クレイジーサイコレズ系主人公が錦木千束の心臓を死ぬほど欲しがる話   作:靉靆 

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#リコリコ14話






#03 She’s a Killer Queen

 

 

 

 本能の獣が殺戮の意志を構え、救世主が偽りの殺意をその手に携える。

 

 静寂が訪れる。嵐の前の静けさとはまさにこの事だろう。まるで血のような赫を思わせる両者の瞳が視線を交差させ、火花を散らした。

 

 まず最初に初撃を放ったのは幼き切り裂き魔。慣れた手つきで外套から二本の短剣(ダガー)を取り出し、その眼が映し出す死の“線”を辿る様に投擲する。

 

 齢八の幼子が投げたと思えないほどに力強く投擲された短剣は赤服の少女(リコリス)、錦木千束の急所を正確に狙い美しい軌跡を描きながら飛来するが──千束は、その刃を容易く見切った。

 

 必要最低限の動きで、千束からは不可視であるはずの死の軌跡から僅かに身を逸らし短剣は幼き身体をすり抜けた。

 

 一瞬、動揺する。“初めての殺人”以外で経験してこなかった、殺意を込めた初撃で敵を仕留め損ねたという事実に殺人鬼としての誇り(プライド)が僅かに亀裂を生じる音を聞き、響奏は小さな挫折感を覚えながら逆手に構えたナイフに力を込めた。

 

 銃弾よりは格段に遅くとも、先の投擲は殺しの研鑽を積み続けた殺人鬼が見出す、相手の間隙を突いた奇襲にも近しい刃。

 事実、先ほどまで響奏が相手にしていた少女(リコリス)たちはその投擲を一人たりとも躱せず死んだ。それほどまでに絶死の技術であったはずなのだ。

 

 己の有する察知能力故の反応(マニュアル)とは違う、自動(オート)での回避。

 おそらく今のような短剣の投擲でなく至近距離からの射撃──或いはアサルトライフルの掃射であっても、目の前の少女は全て避け切るだろうという確信が響奏の胸にはあった。

 

 

()()()()()()()()?」

「…………」

 

 

 問いを投げる。千束は言葉を発さない。

 返答の代わりと言わんばかりにC(センター) .A(アクシズ) .R(リロック).システム──肘を90°曲げ反動(リコイル)を極限まで減らす射撃準備(Extended)の構えをとり、隠匿用に小型化されたM1911の照準を響奏に合わせた。

 

──“線”が見える。

 

 響奏は自分を殺し得る存在が銃を構えたという事実に歓喜を喚び起こしながら、その銃口から自分の肩付近へと伸びる“線”を認識した。

 開花せし第六感。危機察知能力の究極系とも呼べる異才──可能性が、瞳に映る。

 

 狩に興じる肉食獣のように身を屈めた瞬間、弾丸が自分の頭上を通過した。火薬が破裂する際に生じる硝煙の匂いが鼻腔を擽り、心地良い。

 

 

「優れた洞察力に相手の手札を見切る観察眼。そして驚異的な反射神経ですか。私の第六感(もの)とは少しばかり毛色が違いますね」

「……!」

「“線”を見る限り、射撃はあまり得意ではありませんでしたか?あぁ、だけどそんな貴女の欠点も今は愛おしい」

 

 

 恍惚とした表情を見せる響奏に、千束は息を呑んだ。

 たった一度の応酬で即座に己の回避手段の絡繰を見破ったこともそうだが、まるで自分と同じように発砲の前段階から回避の予備動作を行う殺人鬼の動きに対して、ただでさえ先の異常な告白により燻っていた警戒心が更に引き上げられる。

 

 身を屈め次なる攻撃体制を取る獣と構えを崩さず相対する千束。両者の間にまた静寂が訪れる。

 

 距離は約10メートル程、一見銃を持つ千束の方が有利に見えるこの状況ではあるが、生憎と千束の本領は眼前の殺人鬼と同じ近接主体。

 達人が互いの間合いを図るように、両者一定の距離で相手を仕留める致命の間隙を探り視線を交わす。

 

一秒後には両者が触れ合えるほどの接敵をなす──その前に。

 

