クレイジーサイコレズ系主人公が錦木千束の心臓を死ぬほど欲しがる話   作:靉靆 

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#07 To be, or not to be, that is the question

 

 

 

 

 

「へぇ、じゃあ響奏さんは転属組なんですね」

「ええ。まだ正式な辞令は降っていませんが、問題はないでしょう」

 

 

 パフェの甘味に舌鼓を打ちながら、隣で微笑むその美貌に見惚れる。

 

 殺したい。

 

 黒蜜の甘みと抹茶の渋みが調和を奏でる。柔らかな白玉を舌に転がせ噛み締めれば、もちもちとした食感に口の中が喜びで溢れた。

 

 犯したい。

 

 錦木千束スペシャルエレガントパフェというこの甘味。彼女の名前が刻まれたものであるならば食べない選択肢など存在しない。

 なんでも千束の気分次第で内容が豪華になっていくそうで、目の前の店主はおかげで赤字ギリギリだと嘆いていた。

 

 陵辱(アイ)したい。

 

 脳を駆け巡り胸を穿つ衝動が己を縛り付けているなけなしの理性を破壊する。

 黙れ。黙れ。黙れ。

 抑えろよ殺人鬼(わたし)、今はまだ“我慢”しろ。

 

 

「うわ、すっごい自信ですね」

「事実ですので。それと敬語は不要ですよ、千束」

「本当〜?それじゃお言葉に甘えて」

 

 

 千束がその微笑みを此方に向けてくれる度に、下腹部が熱くなる。

 その甘い声色が耳を撫でる度に、言いようのない絶頂を覚える。

 滑らかに机をなぞるその美しい指先を(ねぶ)り、艶やかな金色混じりの白髪を嗅ぎたい。

 

 殺したい。犯したい。陵辱したい。

 抑えろ。抑えろ。抑えろ。

 我欲を殺せ。邪念を殺せ。衝動を圧し殺せ。

 

 殺人鬼としての活動を行うに際して、近接格闘と暗器術の次に極めたのが演技力で本当に良かったと思わずにいられない。

 そうでなければ私はとっくに涎を垂らしながら頬を紅潮させ、目を血走らせてたに違いないだろう。

 

 仮面を被る。己はただのリコリスであり、錦木千束とは()()()だと錯覚しろ。

 

 

「いやーそれにしても最初に響奏さんが来た時はビックリしちゃった」

 

 

 千束の言葉と共に、先ほどの邂逅を想起する。

 

 ちくり、と胸が痛くなった。

 

 最初は警戒の色を浮かべていた瞳を見て、私のことを覚えていてくれたのかと自分にとっては不都合ながらも喜ばしい期待を抱いていました。

 

 しかしやがてその警戒心が殺人鬼(わたし)に向けられたものでないと理解すれば、身体から熱が引いていくのを自覚する。

 

 懊悩と悔しさに歯噛みして偶然この店に来店したのだと説明すれば、千束は納得した表情を見せて私を席に案内してくれた……それが、なんだかとても悲しくて仕方がない。

 

 確かに六年も昔のことですし、マスクで口元を隠して左眼を失っていたあの時の私から今の私へと結びつけるのは難しいでしょう。

 

 でも……私は貴女のことを片時も忘れずに想い続けていたというのに、貴女は私に気づいてくれないのかと理不尽だと分かっていながらも胸のモヤモヤが収まらない。

 

 

「とうとう私もリリベルだけじゃなくリコリスにも命を狙われるようになったか〜ってね」

「“狙われる”?」

 

 

 千束から告げられた思わぬ情報に、甘味を掬う(スプーン)を動かす手が止まってしまった。

 

 

「そーなのよ、私ってば勝手に本部を抜けちゃったから機密保持やらを理由に刺客(リリベル)から狙われてるんだよね〜あっ、響奏さんはリリベルって知ってる?」

「名前だけなら……ファーストの権限で資料を閲覧して存じてます」

 

 

 知ってるも何もかつて奴ら(リリベル)の部隊を壊滅させたのは私だ。

 

 表面上は平静を保ち会話を続けていても、内側でどうしようもなく暴れ狂う“怒り”を抑えるのに精一杯な現状に味覚が機能しない。

 

 狙われる? 千束の命が? つまりは殺すと?

 

──巫山戯るなよ。

 

 この感情は表に出すな。思考をクリアに保ち、表情筋に力を入れ、喉を這う罵詈雑言を胸中に抑えろ。

 

 クソが、クソが。殺す、殺す……!

 あぁッ!巫山戯るなよ塵屑(クズ)が……ッ身の程を弁えろよ塵芥(ゴミ)共が……!

