クレイジーサイコレズ系主人公が錦木千束の心臓を死ぬほど欲しがる話   作:靉靆 

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#15 A bad workman always blames his tools

 

 

 

 

 

 漆黒の意匠が、風を切る。

 

 支給された単車(バイク)の排気音が激しく鳴り響いた。

 機械的合理性を突き詰めた先に存在する駆動系統が魅せる疾走(はし)りに爽快感を感じながら、私はそよ風(ゼファー)の名を冠した機能美を駆る。

 

 

「───チッ」

 

 

 思わず、舌打ちを鳴らす。

 耽美な衝動と最愛への懸想の中に混じる不純物が、途方もなく不快だった。

 

 意識せずとも思い出す、あの日の邂逅を。

 殺意も憎悪も憤怒もない、しかし不快だ。

 喉に魚の小骨が引っ掛かったような異物感すらある。

 

 

『吉松シンジ。私の名前だ』

 

 

 ひと月前に喫茶リコリコで出逢った男の顔が、また脳裏に過ぎる。

 一緒にいた時間は数分にも満たない。

 紡いだ言葉もたった二言三言。

 

 君はこの店によく来るのか。

 店主や彼女たちとは知り合いなのか。

 今日はいい天気だね。

 

 ありきたりな世間話。三日経てば忘れてしまう様などうでもいい“他人”との会話──だけどその時感じた“ナニカ”を、私は未だ忘却できずにいた。

 

 

「私は、貴様を知っているのか?」

 

 

 答えなど出ない問い掛けが風音に掻き消された。

 自分のことであるはずなのに理解と完結が成されない情報を脳内で廻らせ虚空に耽る。

 

 奴が来訪したあの時。苛立ちが募り殺意を纏わせていたはずの眼光が奴の姿を射抜いた瞬間、己の中から凡ゆる悪感情が削げ落ちるのが実感できた。

 

 まず覚えたのは既知感。

 知っている。私はあの男に抱いた感情を知っている。

 

 覚醒した第六感が、言葉にできない歪な運命を知覚した。

 

 千束との逢瀬に感じた“恐怖”や“一目惚れ”とも違う。

 

 たきなと邂逅した瞬間に感じた“好奇心”や“親近感”とも異なる。

 

 11年前。血潮が舞う戦地にて巡り合った調律を重んじる破壊者(テロリスト)の姿が、奴と重なった。

 

 秩序(いつわり)の破壊者。

 天秤の担い手。

 梟を贈られた私の同胞。

 

 初対面であるはずの奴に、あろう事か私は懐かしさ(ノスタルジー)を覚えたのだ。

 

 吉松シンジ──その名前を心中で反芻する。

 奴に抱いた感情の名は哀愁。

 悲しみの中に浸る懐かしさ、まるで故郷に抱く懐古感のよう。

 

 理由も不明瞭なその既視感と既知感が不快で仕方がない。

 

 無知とは、罪であり恐怖だ。

 そして恐怖とは殺人鬼(わたし)の餌である。

 断じて怯え竦むモノではない。

 

 故に知りたい。知らねばならない。

 お前は何者だ吉松シンジ。私とお前に、一体なんの関係があると言うのだ。

 

『任務の進捗はどうだ、響奏』

 

 巡る思考が呼び声により途絶えた。

 メットに備え付けられてる通信機能からの呼びかけに意識を割きながら、私自身に与えられた任務の継続を自覚するようにエンジンを噴かし音を鳴らす。

 

 

「つかず離れず、気づかれていません。武装した男がワゴン車に五名。事前に尾行して足運びを確認しましたが、傭兵(プロ)で違いないでしょう」

『そのまま追跡を続行しろ。奴らの目的と依頼人を探ることが本任務の最優先事項だ』

 

 

 現在、私は国道をバイクで駆りながら対象を追跡している。

 任務は昨日この国に密入国の形跡があった武装集団の監視。

 

 おそらくは殺しを目的に金で雇われた集団だろう。そのような危険分子をラジアータが見逃すはずもなく、この度その集団の監視と抹殺が命じられることとなった。

 

 

