続きました。思いの外多くの人に読んでもらえているようで嬉しいです。
ここまでがプロローグ。
「イィッシャァアアア──ッ!」
朝の文月学園の新校舎内に威勢のいい掛け声が響き渡る。
その声の主である男子生徒は叫ぶと同時に校舎二階の窓を開け放ち、躊躇いなくそこから飛び降りた。
常人ならば大怪我の可能性がある高さであったが、男子生徒はズダン! と派手な音を立てながらも両足での見事な着地を決め、そのまま何事もなかったかのようにどこかへと駆けて行く。
学生離れした超人的な脚力。今しがた登校してきたばかりで一部始終を偶然目撃していた生徒たちが目を剥いていた。
『チクショウ! 野郎、飛び降りやがった!』
『あのクズ野郎……! 異端審問会の血の掟に背いておいて自ら腹を切ろうともしないとは、見下げ果てた野郎だ!
『一階に待機させてあるC、D班に連絡をしてヤツを追跡させろ! 我々A班はB班と合流して旧校舎の出入口を固めつつ1、2年生にヤツの悪評と顔写真を流布する! 二度とこの学園内で顔を晒して生活できないようにしてやれ!』
『『『了解!!』』』
男子生徒の姿が新校舎と渡り廊下で繋がった旧校舎の方へと遠ざかっていく中、怒号の応酬が聞こえてくる。
怒号の発生源と思しき場所には、なぜか覆面マント姿の異様な集団が各々釘バットや竹刀などで武装して忙しなく動き回っており、これ以上ないほどに近寄り難い雰囲気を醸し出していた。
『『『逃げられると思うなよ
◆ ◆ ◆
「朝から騒がしいのう」
「もう見慣れたと思っていたけれど、朝一番だとやっぱり刺激が強いわね、アンタの元クラスメイトたちは……」
「あやつららしいと言えばあやつららしいがの」
「アレが『らしい』っていうのもどうかと思うけどね」
木下秀吉の性別が“秀吉”から“女子”へと変容したことが判明してからしばらく。
秀吉と優子は姉弟並んで登校し、その途中で一連の騒動を新校舎の昇降口付近から目撃していた。瓜二つの顔がそれぞれ苦笑と呆れの表情を浮かべる。
とある新校則の実施以降、一層凄絶さを増した異端審問会──名目上は学園内の風紀秩序を維持するためとなっているが、その実態は旧2-Fクラスの生徒を中核として組織された他人の幸せを許さない者たちの巣窟──の活動であるが、それに抗する者たちの力量も新学期となって向上しており、日々熾烈なバトルが校内で繰り広げられていた。
女子である(と認識されている)秀吉と優子は彼らの標的にはなり得ないものの、傍から見ているだけでもかなり迫力がある。
「(ガサッ)あっ、おはよう秀吉……と、木下さんも。こんな時間に、しかも二人で登校してくるなんて珍しいね?」
「え? あの、どこかで会ったかしら?」
二人が話していると、突然昇降口横の植え込みから一人の女子生徒が姿を現し、挨拶をしてきた。
女子にしては背が高めでしっかりした体格、くりっと丸い瞳や背中まで伸ばされた栗色の髪、霧島翔子のようなある種神秘的な可憐さとはまた違う、親しみやすさのある可愛らしい顔立ち。
一目見た後すぐに忘れてしまうような印象の薄い容姿ではないようにも思えたが、実際のところ優子に女子生徒の顔や名前の覚えはないようで、申し訳なさそうに問い返す。
しかし女子生徒の方もそれに不快感を表すことはなく、むしろ彼女も申し訳なさそうに笑いながら眉を下げた。
「っとゴメン。この格好じゃ分かんないよね。僕は──」
「
「吉井君!?」
「木下さん! あまり大きな声を出さないで!」
事もなげに挨拶を返す秀吉の言葉に優子が驚愕し、そんな優子を咎めるように女子生徒が口元で人差し指を立て、声量を抑えるようにジェスチャーをしてくる。その動きが、彼が吉井明久その人であるという事実を裏付けていた。
「気をつけてよ木下さん。せっかく異端審問会の追手を撒いたんだから」
