クレイジーサイコレズ系主人公が錦木千束の心臓を死ぬほど欲しがる話 作:靉靆
「──フキ、申し訳ありませんがもう一度説明して頂いてよろしいですか?」
訓練場の更衣室にてカラカラと、軽い音を立てながら分解した銃のパーツと弾丸がこぼれ落ちた。
殺しの道具として少なからず労力を注ぎ込み入念な
「……たきなの奴は転属だそうです。さっき、司令がアイツに直接辞令を言い渡しました」
床に飛散したそれらを拾う素振りを見せず眼前の少女、春川フキに視線を寄越せば、彼女はもう一度同じ台詞を吐いた。
己の聴力の不調を疑いたくなる様な報せはやはり不変の事実であり、先ほどと一字一句違わぬ報告に思わず舌打ちが鳴る。
あぁ、失念していた。全くもって己の浅慮が呪わしい。
結果的に銃取引の重要参考人を殲滅してしまうと言うたきなの行動は、第三者の
凡ゆるインフラへの優先権を持ち、この国の平和の根底に存在する機密性保持最後の砦たる
人が誰しも求める確実性はその瞬間に失われ、それが不和の元凶となることは想像に難くない。
つまり、あれか。この件を闇に葬るために奴らはたきなに全ての責任を被せる気だな?
あの一件は一人のリコリスによる独善的で身勝手な
──よし、殺す。
状況の理解と共に湧き上がる感情の名は憤怒。
狂おしいほどに愛する己の宝を傷つけられて冷静でいられる程、私は大人ではなかった。
「ちょ、響奏さん!何処に行くんですか!?」
「司令室」
更衣室を出て歩みを進める私の後を小走りで尾ける端役に短く返答し、最短経路で奴の私室へと辿り着く。
ノックもせず了承も得ずに強引に両扉を開ければ、高価な革椅子と荘厳な木製机で書類と睨めっこする憎悪の対象の姿がそこにはあった。
乱雑に開けられた扉の音に怖じる様子は微塵もなく、まるで私が来ることを予期していたかの様な態度に歯軋りが鳴る。
一歩ずつ堂々と眼前まで赴けば、奴は漸く手元の書類から目を逸らし視線を交差させた。
「たきなの転属について申し立てがあります」
「──なにが不満だ?」
分かっているクセに態々聞くな。
不満だと?むしろ不満で仕方がありませんよ。
「妹への理不尽に憤らない姉が何処に居ますか?」
私の可愛いたきなに自分達の不手際を被せるその不遜ぶりに怒りが沸くのも道理だろうが。
あぁ、折角本部で一緒になれた私と彼女の仲を引き裂くのみならず今度は別離まで経験させるなど、万回殺しても足りないほどですよ。
「……妹、か。“ごっこ遊び”も程々にしろ。奴とお前に血縁関係はないだろう」
「──あ゛?」
思わず、威圧する様な低い声が出た。
殺意を抑えろ、感情と衝動を切り離せ。
殺す、我慢しろ殺す。いつか殺す絶対殺す確実に殺す。
一旦呼吸を整え、議論に興じるのに必須である冷静さを取り戻す。
「……そもそもの発端が不可解だと言いたいのです。当時の通信障害の件と言い、もっと深く精査すべき問題点が多々あるにも関わらず彼女一人に責任を負わすこと自体が納得できません」
「事件当時、井ノ上たきなは上官であるフキの命令を待たずして銃取引に関する重要な情報源を潰し千丁の銃が行方知れずとなった。これは由々しき問題だろう」
「論点をずらさないで下さい。それはこの度の“歪み”の本命ではないでしょう」
そもそも取引現場に存在した筈の千丁の銃は何処に消えた?
たきなが責任を取らせられた原因が消失した銃の情報にあると言うのなら、
初めから銃取引自体がなかったのか?
