界を塞がれているはずなのに悠々と歩みを進めている。

 

真島──本名か、偽名かすらも判別つかない名を持つ青年が、其処にいた。

 

「撤収だお前ら──“音”はしない。そこの間抜けで最後だ」

 

 尋常ならざる“聴覚”を以ってして刺客の有無を確認すると、青年は通信機を取り出し近場の仲間へと連絡を寄越した後に響奏へと視線を向ける。

 

「はぁ。そうですか」

 

一瞬の沈黙ののちに溜息を吐き、返答する。

 

「……なんで残念がってんだよ」

「すいません。もう殺せないのかと思うと、つい溜め息が」

「相変わらずイカれてんな、お前」

 

 慣れたやりとりをする両者の間には心理的な距離は殆どないように見え、実際に響奏も真島も互いを()()()()では信頼していた。

 

バランスとは理外の領域に存在する個の異常者──霧霞 響奏。

 

戦場を闊歩し死を撒き散らす調停者気取りの戦争屋(テロリスト)──真島。

 

 響奏は戦場という絶好の狩場を提供され、真島は狂ったバランスを調整する最強の駒(ジョーカー)を手に入れる。つまりは利害の一致とでもいうべき関係性で、両者は結ばれていた。

 

「真島。次は何処に、誰を殺しに行きますか?」

 

 故に、殺人鬼は年相応に目を煌かせ期待を問う。

 次はどんな戦場に、どんな相手を殺しに行けるのかと、狂気の期待を胸に戦争の走狗は舌を出す。

 

「中東では紛争が起こっていますし、欧州では犯罪組織(マフィア)が鎬を削り取りかの大国では危険思想集団による暴動まで起こってるそうですよ。嗚呼、この混沌の世界は斯くも儚く美しい」

「……やっぱイカれてるよお前」

 

 恍惚としたい表情を浮かべる美姫を目の前に辟易とした態度を隠さず真島が毒づく。

 未だ歳若くも戦争屋として数多の人間を葬ってきた真島であるが、この時は()()、少女と同じように己だけの狂気の美学を持ち合わせてはいなかった。

 

「次の標的は平和ボケした衆愚国家だ。派手にやるぞ──()()

 

 されど“アラン機関”により“フクロウ”を贈られたその男の才能に偽りなし。若輩であれども紛れもなく彼は世界最高峰の戦争屋であり、偽りに満ちた秩序の破壊者としての資質を垣間見せていた。

 

「──あはっ」

 

嗚呼、この男はまだまだ己を楽しませてくれると──殺人()は嗤う。

 

 

 

 

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