「ご、ごめんなさい。というか吉井君はなんで女装してるの……?」
「僕も不本意だけど、あのクズ共の目を欺くために仕方なくね。有事の際に備えて旧校舎の裏に衣装とメイクセットを忍ばせてあるんだよ」
物資を隠し、性別も容姿も変えて追手を撒く明久の姿は学生というよりも脱獄囚か何かに見えた。
「して明久よ。今回は何が原因で目をつけられたのじゃ?」
異端審問会は他者の幸せを決して許容しない。
学園内でも指折りの美少女である
そしてそれは的中していたようで、明久は疲労困憊といった様子で溜め息を吐いた。
「昨日
「
「いや、元々僕は姉さんと二人でスーパーに買い物に来てたんだよ。そしたらちょうど美波も小学生の妹の
「ご家族の方と一緒だったのね。それじゃあそれを改めてみんなに説明すれば誤解が解け──」
「説明すればまず確実に命を取られるじゃろうな」
「そうなんだよね」
「なんでよ」
目撃されたのは美波とのツーショットのみのようだが、それに加えて玲と葉月も同伴していたことがバレれば、粛清内容が『半殺し』から『凄惨な拷問の後に嬲り殺し』にランクアップすることは想像に難くない。
それを十分に理解している秀吉と明久は深く頷きあった。
「明久の姉上も島田の妹も整った容姿をしておるのでな。話すだけ損じゃろ」
「そうは言っても、島田さん以外は身内と年端もいかない子供でしょ? そんな人たちと一緒にいたからって咎められる謂れはないじゃない」
「いやいや、甘いね。木下さんはFクラスの思考回路っていうものを全然わかってないよ」
「な、なによ。どういうこと?」
若干引き気味になっていた優子に気付いているのかいないのか、女装したままの明久は無知な子供に諭すような口調で問いかける。
「身内だからとか小さい子供だからとか、そんな言い分を
優子が無言で目を逸らした。つまりはそういうことだ。
そんな風に話し込んでいると、ふと明久が学園の敷地内に備えつけられた時計を見て、何かに気づいたように声を上げた。
「急がないとホームルームに遅れちゃうね。引き止めちゃったけど、何か用事とかあった?」
「大丈夫よ。本当は朝のうちに秀吉と一緒に代表に会いに行こうとしてたけど、どうせ吉井君と話してなくても間に合わなかったしね」
「秀吉が霧島さんに……?」
「こっちの話じゃ。明久が気にすることではないぞい」
「? そっか」
秀吉の体の異変の原因を探るために朝一番に翔子との接触を図っていた木下姉弟だったが、今朝のドタバタや、僅かな胸の膨らみを誤魔化すためにサラシを巻くのに手間取ったせいで家を出るのが送れ、結局遅刻ギリギリに登校する羽目になってしまった。
つまり、クラスの違う秀吉本人が翔子と対面するのは最短でも昼休みごろとなる。
それまで秀吉は自身の尊厳と今後の学園生活のために女子の体となってしまったことを周囲から隠し通さなければならないが、目の前の明久は秀吉の異変に気付く様子はない。あえてこの場で現状を説明する必要もないだろう。
「それじゃアタシは教室に行くわね。一応代表には──でアンタを待つように伝えておくから」
「了解じゃ」
「またね木下さん。僕らも行こうか、秀吉」
「それはよいが、お主はその格好のまま教室に行くのかの……?」
優子と別れた後、人目につきにくい校舎の端のトイレで女装を解いた明久と秀吉は、自分たちが在籍するクラス──“3-D”クラスの教室へと足を踏み入れた。
パッと教室内を見渡す限り秀吉たちが最後の出席者のようであり、他のクラスメイトは教室内で思い思いの時間を過ごしていた。
振り分け試験の点数を参照した公正なジャッジの結果、二人が在籍することが決まったクラスであるのだが、バカの代名詞である『観察処分者』の名を冠した明久と、演劇に関連する科目以外はサッパリだった自分がFクラスではなくDクラスにいると思うと、秀吉は今でも妙な気分になる。
