クレイジーサイコレズ系主人公が錦木千束の心臓を死ぬほど欲しがる話   作:靉靆 

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#05 The labor we delight in cures pain

 

 

 

 

 此処にいる少女たちは、ある意味で殺しを神聖視している。

 

 

 リコリスを養成する孤児院に潜入してまず気づいた歪さが、彼女たちの“殺し”に対しての見方だった。

 

 私も愛しい人との殺し合いに夢を見ると言う点では、彼女たちの信仰に関して兎や角言えた義理はありませんが、それでも他人から与えられた殺しの動機に依存する少女たちの在り方に思わず注視してしまう。

 

くだらない。殺人鬼(わたし)と同じく、()()()()()()()()()

 

 悪を誅するため、誰かのためにと他者から用意された耳障りの良い逃げ道へ嬉々として逃げ行き、平和の為にこの手を血に濡らすのだと彼女たちは宣誓する。

 

 妥協と覚悟を履き違えた愚者の誓いが、機械仕掛けの左眼には滑稽に映った。

 

 それと同時に思うのだ。やはり“あの娘”こそ別格の“個”であり、この有象無象らとは一線を画す存在なのだと。

 

 

錦木千束───あの日。名前を聞けずに胸を穿った後悔は、暫くして晴れることとなった。

 

 

 ちさと、千束。それが、()()()()()()()()()()()()()()()私がまず初めに知った彼女の名前だ。

 

 発狂の一歩手前まで荒波のように押し寄せる殺人衝動を必死に堪え、我慢して、無様にも己の半身(やいば)を奪われ、正体を隠す為に殺人鬼としての技法(スキル)の多くを封じた私の“我慢”は──彼女の名前を聞いた瞬間に報われた。

 

 

「愛してます、千束」

 

 

名前を呼ぶ。体が火照り、胸がきゅっと苦しくなる。

 

 今すぐにでもこの地を離れ会いに行きたい気持ちを必死に抑える。

 今は“まだ”その時じゃない。いつか互いの技術がより洗練されたその時、私たちに相応しい“死に場所”で貴女と共に殺し合い(まぐわい)たいのだから。

 

 五年だろうと、十年だろうと、幾星霜だろうとも。未成熟な果実(からだ)が熟れるその時を、私は待ち続けましょう。

 

 

 

──けれども最初のひと月は、まさに地獄でした。

 

 

 加速する殺人衝動が体を疼かせ、折れた肋骨や鎖骨が完治してすぐ屋内戦闘訓練場(キルハウス)に於ける模擬戦を行い相手を蹂躙する事でなんとか衝動を誤魔化す死人のような枯れた日々。

 

 本来なら組織に拾われたばかりの孤児が短期間でトップの成績を叩き出すことに周囲は疑問を抱くでしょうが、殺しの指導を担当する教官や職員たちは私の持つ“アラン”との関わりを示した梟を見るとどこか納得したような表情を見せる。

 

 天才(アレ)()()()()()()()なのだと、“才能”と言う便利な刷り込みにより、少しばかり奇異の視線を向けられるのみで私はこの場所に溶け込むことができた。

 

 それでもやはり、殺意の意味を履き違えた肉塊の声が煩わしい。

 

 このままではリコリスとして殺しの任務を与えられるのを待たずしてこの施設の人間を血祭りに上げるだろうと言う確信を胸に秘めたその時──“彼女”に出会った。

 

 おそらく“彼女”への興味がなければ私は、とっくにこの衝動に身を任せていた事でしょう。

 

 養成所に入って2ヶ月が経った頃、リコリス予備軍が殺しの研鑽を積む射撃訓練の最中。近くから漂う濃密な()()()()()に、身が震えた。

 

視線を向ければ、其処にいたのは肩ほどまでに切り揃えられた長さの黒髪を靡かせる一人の幼女。まだ幼く小さいその身長ゆえ土台に登り、訓練用の空気銃(エアガン)を構えるその姿に好奇心が働いた。

 

 

「射撃、お上手ですね」

 

 

 声をかけると、少女はその端正な顔をこちらに向けた。

 急な呼びかけに警戒心を抱いてるのか、無言を貫きながら少女は私を探るような視線で見やる。

 

 

「初めまして、私は霧霞響奏。“響き奏でる”と書いて響奏(きょうか)と読みます」

「……井ノ上たきなです」

 

