木下秀吉(♀)の災難   作:おさくら

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今回は趣向を変えて一人称かつ明久視点です。

秀吉視点の時も原作に沿うのなら一人称視点がマッチするんでしょうが、ジジイ口調での一人称はなんだか難易度が高いです。


第三話

 

 

 新学期となってしばらくが経ち、今年もムッツリ商会が主催する『収穫報告祭(春)』の時期となった。

 

 辛く苦しかった期末試験や振り分け試験、性根が腐ったクラスメイトたちからの強襲、血も涙もない悪徳教師の鉄拳補習フルコースを乗り越えてきた同志たちは、いよいよ今年度から最高学年となる。

 文月学園で過ごす最後の一年。その幕開けを精一杯彩るべく、僕らは各々が思う珠玉の逸品(エロ本)を持ち寄り、健闘を讃え合うのだ。

 

 

 

「あれ? 雄二(ゆうじ)?」

 

「おう明久(あきひさ)。やっぱりお前も参加するのか」

 

 

 昼休み。

 クラスメイトの木下秀吉と教室で別れた僕こと吉井明久が3ーFクラスの方へと向かおうとしていたところ、廊下の反対側から歩いてきたライオンのたてがみのように立ち上げた髪の毛と野性味溢れる顔立ちが特徴的な僕の悪友、坂本(さかもと)雄二と鉢合わせた。

 雄二の方は僕が現れることを予想していたようで、面食らう様子もなくニッと笑って挨拶をしてきたけど、僕としてはこの邂逅は予想外だ。

 

 

「よく霧島(きりしま)さんにバレずに出てこれたね雄二? てっきり今回は不参加になると思ってたけど」

 

「年に数回しかない収穫報告祭だからな。是が非でも参加したかったってのもあるが……どういうわけか、今日は翔子(しょうこ)が秀吉と話をすると言って不在だったんだ」

 

「あ、そっか。そういえば秀吉も霧島さんに聞きたいことがあるって言ってたよ」

 

 

 なるほどと納得する。

 平素であれば今年度から同じ3ーAクラスとなった霧島さんから雄二が離れられる術はないし、参加を試みた収穫報告祭(春)の詳細が彼女にバレれば、雄二の肉体と魂が離別させられることになるだろう。

 ただ今日は偶然、収穫報告祭(春)開催のタイミングで霧島さんが席を外したために、こうして会場に馳せ参じることができたというわけだ。運のいいヤツめ。

 

 

姫路(ひめじ)さんがうっかり口を滑らせて霧島さんにバレなきゃいいけどね」

 

 

 雄二本人から聞き出されることはなくとも、元Fクラス所属の姫路さんも霧島さんと同じAクラスの所属である以上、特定の時期にクラスの面々が一斉にエロ本を持参するときがあることや、その面々に雄二が含まれることが暴露される可能性がある。

 もっとも、優しい姫路さんが悪意をもってバラすようなことはないだろうけど。

 

 

「心配ない。口止め料として明久の女装写真を数枚手渡しておいたからな」

 

「雄二キサマぁ──!」

 

 

 自分の身可愛さに僕を売ろうなんて、コイツに人としての倫理観は存在しないのか! 

 というか僕の女装写真って何枚くらい学園内に出回ってるの!? 回収しても回収しても一向に根絶される気配がないんだけど! 

 

 

「落ち着け明久。お前に配慮してきちんと女装していない普段の姿の写真もいくつか渡してある」

 

「違う! 配分の問題じゃなくて僕はそもそも女装をしている写真を渡すなと言ってるんだ!」

 

「それにしても、一体秀吉は翔子に何を聞こうとしてるんだかな」

 

 

 今にも掴みかからんとしている僕を無視してしれっと別の話題に移る雄二。後で絶対に霧島さんにすべてをバラしてやろうと心に決めた。

 だけど、確かに秀吉が霧島さんに何を聞きたがっているのかは僕も気になる。

 

 

「明久は何か聞いてないのか?」

 

「僕はなんにも。秀吉もあまり知られたくないみたいだったし」

 

「そうか。翔子が力になってやれたらいいんだがな」

 

「まったくだね」

 

 

