クレイジーサイコレズ系主人公が錦木千束の心臓を死ぬほど欲しがる話 作:靉靆
「“西の英雄”ですか?」
サードリコリスの証であるベージュ色の制服に袖を通し、愛銃の手入れをしながら今しがた同室の先輩が発した言葉を復唱する。
「そうそう。フキも少しは聞いたことあるでしょ?」
「……まぁ、噂くらいなら耳にしてます」
その人物についての詳細な情報は知らないが、“噂”だけならこの本部にも届いている。
曰く標的を確実に仕留める射撃の
……最後の噂に関しては、千束の事をよく知る私にしてみれば色々な尾鰭がついた故の眉唾物だろうと思っている。
ちゃらんぽらんで適当なところもあるアイツだが、その能力だけは一目置いてるのだから。
しかし、此処とは異なる支部のリコリスが一体なんなのかと思えば、先輩は私の疑問を察したようで分厚い紙束を取り出した。
「京都支部は人員も充実してるし有能な奴は本部に転属させたいって楠木司令直々の提案らくてねー。今日はその
つまりは転属組……それだけでそのリコリスの能力に一定の保証がつく。支部からわざわざ本部に移動してくるってことは、それ程の価値があると本部が判断したという事なのだから。
そして、それが司令からのスカウトとなれば尚更だ。
「ほい。これがその英雄サマについての
軽い調子で渡された紙束を受け取り、それに目を通す。
──
年齢は私よりも一つ年上の14歳。
階級はファースト。そしてこれまでの経歴は……。
「これ、本当ですか?」
「マジのマジ。私も最初見た時は目を疑ったけど、楠木司令のお墨付きだし間違いないよ」
その来歴は、あまりにも馬鹿げているの一言に尽きた。
8歳──京都のリコリス養成を担う孤児院に拾われる。当時は虐待の痕跡が見られ肋骨や鎖骨の骨折などを負い重傷のようだったが、驚異的な回復を見せひと月も経たず訓練に参加。
射撃、座学。対人戦に於いて常にトップの成績を取り続け、屋内訓練場での模擬戦はリコリスに就任するまでのたった半年で128戦128勝──無尽蔵と思えるほどの体力で戦い続け常勝無敗の戦績を築きその才覚を発揮。
9歳──正式なリコリスに就任。その後“電波塔事件”による後始末のゴタゴタにつけ込むようにして京都に潜伏し力をつけた大規模テロ組織の監視を初任務として与えられた。
しかし当の本人は命令を無視し組織を単独で襲撃、無傷で鎮圧後拷問によりテロの事前情報を収集し構成員を一人残らず抹殺。
本来なら“ファースト”への昇格に十分な能力と成果であるが、初手の命令無視を考慮して功罪打ち消す形で“セカンド”への昇格に留まる。
10歳──大阪支部からの支援要請に応じ爆破テロを人的被害ゼロで阻止。その際に発揮された類い稀なる指揮能力も加味され“ファースト”へと昇格。
「化け物ですね」
「それな」
思わず、報告書に記されたリコリスへの評価が言葉として溢れた。
抜きん出た戦闘能力に加えてその他高水準に極まった
「司令も錦木千束に逃げられたから代わりが欲しいんだろねー。そういやフキは同期なんだっけ?」
「……はい。一時期バディも組んでました」
先輩がその名前を出すとともに、またアイツのにやけ面が瞼の裏を駆け巡った。
ああ、クソッ!思い出したらムカついてきた!
DAからの任務を拒否するだけじゃなく、先生まで連れて行くなんてあの野郎……!
