ぷるぷる、ぼく悪いメモリだよ 作:裏風都の浮浪者
ソレが目を覚ましたのは――機械に目を覚ますという表現が当てはまるのならば――怪しげなガラスケースの中で幾本かのコードをつながれた状態で、多数の白衣を着た人物に観察されながらという状況であった。
「シーズンメモリ、ライブモードでの起動を確認」
白衣の一人がそんなことを言いながら手元のキーボードを操作すると、コードは弾かれるようにソレから離れ、ガラスケースの底面に投げ出される。
自由になったその姿は例えるならば機械の小人。街の若者であればロボット物のアクションフィギュアとでも称しただろうか。小さな人型は立ち上がり、ガラスケース越しに周囲を見渡す。
「自分が何者か分かるか?」
キーボードを操作しているのとは別の白衣が呼びかけるとソレはそちらの方を振り返り、自身の記憶領域に刻まれたデータの中から必要な物を一瞬で閲覧し終えると、内蔵されたスピーカーから声を発した。
「ぼくはガイアメモリを始めとする複数の技術を合わせた自律型ガジェットの実験機。名称はシーズンメモリだ。それで、ぼくの使用者はどこ? ガイアメモリは人に挿さなければ音の出るオモチャに過ぎない」
「……受け答えができています。しかも質問や自分の意見まで」
「成功の、ようだな。それも想定以上に……しかしなぜ突然動き出した? その要因は?」
「分かりません。直前に外部から操作された形跡も無いようです」
白衣たちはシーズンメモリの様子に喜色と、それ以上の困惑を浮かべる。もちろん理論上は今のように起動し、こうして会話ができるように設計していたのだから当然の結果であるはずなのだが、どういう訳か今まで起動はうまくいっていなかったのだ。それがこれまたどういう訳か、今度は
成功は好ましいものだが、まさか”よくわかりませんが動きました”などと上に報告するわけにもいかず白衣たちはシーズンメモリを尻目にああでもないこうでもないと悠長に議論し始める。
(まさかガイアメモリに
白衣が自分から目をそらしたのでシーズンメモリの中のソレは自分の考えごとに意識を向ける。ソレ、否、彼は自らのことを人間の男性と認識しており、見下ろせば視界に入る手のひらサイズの機械の体に自分の意識がインプットされているという事実、およびこの状況には目の前の白衣たち以上の困惑を抱いている。
何せ彼にとってガイアメモリ――人間を怪物に変える悪魔の小箱――というのはフィクションに登場する架空のアイテムであり、先ほど言ったような”音の出るオモチャ”以上の物は実在しないというのが彼の暮らしていた世界の常識だったはずなのだから。
(こいつらがとんでもなくマッドなオタクこじらせサークルって訳じゃないなら、ミュージアムか財団Xか……そういうのが居る世界に来たってことになる。死んだ記憶はないけど、転生でもした? いや、妙にリアルな夢って方が説得力があるな、うん)
現実逃避か、彼からすれば現実を見ているつもりなのか、この状況に至った経緯を夢の一言ですませて一旦隅に置いておくことにした彼は、議論がひと段落したらしい白衣にガラスケースごと運ばれながら自身の機能を確認していく。
(見た目通り手足が使えるし、こんなケースの中だからテストはできてないけど、内部データによると飛行能力があるらしい。この手のアイテムらしく頑丈な特殊素材で作られてるみたいだから
「着いたぞ、お前の使用者候補の部屋だ」
白衣に声を掛けられ顔を上げると同時にスライドドアが開き、簡素な寝室のような場所に運び込まれる。
部屋のベッドには病衣の少女が腰かけており、ドアが開いたことで首をこちらに向けている。歳は中学生くらいだろうか。黒い髪は雑に短く切りそろえられており、とてもまともな手入れがされているとは思えない。その顔に浮かんでいるのは驚きでも怯えでもなく、白衣の連中への嫌悪感とそれすら鈍らせるほどの諦めの感情だった。今度はいったい何をされるのかと溜息の一つでも吐きたいが、もはやそんな気力すら残っていないという様子だ。
(いかにも妙な実験に使われてますって感じの女の子だ。お、記憶領域にデータが有るな……ガイアメモリの毒素への耐性向上実験の被験者か。おいおい、観光バスごと攫ってきたとか書いてあるぞ? 残りの乗客と運転手はどうした? 予想はしてたけどやっぱりこいつらクズだな)
シーズンメモリが内心で冷ややかな視線を白衣の連中に送っていると、それには気づかず一人の白衣が上機嫌な様子で少女に語り掛け始めた。