しかし明久の方はそんなことは微塵も考えていないどころか、一切ものを考えていなさそうな呑気な顔で言った。
「いやー、つくづくラッキーだった思うよ。Fクラスと違ってDクラスでは教室内での命の危険がないから「来ましたね豚野郎! 殺します!」死の気配ッッッ!!!」
明久が横に飛んだ刹那、先ほどまで彼が立っていた地点に数本の金属製のシャープペンが突き刺さった。命の危険がないと言いかけた途端にコレである。
「くっ、
「よくもおめおめと教室に来れたものですね豚野郎。あなたが昨日お姉様と二人きりで外出していたことは調べがついています。普段からお姉様にまとわりつくだけでは飽き足らず、並んで買い物など言語道断です!」
両手の指と指の間に
昨年度に引き続きDクラス所属となり、秀吉たちとは同じクラスの仲間という立場になったはずなのだが、彼女が明久に向ける視線は養豚場の豚を見る目に等しかった。なんなら普通に口頭でも豚扱いしているし。
「誤解だよ清水さん! 異端審問会の連中も勘違いしてたけど、昨日は姉さんや葉月ちゃんと一緒だったしそもそも僕は姫路さんのことが、」
「問答無用! 殺します!」
「話を聞いてふぬおおおぉぉ──!」
文月学園に名を轟かすDクラスの狂戦士の猛攻を死に物狂いで捌く明久。
手助けしたい気持ちはあるのだが、薄い胸の男らしい美人といった観点から美春の偏愛の対象になりかけている節のある秀吉としては、首を突っ込みにくくもあるマッチングだ。
何かの拍子に秀吉の現在の性別が美春にバレれば取り返しがつかない事態に陥るかもしれない。主に貞操面で。
どうしたものかと秀吉が迷っていると、教室の奥から一人の女子生徒が秀吉の方へと近寄ってきた。
「おはようございます、木下さん」
「む、
玉野
「今日はいい朝ですねっ。空には雲ひとつないですし、クラスメイト全員が怪我や病気なく出席できていますし、アキちゃんの制服姿を拝めたし……」
「待て、なぜ玉野が明久が女装していたことを知っておるのじゃ? あの時周囲に人影は無かったはずじゃが」
「古今東西、アキちゃんがいるところに私はいますっ!!!」
「そ、 そうか」
淑やかな雰囲気の生徒であるが、明久が女装する機会が訪れた際はその限りでない。力強く主張する美紀の目は、興奮からかギラギラと飢えた獣のように血走っていた。
「ところで木下さん。今朝は木下さん用にもいくつか男の子の衣装を見繕ってきたの。女装の至高・アキちゃんと男装の究極・木下さんとで二大巨頭を打ち立てたいと思わない? 思うよね? 思おう……?」
「いや、
「なんで急に声量が尻すぼみになったんですか?」
「惨たらしくくたばりなさいピッグマン! お姉様の寵愛ヲ賜ルノハ美春ダケデイインデス……!」
「秀吉、手を貸して! 清水さんが人類の枠組みから外れようとしているんだ!」
「ディア・マイ・オネエサマァァァ──! 」
結局、Dクラスの担任教師が現れてホームルームが開始されたのは、清水美春だったナニカが握るシャープペンの先端が、明久の額にあと数ミリで突き立てられんとした寸前であった。
一日の始まりは凄絶極まりなかったものの、ホームルームが終わってからは至って楽なものであり、秀吉の変化に気づいた者は秀吉自身が認知する範囲では現れなかった。
明久や玉野といった知己の仲はもちろんのこと、3-Dクラスとなって始めた交流を持った生徒たちも普段通りに秀吉と接してきている。
そう、普段通り。『女の子にしか見えないけれど生物学的には男子』という最終防衛ラインを普段通りに維持しなければならない。くどいようだが、女子として扱われるのと身体構造からしてまんま女子であると認識されるのとではまったくもって重みが違うのだ。