苛立ちが募る。
アイツの能力は確かに認めてるが、それとこれとは話が別だ。先生もどうしてアイツなんかに……。
「それとその英雄サマとの模擬戦に私たちも参加するから、準備よろ」
「……は?」
まるで思い出したかのようにこれからの予定を話す先輩に、思わず唖然が声に出た。
「聞いてませんけど?」
「今言ったからね」
千束ほどではないが、先輩もよくこの適当さでセカンドに昇格できたな……なんて事を思いながら、愛銃のメンテナンスを終える。
霧霞響奏──この時の私はまだ、そのリコリスへの関心は薄かった。
──────
……肌にこびりついた液体塗料の感触が気持ち悪い。
周りを見渡せば、私や先輩を含む10名のリコリスが被弾の証であるペイント弾の痕跡に制服を別色に染められていた。
この惨状の下手人へと視線を向ける。
絹のような白髪ときめ細やかな肌。ファーストの証明である赤服に一切の被弾跡はない。
一瞥で模擬戦の結果は私たちの惨敗だと分かるような有様だった。
油断はなかった。近々セカンドへの昇格を控えた私以外のリコリスの先輩たちも数々の死線を潜り抜けた猛者ばかりだと言うのに、眼前の少女──霧霞響奏は蹂躙と呼ぶに相応しい一騎当千振りで私たちを撃ち倒した。
『初めまして、京都支部から来ました。霧霞響奏と申します』
てっきり千束のような能力はあっても何かしらのクセがあるリコリスが来るかと思えば、やって来たのは階級的にも年齢的にも下である私に対してもその慇懃な態度を崩さず、丁寧な言葉遣いでお辞儀をする美しい白髪の少女。
まるで童話に登場するお姫様みたいなその容貌に、同性だというのに思わず見惚れた。
そしてその後指示された配置は、従来の模擬戦とは全く違うものだった。
司令からの命令は、一定の距離で相対し壁を背に立つ彼女を撃てというもの。しかも相手はこちらが撃つまで一切の反撃をしないとの事だった。
その光景に既視感を覚える。
確実に命中させる事が出来る距離。
訓練用のペイント弾を装填し照準を向ければ、端正な顔に見惚れる様な微笑みを浮かべるこの人に
『──開始』
距離は10メートル。物心ついた時から訓練を受け、実践で技を磨き続けた私たちなら絶対に外さないと断言できる射程で引き金を引いた。
無数の銃口から放たれる凶弾。
いくら訓練用のペイント弾故に実銃に劣る速さと言っても、普通の人間ならこの数と弾速を前に蜂の巣は確実だ──そう、
ひらりと。まるで羽毛の様な軽やかさで避ける響奏さんの身体を、弾丸がすり抜けた。
弾丸を躱す。
人間には本来不可能な行いに驚きは感じない。むしろ先ほどから合致し続けていた既視感は間違いではなかったと納得すらしてしまうほどだ。
間違いない。この人は、霧霞響奏は千束と同じ──。
『──
まるで優しく包み込む様な甘い声が、耳を撫でた。
はっ、と意識を現実に引き戻せば既に一騎当千の個は間近へと接敵しており、私も周りの先輩方もすかさず銃口を彼女へと向けた。
『これにて、お仕舞い』
その結果は、先程も語った通りの蹂躙だった。
銃弾はその全てが彼女の髪の一房すら擦りも出来ず、その精密な射撃により私たちは急所の部分をペイント弾で撃ち抜かれる。
『──そこまで』
聞き慣れた司令の声が模擬戦の終了を告げる。
すると響奏さんは、もう一度最初の時と同じように流麗な所作でお辞儀をすると私たち敗者を一瞥し訓練場から去っていった。
「あぁ、クソ…っ!」
憧れと嫉妬の渦巻く混沌とした今に苛立つ。
──赫赫とした右眼を煌びかせ、雪の様な真っ白い髪を靡かせるあの人の微笑みに、また千束の面影が重なった。
█
「……凄い」
