フロイドは冴えない青年であり、折角加入したパーティで早くも追放されようとしていた。
 だが、彼のスキルは『報復(リベンジ)』。我が身に理不尽が降り注いだ場合にのみ発動する力であり、事態を打開する理不尽を振りまく。一々相手が落ちぶれて行く様を見ているほど、彼は我慢強くなかった。

 何時しか、スキルの発動だけが快楽となった男が、自ら不快感と不条理を体験する為に、相棒のシャーディと共に血まみれ、罵声塗れの冒険を続ける。


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コッチにも投稿してみました。小説家になろうに投稿した者と内容は同じです。


復讐1日目:俺は真面目に生きて来た

「フロイド。お前は追放だ」

「そんな。どうしてですか?」

 

 リーダーである剣士は、フロイドに冷たく告げた。仲間であったはずの魔導士とヒーラーは薄笑いを浮かべるばかりだった。

 

「お前の上位互換が見つかったからだ。スキルも持たない無能力な上、何をやらせても平凡。俺達が、今後。光陽の勇者達の様になる為には、お前は邪魔なんだよ」

「ですが、契約と言う物があります。私の意思を無視して、強制的に離脱をさせれば、ギルドでの信用が落ちますよ」

「そこでだ。お前は、今回の任務で不幸な事故が遭って命を落としたと言うことにする。何、前衛が死ぬのは珍しいことじゃない」

「無茶苦茶だ」

 

 逃げようとしたが、足が氷漬けにされていた。見れば、魔導士も杖を構えており、ヒーラーも剣士に対してバフを施していた。この事故に見せかけた追放劇は、自分以外の全員が結託しているということだろう。

 

「何か言い残すことはあるか? これでも、一時は同行した仲だ。遺言位は聞いてやるよ」

「そうですか。では、一言だけ……」

 

 刃の切っ先が喉元に突きつけられた。全てを諦めて項垂れたかと思った瞬間、ブブブブと耳障りな音が聞こえて来た。見れば、彼の周囲には奇妙な物体が出現していた。注視すれば、それが醜悪な造形をした生物であることが分かった。

 大きさは生まれたての子犬ほどしかないが、5つの目と肥大化した頭部を持ち、腕は3本あるが、足は1本しかない。常に涎を垂らしながら、翅をはためかせていたが。声は透き通るように美しかった。

 

「ふざけやがって! これだけ、パーティの為に身を粉にして働いて来たのに! もう許さねぇ!!」

「ぶっ殺してやる!!」

 

 フロイドの足にまとわりついていた氷が割れた。瞬間、彼は剣士の顔面に拳を叩きこんでいた。一撃で鼻骨を砕き、バランスを崩した瞬間に馬乗りに覆い被さった。剣士は力を振るう間もなく、幾度となく顔面を殴打された。

 歯が折れ、顔面は膨れ上がり、眼球が飛び出し、手足が痙攣して動かなくなった。何が起きたか分からず呆然とする二人に、フロイドは歯茎を剥き出しにしながら咆えた。

 

「殺してやる!」

「ひっ!」

 

 慌てて逃げ出すが支援職の二人では、身体能力的に適う訳もなかった。魔導士は髪を掴まれ床に引き摺り倒された。

 顔を守る様にして両手を翳すが、抵抗も空しく顔面が変形するまで殴られ、動かなくなった所で腹部を何度も踏みつけられ、内臓を破損した魔導士は間もなくして寄って来た魔物達の餌となった。

 

「フロイド! 逃げたヒーラーも追うぞ。アイツも俺達を殺そうとした一味だ。アイツも殺して、一緒に留飲を下げようぜ!」

「ハハハ!」

 

 獣の様に息を荒げながらフロイドは山中を駆ける。走り慣れていないヒーラーの背中は直ぐに見えて来たので、スピードを乗せてタックルをした。

 地面に打ち付けられた時の衝動で肩の骨が脱臼したのか、その場で蹲る彼女の頭を掴み上げ、近くに転がっていた石に何度も顔面を打ち付けた。

 

「ごべ、ごべ、んなさい」

「謝らなくていいから死ね!!」

 

 額が割れ、血が流れる。何度も打ち付けていると内に髪の毛が引き抜け、砕けた頭蓋からドロリとした内容物が流れ出ていた。

 

「ハハハハ! ザマぁ見やがれ!!」

「アハハハハ!」

 

 動かなくなった仲間だった物の死体を見て、大笑いをした後。遺品を剥ぎ取って、この場を後にした。全身には打ち震えるほどの快感と力が漲っていた。

 