 

 怪訝な眼差しを向けたままではあるが、私の名乗りに彼女も返事をする。

 たきな、たきな。透き通った可愛らしい声が発したその名前を、心中で反芻する。

 

 

「響奏、さん……新しく入った成績トップの?」

「響奏で良いですよ。ええ、どうやら私にはこれに関する“才能”が備わっていたようで」

 

 

 どうやら私の名前だけなら彼女の知る所のようで、怪訝さを見せていた瞳が僅かに好奇の色を宿す。

 

 

「貴女は、何を思いながらその銃を握っているのですか?」

「……?」

 

 

 私の唐突な問いかけに、たきなが首を傾げる。

 少し、噛み砕きすぎましたね。

 

 

「此処にいる少女たちは皆、まだ見ぬ殺しへの恐怖を抱き、そしていつか実感するであろう“罪悪感”を軽減しようと必死にDAへの理解と使命感を強めている──ように見えます」

 

 

人は、誰もが人を殺すことに“罪悪感”を抱く()()()

 

真島と共に戦場を渡り歩いていた際、一度だけ仲間になった軍人崩れの男が残した言葉です。

 “罪悪感”とは即ちその人間に残った良心の残滓であり、それを微塵も感じない人間はもはや人ではない欠けた存在である()()()

 

 故に人間(我々)はその“罪悪感”を噛み殺し、殺しを正当化するための理由を求めるとの事だ。

 

 殺人鬼(わたし)にとって殺しとは呼吸であり食事。絶え間なく湧く衝動による生命活動そのものと言える行いであり、数多の命を摘んだ今もそんな感情など微塵も感じてはいませんが、此処にいる少女たちにはその元軍人の男と同じような無意識の恐怖が感じ取れた。

 

 

「彼女たちと違い、貴女は何を感じますか?

近い将来人の命を奪うその瞬間を想像し、恐れや厭悪を抱きませんか?」

 

 

──故に、私は知りたい。

 濃密な殺意をその身から漂わせながらも冷徹に銃爪(ひきがね)に指をかける貴女の、井ノ上たきなの“在り方”を。

 

 

「……“DA”への恩義は勿論感じてます。リコリスとして功績を積み、いつか本部に転属する事がわたしの夢ですから」

 

 

 その言葉には、自分の命を拾ってくれた“DA”への惜しみない忠義が見てとれた。あぁ、だけど。井ノ上たきな──貴女の“本音”は()()()()でないでしょう?

 

 

 “運命”とは、私にとっては必然の現象だ。

 私自身にも言語化できる程の理解はしきれていない。この覚醒した第六感が胸を穿つような衝撃を、私は“運命”と呼んでいるのだから。

 

 そして今この時感じた“運命”もまた、間違いではなかった。目の前の少女、井ノ上たきなの昏い深淵を思わせる瞳が私の感覚を刺激して止まない。

 

 

「──せやけど。そも悪人が死んかて、誰も困らへんよ」

 

 

 可愛らしい言葉遣いで彼女の“本音”を聞いたその時。私のもう一つの運命が形と成った。

 

 

──あぁ、この娘は彼女たちの様な“道具”じゃない。

 

 

 殺意を秘めたその凍った心。

 人の死を無機物な現象と考える歪な哲学。

 只人としての幸せに希望を抱かない希薄な意志。

 

 

──この娘は、獣だ。

 

 

 命と住処の恩義に報いようと舌を出しながらも、獰猛に獲物を狙うその瞳には絶えず火が灯っている。

 

 義に厚い忠犬であり、誰彼構わず貪り喰らう狂犬でもある。

 

 愛しいあの娘に及ばずとも、その異端染みた冷徹な在り方に興味を惹かれる。

 

 殺してみたい。殺されてみたい。

 

 合理性という名の檻に閉じ込められたこの娘は、一体どんな美しい殺意(アイ)を私にぶつけてくれるのでしょう。

 千束の事を思うばかりで溜まった欲求と加速する衝動が、この娘を己のモノにしたいと叫んでいる。

 

 

「──お姉ちゃん、と呼んでくれませんか?」

「…………いやどす」

 

 

 先に言っておくと、私は決して尻の軽い女ではありません。

 千束のことを考えない時間は一分一秒もなく、私の行動原理の根底には常にあの娘の存在がある。

 