秀吉は細心の注意を払いながらも、『いつもの木下秀吉』を演じて学園生活を過ごしていた。
ただ一人、清水美晴だけは彼女特有のセンサーに反応があったのか、「なんだか今日の木下さんはやたら魅力的に感じます……」だの「余計なモノが削ぎ落とされて垢抜けたような気がします……」だの呟きながらこちらを凝視してきていた。決定的な部分は気づかれなかったにせよ、気が気ではなかった。
しかしそんな時間も間もなく終わりを迎えるだろう。
時刻は正午を少し過ぎ、昼休憩の時間と相成った。これから秀吉は翔子との集合場所へと赴き、翔子に元の身体へと戻るための手法を聞いてそれを実行する。それですべてが丸く収まるハズなのだ。
「秀吉、お昼ご飯はどうする? 霧島さんのところに何か話を聞きに行くって言ってたけど」
秀吉が逸る気持ちを抑えつつ直前の授業に使用した教材をまとめていると、明久が通学用のカバンから弁当箱を取り出しつつ伺ってきた。
昼食が塩と水といった修行僧じみたものでないところを見ると、玲による日々の食事の栄養管理は続いているようだった。明久自身は健全な食事を用意するためにゲームを購入する費用を削られることが不服なようだが、彼の体調を案じる友人としてはこちらの方が見ていて安心できるというものだった。
「うむ。すまんが今日は一緒に昼食をとることはできぬかもしれん。どれだけ時間がかかるかワシもわからんが、ワシのことは気にせんでも良いぞい」
「そっか。何か困ったことがあったら言ってね?」
秀吉が何かを隠しているということは分かっているだろうが、深入りはしてこない明久の姿勢がありがたい。同時に多少の罪悪感を覚えもしたがやむを得まい。
断り文句もそこそこに秀吉は席を立ち、教室を後にした。
◆ ◆ ◆
朝別れる前に優子が翔子を待たせておくと言っていた場所は、旧校舎3階の渡り廊下に面した空き教室のひとつである。
基本的に空き教室への人の出入りは少ないものの、ここは校舎の端に位置すると共に、廊下の対面は昼に利用されることの少ない文化部部室、隣は同学年のAクラスと比べれば騒がしく、個々の会話が聞こえにくい2ーFクラスである。防音機能は新校舎と比較して心もとないものの、元々小声でするような人に聞かれたくない話をする際にはもっとも適した場所のひとつといえる。
秀吉が人目を避けつつコソコソと忍び足で空き教室へ入ると、そこには既に腰辺りまで黒髪を伸ばした涼し気な雰囲気の美少女──霧島翔子が立っていた。
翔子は秀吉に気付くと表情を動かさないまま軽く手を挙げて挨拶をしてきたので、秀吉もそれに手を挙げて返した。
「……優子からは、木下が私に何か聞きたいことがあると聞いている」
「その通りじゃ。呼びつけるような迷惑な真似をして申し訳ないが、急用かつあまり他人には聞かれたく話なのでな」
「……構わない。それに、友人のために時間をとることを私は迷惑だとは考えない」
「そう言ってくれるとありがたいのう」
「……うん。……」
秀吉の言葉に答えながらも顎に指を当てて思考する翔子。
自身が持つ情報と秀吉が知りたがるようなことの共通点を考えているのだろう。秀吉の現状を認知していなければ答えを出すのは難しいだろうと思ったが、すぐに翔子はピンときた様子で目を見開いた。
さすがは学年一の秀才。こういった推察能力もズバ抜けているらしかった。
「……けれど、
「まっっったく違う話なので心配せずともよいぞ」
さすがは学年一の秀才。なぜ男子である秀吉がそういう申し出をしてくると思い至ったのか、秀吉にはそのあさっての方向へズバ抜けた思考回路が理解できなかった。
「……じゃあ、何の用?」
「うむ。お主が所有していた『実践・本格黒魔術』という本について話を聞きたいのじゃ」
