ぷるぷる、ぼく悪いメモリだよ 作:裏風都の浮浪者
(今聞こえた声と変身音、ウォズ……? 未来ノートを使ってたっぽいから白い方か?)
すずを追いかけてその場を離脱したシズの集音センサーにも仮面ライダーウォズの非常に騒がしい変身音は届いており、その困惑は湧き上がっていた悪意の奔流、すなわち
(いや、あいつがこれ以上何かしなくても、すずちゃんを消滅させてしまったらその時点で完全なアークになる)
研究所で暴れたことや、追っ手のドーパント達に挑んだこと、すずが消えかかった時、助けようと足掻くのではなく、その消滅を半ば受け入れ、連中に復讐する方向へ思考が流れていたことなど。恐らく自分は悪意を存分に振るう口実があればそれに飛びついてしまう。生まれ変わりながらにしてそうなのか、目覚めた後どこかでタガが外れたのかは定かではないが。
(どこまで逃げたんだ、すずちゃん……頼む、消えないでくれ)
バグスターやアークの力か、はたまたコズミックエナジーの影響か。叩きつけられて故障したはずのボディで何とか飛行して追いかけることはできているが、半狂乱で駆けだした人間の脚に追いつける速度は出ておらず、シズの心に焦りが募る。そもそも追いつけたとて何ができるのかも分からない。それでもまず追いつけなければ何かを試す事すらできない。
(大丈夫だ。まだ生きてる。俺が完全体になってないんだから!)
必死に自分へ言い聞かせるように繰り返して前進し続ける。
「居た!」
しばらく飛んでいると――時間にしてほんの数分だったが、異常なまでに長く感じた――前方の路地裏で蹲るように倒れているすずの姿を捉えた。
その体は既にオレンジ色のノイズと共に半透明になっており、消滅まで一刻の猶予もないのが見て取れる。
「ダメだ! 消えるなぁ!」
叫びながら近寄ればゆっくりと起き上がってシズの方を振り返る。その目は生きるために必要な力とでも言うべきものが欠片程度しか残っていないことが一目で分かるほどに濁っており、その顔に浮かんでいる表情は初めて会った時のような、恐怖すら表に出てこない、絶望で凍り付いた物だった。
「シズ……」
「気をしっかり持って! お母さんに会って、一緒に帰るんだろう!?」
大したことが言えるわけじゃない。だが必死で語り掛けた。少しでも希望を持たせられれば、そう思って。
しかしすずの目に光が戻ることは無い。恐ろしい目にあったのは確かだ。ゲーム病が急激に進行するのも分かるが、いくら何でも様子がおかしい。
「……すずちゃん?」
「逃げてる時にね、全部思い出したの」
濁った目のまま、ゆっくりと、すずは
「お母さん……とっくに、死んでる……って」
「……え?」
言い終わると同時に、その体に走るノイズが増大し始める。その勢いに輪郭が激しくブレて人の形を失いかけているのを見たシズは、声にならない絶叫を上げながら変形を始めた。
(間に合うか!? いや、間に合わせろ!)