「……対象が道路傍に停車。追跡を看破された可能性を考慮し一旦通過します」

 

 

 道路橋の端に寄せて停車する標的車両。

 追跡に気づかれるようなヘマをした覚えはないが、念には念を入れそのまま回り込む形を取るため一旦素通りする──その刹那、眼下にて見慣れた制服が目についた。

 

「……千束?」

 

 上擦る気持ちが抑えきれず、初恋の名を呼ぶ。

 側には奇怪な着ぐるみを着た謎の存在と周囲を警戒する愛妹の姿。

 思わぬ遭遇に視線がつられてしまった。

 

 

「“リコリコ”の姿を確認。おそらくは護衛任務の最中かと」

『なんだと?』

 

 

 事前に報されていなかった彼女たちの姿を報告すれば、向こうも私と同じ様子で驚愕を言葉にする。

 

 DAの支部と銘打ってはいるが、実際にリコリコの立場は民間のクリーナーと同じような外部協力者と言った方が適切なのだろう。

 組織体系が異なるが故に情報の非対称性が今こうして任務に影響していた。

 

……もしかすれば、これを機に千束たちとの共同任務に取りかかれるのでは?

 

 鉄火を携えた彼女たちの姿をもう一度見てみたいと思えば、衝動が否応にも加速する。

 

 あぁ、見てみたい。感じてみたい。触れてみたい。

 たきなの冷徹な殺意と、千束の愚かな慈しみを愛でたい。

 

 たきなは千束の目の前でちゃんと人を殺してるでしょうか、千束はたきなの狂気に“使命”を見出してくれてるだろうか。そればかりが気になって仕方がありません。

 

 

『標的との距離を取れ。敵の目的がその“護衛対象”の暗殺であるなら、一旦千束たちに任せて監視に徹しろ。奴らならそう失敗(しくじ)ることもあるまい』

「……了解(ポジティブ)。千束の()()()()()は此方で狩っても構いませんね?」

『許可する。だがその場合は気づかれるなよ。アイツにバレると後が五月蝿い』

 

 

 残念。どうやら千束たちとの楽しみはお預けのようです。

 

 思えば、私も以前よりは我慢強くなったものですね。

 銃取引事件のいざこざでは憤りに我を忘れることもありましたが、数年前なら千束を狙う者達を前に傍観などと言った選択肢を度外視に鏖殺していたことでしょう。

 

 千束とたきななら大丈夫。今はそれだけを思い堪えましょう。

 

 最後にあの子たちと殺し殺されのひと時を築くのは、この私なのだから。

 

 通信を切り上げハンドルを回し加速する。

 風を切る感触に心地よさを覚えながら、私は千束との未来を懸想した。

 

 

───“響き奏でる”と書いて響奏か。良い名前だね。

「……っ」

 

 

 その最中、また奴の顔が過ぎる。

 頭痛がする。異物感に胸の奥底がむず痒い。

 それなのに、奴に対して抱くはずの悪感情の一切が飛散する。

 その現状がどうしようもなく不可思議極まった。

 

「吉松、シンジ」

 

 名前を呼ぶ。

 初恋を想う時とは違う。愛妹を愛でる際の呼び声とも異なる声色で、ただ想い出に浸り胸中に抱く未知を咀嚼するようにゆっくりと。

 

 

「お前は、私の“運命”にどのような影響を及ぼす?」

 

 

 遠い昔に空いた眼窩の奥底が、酷く疼いた。

 

 

 

 

 

 

 █

 

 

 

 

 

 

「──飯を、食いに行こう」

 

 

 痛む傷口を庇い、男は通信越しに任務の終了を報せる。

 修羅場を潜り抜けた後の安堵感に息を吐きながら、やがて先ほど己の傷を止血した少女を思い起こす。

 

 弾丸を躱す人間離れの芸当を行い、命の奪い合いには不合理な慈しみを見せた少女の姿。

 

 今こうして痛みを認識しながらも仲間と生存の歓びを分かち合っているのも彼女のお陰であり、その恩を仇で返すようにして護衛対象を撃ち殺したことに少しばかりの後味の悪さを感じていた。