否、それはあり得ません。
それでは武装した売人の存在と現場に残された汎用機関銃について説明がつかない。
つまり銃取引は、リコリスが突入した時点で既に
部隊の指揮権は隊長であるファーストリコリスにあれども、作戦における最高責任者は司令部です。
あぁ。ここまで状況証拠が揃えば無能でも分かる。
DAが、偽の情報を摑まされた以外に考えられない。
「優秀なお前なら分かるはずだ。奴の独断で我々が百五十間築き上げた平和が損なわれる可能性が生まれてしまう事態に陥ったという事に──リコリスに最も必要なのは、命令に従順である事だと養成所で教わったはずだろう」
あぁ、くだらん意地とやらで論理的思考を排斥し組織への忠義心などと言った感情論を振り回しているのが不合理で仕方がない。
その致命的な失態を貴様は既に自覚しているはずだ。
この度の取引阻止の失敗の最たる要因が情報収集と作戦立案を担当した司令部にある事は、当人たちが誰よりも理解できるはずなのだから。
「平和の根底が崩れると言うのなら、まずラジアータへのクラッキングこそ最も注視すべき事案でしょう。これではたきな一人に全ての責任を負わせるDAの在り方に対して不信感を抱きかねません」
更に言えば凡ゆるインフラへの最優先権を持つ組織の脳髄を乗っ取られるやもしれない危険性を貴方達は全くもって理解していない様だ──否、或いは理解していながらその致命的な穴を認めたくはないのか。
どちらにせよその事に目を背け一人の少女に全てを押し付けるなど、これではただの問題の先延ばしだ。
未来を見据えた行動としてはお粗末にすぎる。
「言いたい事はそれだけか、響奏」
議論の果てに反論するわけでもなく、この女は最後まで
「──あの日の通信障害は単なる技術的トラブルに過ぎない。
チッ──あぁ、苛つく。ここまで無意味な時間を過ごしたと言う事実と、この女が一丁前に“後悔”や“無力感”と言った感情を抱いていることがなによりも苛立ちを募らせて仕方がない。
今ほど、己の観察眼を恨んだ日はないだろう。
DA司令と言えども結局は明治以前より続く“八咫烏”の下部組織を統べる長に過ぎず、此奴に文句をつけたところで仕方がないと言うわけか。
上司と部下の板挟み。これではまるで哀れな中間管理職だな。
「……失礼します」
ならば、これ以上この場に留まるのは合理的ではない。
たきなの転属はDAの意思だけでなく、さらに上からの介入があってのものだと理解すればこれ以上の立ち回りは慎重にならざる得ない。
踵を返し司令室を後にすれば、先程から沈黙を保っていたフキが一瞬迷う様に私と楠木の両者を見回しやがて此方についてくる。
「……司令の判断は正しいと思います」
カツカツとローファーの厚底が地面を鳴らす音が響く廊下にて、フキが楠木の言葉に遅まきながら同調を示す。
「状況が状況とは言え、結果的にたきなの独断専行で銃取引に関する情報を得ることができず千丁の銃の行方は不明のままです。それにエリカだって──」
「フキ。少し、黙れ」
「……っ」
五月蝿い囀りを止めさせ睥睨すると共に、機械仕掛けの左眼がギチギチと機械音を頭蓋の内に反芻させる。
仲間が死にかけた? 知ったことかよ。
貴様ら有象無象の鈍間が一人死のうが万人死のうがどうでもいい。むしろ死ね。私の愛のために死ね。
聞こえの良い感情論を並べる暇があるのなら、あの日動けなかった己の無能さを振り返り悔恨しろ。
煩わしい煩わしい煩わしい。嗚呼、不愉快極まる。
この場の空気、小綺麗な正義とやらを掲げる愚昧ども。全てが私の神経を逆撫でて仕方がない。
「どうして、ですか?」
黙れと命じたはずの犬が、また吠える。
スカートの裾をぎゅっと握る手から感情の昂りが推測できた。
「どうしてたきなを庇うんですか!?