 

「よろしければ、死別を前提にお付き合い頂けませんか?」

「──へ?」

 

 

 殺人鬼が、愛を唄う。

 僅かな隙が致命となる間合いに於いて、もじもじと照れ隠しをしながら場違いな提案をしてくる響奏に対して、千束は唖然としてしまった。

 

 

「互いの血が枯れるまで(アイ)し合って、その果てに私が貴女を殺すか、或いは貴女が私を殺して、その死体をずっと愛でて──そして最期は一緒のお墓に入りましょう」

 

「こっわ……え、ごめん無理」

 

「あぁ、やっと喋ってくれた……脳が蕩けるような可愛らしい声ですね──だから殺す

 

「ちょいちょいちょーい!話通じないんだけどこの娘!?」

 

 

 紡ぐ言葉は余りにも支離滅裂。目的も不明瞭すぎるが故にいっそのこと狂人の戯言と切り捨てた方がまだ精神衛生上よろしい気がするが、その情熱の感情(いろ)を宿した瞳は、これまでの告白が本気の想いだと示してくる。

 

 愛を唄う。一目惚れに微睡ながら──殺人鬼は愛する者の首を狩らんと動き出す。

 

 身を屈め照準が定まらないように紆余曲折を経ながら此方へと急接近してくる響奏に対して、驚嘆を言葉にしながらも千束の応戦は極まって冷静だった。

 

 

「あはっ」

 

 

 美しく一切の無駄なく急所へと滑り込む絶死の御技が刃に込められ(はし)る。常人であればこの悍ましき殺人鬼を懐へと潜らせた時点で死が確定するが──錦木千束にとって、その軌跡はあまりにも()()()()

 

 一閃、二閃、三閃。コンマ数秒に満たぬ刹那に放たれた斬撃を、千束が苦もせず躱しきる。

 

 思わず、響奏は笑みを溢した。

 互いに持つ“才能”は同質のものであるがその練度には天と地、雲泥、月と鼈ほどの差があるという“格付け”による事実が決定的となり、自分の“一目惚れ”は間違いでなかったと破顔する。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

(そうか、貴女は、貴女こそが!)

 

 

 響奏の“才能”がその歪な精神と奇跡的な相性を成すように、千束の“才能”はその肉体と美しい程の合致を見せていた──嗚呼、間違いない。錦木千束は、霧霞響奏にとっての紛うことなき“天敵”である。

 

 斬撃の合間、僅かに生じた連撃の隙間を歴史上最強のリコリスは逃さない。

 

 銃口が向く、死の警笛を鳴らす“線”が見える。

 

 胸元へと伸びゆく(それ)に、響奏は己の死を予感した。

 

 

 

 人間が物事を認識し身体を動かすまでの反応速度(リアクションタイム)には、最低でも0.1秒の(ラグ)があると言われている。

 

 

 錦木千束の人外染みた“反射”は無論、そのような限界を生まれながらに超克し外的刺激の察知と同時に“ラグ”を度外視に反応を示すことが可能であるが、響奏の神経伝達速度はその領域に至っていない。

 

──0.03秒。それが、霧霞響奏の限界であった。

 

 この反射も十分に人外の性能(それ)であるが、弾丸の回避自体は不可能でなくとも僅かに生じる“ラグ”という不利(ハンデ)に苛まれることとなる。

 

 銃口が己に向く。既にその銃爪(ひきがね)には指がかけられており、0.03秒の時差(ラグ)が刹那の時ほど肉体を硬直させる。

 

 銃口との距離はおよそ30cm。もはや(ナイフ)を振るう前に弾丸の直撃は確定であり、死の線は己の心の臓腑を指し示している。

 

(私は、此処で死ぬのでしょうか)

 

 死への恐怖はない。むしろ、これ程までに愛おしい宿敵に殺されるなら本望と言えるだろう。

 あぁ、だが殺人衝動は未だ絶えず、幼姫への欲情が荒波の如く押し寄せる。故に殺したい、犯したい。貴女の全てを奪いたいと渇望が吠える。

 ならば──今こそ絶命を覆し、殺人鬼の執念を此処に煌かそう。

 