 

 殺意を抑えろ、殺す

 怒りを我慢しろ、殺す

 感情を抑制しろ、殺す

 

 千束が私以外の誰かに殺されるなんて、そんなことを考えただけで喉を掻き毟りたくなるほどの吐き気と痒みを覚える。

 

 

──血塗れで倒れる千束と、それを傍観するしかない私を想像する。

 

──機械仕掛けの心臓を抉られた千束と、その傍らで慟哭を溢す私を想像する。

 

──私の目の前で、有象無象の塵屑が千束を嬲り殺す情景を想像する。

 

 

 嫌だ。いやだ。やだやだやだやだやだ!

 千束は私が(ころ)さないとやだ……!

 

 わかってる。千束ならそんな有象無象に殺されるはずなんかないと分かっているはずなのに、不安が膨れ上がってしょうがない。

 

 もしも、千束が死んでしまったら。

 もしも、千束の心臓が止まってしまったら

 もしも、千束が私以外に殺されてしまったら。 

 

 吐き気がする。頭が痛い。胸が張り裂けそうな程に苦しくて辛い。

 私の“初恋”がそんな終わり方をして良いはずがない。

 千束を殺して良いのは私だけだ。

 私を殺して良いのは千束と()()()だけだ。

 

 あぁ、そうだ──そんな“もしも”が訪れるくらいなら、今此処で千束を……!

 

 千束。千束……私だけの愛しい人。

 まずは私の本性を告げてみましょう。

 覚えているだろうか。肩の傷は今でも残ってるだろうか。

 

 殺意を静かに醸し、太腿に巻き付けたホルダーに収納されたコンバットナイフを引き抜くため柄に触れ──。

 

 

「──久しぶりの同世代の女子にはしゃいでるなー千束のやつ。それにしても京都ねぇ……良い男いる?」

「ミズキ、止めなさい」

 

 

 外野の声に、動作が止まった。

 殺意が飛散する。思考に一時の空白が訪れ、その間隙に理性を取り戻す。

 

 ……そうだ。思い出せよ私、そもそも殺意の衝動を我慢し続ける理由の一つがこの状況だろう。

 

 カウンター席の隅で婚活雑誌と睨めっこをしてるミズキと言う店員と、目の前で優雅に珈琲を淹れるミカと言う伊達男が私と千束の殺し合い(まぐわい)における不純物に他ならないからだ。

 

 或いはこの二人を殺すなりすれば千束はその憎悪を殺意として私に向けてくれるかと僅かばかりの期待を抱くが、どの道()()()()私と千束の“運命”に相応しい時と場所じゃない。

 

 浪漫主義者(ロマンチスト)を気取るなら殺意を抑えて“その時”を待てよ霧霞響奏。幾星霜だろうと待つと誓ったのを忘れたか愚昧が。

 

 千束が私以外に殺されるなど、そんなことがあるはずもないし私が許さない。

 

 

「あれ。栗きんとん残してるけど、もしかして苦手だった?」

 

 

 混沌とした思考回路に脳内が濁ろうとも、その声を聞けばある種の清涼感すら感じる。

 千束が指差す私のパフェの器には、最初は頂点に置かれていた栗きんとんがぽつんと一つだけ残っている。

 

 

「いえ──私、好きなものは最後に食べる主義なので」

 

 

 そして最後の楽しみを匙で掬い口に含めば、擦られたものとカットされた栗の食感が口の中をまた幸せにする。

 

 

「ご馳走様でした──ありがとうございます、千束。貴女のお陰で間食がより楽しめました」

「どーいたしまして〜」

 

 

 日本に来てからすっかりと慣れた食事の挨拶。手を合わせ、自分の糧となる食材への感謝を込めるらしい。

 千束が此方に微笑みかけてくれる。可愛い。殺したい。

 

 

「美味しかったです、ミカさん。京都の銘菓に劣らぬ味わいでした」

「ありがとう。そう言って貰えて嬉しいよ」

 

 

 会計を済ませて店主であるミカさんに感謝を述べる。この国にチップの文化がないのが残念で仕方がないと思うほどに良い甘味だった。

 ……もう少し此処に滞在して舌に残る甘味の味わいに浸るのも悪くないが、これ以上は限界だ。衝動を圧し殺しすぎて今しがた食べたパフェを吐き出してしまえば申し訳ない。

 

「──響奏さん」

 

 席を立ち名残惜しさを感じながらドアノブに触れると、後ろからまた愛しい人の美声が此方を呼ぶ。

 振り返ると、どこかワクワクとした様子で千束が私の手を両の手で包み込む様につかんで…え…っ!?