気づけば春川フキの瞳に、様々な感情が入り混じり混濁とする。
“誰か”に向けた嫉妬と羨望の色が強まる中で、私に対する崇拝と畏敬の色が薄まるのを感じた。
──少し、本性を表に出しすぎたか。
彼女に見せ続けた理想の姿と先程までの私との乖離が過ぎたのだろう。
……反省しよう。確かに今日の私は冷静ではなかった。
仮面を被れ。この少女が憧れた小綺麗な理想の体現者としての姿を型取り偽れ。そうすれば色々と
「……ごめんなさい。私も、少し冷静さを欠いてしまっていたようです」
「──ぁ」
声色の変化にも、色々と役立つ技術がある。
相手の心の奥深くに入り込む為に優しさと慈しみを思わせるトーンでまずは此方の非を詫び、そしてフキの頬に手を添える。
「この前は良く頑張りましたね、フキ。司令部との通信が取れずに不安だったでしょうに」
「ぁ、いえ……私は……」
「大丈夫ですよ。貴女の頑張りは、私が一番よく分かっています」
これで少しは持ち直せたか。
いずれ来る千束との殺し合いの為に、このファーストの地位にリコリスの霧霞響奏として築き上げてきた信頼と他者からの尊敬はあっても損ではないでしょう。
能力も手札も武器も、この世は
触れて愛でる度にフキも落ち着きを取り戻した様で、頬を紅潮させると私との目線を逸らし窓の外へと視線を向ける。
「……たきな?」
フキの呟きに、意味を理解するよりも先に同じ方向へと視線を向ける。
──眼下の愛妹と、目が合った。
ひと目でこの場から立ち去るのだと分かる程に大きいスーツケースを携えている。あぁ、たきな。本当に此処を出て行くのですね。
悲しくて仕方がない。胸が張り裂けそうな思いです。
数秒の間、視線が交差する。今すぐ降りて会いに行きたい。
もしかすれば次に会えるのは何時とも分からぬからこそ最後に彼女を抱きしめたいと思うと、次の瞬間たきなはそっぽを向きケースを引き摺りながら背を向け去って行く──え?
「あいつ、響奏さんに挨拶もせず……!」
た、たきな……?どうして何も言わずに出て行くのですか?
どうして目を逸らすのですか?
どうして何も言わずに背を向けるのですか?
あんなにも私に懐いてくれたのに、どうして、どうして私から逃げる様に去って行くの?
「ぁ、あぁぁぁぁぁ……」
「響奏さん!?」
か細い悲痛な叫びを上げながら、壁伝いにへたり込む。
「嫌われた、絶対に嫌われた。きっと薄情な姉と思ったに違いありません……たきなぁ」
自分でも情けない声を出していると自覚しながら、それでも弱音を吐露してしまう。
もしかしたら、銃取引事件で颯爽と介入しなかった私の愚鈍さを呪っているのかも知れません。
もしかしたら、司令への弁解を早々に行わなかった私に失望して本部に見切りをつけたのではないでしょうか……あぁ、不安で仕方がない。
いつか千束やたきなとは殺し殺されの関係を築き殺意をぶつけられたいとは思いますが、それと嫌悪は全くの別です。
たきなぁ、お姉ちゃんの何処がダメだったのでしょう。
「だ、大丈夫ですよ!たきなの奴が響奏さんの事を嫌うなんて絶対にあり得ません!」
うるさい、お前にたきなの何が分かる。
「それに、そんなに気になるならまた会いに行けば良いじゃないですか。響奏さんを嫌う奴なんて本部には一人も居ませんよ」
フキがへたり込む私の背を優しく撫でる。
触るな、私に触れて良いのは千束とたきなだけです。
そもそも簡単に会いに行ける訳がないでしょう。
任務以外では基本的に情報漏洩などを恐れて本部のリコリスは外出を認められていませんし、私が自由に行動できるのは司令との直接の交渉で掴み取った褒章代わりの喫茶リコリコと千束のセーフハウスへの訪問のみです。
もしかすれば遠い地方に飛ばされるかも知れないたきなに会いに行くなんて、そんなこと運良く出張での任務がない限りできる訳が……。
「たきなの転属先、喫茶リコリコですし」
「────は?」
なんですか、それ──最高じゃないですか。
なんだこの情緒不安定レズ……(ドン引き)