関西人ではないのでエセ口調で申し訳ない。
2018年6月、呪術総監部は以下の決定を下した。
・無縁断世、桶川雪乃、姫乃親子の拘束。及び拘束次第、現着術師による死刑執行。
無縁断世とは極稀に産まれるという、霊魂に介入し、対象を作り変えることができる霊能力者のこと。
上手くその力を利用できれば、呪術師にとっても大きな力を得る取っ掛かりとなる。
桶川雪乃が現代の無縁断世であると確認さてたのは17年前。
当時、霊能力者集団「案内屋」が保護していた彼女を総監部も利用しようと画策するが、それは叶わぬまま、10年前にその力は失われてしまったハズだった。
しかし最近になって、肉体と魂が切り離されていた桶川雪乃は生き残りの案内屋の手で復活を遂げる。
そして無縁断世の能力は、16歳になる彼女の娘にも引き継がれていた。
「10年前に消えた無縁断世が今になって蘇るとはな」
「以前と今とでは状況が違いすぎる。無縁断世が宿儺の手に落ちればこの世の終わりだ」
「もはや案内屋には任せておけぬ。無縁断世には死んでもらったほうが安心だ。無論、邪魔をするようならば案内屋もろとも」
17年前の総監部は、無縁断世の対応をしぶしぶ案内屋に譲っていた。
歴代の無縁断世に対して死か封印を強要していた彼らのシステムに口を出さなかったと言った方が正しい。
しかし当時の案内屋は歴々の処遇に従わず、桶川雪乃の保護を選ぶ。
結果、無惨にも呪霊に桶川雪乃を奪われて、力を得た呪霊による鏖殺を受けたのだから、総監部は彼らを見捨てていた。
因果応報。
理を乱した案内屋たちに下された罰だと。
「報酬は仰山払うてくれるんやろな?」
「もちろん。キミもそろそろいい年齢だ。当主になりたいというのならば助力もしよう」
総監部の人間が出した条件を聞いて、呼び出されていた執行人は歓喜の笑みを浮かべた。
彼の名は禪院直哉。
禪院家次期当主の筆頭とされている、特別一級呪術師である。
依頼を引き受けた直哉はその足で、桶川親子が住むアパートへ足を運んだ。
都内某所にあるボロアパート「うたかた荘」。
死者と生者が共同生活しているという、呪術師から見れば気色が悪いであろうその建物に。
「あまりにも隙だらけや」
門の前に立った直哉は呟いた。
無縁断世といえば、呪霊にとっては宿儺の指に匹敵するお宝であろうに無用心だと。
確かに呪霊を引き付けている様子がないだけ、何かしらの対策はしているのだろう。
しかし無縁断世は人間でも使い方によっては活用できる霊能力者。
呪詛師のように己が欲のために霊能力を行使する人間に対しての備えが足りないと直哉は読む。
(まあ……おかげで俺も楽にカタつけられそうなんやけどな)
うたかた荘の門。
境界を一歩踏み越えた直哉の背筋に悪寒が走った。
(なんや今の)
「湟神が用意してくれた結界が、まさかこんなにも早く役に立つとは思わなかったぜ」
案内屋の一人、湟神澪が用意した結界はいくつかあるのだが、今回発動したのは強い呪力に反応するもの。
生者でありつつも負のエネルギーを操る呪術師相手に特化した探知用の結界であり、この結界が反応を示したということは、うたかた荘に危害を加えようとしている「人間」の襲来に他ならない。
無縁断世である桶川母娘を処刑しようとしている直哉の存在は正しくその条件に合致していた。
「誰や? 悟くんのコスプレなんてしはって」
「俺はここの大家だよ。それよりも……ソチラさんこそウチにどういったご要件でしょうかね? 呪詛師サン」
白髪とサングラスがトレードマークの案内屋、明神冬悟は臨戦態勢で来訪者を出迎えた。
彼は知らない人間のコスプレ扱いをされても、まず相手が何者かわからないためあえて言及せずに直哉の素性をたずねる。
「俺は呪詛師やのうて、れっきとした呪術師……呪術総監部の使いでやってきた、禪院直哉っちゅうモンや。桶川雪乃と桶川姫乃の死刑が決まったから、とっとと差し出してくれへんか? 案内屋サン」
「ウチの住人を名指しして、いきなり死刑だからハイ差し出せ言われて、素直に従うワケねえだろうが」
「文句は俺やのうて呪術総監部に言ってくれや。それに俺は邪魔をするようならアンタやここに住んでいる陽魂どもを始末していいと言われておる。死にたくなかったら大人しくしぃ、偽物サン」
「誰の偽物だって!?」
「怒るということは図星やね。格好だけ真似しても、悟くんみたいに強くはならへんよ」
(さっきから悟、悟と、その悟とかいうヤツにコンプレックスでもあるのか?)