 

「ァ、嗚呼ァァァァァッ!」

 

「なっ!?」

 

 

 反射を超え、身を捩る。

 脳が焼き焦げそうなほどに熱く、体温が上昇する。

 躱せ、躱せ、大脳が外的刺激を理解し指令を送るよりも速く小脳で反応しろ。

 

 人間としての限界を超え、才能の壁を撃ち破り──“線”が、ズレた。

 胸元を指し示していた死への道標は左肩へと移り、ナイフを握る手に力がこもった。

 

 もとより無傷で殺せるなどとは露程にも思っていない。腕一本でこの煌びやかな(いのち)を散らせるのなら、それはもう悲願の成就と言っても差し支えないほどなのだから。

 

 

「ァ、がァッ!!?」

 

 

 瞬間、身を穿つ()()

 火薬が破裂し、薬莢が排出される。

 利き手に握った(ナイフ)は急所の軌跡へと至る“線”の始点に存在し、このまま行けば致命に近しい一撃を与えることは必至であり、響奏は悲願の目前に存在するその刃を──()()()()()()()

 

「──────は?」

 

 唖然とする。千載一遇の好機(チャンス)にて、窮地にて覚醒し左腕を犠牲にするほどの覚悟で起こした特攻により作り出せた筈のその隙を、彼女はおめおめと見逃した。

 

 混濁する思考。何故、どうしてと言う思いを脳裏に幾億回も過ぎらせながらバックステップで距離を取る。

 

 その思いは、千束も同じだった。

 あれ程までに狂った自己犠牲の果てに掴んだ好機を何故殺人鬼は逃したのかと、困惑に揺れる視線を響奏に向けた。

 

 

「……非殺傷(ゴム)弾?」

 

 

 衝撃により脱臼した左肩を抑えながら、外套にこびりついた赤い粉末を指で摘む。

 錦木千束の不殺の意志。その象徴を、響奏は恨めしげに睨んだ。

 

巫山戯(ふざけ)るな」

 

 怒りが、蓋から溢れる。

 殺意と歓喜のみを放ち続けた異端者が、激痛に苛まれながら初めて()()()()の感情を吐露する。

 

 

「巫山戯るなよ愛しい人(モン・シェリ)ッ! こんな、こんなもので……っ!」

 

 

 憤怒は止まない。むしろ烈火の如く燃え盛る。

 

 

「私たちの応酬に持ち込むべきは殺意だけだ!

 鉄火を携え戦場に立つなら、殺意(アイ)のみを抱き銃爪(ひきがね)を引けッ!」

 

 

 矜持の美学が、殺人鬼の狂気を加速させる。

 先程までの戯言染みたそれではなく、人間味を思わせる怒りを抱きながら響奏は慟哭を漏らした。

 

 

「なんてことだ……なんて不純物。私たちの殺し合い(まぐわい)はもっと……っ!」

 

 

 まるで初夜の営みでの失敗に落胆するように、響奏は声を震わせる。

 燃え盛る百年の恋が冷めてしまったような、そんな感覚。

 あぁ、それでも諦めきれない。例え一目惚れした愛しい人が殺意を抱かぬ人形だとしても、あの時に感じた運命は嘘ではないのだから。

 

 だらりと下がった左腕に走る激痛を無視しながら、外套の懐より一丁の銃と弾倉(マガジン)、そして弾丸を取り出す。

 相棒である真島から念の為にと託されたそれは切り裂き魔である彼女にとって無用の長物であったが、今この時は違う。

 

 

「……使え」

 

 

 片手で器用にそれらを取り出すと、左腕を庇う仕草をしながら地面に滑らせる。

 千束の足元に、殺意の証明が配られた。

 

 

「10秒待つ。(アモ)弾倉(マガジン)に入れ、遊底(スライド)を引き、安全装置(セイフティー)を外し銃を構え照準を向けろ──殺意なき弾丸に、私は斃れない」

 

 

 それは命令であり、懇願であった。

 お願いだ。どうか、どうかと切に願う異端者の祈り。殺意のみが二人の愛を紡ぐと信じて止まない殺人鬼の哲学が、その言葉と行動には込められていた。

 