~~

 

 フロイドは元の名前を覚えてはいないが、自分が日本と言う場所から来たこと、何者からか『報復(リベンジ)』というスキルを受け取ったことだけは憶えていた。

 ただ、彼は生きているだけであらゆる理不尽に晒されて来た。報酬も碌に用意しない依頼主、協力したかと思えば用済みだと切り捨てて来るパーティ。真面目に生きようと小コツコツ稼いで婚約までたどり着いたかと思えば、破棄される始末。

 

「今日の報復も最高だったな。お前が信頼して良いのは、オイラだけだよ」

「シャーディ。お前だけが俺の友達だ」

 

 その全てに報復を行って来た彼は、何時しかスキルの行使こそが生きる理由となっていた。自らを踏み台にしようとした者達の未来を摘み取る為には、どれだけの不幸に見舞われても構わないと考えていた。

 が、そんなことをしていたら当然信頼できる友も安住の地も見つかる訳もなく。自分のスキルの権限とも言える、シャーディ位しか話し相手が居なかった。

 

「今度は誰に報復してやる? 一緒に転生して来たクラスメイトは皆殺しちゃったし、保護者面していた悪質なギルドマスターも殺したしな~」

「きっと、ムカつく奴には直ぐに出会えるさ」

 

 転生して来た世界は圧政に魔物と理不尽に満ちていた。だが、フロイドはこの理不尽を愛していた。全ては、カタルシスのお膳立てだと考えていた。

 シャーディと話しながら、彼は強奪した金品を換金するべく、街に入ると。あちらこちらで歓声が沸き上がっていた。

 

「皆! この街は邪龍によって何度も襲撃されて来た! 犠牲になった人々の数は計り知れない。だが、そんな恐怖に怯える日々も終わりだ! 俺達『光陽』の勇者が、奴を討つ!」

 

 豪壮な装備に身を包んだ一同が祝福を受けて歓迎されていた。騒ぎに巻き込まれない様に脇道に入ると、乞食や浮浪者が寝転がっていた。

 

「兄ちゃん。パンを分けてくれよぅ」

「きったねぇ、乞食だな! あっち行けよ!!」

「はい」

 

 フロイドは惜しみも無く強奪した食料を分け与えた。目の前で、必死に食料を貪る浮浪者に表の騒動について尋ねた。

 

「そりゃ、お前。アレだよ。この街を脅かしている邪龍を倒す為に、遂に勇者様達が来てくれたんだよ。街に来た冒険者達の殆どは返り討ちに遭っちまった」

「なるほど。凄まじく強力な龍なのですね」

「そうだ。俺だって、家を焼かれなきゃこんなことには」

 

 浮浪者の目尻には涙が浮かんでいたが、フロイドは興味が無かった。むしろ、人々から恨まれている龍に対して、どれだけ『報復』が反応してくれるかが気になった。

 浮浪者に別れを告げると、彼は酒場へと向かった。壁にはパーティ募集の張り紙が出されていたが、店主に聞けば殆ど埋まっているという。

 

「どうしてですか?」

「光陽の勇者が来ちまったからな。慌てて、パーティを集めて出て行った奴らと諦めている奴らが大体なのさ」

 

 勝手の分からない場所なので、土地勘のある人間が欲しいと思って壁の募集告知を眺めていたが、今も応募可能な物は無さそうだった。彼を見かねたのか、店主が遠慮がちに一枚の紙を取り出した。

 

「それは?」

「実は、その。1つだけ応募可能な奴があるんだよ。ただ、これを出した奴がマトモじゃないから、表に張り出すのは遠慮していたんだが」

「構いません」

「そうか? じゃあ、呼んで来るわ」

 

 店主が席を立った隙に、隣にはシャーディが出現していた。彼は床を這っているゴキブリを捕まえて、口に放り込んでいた。

 

「全く。オイラに御馳走を用意してくれるのは有難いけれど、この雰囲気は嫌いだね。見ろよ、周りの冒険者達は飲んでくればっかりだ」

「興味がない」

「そうだよな。お前が興味を持つのは報復だけだもんな。今回もまた、お前は用済みで役立たずって誹りを受けながら、報酬を持ち逃げされたり裏切られたりするんだ。皆がお前のことを馬鹿にしているんだ」

 