「新しいメモリを用意した。見た目は違うが、することは大体いつも通りだ」
「……」
言われた少女は立ち上がり、病衣の袖をまくって白衣に腕を差し出した。
それを見たシーズンメモリは、もし顔に表情が浮かぶ仕様となっていたなら最大限不愉快そうに歪めていただろう心地になる。少女の腕には四角い刺青のような物、データ及び彼の知識にもある”ガイアメモリの生体コネクタ”が無数に刻まれていた。ドライバーと呼ばれる特殊な機械を介さずにガイアメモリを使用するために必要な物であり、これが刻まれている数だけ別種のガイアメモリを使用したという事になる。少女の腕はコネクタの無い場所の方が少ないほどで、ほとんど真っ黒になっていた。一体何本のガイアメモリを使わされたのか、数えるのも馬鹿馬鹿しくなる。
(まるで井坂、いやもっとひどいぞこれは……クソが)
彼の記憶の中の井坂という人物は多数のガイアメモリを使用し、怪人としての自身の力を増していった結果、体のいたるところにコネクタが刻まれており、その最期は毒素に蝕まれて消滅というものとなった。
ガイアメモリの毒素というものは1本分でも常人が摂取すれば凶暴化などの無視できない影響が出る危険なものだ。この少女はどんな手段を使ったのか耐性を強化されているらしいが、流石にこんな30や40でも足りない本数を挿されて平気でいられるものではないだろう。自ら進んでやった井坂ならともかく、攫われて有無を言わさず試されたというのはあまりにも胸糞悪い。
「ああ、今回コネクタは刻まない。私について来るんだ」
「……?」
表情が顔に出ない上に黙っているシーズンメモリの苛立ちと嫌悪感に気づくはずもなく、白衣は少女とシーズンメモリを連れて別の部屋へと移動する。特殊金属製であろう分厚い壁に四方を囲まれたその部屋の中央で白衣は少女に銀色の機械を手渡した。
(ガイアドライバー! やっぱり俺って
少女が渡されたガイアドライバーを腰に装着したのを確認した白衣はケースを開く。
「シーズン。変身機能のテストだ。メモリモードに変形しろ」
「うん、わかったよ」
従順なフリをしてシーズンメモリは開いたケースから飛び上がる。背中にはそれぞれが違う色に輝くトンボのような羽が4枚出現し、それによって一旦空中で静止した後その体を折りたたみ、展開し、腹部に収納されていた、骨のようなものがまとわりついた小箱を露出させるとガイアドライバーの中央部、ガイアメモリ装填スロットに向けて一直線に飛び込む。
『ウィンター』
それまでのシーズンメモリとは違う低い男性の声でその名が読み上げられるとともにメモリはガイアドライバーのバックルに沈み込んでいき、外部に残った4枚の光の羽がXの字を描くように開き、無骨な銀のバックルを輝く風車が派手に彩った。
変身が完了したところで、一旦離れて強化ガラスの向こうから様子を見ていた白衣たちがすぐそばまで戻ってきて様子を観察し始める。
「変身は成功、毒素による異変も見られない」
「上出来だな。ドライバーを通してなお、常人であれば即死するほどの毒素のはずだ」
ずんぐりとした白い巨体に変貌した少女の姿を見た白衣の連中が事も無げに話し合っている内容が耳に入った瞬間、その体がビクリと震えたのをシーズンメモリは認識する。
――もう嫌だ
少女は声を発していないが、確かにそう聞こえた。
ドライバーを通して一体化したことによって、一目見たときの印象とは逆に少女がいつ何の手違いで死ぬか分からない実験の日々に耐えがたい恐怖を覚えている事と、それがほとんど表に出てこないくらいにその精神が擦り切れているという事が
(ダブルドライバーもこんな感覚なのかな、体も俺の意思である程度は動かせる)
否応なく次々と流れ込んできて実感してしまう少女の苦しみの大きさに、言われるまま安易に変身してしまったことへの激しい罪悪感を覚える。募った彼の苛立ちは八つ当たり気味に限界を超え、白衣の連中への殺意へと至った。
「凍ってしまえよ」
文字通り冷たく言い放つとともに異形と化した”彼ら”の周囲は一瞬にして極寒の冷気に包まれる。
「!」
「――-!!」
白衣の連中は突然のことにも素早く反応し、ポケットから何かを取り出した。しかしもう遅い。その動きはそこで止まる。瞬く間に部屋の中にはガイアメモリや何かのリモコンのような装置――
好評なら続きます
本人からは見えてませんがドーパントの見た目は白いオリオン・ゾディアーツです。