 

「絶対やだ」

 

 

 対する千束は、その言葉に恭順を示さない。

 かつて誓った不殺の意志は微塵の揺らぎも見せず、“救世主”から賜った銃を再び構えた。

 

 

「そうか、そうか。それが貴女の矜持か」

 

 

 その姿に、響奏は再び落胆する。

 あぁ、こんなにも私は貴女を愛してるのに。貴女は私を(アイ)してくれないのかと、身勝手に独りよがりに咽び哭く。

 

 ならばもはや、言葉は不要。

 

 刃を構える、銃口を向ける。

 

 

 利己主義者(エゴイスト)利他主義者(アルトゥリスト)

 

 殺戮者(マーダー)救世主(メシア)

 

 殺人鬼(アサシン)殺し屋(アサシン)

 

 

 相反する矜持を持ちながら同じ性質に属する怪物が対峙する。

 決着はこの一瞬一合で着く。

 一手でも損なえば敗北は必至となる緊張下において──両者が動いた。

 

 “線”が視える。

 

 胸、脚、額──三本の死線が己を射抜いた。

 非殺傷弾といえども、その威力は罅の入った鎖骨と脱臼した左肩が証明済み。殺意の有無に怒りを覚えた響奏であるが、大の大人であろうと苦悶の声をあげ気を失うであろうその弾丸を齢八の幼子が食らえば致命に近い一撃となるのは疑いようもない。

 

 普通ならばまずは額、次に胸への“線”に注意を払うだろう──だがこの異端者は、そんな()()とは無縁の存在である。

 

 屋内に轟く発砲音、数は三発。響奏はその全てを視認し、バラけた弾道に全弾の回避は不可能だと判断すれば──まずは、右脚への弾丸を優先的に躱した。

 

「ガ、ぁアァァっ」

「なん、で!?」

 

 千束が驚嘆を表情に出す。無理もない。確実に意識を刈り取る脳天への弾丸よりも、呼吸に影響を及ぼす胸元への弾丸よりも、最も損害の少ない脚を庇ったのだから。

 

 理由は単純。脚を奪われてはもうそれ以上愛しい人に近づけないから、ただそれだけの事。

 

 次に優先するのは、意識を確実に刈り取る脳天への非殺傷弾。なけなしの神経伝達速度(キャパシティ)をそれに全振りし、先ほどの反射の覚醒と同じ現象を引き起こし首を逸らす──結果、弾丸は少女の左眼球へと直撃する。

 

 

「……!」

「くはっ」

 

 

 ぐちゅり、と瑞々しい果実が潰れたような音がした。

 

 左端の視界が鮮血に染まり、激痛が脳を支配する──()()()()

 

 むしろ柔い眼球が緩衝材(クッション)となり気絶を避けられたと、響奏は笑みを溢した。更に言えば続いて右肋骨を砕く弾丸による痛みにもそのおかげで一瞬で()()ることができたのだ。これを僥倖と言わず何という。

 

 

 ()()()()で、霧霞響奏は止まらない。

 

 

「…、ふ……言ったでしょう。殺意なき弾丸に、私は斃れない」

「───!」

 

 

 呼吸すらままならぬ筈の重体で血を吐きながら、響奏は刃を携える。

その刀身はまるで飢えた獣の牙のようであり、四肢は狩りの愉悦を求めて浮き足立つ。

 

 絶死の“線”を辿りその美しい首を切り裂こうとした、その時──足元がぐらついた。

 

「───ぁ?」

()ぅ…っ!」

 

 考えてみれば、その現象は当然のものであった。

 いくら常人ならざる身体能力に衝撃(ショック)耐性の外套を羽織おうとも、肉体強度は幼子のそれ。むしろ意識を失わなかった方が奇跡と言っていいだろう。

 

 目眩により刃先が狂い、響奏の刃は千束の肩を切り裂いた。

 赤い制服が裂け、綺麗な柔肌に一本の赤い傷が刻まれる。

 想い人が自分の刃で傷つくというその殺人鬼にとって官能的な様へ欲情しながら──響奏は千束の胸に倒れ込んだ。

 

