ぷるぷる、ぼく悪いメモリだよ 作:裏風都の浮浪者
風都警察病院。
ガイアメモリを使用した他者への襲撃行為は言い訳不可能な犯罪であり、メモリブレイクを受けてその力を失い人に戻ったとしても逮捕は免れない。とはいえ、警察もメモリブレイクのダメージで立つことすらままならない人間をそのまま檻にぶち込むような非道な組織ではない。
ここにはそういう元ドーパントがひとまずの治療を受けるためよく運び込まれる。
シズたちを襲撃した五人の白服も例外ではなくここに運び込まれ、いずれ始まる取り調べを震えて待つ身となっていた。
ふと、白服の一人が自分たちの元へ近づいて来る足音に気づく。監視の警官が交代の時間でも迎えたのだろうと思っていたが、どこか慌てたような警官の声と、直後に響いた鈍い衝撃音が何かの異変を感じさせた。警官の声が止み、近づいて来る重厚な足音のみが響く。
やがて足音が部屋の前で止まると、施錠された扉が突如として真っ二つに分かれ、密室に出入り口を作り上げる。それを成した、幅の広い真っ赤な刀が扉のあった位置から廊下の方へ引っ込むと、風が渦巻くような音がした後で持ち主と思われる人物が部屋へと入ってきた。ただしまるでどこかへ消え去ってしまったかのように、その手に刀は無い。
その人物はフードを目深に被って顔を影で覆い隠していたが、すぐにそれを取り払って素顔を見せた。出てきたのは二十代半ばくらいの女の顔。
「ご無事ですか、皆さん?」
人当たりのよさそうな柔らかな笑みを浮かべるその顔を見た白服たちは安堵したように息をつく。
「星原さんか。ああ、なんとか……だが、見ればわかると思うが
名を呼ばれた女は笑みを深くし、横たわる白服たちの元へゆっくりと歩み寄っていく。その手に握られているのは一本のガイアメモリ――それもダブルが使うような、骨の装飾が無いタイプの物――で、一番近くに横たわっていた白服の眼前でそれを起動した。
「それは残念です。しかし皆さんがご無事なら、ひとまずは問題ありません。ここへ出向いた用事は済ませられますので」
『シーズン』
「星原さん? 何を……!」
躊躇なく男の首に押し当てられた
「やはり
「まってくれ……! あんた、助けに来てくれたんじゃ……」
「そんなわけないじゃないですか」
『シーズン』
命乞いを始めた白服たちは一人の例外もなく、躊躇なく突き立てられたメモリに内側から粉々に分解され、物言わぬ塵となって部屋の中に散っていく。
それを見届けた女、
ふと、騒ぎを聞きつけたのか、複数の足音が近づいてきているのを感じ取った数枝はフードを被り直し、背後に軽く手をかざす。
その何もない空間が、服やカバンの開閉に使うジッパーのような物に引き裂かれて別の場所へとつながる。さっと数枝がその裂け目をくぐるとジッパーがゆっくりと閉じ、空間を元に戻していく。
「動くな!」
直後に、真っ二つにされた扉の隙間から転がり込んできた赤いジャケットの男の視界に映ったのは、ほとんど閉じきったジッパーと、フードを被った後姿。そして部屋に散乱する黒い塵。
「口封じか」
閉まり切ったジッパーが消失するのを見届けた後で男、
「シーズンメモリの実験結果が届いたか……やはり通常の人間では扱えないようだ。どう対策するべきか。ボスは問題ないと言うが、
暗い部屋の中、唯一光を放つモニターと向き合いながらキーボードを操作する白衣の男。気だるげな様子とは裏腹にその目だけは爛々と輝いてモニターに表示される文字を追っている。
「ずいぶん面白い研究をしているようだね」
「……どうやって入って来たんだい? ここは
「入って来た、か。そうは言わない。降って来たと言うのさ。我々の”街”では。しかし不思議なものだね、この部屋は。入り口がどこにもない。君はどうやって出入りしているのかな?」
いつの間にか背後に立っていた長髪の男に、白衣の男は振り返らずに応対する。あまり礼儀正しい態度とは言えないが、相手は侵入者だ。そんなことを構うつもりなどなかったし、長髪の方も気分を害した様子は無い。
「魔法。とでもいえば信じるかい?」
「信じるとも。それくらいは”表の街”にも溢れているからねぇ」
「まあ、ミュージアムが潰されたからって、ガイアメモリが全部自爆するわけじゃないからね……そういえば、何の用か聞いてなかったな」
ここで白衣が初めて振り返る。長髪の男は薄く笑うと手近な椅子に腰掛け、脚を組んで語り始めた。
「最初にも言ったけれど、面白い研究をしているようだったから、興味を持ったのさ。訳あって、いくつかのメモリに適合できる人員ができるだけ必要でね。まあ、取引だ」
「確かにメモリ毒素への耐性や適合率を後天的に上昇させる実験も行っている。結果は芳しくないが、資料はまとめてある。欲しければ持って行くといい。で、そちらは何をくれるのかな」
どうせそのうち凍結するだろう研究の資料くらいタダでくれてやってもいい、くらいに白衣の男は思っていたが、流石にそれは問題だというのは分かっていたし、取引という言葉を聞き逃していなかった彼は一応聞いておく。
「ガイアメモリのドライバーに関する理論だ。盗み聞きして悪いが、行き詰っているようだったし。もちろん我々が使っている物の設計図をそのまま……という訳にはいかないが、開発の助けくらいにはなるはずだ」
「……OK、取引成立だ。確かこの辺りに……ああ、あった。これだ」
「確かに受け取った。ではこちらも。さあどうぞ」
受け取った紙にさっと目を通す。確かにガイアメモリのドライバーに関する資料だった。この情報を元にどう設計するのかというところまで深く触れられたものではなかったが、有るのと無いのとでは開発速度には天と地の差が生まれる事だろう。要らない資料が欲しい情報に化けるという思いもよらない幸運に白衣が初めて笑みを見せると、長髪の方も微笑み返し、受け取った資料を手に立ち上がる。
「良い取引だったよ。ああ、帰る前に一つだけ。今後も風都で活動するなら、仮面ライダーには関わらないことをお勧めするよ」
「ちょうど私もそう思っていたところだ。ボスに伝えておこう」
「ボスという人にも挨拶しておきたかったが、ここにはいないようだし、また機会があればという事で。では失礼する。いつか君たちの中の誰かを、我々の街へ招待できる日が来ることを祈っているよ」
本人曰く”降って来た”時と同様、気づけば居なくなっていた長髪の男から受け取った資料を片手に、白衣の男はモニターの前へと舞い戻って作業を再開した。結局相手が何者だったのかということすら既に気に留めてもおらず、モニターの表示を追うその目は変わらず輝いていた。
今回の取引が原作に与える影響:美原(メガネウラ)がもうちょっとだけ強くなる