 それでも。千束や真島以外の“同類”との邂逅に、私は浮き足立っていた。

 射撃の腕は天才的の一言。それに弛まぬ努力を重ねているのですから、将来は百発百中の射手になれると断言できますが──それは決して、私たち(アランチルドレン)のような才能(ギフト)ではない。

 

 可視化できる様な能力でなく、死に相対する井ノ上たきなの歪な“精神”にこそ、私の衝動は同調の兆しを見せたのだ。

 

 それから職員に無理を言って彼女との同室を懇願し、リコリスになった後も京都支部の宿舎ではなく、変わらずこの養成所を寝床とするくらいには井ノ上たきなと言う“同類”を、私は気に入っていた。

 

 

 不殺を貫く愛しい人がもし電波塔の時と同じく地に伏せた敗者(わたし)を殺す事を躊躇うのなら、その時はたきなに()()()()()()()()()私を殺して欲しいと──そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──わたしには、姉がいる。

 

 厳密には血縁関係のない“姉のような人”だけど、わたしたち孤児にとって血の繋がりよりも心での繋がりの方が確かなものとして感じることが出来ました。

 

 

『教官にお願いして同室にしてもらいました。お互い一人部屋同士だったのでちょうど良かったとの事です』

 

 

 確かに初対面は少し衝撃的で何を言ってるのか分からなかったけれど、孤児院で一緒に日々を過ごしていく中で姉への不信感は消えてました。

 

 わたしの一体なにが琴線に触れたのかは分かりませんが、響奏はわたしを妹のように愛でて。いつしか、それが悪くないと思えました。

 

 わたしたちのように物心つく前から“DA”に拾われ訓練を受けたわけじゃないのに、射撃や座学、対人戦の成績は常にトップ。

 

 教官方の話を聞けば響奏は特別な才能を持った“アランチルドレン”という人種らしい──噂では、あの電波塔事件を解決した“英雄”も響奏と同じ“アランリコリス”との事だ。

 

 その類い稀なる才覚はすぐにDAの京都支部の目に留まり、訓練開始から半年という異例の早さで響奏は彼岸花(リコリス)に就任。

 そして最初の任務に於いて京都に潜伏していた大規模なテロ組織を単独無傷で壊滅に追い込み、構成員全てを抹殺。すぐさま“セカンド”へと昇格したそうです。

 

 その時この胸に芽生えた気持ちは、“憧れ”だった。

 

 彼女なら“ファースト”への昇格や本部への転属も容易いという他者からの評価が、自分のことのように誇らしくて──わたしの()()()()()はこんなに凄いんだと胸を張りたくなりました。

 

 

『死とは単なる現象ですよ、たきな』

 

 

 姉──響奏は時折、何処か遠い所を見つめる様な瞳をしている。

 

 

『大事なのは、死へ至らせるまでの過程です』

 

 

 時々聞かされるその独特な哲学が、嫌いではなかった。

 

 

『感情を殺しながら、相手の命を奪うその瞬間に何を己の糧とするか。そうする事で我々は、獣から人に成れる』

 

 

 いつか訪れるであろう悪人(ひと)を殺す日への恐怖は微塵もありませんでした。

 わたしを拾ってくれた“DA”への命の恩のためならどんな苦難も乗り越える覚悟ですし、そもそも悪人が死んだ所で私が罪悪感(そんなもの)を抱く義理が何処にあるのだろう。

 

 一度。響奏が施設に来る前にこの持論を展開した際に感じた突き刺すような幾つもの白い眼差しが思い起こされる。

 

 言葉でなくとも、彼女たちのその眼が雄弁に“お前はおかしい”と語っているような……そんな感覚を覚えました。

 

 一体なにがおかしいのでしょう。()()()()()()()()()罪悪感や恐怖なんて、そんな感情を抱くこと自体が不合理です。

 

 心を殺し、涙を枯らして影に潜み、煙の中を進み征く事がリコリスとしてよっぽど()()()であるはずなのに彼女たちは自分が血の通った人間だと言わんばかりに効率を度外視した“正義”を説いている。

 

──何故か、その光景が滑稽だと私は思った。

 

 そしてそんな集団との異なる在り方への迫害はこの狭い世界でもよくある事でした。

 

 

「アンタさ、最近成績良いからって調子に乗ってるでしょ」

 

 