 

「飯、か。そうだな……これが終わったら、お前らと店をやるのも悪くない」

 

 平和でもなければ混乱に満ちているわけでもない適当な国でテナントを借りて、男手で雑な郷土料理を荒くれ者どもに振る舞うのも良いかもしれない。

 

 男は気絶した仲間たちを見やり、柄にもないことを考えながら懐から安物の煙草を取り出す。

 

 アンジェロのジャガイモ料理は美味かった、イフサンの淹れるチャイは心が安らぐ──そんな仲間(かぞく)との思い出を振り返りながら、男は知らず知らずのうちに傭兵(プロ)としての自分を切り離していた。

 

「……お情けで拾った命だ。俺たちも、そろそろ足を洗うとするか」

 

 自分が今こうして生きていられるのはあの少女の情けによるものと思えば、不思議と怖くなる。

 

 人はいつか死ぬ。自分たちはそれを覚悟してこの暗闇に足を踏み入れ多くの人を殺してきた。

 しかし血よりも濃い戦場での共存により絆を育んできた彼らという家族が死んでしまうかもしれないと考えたその時、男は臆病にも喪失を恐れる。

 

 救世主の慈しみによってその魂を愚かで臆病な只人のものへと堕とされたが故に、男は殺し殺されの戦場の空気を忘却していた。

 

「どうだ?あのクソハッカーからの報酬がありゃ十分だろ」

 

 インカム越しに、仲間(かぞく)へと問う。

 しかし返答はない。いつも喧しいはずの仲間の声が届かない空白の時に、男は首を傾げる。

 

 

「おい、どうした?なに黙って──」

『その“クソハッカー”とやらについて、是非お聞きしたいのですが』

「……っ!」

 

 

 耳を撫でたのは、仲間の誰とも似つかうわけもない若い女の声。

 誰だ。何故その通信機(インカム)からお前の声がする──そんな問いを投げる直前に、厚底が鳴らす足音が聞こえ男は視線を移す。

 

 

「闘争の空気ではありませんね。腑抜けの匂い、死に怖じた臆病者の匂いがする」

 

 

 其処にいたのは、一人の少女だった。

 

 美しかった。ただ純粋に美しい少女が、羽織った黒のライダージャケットとは相反する白銀の髪を靡かせ悠々と歩みを進める。

 

 究極に近いほど、形容する言葉とは陳腐になるものだ。

 

 幾ら小難しい言葉を並べて煌々と燃え盛る火を表現しようともそれはただの火であり、澱みのない澄んだ水が結局は水でしかないように──ただ言葉を飾るだけでは陳腐になるからこそ、美しいものは美しいとしか言い表せない。

 

 

「ところで()()()()、ご家族でもいらっしゃいましたか?」

「……ぁ?」

 

 

 見惚れて、焦がれた。故に──男はその美が携える()()への反応が一瞬遅れた。

 

 滴り落ちる微かな水音が何故かはっきりと聞こえる。

 少女の足跡を示すようにして地面に溢れた真っ赤な滴りがアスファルトに吸われて乾いていく。

 理不尽な現実に脳の情報処理が追いつかないまま、男は少女が乱雑に掴む物体を目にし唖然とした。

 

 

「事切れる寸前に、どなたかとの食事の約束ごとを口にしていたのですが」

「ぁ、あぁ。あぁぁぁっ!」

 

 

 四つの虚な眼球が、此方を見た。

 恐怖の色に染まった仲間(かぞく)の死に顔を視認すれば、男は悲痛なまでの慟哭を漏らす。

 

 

「──ですがこれでは、食事も喉を通りませんね」

 

 

 皮肉を口にすると、白銀がその手に携えた二人分の生首を男の足元へと乱雑に放る。

 ごろごろと不規則な動きで転がる二つの物体。

 先ほどまで言葉を交わして任務の達成を喜んでいた仲間たちが、物言わぬ姿で男と再会を果たした。

 

 

「██████████──っ!」

 

 

 憎悪、憤怒、悲哀。凡ゆる悪感情を慟哭に乗せて吠えながら男は銃を手に取る。

 