 

──心臓(むね)の鼓動が聞こえない。

 

 

 倒れ込んだ千束の胸元でそんな事を思いながら、響奏は自分の身体が動かないのを自覚する。

 

 度重なる疲労、伝達神経速度の覚醒。身を抉る激痛に重症の数々。

 

 霧霞響奏の肉体は、既に限界を迎えていた。

 

 

「私の、まけ、ですか……」

「そう。そして、私の勝ち」

 

 

──あれだけの啖呵を切っておいて、結局はこの(ザマ)か。

 

 敗北を実感し、己の無力さに歯噛みしながら、それでも(アイ)したくてたまらないと思った少女の胸元が響奏にとってはどうしようもなく心地良かった。

 

 

「てか、まだ意識もあって喋れるなんて頑丈すぎでしょ。本当に人間? 実は未来から来た人型ロボットだったりしない?」

「何処かで、聞いたような…謳い文句ですね。真島と趣味が合いそうだ」

「真島って誰よ」

「……バランス厨?」

「なんじゃそりゃ」

 

 

 先ほどのまで殺し合った間柄とは思えない雰囲気で言葉を紡ぐ両者。闘争の空気が解れるのを感じた。

 やがて千束は、響奏を地面に寝かすとガサゴソと背負っていた鞄を探り包帯や血止めの軟膏といった医療品を取り出す。

 

 

「……なに、をしてるのですか」

「なにって、止血に決まってんじゃん」

 

 

 違う。そう言う事を聞きたいのではないと、響奏は溜め息を吐く。

 

「何故、殺さないのです?一体何が、その不殺の意志を支えるですか」

 

 外套にこびりついた赤い粉末に視線を移し、抱いていた疑問を吐露する。錦木千束の抱く不殺の誓い──その根源を。

 その問いに対し、千束は先ほどのまで響奏がその身を預けていた胸元に手を置く。

 

「んー、ここ」

「……心?」

「いや、心臓」

 

 一瞬。意味が分からず首を傾げそうになる響奏であったが、やがてその意味を理解する。

 

(……人工心臓?)

 

 錦木千束の言葉、そして先ほど倒れ込んだ時に感じた鼓動のない心臓からその答えへと辿り着く。

 しかし新たな疑念が生まれる。

 驚異的な反射神経に観察眼、それを戦闘に活かせるほどに身体を動かせるような心臓が今の技術で実現できただろうか、と。

 

(嗚呼、なるほど。アラン機関ですか)

 

 辿り着く。僅かなヒントからその影にいる存在へと。殺人鬼(じぶん)があの梟を贈られたのだ、ならば自分と同質の才を持った彼女もまた()()を有していて当然だと、響奏は考察する。

 かつて自分に名前と狭い箱庭から脱するための翼を与えたあの組織の資金力や影響力ならば、数世代先の技術を先取りすることも可能だろう──唯一の問題は、目の前の無垢な少女が自分の“使命”を理解できていない事だが。

 

(くはっ、なんて滑稽。アラン機関。貴方たちはつまり、自分が掘り起こしたはずの才能に嫌われたわけですか)

 

 

「──私はね、この救われた命に報いたいんだ」

 

 

 あまりにも滑稽な笑い話だと心中で思う横で、千束はその胸に宿る()()()()使()()を寿ぐ。

 

 

「……この屍山血河を見ても、殺人鬼(わたし)を生かすおつもりで?」

「それでもだよ。そうじゃないと、私を助けてくれた“救世主さん”に顔向けできないから」

 

 

 命を散らした幾人ものリコリスを一瞥し、それでも少女は殺人鬼を相手に不殺を唱える。

 嗚呼。博愛主義の利他主義者(アルトゥリスト)かと思えば、彼女もまた狂気に身を浸す利己主義者(エゴイスト)だったかと思わず乾いた笑みを溢し、千束の治療をそのまま沈黙を保ち受け続ける。

 左目を覆う包帯に、温かみを感じた。

 