 秀吉が何か悩みを抱えているのなら、それが一刻も早く解消されて欲しいと思うのは僕も雄二も同じだ。これが秀吉ではなくお互いの悩みや弱みだったなら、鬼の首を取ったような騒ぎになることは想像に難くない。

 

 そんな風に雑談しながら歩を進めていると、3ーFクラスの前へと到着した。

 かつて僕らが在籍していた2ーFクラスと瓜二つの設備の教室の入口前には見覚えのある元クラスメイト──福村(ふくむら)くんが通せんぼをするように立っており、僕らの姿を認めた途端にボソリと呟いてきた。

 

 

「……【鉄人の恋人は?】」

 

 

 これはFクラス内で秘密裏に伝わっている合言葉だ。

 滅多にいないけれど、Fクラスではない生徒が収穫報告祭への参加を希望する場合は、学園側への密告者の潜入を防ぐためにこの合言葉への回答が求められる。

 前もって主催者との取引で回答を知る手もあるんだけど、元Fクラスである僕らは当然最初から回答を把握していた。

 

 

「「【チンパンジー】」」

 

「よし、通れ」

 

 

 なにかの不手際でこの合言葉の情報が鉄人の耳に入れば、僕らは皆殺しの憂き目に遭うだろう。

 

 門番の福村くんから承認を得て僕と雄二が3ーFクラスの教室に入ると、見慣れたFクラスの面々が爽やかな笑顔で僕を出迎えてくれた。

 

 

『よう吉井、坂本! やっぱり今年も来たんだな!』

『クラスが違っても俺たちは志を同じくした仲間だもんな!』

『至高の逸品を期待してるぜ!』

 

「もちろんだよ! みんなこそ今期も期待してるからね!」

 

 

 素晴らしきかなFクラス。所属するクラスが別々になったとしてもその絆まで切れることはない。

 僕が懐から秘蔵の聖典や至極の被写体を捉えた写真を封入した袋を掲げながら挨拶をすると、彼らはその笑みをより一層濃くした。

 

 

『ノコノコと現れやがって吉井のバカが……! 隙を見て報いを受けさせちゃる……!』

『島田に加えて謎の巨乳のお姉さんや美幼女と共に買い物を満喫していた件について、体に問い質してやらなきゃなぁ……!』

『今はまだ殺るなよ。正義の鉄槌を下すのはヤツの持つ聖典の中身を確認して略奪した後だ……!』

 

「…………」

 

「なんだ、また何かやらかしたのか明久」

 

 

 素晴らしきかなFクラス。所属クラスが別々になったとしてもその殺意と腐った性根が改善されることはない。

 小声で話しながら濃密な殺意を辺りに撒き散らす彼らの粛清対象となっている僕にとって、抱え持った聖典(エロ本)肖像(生写真)はそのまま僕の生命保障だ。これを奪われ僕から搾り取れる利がないと判断された瞬間、連中は狂戦士となって僕に襲いかかってくるだろう。

 

 周囲からヒリつくような殺気を受けながら、僕らは教室の中心に陣取っていた友人の方へと歩いていく。

 小柄な体躯に若干のくせっ毛。彼は僕らが近づいて来ていることにも気が付いていない様子で、一心不乱に高価そうな大型のカメラの手入れをしていた。

 

 

「おはようムッツリーニ」

 

「っ! …………明久か」

 

 

 僕が声をかけるとムッツリーニの愛称で呼ばれる今回のイベントの主催者、土屋(つちや)康太(こうた)は一瞬ひどく驚いたように肩を跳ねさせながらバッとこちら振り向き、僕らの姿を見て安堵したように息を吐いた。

 かつて抜き打ちの持ち物検査で頓挫したイベントということもあって、主催者としてはこの時期気が張るのだろう。

 

 

「…………背後から声をかけるな。ガサ入れと勘違いする」

 

 

 それにしても会話内容が危ういというか、どう聞いても犯罪者のそれなのはいかがなものだろうか。

 

 

「あー、ごめん。でも、そんなに警戒するなら今回はなんでこんな時間に開催することにしたのさ?」

 