 響奏が正式なリコリスになる前。私よりも幾つか年上の訓練生たちにまったく覚えのない言いがかりをつけられ、物陰へと連れられる。

 表の世界でもある様な歪な縦社会は此処でも存在しており、年下に自分よりも上位の成績を取られて憤る年上(こども)が鬱憤を晴らそうと綾をつける。

 

 

「どうせあの“新入り”と一緒に下の奴らバカにでもしてんでしょ?」

 

 

 論理は何処だ。証拠は何処だ。何を以ってそう判断しているのか全く理解できない相手の狂った思考に、私は何も言わない。

 

 このまま適当に殴られて、この人たちの空虚な自尊心を埋め終わらせよう──下手に反抗して遺恨を残すよりも、その方が()()()だと判断して無言を貫いた。

 

「っ、なんとか言いなさいよ!」

 

 わたしを詰めているのとは別の訓練生が、無言を貫き動じない私に苛ついた様で拳を振り上げる。

 丁度いい。一発殴られて適当に血でも流せば、この人たちも少しは冷静さを取り戻すだろうと、本来なら即座に反応できる拳を受け入れようとした──その時。

 

 

「──私の“妹”に、何か御用で?」

 

 

 どれだけ待っても私に振り下ろされる筈だった拳は届かず、その代わり何かが壁を打ち付ける音がしました。

 

「……響奏?」

 

 空気が凍った。視えなかった、反応すらできなかった。

 気づけば私を殴ろうとした訓練生の先輩は首を締め上げられ、その背を壁に押し付けられている。

 

 

、ぁ……

「図に乗るなよ木端ども。貴様ら如きが、私の(いもうと)に触れるな」

 

 

 陸に打ち上げられた魚の様に、口を動かし酸素を求める。

 私たちに気配すら感じさせず、目視できない程の速度だった。いつもの丁寧な口調からは考えられない様なドスの効いた声で相手を威嚇し締め上げている。

 

「このっ!」

「奇襲のつもりなら静かにやれ、無様にも程がある」

 

 仲間が酸欠寸前まで追い込まれている様を見て、唖然としていたもう一人が背後から響奏に殴りかかるが──まるで後ろに目がついてるのかと思うほど素早く反応し振り返り、締め上げていた手を離すと的確に貫手で相手の喉を穿った。

 

ぎ、ひ……」

 

崩れ落ちる二人。首を締め上げられた方は必死に酸素を取り込みながら荒い呼吸を繰り返し、喉を穿たれた方は逆に呼吸が出来ずに空気をか細く吐き出してる。

 

 

「加減はした。失せろ。二度目はない──次視界に入ったら殺す」

「ひっ…」

 

 

この空間の温度が下がったのかと思うほどに、体を芯から冷やす様な殺気を放たれ、先ほどまで詰め寄っていた先輩たちは地面を這いながら逃げていきました。

 

 

「大丈夫でしたか、たきな?」

 

 

 ふわりと、柔らかい身体がまるで壊れやすい陶器に触れる様な扱いでわたしを優しく抱きしめてくれました。

 同じシャンプーを使ってるはずなのに、綺麗な白髪が醸す香りに心が安らぐ。

 

 母性、というものだろうか。わたしたちのような孤児やリコリスは、心の何処かで母親の温もりを求めていると聞いた事がある。

 

 

「ありがとうございます、響奏」

 

 

───この抱擁が、今はただ心地よかった。

 

 

 

 

 

──────

 

 

 

 

 

 朝日が燦々と降り注ぐ。

 “サードリコリス”の証であるベージュ色の制服に袖を通せば、今までとは違う新鮮な気分が身を駆け巡りました。

 先月迎えた10歳の誕生日に響奏から貰った拳銃をホルダーに納め、養成所を出る。

 

 真っ直ぐと前を向けば、まるで私の門出を祝うように“赤い制服”を着た響奏が養成所の前で待っていた。

 それがなんだか嬉しくて、スキップで駆け寄りたい気分を抑えて駆け足で尊敬する姉の許へと向かう。

 

 

──この日、わたしは彼岸花(リコリス)になった。

 

 

 






たきなの冷徹さが原作初期よりも跳ね上がった気がしますが、リコリコに左遷されれば魔性の女千束さんが百合ーゴーランドで人としての感情やら幸せを教えてくれるので無問題(モーマンタイ)です。
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