一瞬、冬悟は師匠の遺品であるサングラスとコートを指さしての偽物扱いかと思って怒鳴り返したのだが、再び言及した悟という名前にそれは違うと理解する。
だがそれは脇にどけても、姫乃らが死刑だと言うのは承知できない。
やっと二人で暮らせるようになった母娘を引き離すどころか、双方まとめて殺そうというのは悪鬼の所業である。
呪術総監部の名前は冬悟も軽く耳にしたことあるが、言ってしまえば呪術師の元締め。
呪術師でもない一介の特異霊能力者である桶川母娘を自由にする権利など、彼らにはないと判断し冬悟は直哉に抗う。
「さっきアンタは『文句は呪術総監部につけろ』と言ったよな?」
「それが何や?」
「アンタをボコって呪術総監部まで案内させてもらうぜ」
「面白い。だったら俺が勝ったら死刑執行の邪魔はするんやないで」
「やれるものならやってみろ!」
「それは俺のセリフや!」
うたかた荘の庭先で向かい合う二人。
共に速さを売りとする二人のどちらが先手を取るか。
(投写呪法で速攻や)
直哉は術式を発動し1/24秒のコマを割って動く。
事前に用意したアニメーションに合わせて肉体を動かすことで高速行動を可能にする術式に、呪力を乗せた肉体による打撃。
重さと速さ、そして衝撃に耐える肉体。
それらが生み出す力はシンプルながら強大であろう。
しかも呪霊ではなく生身の人間に対して行うのだからその威力は絶大である。
直哉という人間大の自動車に轢かれて、普通の人間が無事で済むハズがない。
(速いが……こちとら速いのには慣れっこだぜ)
だが迎え撃つ冬悟も普通の人間ではない。
その規格外の魂は視覚よりも鮮明に直哉の動きを捉えて、運動神経よりも早く反応するそれは頸放出により直哉に追従して攻撃をいなした。
(なんでフリーズせえへんのや?)
本来、投写呪法中に掌が触れた相手にも強要される1/24秒刻みの動き。
出来なければ1秒の硬直を相手に与えることが出来るのだが、冬悟はそれをモノともしない。
そのからくりは案内屋として冬悟が身につけた霊撃耐性である。
負のエネルギーである呪いを操る呪術は、呪術師が呪霊と呼ぶ存在──陰魄が使う霊能力に酷似している。
そして魂の力そのものである頸とは、呪術師にとっては反転術式に用いる正のエネルギーと同質。
正負が相殺されることで、冬悟は自分にかかる術式効果を無効にしていた。
呪術師的に言えば簡易領域に近い現象が冬悟を味方する。
(どういう術かは知らないが、案内屋の飛と同等以上の速さだぜ)
「こんのぉ……ドブカスがぁ!」
投写呪法によるフリーズができない以上、無手の組合では埒が明かない。
そう判断した直哉は下がって距離を取り、冬悟の周囲を駆け回るヒット・アンド・アウェイによる加速に切り替えた。
絶えず重ねがけをすることで加速する直哉の肉体。
それは同じ自動車に例えるにしても、先程までがファミリーカーだとすればこちらはスポーツカーだろう。
うたかた荘の壁を蹴って穴が開く。
門のブロック塀を蹴って崩れる。
加速の余波で窓ガラスにヒビが入る。
このまま加速を続けたらうたかた荘が持たない。
「死にさらせぇ!」
トップスピードに乗った直哉が肩から冬悟にぶつからん。
反応できるものかと直哉は冬悟を侮るが、冬悟のポテンシャルは直哉が想像するよりも大きかった。
(なんやその髪は)
直哉が気づいたときにはもう遅い。
冬悟の髪の毛は白髪から黒髪に変わっており、これは冬悟の頸が右腕に集約されたことで、他の箇所が常人並みになっていることを示していた。
右腕は集約しているエネルギーが弾けそうなほど。
加速する直哉を見て狙いを読んだ冬悟は、迎撃できるだけの頸を溜め込んだ結果、自ずと一点集中、白虎の型を発動させていた。
直哉の狙いが最高速まで加速した上での突進である以上、反応さえできればコースは明白である。
だから後はタイミングを合わせて置きに行く。
直哉が敷いたレールの上を冬悟が手懐けた白い虎が駆けた。
(頸蘭!)
トップスピードに乗った直哉を襲う頸の奔流。
正面衝突をしたスポーツカーが無事なはずもなく、弾き飛ばされた直哉は錐揉み落下の末に意識を失っていた。
流石にやりすぎたかと思った冬悟は治癒のエキスパートでもある澪に連絡を取って事情を話した。
彼女は死刑の件を聞くと冬悟からの電話を切り、別の誰かに連絡を入れて彼を引き連れてくる。
やってきたのは眼帯で目を隠した白髪の男。
どことなく冬悟に似た雰囲気である。
白髪の男は澪の梵術で簡易的な治療を受けるも依然として気絶したままの直哉を肩に抱えると、「あとは任せてくれ」と言って直哉を連れて行った。
それから数時間の後に澪のケータイに連絡が入り、桶川母娘への処遇は解除となった。
はからずも冬悟が直哉をノックアウトしたことが、無縁断世の処遇は従来通り案内屋に任せて、呪術師は触れるべきではないという白髪の男の方便を通しやすくしていた。
彼の名を聞かず、彼の素顔を見なかった冬悟は知らない。
この男こそが直哉が言っていた悟くん──現代最強の呪術師と呼ばれている男、五条悟であろうとは。