「それは俺も気になっていたな。例年通りなら放課後に開催されていたはずだ。もっとも、俺にとっては好都合だったが」

 

 

 普段なら職員会議がある放課後に収穫報告祭は開催されることが多い。だって、単純に学園内に出回る先生たちの数が昼と比較して格段に少なくなるし、使える時間だって昼休みの限られた時間より確実に多くなるはずだから。

 なぜ今回はわざわざ教師の目につきやすい昼休みに開催したのかとムッツリーニに聞くと、彼もまた不本意そうな表情をした。

 

 

「…………事情がある」

 

「事情?」

 

「(コクリ)…………最近、教師たちに放課後の校舎内の見回りを強化する旨の通達がされていた」

 

「そんな! どうして急に!?」

 

 

 思わず声を上げてしまう。ムッツリーニがこの手の情報でガセを掴まされることはほぼない。

 そもそも、これまで見回りと称されるほどの監視体制は学園内に敷かれていなかったはずだ。一体何がキッカケでそんなことに!? 

 

 

「…………昨年度に『学園一のバカ』を筆頭とした問題児たちが度々騒動を巻き起こしたことが原因らしい」

 

「なるほど。雄二が諸悪の根源ってことだね」

 

「十中八九お前のことだろ」

 

「…………(コクコク)」

 

 

 雄二の言葉にムッツリーニまでもが同意するように頷いているけど、僕は断じて認める気はない。

 

 

「…………盗聴した会議中では『Dクラス相当まで総合学力が向上したとはいえ、依然として問題行動は見られますからね』という会話があった」

 

「そうなんだ。じゃあ秀吉のことかもしれないね」

 

「…………『吉井なんとか久くんにも困ったものです』とも」

 

「そこまで呼ぶのならもう一思いに名指ししなよ! というか本当にそんな会話があったの!?」

 

 

 僕だって好き好んで騒動に巻き込まれているわけではないのに不服もいいところだ。

 

 

「まっ、そういうことなら無理を押してでも昼休み中にやっちまった方がかえって安全かもな」

 

「…………そういうこと」

 

「それなら早く始めようよ。外部の参加者も僕と雄二だけでしょ?」

 

 

 教室の入口の方に視線をやっても追加で誰かが参加してくる気配はない。恐らく、入口前で見張りをしている福村くんを呼び戻したら参加者全員が揃うだろう。

 僕の言葉にムッツリーニはこくりと頷き、卓袱台(ちゃぶだい)に置かれていたリモコンのような機械を手に取って操作し始めた。

 

 

「なんだそりゃ? また見たことのない機械だな」

 

「…………赤外線センサーの操作リモコン。廊下から教室に誰かが近付いてくると警報が鳴る」

 

 

 およそ学生が所持し得ない機材を新たに取り揃えている辺り、今イベント開催に向けるムッツリーニの本気が伺えた。ああいう機械、本当にいくらするんだろう……。

 慄く僕らを尻目に、福村くんが教室内に戻ったのを確認したムッツリーニが教壇へ登って僕らを見渡した。

 

 同志たちを慈しみ、また今回のイベントのために身命を賭して親を始めとする身内から物品を隠し通したことに対して労るような優しい目だ。

 誰よりもこの時を待ち望んでいたであろう男は、静かに、されど力のこもった声で呼びかけた。

 

 

「…………祭を始めよう」

 

『『『YEAH! LET'S PARTY!』』』

 

 ガラッ

 

「全員その場から動くな」

 

『『『散開ッッッ!!!』』』

 

 

 突如として現れた筋骨隆々の補習教師の姿を見た僕らは静かに、されど力強く足を踏み出してその場から一斉に離脱を図った。

 

 

 

 

「貴様らは懲りるということを知らんのか」

 

 

 鉄人の姿を見た瞬間に一斉に窓や教室の出入口からの脱出を試みた僕らを、凄まじい反応速度と体捌きをもって一人残らず捕獲した鉄人は呆れたように溜め息を吐いた。

 どうしてたった一人の人間が、一斉に逃げ出した52人の男子高校生全員を捕まえることができるんだろう……。トライアスロンに参加する人は誰も彼もがこんな怪物なんだろうか。

 

 

(ムッツリーニィィィーッ! どういうこと!? 誰かが近付いてきたら警報が鳴るんじゃなかったの!?)