 その時はどうやって復讐をしようか。あるいは血祭りにあげようかと心を躍らせていると、店主が1人の少女を連れて来た。

髪はボサボサで薄汚く、目の焦点は合っておらず、歯が欠けていた。存在が悲惨とも言えたが、彼女は屈託のない笑顔を浮かべながら言った。

 

「オロロロ。わわわ、私はザルマでぇす! 私ととととと。一緒に平和を取りおぇえええ!!!」

「うわ。くせぇ!」

 

 床一面に緑色のゲロを吐き出した。鼻を突く様な臭いに店主が顔をしかめる中、フロイドは店に備えていた雑巾を取り出して吐瀉物を拭きとっていた。

 

「ザルマさん。よろしくお願いします」

「はい! はい! はい! はい! よろしくお願いします!」

「お、おぅ。頑張ってくれ。後、会計だけ払って出て行ってくれると助かる」

「分かりました」

 

 周りで飲んでいた者達も貰いゲロをして、酒場は阿鼻叫喚たる有様になっていた。フロイドはザルマの手を引いて、街中に出た。

 

「お兄さん。変わっていますねぇ! 皆、私のこと避けるのに!」

「特にあなたを選んだ理由はありませんが、困りましたね」

「コイツ。全然、人を恨んでいないじゃねーか!」

 

ブゥン。と言う翅音と共に現れたシャーディはザルマを見て憤慨していた。

汚らしく、言語もたどたどしい。差別されて然るべきはずの彼女は、何一つとして憤りを抱いていなかった。

 

「わわ! 隣の子は誰ですか?」

「コイツはシャーディ。俺の相棒だ」

「よろしくな! ザルマ!」

「シャーディさんもよろしくお願いします! 綺麗な声をしていますね!」

「ヘヘッ? そうかい? 心ってのは声に反映される物だからな」

 

 差し出された3本の腕のどれを握れば良いか分からず、代わりに1本だけ動かずにいた足を握った所で、シャーディは大声を上げた。

 

「オイラの足に触るんじゃねぇ! この乞食野郎!!」

「怒られちゃいました」

「そうですか」

 

 彼女達の交流に全く興味が無いのか、フロイドは立ち寄った店で物品を換金して、ザルマと共に酒場で夕食を取ることにした。

 見た目に相応しく、彼女は食い方も汚かった。ボソボソとした黒っぽいパンを野菜の切れ端が浮かんだスープに浸すと、ズズズと音を立てて吸い上げる様にしてパンを齧っていた。

 

「うるせぇ! 汚ェ! 静かに食え!」

「すぃません。私、歯が欠けているので噛むことが出来ないんです。こういう風に吸い上げて食べることは出来りりり。ヴォエ」

 

 スープの入った食器に黄色いゲロが吐き出された。だが、彼女は気にした風もなく再びパンをスープに入れた。すると、見る見る内に形が崩れて行き、粥の様になったところで彼女は内容物を啜り上げた。

 

「なぁー! フロイドぉ! お前、食事の時間によぉ! こんな汚い光景を見せられて腹が立たねぇのかよ!」

「別に」

「やっぱり、フロイドさんは心の広い方です!」

 

 彼らに対して向けられる視線は冷たい物だったが、誰も何も言わなかった。

 店を出た後、宿屋に泊まった彼らは一つのベッドの上に寝転がった。異性と同衾していると言うのに、桃色な雰囲気は一つも無かった。

 

「ザルマさんは、どうして邪龍の討伐に出ようと?」

「皆に行けって言われたからです。困っている人を助けるのが悪い訳がありませんから!」

 

 風体は哀れであったが、明朗に語る善意のおかげで彼女が眩い物に見えた。名誉や財宝目当ての様な欲望を感じなかったのも大きかった。

 

「ケーッ! どうせ、口減らしか何かで体よく死地に送り込まれているだけだよ! ザルマちゃんよぉ。憎くないのか?」

「ぜーんぜん? だって、皆が出すゴミが無かったら、私。生きていられませんでしたから。でも、スープを飲んだのは初めてでした! ありがとうございます!」

「……?」

 

 彼女が言ったことが暫く理解できずにいたが、特段気にしたことも無く。翌日に備えて、彼は眠りに落ちた。

 

~~

 

「おぼぼぼぼよよよ」

 

 フロイドはザルマの寝ゲロを顔面に浴びて目を覚ました。しかし、不思議なことに怒りも報復心も全く沸き上がらなかった。

 シーツがやや溶けかかっていたが、ゲロを拭きとった後。『二度と来るな』という店主の感謝の声を受けて、彼らは表に出た。

 