 

 

「──ひゃっ!?」

「また来てね、私も響奏さんと話せて楽しかったから」

 

 

──手、おてて。ちしゃ、ちさとのおてて……すべすべおてて!?

 

 ぎゅっと握られた手から千束の体温を感じて、思わず叫びそうになった。

 

 待って、無理です。なんですかこの娘は……! 

 私がどれだけ我慢してるのかも知らずこんなスキンシップを…あっ、顔近い。良い匂い。もうむり、殺したい……。

 

 だけど我慢です。我慢、我慢、我慢我慢我慢がまんがまんがまん……!

 

 

「は、はい……また、また来ましゅ!」

 

 

 噛んでしまった。

 恥ずかしい。死にたい。殺したい。

 

 店の玄関まで私を見送り、快活な笑顔を見せる千束に小さく手を振って足速に去り角を曲がって三角座りで蹲る。

 

 

「……千束のおてて」

 

 

 自分の両の掌を見つめ。顔を埋める。六年振りに感じる千束の残り香で身体が火照った。

 ……すべすべ、ぽかぽか。小さくて可愛いらしい手のひらを思い出してしまえばどうしようもなく衝動が加速する。

 

 

「真島。アラン機関。ありがとうございます」

 

 

 普段は胸元に隠し入れている梟のチャームを取り出し撫でる。彼らのお陰で私は自分の運命と出逢い、リコリスとして千束とあそこまで親密に近づけることができたと考えれば自然と感謝が言葉に出た。

 

 

「……たきなへのお土産はどうしましょう」

 

 日没までは時間がありますし、次はたきなへの土産を模索しましょう。名残惜しいですが──次に会えば、暫く彼女と顔を合わせることはないだろうから。

 

 

 

 

 

 

 █

 

 

 

 

 

 

 

 

 血を流す。

 己のものでなく、この国の平和に仇なす逆賊の血を浴びるほどに。

 火薬が破裂し、排出された薬莢が硝煙の匂いと黒煙を纏いながら地面へと落ちてゆく。

 銃爪(ひきがね)を引くたびに、命が散った。

 

 俺たちの棲むこの闇に光は射さない。

 

 肌に浴びた血の匂いが掻き消えることはなく、己の命すら平和の礎の一つと定める。

 

 嗚呼、だけどそれでいい。俺たちは所詮殺しの走狗。命と棲家の恩義に報いるため、舌を出しながら服従の証に腹を見せよう。

 

 我ら涙枯し狼の群れなれば、影に潜み、煙の中を進み征く。

 

 この生き方に悔いは無い──君影草(リリベル)とは即ち、闇夜に咲く毒を蓄えた花なのだから。

 

 

 

 

 

 足音を消し、呼吸を殺し、気配を絶つ。

 愛銃であるグロック17の弾倉(マガジン)に弾丸を込め、消音器(サプレッサー)を装着し“暗殺”の準備を整え俺たちは暗闇の中を蠢いた。

 

 

「こちらαチーム。標的の仮拠点(セーフハウス)付近に到着。これより作戦に入ります」

『こちら司令部。標的仮拠点カメラへのハッキング完了。行動に移れ』

「──了解」

 

 

 今宵、俺たちは狼となる。

 人肉を喰らい我欲を満たそうと、夜の闇に紛れて四肢を狩りの熱に浮き足立たせながら牙を剥く。

 

「先輩……だ、大丈夫なんですかね?」

 

 背後から縋る様な腑抜けた声が俺を呼び止める。

 この部隊の中では一番階級の低いサードリリベルの後輩だ。臆病な面が目立つ奴だが、俺たちの様な殺しの走狗にはそう言った“臆病さ”が武器になるのもいる。

 

 

「心配すんな。死にはしねえよ」

 

 

 本来なら作戦行動中の私語は咎めるべきなのだろうが、このまま緊張でコイツが使い物にならなきゃチーム全体の士気に関わると判断し返答する。

 

 

「でも、相手は最強のリコリスなんですよね… ?リリベルの精鋭が何度も任務に失敗したあの……」

「ハッ、ビビんなよ後輩。隊長も言ったろ?