 

(センサーが故障していたのか!? お前ほどの男が機材の整備を怠ったのか!)

 

 

 鉄人の前で正座させられた僕と雄二が声を出さずに唇の動きだけでムッツリーニを問い質す。Fクラスの面々は一通り読唇や視線のみによる意思疎通を習得しているため、これでも十分僕らの意図は伝わる。

 ムッツリーニ本人も納得がいってないようで、眉をひそめつつセンサーの動作を確認するためのものらしいリモコンを僕らに見せてきた。

 

 

(…………動作は直前まで完璧だった。故障の可能性は限りなく低い)

 

(でも現に音は聞こえなかったじゃないか!)

 

(…………センサーは温度変化が感知できる速度の物体でないと反応しない)

 

(……鉄人の足が速すぎてセンサーが感知できなかったと言いたいのか?)

 

(…………恐らく。扉が開けられるまで、人の気配を感じ取れなかったことも頷ける)

 

(そんなバカな!?)

 

 

 センサーが反応しないレベルだなんて、この補習教師は一体どういう脚力をしているんだ!? というか、教師が廊下をそんな速度で走ってもいいの!? 

 

 

「吉井と坂本が2人で歩いているという話を聞き、嫌な予感がしたのでここに来てみれば案の定だ。まったく……」

 

 

 いつの間にか僕と雄二は2人で並んでいるだけで鉄人へ通報されるくらい目を付けられていたらしい。おのれ雄二め、つくづく僕の邪魔をしてくれる……! 

 怒りに打ち震えながら隣にいるバカの顔を睨みつけてみれば、雄二も僕の方を忌々しげに見下ろしてきていた。

 

 

「鉄人! これは誤解だ! 今回の一件はすべて明久の独断専行によるもので(ゴッ)」

 

「話を聞いてください鉄人! このイベントは全部雄二が手引きしたものなんで(ゴッ)」

 

「静かにしていろ」

 

「「はい」」

 

 

 鉄人の鉄拳制裁は罪の押しつけ合いをも許さない。

 弁明する間もなく脳天に巌のような拳を叩き込まれ、僕らは蹲りながら答えた。ぐぅぅ、体罰教師め……! 

 

 

「いいか吉井に坂本。確かにお前たちは振り分け試験の結果Fクラスを脱却したかもしれないが、普段の素行が悪ければそこに大した意味は生まれんのだ。学業に加えて私生活も品行方正であることで初めて一人前の──」

 

「いや、ですからこれには事情が」

 

「50人あまりの男子生徒が揃ってエロ本を持参しなければならない事情とはなんだ。言ってみろ」

 

 

 即座に目を逸らした。さすがは鉄人、一筋縄では説き伏せられないということか……。

 

 

『待ってください西村先生! 俺たちはそこのバカ2人に命令されて仕方なく保険体育の参考書を持ち込んだだけなんです!』

『そうなんです! 補習室送りにするのはどうかそのカス2人だけでお願いします!』

『没収した参考書の返却をお願いします西村先生! ついでにそのクズ2人が持ち込んだ参考書を僕らに寄越してください!』

 

『『『お願いします!!』』』

 

 

 鉄人を引き寄せたのが僕ら2人だと判明した途端に、全責任を僕らに押しつけるように動き始めたFクラス連中。こういう時の初動の速さと一体感は驚嘆に値する。

 しかし、当然そんな言い訳が鉄人に通用するはずもない。

 

 

「黙れ。放課後はここにいる者全員で不要物持ち込みのペナルティとして補習を行うこととする。……くれぐれも逃亡しようなどと考えるんじゃないぞ」

 

『『『嫌じゃぁああああ──っっ!』』』

 

 

 クラスは違えど僕ら同志は一蓮托生。

 君らも一緒に死ぬんだ。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 鉄人が3ーF教室を去ってから数分後。