「……あれはいいもの」
こくりと頷く翔子。
いいものと言うにはあまりに傍迷惑な騒動を引き起こしたような気もするが、今回の話の肝はそこではない。自分が知りたいのは、件の書物に例えばそう、『対象の人物の性別を反転させる方法』のような内容が記載されているか否かである。
「では霧島よ。その本に『対象の──』」
「……でも、やっぱり書いてある内容の中にはいくつか眉唾もあるみたい。……昨晩『対象の人物の性別を反転させる黒魔術』を試してみたけど、何も変化がなかった」
「詳しく聞かせてもらいたい!!!」
日々の発声練習で鍛え上げた声量が空き教室の窓を揺らした。
一度学んだことは決して忘れない、卓越した記憶力を持つという翔子から語られた性転換の黒魔術の内容は至って単純なものだった。
一つ。付属のロウソクに火をつけ、対象の人物を思い浮かべる。そのままロウソクの火を消さずに燃え尽きさせると、対象の性別が反転する。
一つ。途中でロウソクの火が消えたり、まだロウソクが残っている間に術者が対象を思い浮かべるのを打ち切ると効果がない。
恐ろしいことに、性転換が完了するまでの過程で対象となる人物の意志は一切反映されないようだった。あくまで結果が術者の意思に依存する辺り、さすがは黒魔術といったところか。
「……昨晩私は、この魔術を私自身に施して男子になろうとした」
「お主自身をじゃと? それはまた、なにゆえ……」
「……発端は例の新校則」
翔子の言葉に秀吉は想起する。
文月学園にて新たに制定された校則──文月学園則第12条5項、【学生恋愛の全面禁止】。
その字面の通り、学園内における一切の恋愛を禁止するといった内容の校則であり、これの実施を機に当校則に反する要教育的指導者の摘発・矯正を目的とした『治安維持生徒会』の設立や、異端審問会の活動範囲拡大など、様々な変革が学園内で進んでいる。
学生の本分は勉学であるとはいえ少々時代錯誤な校則であるが、もっとも反発するであろう層がそもそも当校則が施行されるに至った原因であること、また、秘密裏に治安維持生徒会による反対勢力の懐柔が行われたことなどから、現在では一部を除いて学園生たちに比較的受け入れられている。
「……私も
「それがなぜ霧島が男性になることに繋がるのかわからんのじゃが……、穴とやらに関係があるのかの」
「……恋愛禁止が謳われてから、異性との過度な接触は校則違反とされるようになった。……つまり、私が男子になればいくら雄二とくっついてもそれは友人同士の付き合いにしかならず、校則違反であると咎められることはないという寸法」
「う、うむぅ。見事な論法なような気もするし、本末転倒であるような気もするぞい」
普段寡黙な彼女にしては珍しく長々とした説明を、『完璧な理論っ!』とばかりに胸を張りながら語る翔子だが、夫婦として触れ合うために自身が男になるというのはいかがなものかと思う。
「雄二も霧島がずっと男のままというのは好ましく思わんじゃろう」
「……私もしょうゆが作れなくなるのは困る」
しょうゆ=翔子が提案する雄二との子供の名前。翔子以外には不評。
「……そこで、この黒魔術の解除方法が光る」
翔子の意味深な言葉の意図を秀吉が視線で問うと、翔子はさらに、性転換の黒魔術に隠された新たな内容を補足した。
一つ。性別反転の効果は永続であるが、対象者と相思相愛の関係にある相手と
呪いを解くのは王子様のキスということだろうか。理不尽極まりない効果の割に、解き方だけ妙にファンシーだった。
「……雄二が男子の私を受け入れるのなら、そのまま校則の穴を突いて学園内でも接触ができる」
「雄二が霧島に女子であることを望むのならば、解除のためという名目で雄二からキスをしてもらえる……ということかの」