 死に“は”しねえよ──死ぬほど痛い思いはするかもだがな」

「任務中に動揺するな。何年目だよお前……まぁなんだ、弾が外れてもお前の腕が悪いわけじゃないから気にするな」

 

 

 それでも目を泳がす後輩を部隊の副隊長と、今作戦における俺の部下であるセカンドリリベルが意味深なセリフで脅かす。

 まぁそうだな……確かに死にはしねえが、()()に撃たれるのは痛えんだよなぁ……当たりどころが悪かったら普通に骨折するし。

 それに加えてこっちの銃弾は当たらねえなんてズルすぎんだろ。

 

「安心しろ。奴の“噂”は事実だ……実際俺も、過去に三回この任務に配属されたしな」

 

 そして俺が、()()()に敗北しこの任務を失敗した回数でもある。

 錦木千束──不殺主義を掲げた異端のリコリス。

 そして、俺たち(リリベル)の存在意義を奪った遠因。

 俺含むリリベルのファーストですら手も足も出なかった化け物のことを思い出し、身震いする。

 

 

「決して油断はするな。俺たちに与えられた任務は錦木千束の抹殺──組織に拾われた恩と先輩方の無念を胸に刻み堂々と臨め」

「──はい!」

 

 

 先ほどまで挙動不審だった後輩が意気揚々と返事をした。

 良い目だ。覚悟を決めた男の目。いつ死ぬかわからねえ俺たちだが、少なくともその命日は今日じゃない。

 

 影に潜み、ハンドサインで全体へ指示を出す。

 今回の仮拠点は以前突入したマンションの一部屋と違い戸建だ。民間人を巻き込まないために周囲の建物は全て本部がダミーの戸籍で登録し偽装工作を行なっているため全くの無人。

 更に感知システムの類は妨害(ジャミング)済みであり、俺たちは気配を殺し物音を立てない様に忍び寄るだけで良い。

 

 庭先に侵入し、そして次は扉のピッキングを──。

 

 

「せ、先輩……!」

「──なんだ、作戦中だぞ」

 

 

 冷静さと静寂が求められる緊迫した状況下で声を荒げる後輩に苛立ちが積もるが──生まれたばかりの子鹿のように震える姿を見て、只事のなさを肌で感じる。

 

「どうした、何があった?」

 

 サードのコイツがこの任務に抜擢された理由がその類い稀なる危機察知能力だと言う本部からの報せを思い出し、とりあえず落ち着かせるために優しく後輩の肩に手を置いた。

 

「なにか、何かいます…!」

 

 その言葉に、後輩を除く全員が銃を構えて配置につく。扉を背に辺りを満遍なく見通せるようにして全員がそれぞれ別々の方向を注視し、感覚を研ぎ澄ませた。

 

……錦木千束か? 本部の監視網を掻い潜り俺たちの襲撃を事前に予測していたとでも言うのか……?

 

 

「総員警戒、一度裏口に──」

「五人ですか。ファースト一名にセカンド三名、そしてサードが一名」

 

 

 声が、聞こえた。

 年若い少女のそれと分かる高い声が、夜の闇に溶け込み響き渡る。

 次に聞こえたのは足音。この間近で漸く聞こえ出したと言うことは、今あえて音を鳴らしたのだろう。

 

 雲の切れ目から顔を出した月の光が、やがて目の前の“ナニカ”の姿を照らした。

 

 

「舐めるなよ塵屑(ゴミ)が。()()()を狙うのにこれだけの戦力で足りるとでも?」

 

 

 その赤い制服に、視線が行く。

 

「ファーストリコリス……だと?」

 

 だが錦木千束もファーストの階級であり制服の色だけなら俺も驚きはしない。次に視界を移し、その女の顔を見た瞬間──己の中の時が止まった。

 

 美しい、少女だった。

 身長やそのあどけなさを感じる幼い顔立ちから俺との歳の差は四、五歳ほどだと推測できるが、その美貌に思わず見惚れてしまった。

 

 しかし、その小さな身体から漂う濃密な殺気に当てられ、もはや反射の域で俺は銃の照準をファーストリコリスの少女に向けていた。

 

 コイツはヤバい。

 後輩のように優れた察知能力(センサー)を持たない俺でも、これまでの死線を潜ってきた経験から肌で分かる──この少女は、怪物だ。

 

 

「──殺す。殺す。殺す殺す殺す殺す殺す。

 人が何本の骨で形を保ってるのかを理解させ殺す。

 臓物の暖かさを実感させながら殺す。

 己の心の臓腑の鼓動を聴かせながら殺す。

 脳味噌が抉れる不快感を覚えさせながら殺す」

 

 

 お姫様みてえな見た目からは考えられない物騒な人語に、チーム全員の身が強張る。

 しかし銃の照準はブレることなく目の前の怪物へと向けられていた。流石だお前ら、生き残ったらメシでも奢ってやる。

 

 

「──慄け劣等。今宵此処に、殺人鬼(わたし)が蘇る」

 

 

 怖気が全身を走り気持ちが悪い。それなのに──月明かりに照らされた怪物の姿が綺麗だと、そう思った。

 

 

 

 







状況:ストーカー同士の鉢合わせ



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