キルハウスの天井に設備されたモニタリングルームにて、補佐官の女が感嘆を言葉にする。
無理もない。先程ひとりの少女が見せたのは正に人外の所業。
飛来する無数の弾丸を全て躱し瞬きの一瞬で距離を詰め、歴戦の猛者であるセカンド九名とそれに比肩するサード一名を瞬時に制圧したその戦闘能力を見れば、荒事に関して素人である彼女であってもその凄まじさを肌で感じる事ができるのは当然なのだから。
「あれが千束に代わるDAの懐刀だ。これで漸く、あの問題児の空けた穴を埋める事が出来る」
溜息を吐きながらDA東京支部司令官、実質この組織のトップである楠木が愚痴を溢した。
錦木千束──電波塔事件以降、彼女が当時の教官であったミカと共にDAを抜けた事は戦力的に大きな損失となっており、当の本人も機密保持を理由に
近々本部から“喫茶リコリコ”へ依頼を流すことで上層部にリリベルによる千束抹殺の撤回を訴えかける予定ではあるが、それでも最大戦力である彼女が抜けた今までの穴は大きなものであった。
「ですが、彼女は一体どんな
先ほどの模擬戦で抱き続けた疑問を補佐官が吐露する。
弾丸を避けるなど本来人間には不可能な芸当であり、錦木千束がDAに在籍していた頃を実際に知らない彼女は初めて見るその所業にただただ驚愕していた。
そんな彼女に、楠木は手元の資料を読み解く。
「本人曰く開花した“第六感”。詰まるところ“勘”だ。
虫の知らせとの言い方もある。響奏自身は線でそれを認識できるというが、例え目隠しをしようとも大まかな狙いは把握できるらしい」
狙撃を行うにも照準を定めた瞬間に
放たれた弾丸を避けるほどの反射神経と身体能力。
第六感を応用した精密な射撃。
揺るがぬ殺意で任務に臨む冷徹さ。
まさしく、錦木千束を越え得る
「荒唐無稽にも程があります。射線を認識したり、自分に対しての害意が勘でわかるなんて……」
「“才能”とはそういう非常識なものを指す言葉だ」
それでも信じられないと言った様子に、楠木は才能のなんたるかを説く。
「賢者と愚者の見渡す世界の広さに差があるように、天才と凡人では認識する世界そのものが異なる……しかし、あれ程の才能を“アラン・アダムズ”は何処で掘り当てたのやら」
モニターに映る少女の首にかけられた“フクロウ”のチャームを見て、呟く。
それこそが神から
しかしいくらDAがこの国の政府以上の権限と数々の特権を有していようとも、世界中で暗躍する“彼ら”の存在に辿り着く事は不可能である──否、厳密には機関と接触した人間はDAにも一人存在したが、それに楠木が関与する事は結局なかった。
「
手元の資料を一瞥し、楠木は件の少女の名前を呟いた。
DAで探索し抹消した経歴は、この国でありがちな孤児のそれであり不審なものはなく、適正診断における精神鑑定も正常。
なんら問題はない様に見えた──しかし。その来歴に見合わぬ当人の卓越した能力に、小骨が喉奥に引っかかったような違和感を覚える。
「……いや、考えすぎか」
少し過敏になりすぎたかと
先ほど己も言った様に才能とはそう言った理外の領域に存在する非常識なものだと、自分に納得させた。
やがて外套を翻し、司令室へ戻ろうと秘書を引き連れ歩みを進める。
──“平和”な日本を、今日も維持する為に。
█
足音を殺し、気配を殺し、呼吸を殺す。
「……ぁ、き」
己の存在自体を消し去り影に溶け込み“暗殺”を行う。
久方振りに感じた
今しがた殺した男の持っていた鞄を開けば、そこにあったのは作動前の時限爆弾。
素人の作った爆発物の解除など容易いもので、すぐさま配線を確認し最短経路で無力化する。
この男の死は、これで無意味無価値なものとなった。