 僕らは持ち込んだ聖典や肖像をすべて没収され、生気の抜けたような表情でモソモソとお昼ご飯を食べていた。

 本当なら今すぐにでも鉄人が帰っていった職員室への襲撃をかけたいところだけど、確実性の高い計画を立案してから実行に移すまでの時間が圧倒的に足りない。昼休みの僅かな時間を利用した弊害がこんなところにも出てくるなんて予想外だ。

 

 

「まったくついてないね……。今回も以前の交流野球みたいな、合法的に没収品を取り戻せる機会があればいいんだけど」

 

「難しいだろうな。アレは俺たちだけでなく他クラスからも抜き打ちの持ち物検査への不満が噴出していたからこそ成立した条件だ」

 

 

 昨年度は学年単位で行われた持ち物検査で没収された物を、体育祭の交流野球大会で教師チームに勝利することで取り戻すことができたけれど(僕らの望まない形での返却だったけれど)、今回はそれも難しいらしい。

 

 

「どうにもならねえ。すっぱり諦めるか」

 

「「そんな!?」」

 

 

 予想だにしなかった雄二の言葉に僕とムッツリーニが驚く声が重なる。

 馬鹿な。かつては家の天井裏や水槽にまでエロ本を忍ばせ、それが没収された時にはFクラスを率いて職員室へ突貫するほどの情熱を持っていた男の台詞とは思えない。

 今の雄二からはある種の余裕すら感じられる。いや、こんな状況でこんな態度、僕らからすればそれは余裕ではなくただの腑抜け──! 

 

 と、そこまで考えたところで僕は納得した。

 

 

「あ、そっか。雄二はもうあんなのに頼らなくても霧島さんとイチャイチャできるからか……」

 

『『『坂本雄二を処刑します(ユウジ・マスト・ダーイ)』』』

 

「滅多なことを言うな明久。見ろ、俺の首筋にカッターの刃が当てられているぞ」

 

 

 雄二からハングリー精神が消失した理由がよくわかった。

 非常に妬ましいことだけれど、今の雄二は美人でスタイルも良い霧島さんと相思相愛の関係にある。

 雄二は素直じゃないから普段は最近実施された新校則を盾に霧島さんから逃げ回っているけれど、あんな綺麗な人と気持ちが通じ合ったんだ、わざわざ危険を侵してまでエロ本を確保しようという気勢が()がれてしまっていてもおかしくはない。

 

 

「まあ、恋人ができると人は丸くなるって言うしね」

 

「…………幸福ゆえの微睡み」

 

『『『死体を山に埋葬します(ベリー・イン・グレイブ)』』』

 

「やめろお前ら! 大型のビニールシートとスコップを用意して近寄ってくるんじゃない!」

 

 

 多種多様な凶器に加えて死体処理用具を抱えながら雄二を囲み、その距離を縮めていく異端審問会。もはやヤツの命は風前の灯だろう。

 

 

「落ち着け! 俺と翔子との間にお前らが思っているようなことは何もない! 学園内では例の校則もあるし、接触が断たれているのはお前らも知っているだろう!」

 

『『『むっ……』』』

 

 

 覆面集団の動きがピタリと止まる。

 確かに、雄二の学園内における霧島さんとの過剰な接触は認められていない。ヤツには『治安維持生徒会』の役員という立場もあるし、霧島さんもそれに納得しているのか、普段はあくまで仲の良い友人の距離感を保っているように見える。

 だからこそ、今日までヤツが生き永らえてこられたわけであり、妬心から正気を失いかけていた異端審問会の連中が落ち着きを取り戻し始めているのがわかった。

 

 しかし僕には前から雄二にひとつ聞いてみたいことがあった。

 

 

「ねえ雄二」

 

「なんだ明久。というかお前こそどうなんだ、姫路との仲は──」

 

「学校の中では確かに接触はないけどさ。家ではどうなの? 今までも霧島さんが朝起こしてくれたり料理を作ってくれたりしてたんでしょ?」

 

 

 雄二がすっと真顔になった。恐らくここが自分が生きるか死ぬかの瀬戸際だと察したのだろう。

 

 

「どういうつもりだ明久……! キサマ、ここで俺を亡き者にする気か……!?」

 

「……忘れたのか雄二。僕はまだ例の校則の撤廃を諦めたわけじゃないんだ……!」

 