 殺す、殺す。仲間(かぞく)の仇だ必ず殺す。

 

 照準が白銀の少女の脳天に定まる。一秒後には脳漿を撒き散らす悪魔の姿を想像しながら、男は引き金を引いた。

 

 落ちる薬莢、燻る硝煙。轟く発砲音。

 

 戦場において仲間以外に信頼できるものとは武器だ。

 この音が鳴れば誰かが死ぬ。引き金を引けば誰かを殺せる。そんな戦場で飽きるほど目の当たりにした絶対原則が、()()崩れた。

 

 

「殺せるものですか、そんな殺意(モノ)で」

「が…っ!?」

 

 

 その絶技に、既視感が過ぎる。

 先ほどまで男たちが相手をしていた赤服、錦木千束の如き身のこなしで弾丸を躱し接近する殺人鬼──霧霞響奏に、男は憎悪の中に僅かな恐怖心を思い起こしながら痛みに喘いだ。

 

 先ほど止血された傷口の位置にて生じる激痛に晒されながら、男は自分が撃たれたのだと自覚する。

 弾丸を躱す離れ業を行う錦木千束と霧霞響奏の決定的な違い、それこそがその手に携える殺意の証明であった。

 

 

「──────!」

「喚くなよ、みっともない」

 

 

 ぐちゅりと、肉を貫く音が聞こえた。

 左肩に深々とナイフが突き刺さる。

 

 

「さっきまで私の愛妹(いもうと)たち相手に殺す気で鉛玉を放っただろう。ならば撃たれ殺される覚悟くらいしておけ」

「ぁ、がっ!」

 

 

 激痛により混濁する思考が恐怖という感情のみに埋め尽くされる。

 憎悪も、怒りも何もかもが、眼前の死の権化に汚濁されてゆく。

 

 

「貴様を含めて生き残りは三人。さて、()()()情報を引き出そうか」

「!や、めろ。やめてくれ……!」

 

 

 氷のように冷ややかな視線を気絶した仲間に寄越す少女に、男は自分たちの末路を察し懇願する。

 戦場で何度も目にしてきた冷徹な瞳。人を人と思わぬ悪鬼の眼差しに怖じる。

 

 

──やめてくれ、お願いだ。俺はどうなっても良い。依頼人のことも全て喋る。だから仲間(かぞく)だけは見逃してくれ。

 

 

 そんな祈りを込めて、男は少女に眼差しを向ける。

 あぁ、だが。無意味だ。この男は致命的に彼岸花(リコリス)という存在を、そして霧霞響奏という殺人鬼(カーネイジ)の本質を履き違えていた。

 

 

「ダメですよ。私が殺すと決めたのですから、ちゃんと無様に死ぬのが道理でしょう?」

 

 

 断続的に襲い掛かる痛みに悶えながら、妖美に嗤う殺人鬼の本性を男は垣間見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心地良い。

 血の匂い、臓物の色彩、骨を砕く甘美な感触。

 その全てが殺人鬼(わたし)を快楽の渦へと誘う。

 

こぉ、して…くれ

 

 最後に、死なない様に丹念に拷問した男の懇願に応えて引き金を引く。弾けた脳漿の飛び散る様がとっても綺麗だった。

 

 快感と絶頂に身震いしながら、インカムを起動し直し司令部との連絡を繋ぐ。

 

 

「──敵は殲滅。依頼人はロボ太と偽称(なの)るハッカー。標的はウォールナットとの事です、その対象も先ほど蜂の巣にされて死亡しました」

『ウォールナットだと……?』

 

 

 やはり司令部にとっても今回のケースは想定外のことばかりらしい。

 無理もない。自分たち組織の秘密を探りクラッキングを行ったハッカーが、全く別の要因で殺されたのだから。

 

 私自身もつい最近報されたあの銃取引事件の影にてラジアータの機能をダウンさせた下手人が、まさかこうも呆気なく姿を現して死ぬとは思いませんでした。

 