「よし、傷口が開いちゃうから動いちゃダメだぞー。ナイフも没収っと」

 

 己の半身とも言っていいナイフを取り上げられるが、敗者に意見する権利はないと思考し響奏は口を閉ざした。

 両足は捕縛用のロープで固定され、それ以外で唯一動きそうな右手に手錠をかけられる。

 

 最後に愛しき宿敵は此方を一瞥し、真島たちが作戦を進める階層(フロア)へと走り去って行った。

 

 

「嗚呼。名前、聞きそびれてしまいました」

 

 

 後悔が、押し寄せた。

 運命を感じた愛しい人。死線を潜り、刃を交えた間柄である筈なのに彼女の名前すら知らない己の無知蒙昧と迂闊さを響奏は呪う。

 

 先ほどまでの闘争を想起する。

 一目惚れに始まり、告白をして、互いに血を流し合った愛おしいひと時に想いを馳せた。

 

 

「犯したい、貪りたい、殺したい。私は、貴女の総てを陵辱したい」

 

 

 肺が痛む。

 呼吸をするたびに骨が軋み内臓が想像を絶する痛みに喘ぐというのに、殺人鬼は饒舌に胸中に秘めた想いを吐露する。

 

 

「その信念の起源となった心臓が欲しい」

 

 

──そうすれば、例え肉体が腐り朽ちようとも貴女の()()は永遠に私のものになるような気がするから。

 

 耳を澄ませば、銃声が鳴り止まず電波塔に響き渡る。

 幾つもの戦場を闊歩した戦争屋(テロリスト)たちは今頃、彼女に殲滅させられている事だろう。

 

 体感では要求された10分は既に経過し、爆破の準備は完了したと思うがそれでもやはり彼女の敗北は想像できないと、響奏は一人悶える──その数秒後、地鳴りが電波塔を揺らした。

 

 

「おや、自爆ですか……どうやら甘味はお預けのようですね、真島」

 

 

 戦場を共に歩み続けた相棒の大胆な行動に、それでも殺人鬼は余裕を崩さない。爆破に巻き込まれ己の死は確定事項になり得ると言うのに、その目は果てしない“これから”を見据えていた。

 

 

「肩につけた傷を見る度に、私を思い出してほしい」

 

 

 最後に、欲望の欠片を吐き出して──少女の身は爆風の放つ砂塵に呑まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鶯の鳴き声が、目覚ましの代わりに眠気を覚ます。

 夢と現の間で微睡みながら──白髪の少女は想い出に浸る。

 

 

「愛してますよ、()()

 

 

 あの日、ぽっかりと空いてしまった眼窩に嵌められた偽りの瞳に指を這わせながら、聞きそびれてしまった名前を呟き愛を唄った。

 

 首にかけた梟の装飾品(チャーム)を指先で弄んでいると、後ろから衣擦れの音が耳を撫でる。

 ()()()()が起きたかと白髪の少女が視線を寄越せば、それと反するような黒髪を靡かせた少女がベットから起き上がり目元を擦っていた。

 

 

「おはようございます、()()()。よく眠れましたか?」

「──はい。響奏(きょうか)がずっと側にいてくれたので」

 

 

 黒髪の少女、井ノ上たきなの幼い見た目ながらも慇懃な態度を崩さないその姿を見ると、まるで必死に背伸びをしている子どもを見ているようで微笑ましくなる。

 

 

「それは良かった。ふふ、寝癖が跳ねてますよ。まだ時間もありますし、シャワーでも浴びましょうか」

 

 

 まだ眠気が残っているのか、とろんとした目で微睡に沈みかけるたきなのもとへと赴き、寝衣(パジャマ)のボタンを外す。

 可愛らしく寝癖が跳ねた黒髪を撫でながら、大人びた態度をとっていても子どもらしい一面はしっかりと残っているその愛らしい仕草にときめく。

 

 

 

──嗚呼、(アイ)したい。

 

 

 

 

 “旧電波塔事件”から()()()()()()()ある日のこと──京都の朝は、少し肌寒い。

 

 






10年前からちさたきの間に挟まろうとするサイコレズ……やっぱコイツ処すべきでは?

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