 

【学生恋愛の全面禁止】。それは前三年生との勝負を終えた僕らに対して学園長(ババァ)が課した、時代錯誤も甚だしい(くびき)だ。

 

 この新校則の強制力が学園内においてこれ以上ないほどに高まっている理由として、目の前の雄二(バカ)の働きが非常に大きい。

 他者の幸福を阻害することに全霊を懸けているFクラスの連中もそこに貢献しているものの、彼らはたとえ普段は自分たちの手綱を取る立場にある雄二が相手であっても粛清の手を緩めることはない。今この場に限っては僕の味方といえる。

 コイツがこの場で抹殺されれば、また一歩僕らが学生らしい青春を謳歌できる生活に近づくだろう。僕としてはそれは歓迎すべきことだ。

 

 ……あと、下世話なのはわかってるけど、コイツが霧島さんとどこまで進んでいるのかという点に単純に興味があったりする。

 

 

「それで、どうなの?」

 

「言ったはずだ。俺と翔子の間には依然何もない」

 

「ホントに?」

 

「本当だ」

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………………………キスはもうした?」

 

「………………(泳ぐ雄二の目)」

 

 

 ダウト。

 

 

『『『坂本を殺せぇええええっ!!』』』

 

「ちくしょぉおお──っ!! 覚えてろよ明久ぁあっ!」

 

 

 殺意が臨界点を突破して、修羅の集団となった異端審問会が雄二へ襲いかかる。僕の悪友は即座に身を翻し、綺麗なフォームで教室を飛び出して行った。生存率はよくて五分五分といったところだろう。

 

 

「…………明久。よくやった」

 

「うん、ムッツリーニ」

 

 

 ムッツリーニが突き出してきた拳に僕もまた拳を突き出し、コツンと合わせる。

 興味本位で聞き入りすぎてしまったかなとも思うけれど、これも幸せ税として雄二には受け入れてもらおう。ヤツを霧島さんの思いに答えるよう散々焚きつけたのは僕らだけど、それはそれ。

霧島さんが悲しい思いをせず、そして僕らが負い目を感じることなく雄二の幸せを根絶できる方法をこれからも模索していきたいと切に思う。

 

 

「……それにしても、キスか……」

 

 

 ふと、ふわふわとした質感の髪と可愛らしい笑顔が特徴的な、一人の女の子の顔が僕の脳裏に浮かぶ。

 

 彼女とは、その、()()()()()()をした経験がないというわけじゃないけれど、あの時はほとんど不意打ちみたいなもので、こうして意識してみるとやっぱりまだ恥ずかしくなってしまう。

 

 いっそのこと、いつぞやのクリスマスイヴに開催された異文化体験会のような、『やむを得ずキスをしなければならない状況』になったりすれば僕も勇気を出せるんだろうか。

 

 

「でもなぁ……。そんな状況が都合良く生まれるわけもないし……」

 

「…………なんの話?」

 

 

 独り言を呟き続ける僕に反応したムッツリーニが不思議そうに声をかけてくる。

 

 

「いや、前のクリスマスイヴに異文化体験パーティみたいなのが学園主催で開かれたじゃない? あれを思い出して」

 

「…………明久と雄二がクリスマスツリーの下に転がり込んだときの話か」

 

「あっもういい忘れてそのことについては二度と話さないで」

 

 

 最悪の記憶がフラッシュバックして、思わずエチケット袋が欲しくなってきた。うぅ……気持ち悪い……。

 

 

 

 ──そうして吐き気を催していたこの時の僕には想像もつかなかった。

 

『やむを得ずキスをしなければならない状況』。

 そんな突飛にも程があるシチュエーションに、今まさに僕の友人が陥っていようだなんて、僕にはさっぱり思いつかなかったんだ──。





吉井明久(恋愛脳のすがた)。

話の都合上ちょっぴり下世話になってもらいましたが、原作の明久たちはそういう恋人同士のステップについてはどこまで友人間で語るんでしょうね。
同原作者の「ぐらんぶる」のように思いの外ズバズバ語り合うのか、それともプライベートとしてしっかり線を引くのか……この辺も私の独自解釈ということになりますね。

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