男の死と爆弾の無力化を再度確認し、私は端末を起動し本部へ連絡を入れる。
「こちらα1。対象の抹殺、並びに爆弾の解除を完了。回収願う」
『こちら司令部、ラジアータを通して任務の完遂を確認。撤収を許可。これにて“実地試験”を終了。α1──貴官の辞令に関しては後日京都支部へ伝達する』
「
──嗚呼、つまらないひと時だった。
連絡を切り上げ、まず感じたのは虚無感。
DA京都支部で戦果を挙げ、本部からの転属を視野に入れた試験を行うと聞いたときには心躍ったあの時の高揚感は、全くの空振りであった。
とんだ無駄足です。錦木千束のいないあの場所に“価値”はない。
逢えると思った。もう一度あの愛らしい姿を視界に収められると期待していた。しかし、漸く愛おしい人と対面できるのだと浮き足立った心は裏切られる事となる。
電波塔事件以来、錦木千束はDA本部から自主的に退いたと聞いた時に感じた絶望感がまた、胸を穿った。
そんな本部で私を待っていたのは単なる身体測定に、自分が異常者だと自認できていれば余裕でパスできる様な形式ばった精神鑑定。
リコリスを相手にした模擬戦とこの実地試験での暗殺で少しは溜飲が下がったものの、期待を裏切られた事への苛立ちが心に積もりゆく。
「……はぁ。こんな事なら、日がな一日京都でたきなを愛でて居たかったです」
私の京都への帰還は明日の昼ごろ。
愛しい人にも可愛い妹にも逢えず殺しを我慢しながら一晩を過ごせなど、あまりにも殺生な……。
おのれDA。もし真島がいれば彼と共に貴方達を壊滅させていましたよ。
「……何処かに甘味処はあったでしょうか」
殺しほどではありませんが、私は甘味が好きだ。
京都で初めて和菓子というものを食べ感動で咽せてしまった過去がある程、私は甘いものに目がない。
DA本部施設が存在する山梨の富士山麓から実地試験の東京まで4時間も電車に揺られた身体が、どうしようもなく甘味を求めてる。
「──おや?」
確か今の私の現在地は錦糸町、でしたか。
歩みを進めて何処か休める場所を求めれば、ふと静かな下町の一角には不自然な木造建築が目につく。
モダンながらも落ち着いたデザイン。
ステンドグラス調の窓と飾られた草花が醸す、小洒落た雰囲気が感じさせる魅力故に思わず足が止まってしまう。
そしてそこに私の欲しい甘味を思わせる『喫茶』の文字が記された看板が目に入れば、思わず自然と扉に手がかかるのも仕方のない事だ。
チリン、と取り付けられたベルが鳴る。
コーヒーのふわりとした香りが鼻腔を擽り心地いい。店構えは和風で、落ち着きを感じさせながらも閑古鳥が鳴いているようで、他の客はいない。
カウンターには京都でも見たことのある“着物”に似た服を着た男性が一人と、同じ様な衣装を身に纏いカウンター席の隅に座って本をパラパラと捲る女性が一人。
──私の
「いらっしゃーい!」
殺人鬼としての観察眼が御二方の反応の変化を感じ取ったその時、仕事場に通ずると思われる襖の向こうから年若さを感じさせる声が耳を撫でた。
横に開かれる襖から、私と同じほどの体躯をした少女が身をだし──は?
「え、リコリス……しかもファーストじゃん!
もしかしてまた私なんかしちゃった!?」
私の姿を見て、少女が驚愕を言葉にする。
そしてそれは、私も同じだった。
「───ちさ、と」
名前を、呼ぶ。
誰よりも愛しい貴女の名前を。
片時も忘れた事のない大好きな貴女の名前を。
あぁ、嗚呼。逢いたかった。私はずっと貴女に……。
歓喜に身体が震える。
そして、押し寄せる衝動を必死に“我慢”する。
抑えろ。抑えろ。抑えろ。
この“運命”を此処で終わらせるなんて──そんな
あぁ、でも私は──貴女を