「…………(こくり)」
雄二にとっては二者択一。しかし翔子にしてみればどっちに転んでも役得という一見完璧な作戦。
しかし──。
「仮に雄二が男子になったお主に愛想を尽かしてしまった場合、どうするつもりだったのじゃ?」
「………………」
「………………」
「……失敗してよかった」
「……いや、まあ、雄二が霧島に愛想を尽かすなんてことはないとは思うがの」
愛想を尽かさないにしても、雄二が生物学的に完全に男子になった翔子とのキスに少なからず抵抗感を覚えてしまう可能性はなきにしも非ず。
せっかくのキスをそんな形で済ませてしまうというのは、翔子、そして恐らく雄二にとっても不本意だろう。
「そのようなことをせずとも、ありのままの霧島でおればよいじゃろ。雄二が惹かれたのは今の霧島なわけじゃからの」
「……うん。焦らないって、決めてたつもりだったんだけど……」
少し頬を赤らめ、されど嬉しそうに頷く翔子。
昨年度にお互いの気持ちを確かめ合ったとはいえ、こうも厳格な校則で接触すら咎められるようになってしまっては、少しばかり不安になるのも致し方ないだろう。
雄二のことを信じているとはいえ、その時まで一切彼と触れ合うことができないというのはまた話が別なのだ。
「……木下と話せて良かった。……じゃあ、私は教室に戻る」
「うむ。またなのじゃ」
………………………………。
「あっ! 違うのじゃ違うのじゃ、まだ話は終わっておらん、待つのじゃ霧島! その失敗した黒魔術とやら、本当に失敗したのかの!?」
「……どういうこと?」
「その、例えば霧島本人ではなく他人を対象として魔術が発動してしまったという可能性じゃ」
「……それはありえない。私はロウソクが燃えている間、確かに男子になりたいと念じ続けた」
ふるふると頭を振り、当時の様子を思い出すかのように翔子は語った。
「……ただ男子になるといっても、容姿も大幅に変化して、雄二に私であると気づかれなくなってしまっては意味がない」
「……だから見た目は今のままで、分類的には男子といった形になるのが望ましかった」
「……そう。例えば木下のような形が理想的だった」
「……木下のようになりたいと私は思った。男子だけれど、今まで通り女子として雄二に意識される存在でありたいと」
秀吉のように。秀吉のように。秀吉のように。
翔子はそう念じ続け、ロウソクが燃え尽きるのを待ったという。しかし結果としては翔子の体は女子のまま。彼女の願望が実現に至ることはなかったのだと。
だがその話を聞いて秀吉は気づいた。翔子の願いは叶わなかったが、黒魔術そのものは問題なく発動していたのではないかと。
翔子は秀吉のように、見た目は女子のままで性別は男子という存在になり、校則の穴を突こうとした。
翔子は秀吉のようになりたいと念じ続けた。
ロウソクの火が燃えている間、自分が理想とする
いや、もはやこれは確信だ。
「……ところで霧島よ。少しワシの胸板を触ってみてくれんか?」
「……? ……構わない、けど」
会話を打ち切り、唐突に妙な要求をしてきた秀吉に困惑しながらも翔子は素直にぺたりと秀吉の霧島に手を当てる。
サラシ越しのために微かな、しかし確かな弾力をもって、昨日までは存在しなかった自分の胸が翔子の指を押し返すのがわかった。
「……???」
翔子が目を見開いて不思議そうに秀吉の顔を見た。
しかしそんな翔子を尻目に、秀吉はすぅっと息を吸い込む。
翔子が試みた黒魔術はしっかりと発動していた。
ただ、それは彼女が当初予定していた翔子自身ではなく──
「……優子?」
「とんだ
──秀吉を対象として発動していたというわけだ。
秀吉をメインに据え作品を投稿しているわけですが、バカテスにおける私の最推しは工藤愛子です。
次回以降も続いたり続かなかったりします。