 それにしても、依頼人のロボ太とやらは随分と自分語りが好きらしい。

 本来なら金で雇われた傭兵如きに依頼の動機や自分に繋がる些細な情報を織り交ぜるのは悪手であるはずですが、あろうことかそのハッカーはウォールナットとの確執まで男たちに溢していたそうだ。

 

 とんだ笑い話です。電子の世界で敵わぬ相手に現実での武力行使、その果てに序列の変動を期待するなど。

 もはやそれは、永遠にその盤上で奴には勝てないと吐露している様なものだ。

 

 

事件(クラック)の隠蔽が仇になりましたね。少なくとも千束たちに対して事前に情報を開示していれば、ウォールナットの身柄を容易く確保できたでしょうに」

 

 

 銃取引の売人を射殺したたきなに全ての責任を負わせた結果、それよりも更に重要な参考人との関わりが失せてしまうとはなんて皮肉だろうか。

 思わず嘲笑が溢れそうになるのを抑える。

 

 

『……随分と嬉しそうだな』

「些細な意趣返しですよ。たきなの転属の件、まだ怒ってますので」 

『ふっ、相変わらず口の減らん奴だ。クリーナーをそちらに寄越す。すぐに帰還しろ、響奏』

 

 

 どうやら司令も随分と私の扱いに慣れたようで、此方の煽りを一笑すると任務の終了を告げて連絡を切り上げる。

 

 残念だ。人を殺し衝動を満たせた良き日であるというのに本当に残念で仕方がない。

 

 

「ウォールナット。あぁ、貴様をこの手で殺せなくて本当に残念だ」  

 

 

 ネット黎明期よりダークウェブの秩序を保ちし謎のハッカー。

 10年前、真島と共に戦場を渡り歩いた際もその名を耳にしたことがあります。懐かしい、裏の秩序(バランス)を保つ奴の仕事ぶりには真島も幾らか言及していましたっけ。

 

「だが、そんな事はどうでも良い。陰に隠れるだけのネズミ畜生──たきなを貶めた塵屑が」

 

 大事なのは、奴の暗躍がたきなを陥れる要因となったという事実だ。それだけで奴を殺す幾千幾万の理由に勝る。

 

 できることなら、たきなと離れ離れになった日々の数だけ奴の骨を砕き惨たらしく殺したかったですが、その畜生が死んだ今こんな感情と憎悪を抱き続けるのは不合理でしかない。忘れましょう。

 

 

 次に、蜂の巣にされた護衛対象(ウォールナット)の目の前で唖然と立ち尽くす千束の姿を想起する。

 

 

「くひ、ヒヒヒヒ──アァァァハッハッハッハ!!」

 

 

 狂笑が溢れて仕方がない。

 愉快だ、本当に愉快な光景でした。

 

 今しがた人としての尊厳を壊し尽くした傭兵たちに感謝すべき事があるとするなら、あの美しく無力で滑稽な千束の姿を私に見せてくれたことに対してでしょう。

 

 

「人を救ける?誰かの為に?“救世主さん”の様に?

 守れもしないその手で何が救える!

 殺せもしないその銃で何ができる!」

 

 

 可愛かった、美しかった、綺麗だった。

 絶望と後悔と無力感が押し寄せ呆然とした初恋の姿を思い起こすだけで、体が火照ってしまう。

 

 守るはずの“誰か”が目の前で血の海に沈む。そんな光景を間近で見届けたあの瞬間、千束は一体何を思ったのでしょうか。

 

 もしも不殺を掲げ、救世を謳い、敵に施しを与えた末に護るべき人を死なせたあの子が今、()()()()()()()()()()()()()()を抱いてくれればどれだけ素晴らしいことだろうか。

 

 それとも今頃は、たきなが千束の愚かさを諭してくれているでしょうか?

 楽しくて楽しくてしょうがない。千束が自分の信念に一握りでも疑念を抱いたらと思えば愉悦極まる。

 

 

()()()()()()()──いつの時代も英雄の宿業(カルマ)とは矛盾に満ちたものですよ、千束」

 

 

 故に、堕ちろよ救世主(メサイア)

 奈落の底で私と同じ獣となれ。

 その時にこそ私と貴女の“使命”は、ようやく果たされるのだから。

 

 

 

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