メモリモードに変形したシズが、倒れ込んだすずの腕、乱雑に刻み込まれた生体コネクタの一つに向けて飛び込む。ドライバーをつけさせる時間など無いし、そもそもアナザーセイヴァーのところに落としてきてしまった。
数多く搭載されたどの機能が働いたのかはシズ自身にも分からなかったが、メモリは無事生体コネクタに沈み込み始める。
『オータム』
電子音と共に、コネクタから洩れるようにスパークする光――恐らく拒絶反応の類だろう――を払いのけ無理矢理自身の機能を起動させていく。
そもそもできるのかどうかは分からない、できたとしてもすずが助かるのかは分からない。
それでもこの一瞬の間に躊躇っていては、ただすずが消えて終わる。なら賭けるしかなかった。
『ラストワン』
ガイアメモリの物とは声も雰囲気も違う音声が響く。
運が良かったのか、そういう風に作られていたのか、それとも先ほどのように白ウォズが何かしたのか。
理由はどうあれ、結果はシズの狙い通りとなった。
光が収まったその場には、星座の形に並んだ球体を体に持つ怪人と、繭のようなものに包まれたすず。
その体は半透明ではなくなっており、ノイズも時々軽く走る程度になっていた。
「間に合った……それに、上手くいった」
ラストワン。コズミックエナジーによって人を
ゲーム病の進行は精神の影響を受けて肉体にもたらされる物。それらを分離させればウイルスへのストレスの供給が止まり、病状の進行が阻害されると踏んでの賭けだった。
「でもウイルスが消えたわけじゃない……完全に治すには……」
シズ、オータム・ドーパントはすずの抜け殻を抱き上げ立ち上がる。
「君と、もっといろいろ話したかったなぁ……」
これまでの二回の変身の時のような、精神のつながった感覚が無い。ドライバーを使っていないせいなのか、すずの心が機能を停止してしまったのか、それは分からなかったが、自分と彼女とはもう二度と話すことができないのだろうな、とは何となく覚悟できた。
「……どうなってんだよ」
昼下がりのとある広場で翔太郎は頭を抱えていた。約束の時間はとっくに過ぎているというのに、指定したこの場所に、
依頼人へ何度目かになる電話を掛けようかとスタッグフォンを取り出したところで、近づいて来る足音に気づいて振り返る。
「来たか、
「遅れてすみません、妙な人に絡まれてしまって……」
「なんだって? 大丈夫なのか?」
「ええ、この通り」
無事だったうえに依頼とは関係なさそうな事とはいえ、依頼人が危険な目に遭っているのにこんなところに突っ立っていた自分を内心で罵倒すると、翔太郎は帽子を脱いで頭を下げる。
「気づかなくてすまねえ」
「いえ、左さんは全く悪くないと思いますが……」
超能力者でもあるまいし流石にどうしようもないだろう、というようなことで謝罪されて反応に困った数枝は苦笑いを浮かべる。
「ところで……」
話題をそらすように……というより早く本題に入りたいとばかりに周囲を見渡し始めた数枝に、翔太郎もすぐ対応する。
「風鈴ちゃんも、ちっと遅れてるみたいなんだ。来るとは言ってくれたんだけどな」
「そうですか……」
少し寂しそうに、しかしどこか期待するような表情を浮かべたあと、何かに気づいたように視線を固定する数枝。
その視線を追った翔太郎は目を見開くことになる。
視線の先、広場に堂々と近づいて来る一体の
「おまえ……まさか妖精か?」
「ああ、そうだよ」
繭のようなものに包まれ、眠ったように動かない少女をそっと地面に下ろしてあっけらかんと答える姿を睨みつけ、翔太郎は数枝を守るように一歩前に出る。
「こいつはどういうことだ? その娘に何が起きてる?」
「端的にわかりやすく言えば……もうすぐ死ぬ。
「……おまえは、その娘を無事に帰すのが目的じゃなかったのか?」
数枝が息を飲む声を背に受けながら問いかける。その手は血がにじむほど強く握りしめられ、視線はもし質量を得たら相手を貫けるほど鋭くとがっている。
「あれを信じたのか。本当に良い奴だな……ああ、コレは返すよ」
「野郎……ッ!」
投げ渡されたスタッグフォンをキャッチした翔太郎は反対の手で怒りと共に懐から
「左さん、それは……?」
「数枝さん、下がっててくれ……風鈴ちゃんは必ず助ける」
『ジョーカー』
「変身!」
『サイクロン ジョーカー』
「「さあ、お前の罪を数えろ」」
「数えてる間にあの娘が死ぬぞ? 早く
二者はどちらからともなく歩み寄りはじめ、徐々に速度を上げて走り出し、交差するように同時に拳を突き出し合った。
オータム・ドーパントの見た目は黄色いペルセウス・ゾディアーツです。ドライバーが無いので4枚の羽根は左腕のメデューサ頭と一体化してます。