「朝ご飯は何ですか?」

「ただ飯食らう前提でいるんじゃねぇよ! 汚物!」

 

 シャーディが怒りに駆られる中。酒場の前には人だかりができていた。

 光陽の勇者関係かと思っていたが違うようだった。小柄な少女が涙を流しながら、震える手で短剣を構えていた。間に狼狽える優男を挟んで、グラマラスな女性が毅然としながら言い放った。

 

「だから! 坊やはチンチクリンなアンタじゃなくて、私を選んだんだよ! 芋臭い女は好みじゃないってな! 昨日は赤子みたいに吸い付いて来ていたよ!」

「嘘だっ! ハルキ様。あの仲間面した女に襲われたんですよね! そうに決まっていますよね!?」

「えぇっと。その、まずは話し合いから……」

 

 寝ぼけていた頭に火が入った様な気がした。全身に血が巡り、フロイドの体格が膨らんだ気がした。ザルマが首を傾げる中、シャーディが笑い声を上げた。

 

「ザルマ! 見ろよ、アレがフロイドの『報復(リベンジ)』のスキルだ。どんな怒りやフラストレーションにも反応してくれるんだぜ! やっちまえ! クソハーレムなんてぶっ潰しちまえ!」

 

 駆け出したフロイドは、間に挟まっていたハルキの胸倉を掴むと地面に叩き付けた。部外者の乱入に二人が戸惑う中、彼は一切の迷いも見せずに面識のない男の腹部と股間を執拗に蹴り続けていた。

 

「ハッキリしやがれ、糞野郎が! テメェにペ〇スなんて上等な物は必要ねぇんだよ! ボケカスが!!」

「ギャアアアア!!」

「やめてぇ!」

 

 少女は短剣を放り投げ、フロイドを引き剥がしに掛かった。

 騒ぎを聞いて、衛兵達も駆けつけてくる中。彼は脱兎の如く、この場を後にして、邪龍が住まうという山へと向かった。残されたザルマは倒れているハルキを一瞥した後、後を追った。

 

「へぇ、アイツ。面白そうじゃない」

 

~~

 

 山へと入ろうとすると、入り口付近で負傷者達が蠢いていた。その内の一人が、フロイド達に声を掛けた。

 

「あ、アンタら。今は山に入らない方が良い。光陽の勇者達が入った。邪龍も直に討伐される。遺品漁りも止めておけ。危険すぎる」

「ご忠告感謝しますね!」

 

 ザルマが代わりに礼を言うと。二人は制止も聞かずに山へと昇って行こうとするが『待ちな!』と、呼び止められた。振り返れば、先の騒動で見た女性が居た。

 

「アンタら。さっきはよくもやってくれたね」

「ふむ。貴方は誰ですか?」

「ほら。さっき、店前で痴話げんかしていた片割れだよ。大方、オイラ達に復讐をしに来たんだぜ」

 

 シャーディが説明するが、女性は首を横に振っていた。

 

「違うね。アンタらが面白そうな連中だから付いて行こうって思ったんだ。ハルキの坊やは甘ちゃんで刺激が足りないし、あの小娘は嫉妬深くていけない」

「フロイドさん。どうします?」

「人手は多いに越したことはありません。一緒に行きましょう!」

 

 薄笑いを張り付けながら、内心では笑っていた。一晩寝た相手を傷つけた人間をどれほど恨んでいるか。どの様な悪意を滾らせているかと思うと、何が起きるか楽しみで仕方がない。

 

「おぅ! よろしくな! 私の名前は『イデア』って言うんだ」

「わぁ! も~っと。楽しくなりますね! フロイドさん!」

「イデア? 大層な名前しやがって。お前なんてビッチで十分だよ」

「なんか言ったかい? 虫の羽音がうるさくてねぇ」

 

 激高したシャーディが3本の腕で殴り掛かったが、容易く避けられた。こんな奇妙な団体に声を掛けようとする者達には、2度も出て来ず。彼らは危険極まりない邪龍の棲家へと足を踏み入れた。

 

~~

 

 道中には翼の退化したレッサードラゴンや狼型の魔物が跋扈していたが、一番の脅威は人間だった。討伐の為に入って来た冒険者達から、金品を強奪しようとする野盗達が蠢いていた。

 

「ヘヘヘ。光陽の勇者達には勝てねぇけど、テメェらみたいな無名の冒険者なら、今まで何度もやって来た」

「邪龍の栄養にしたら、増々手が付けられなくなるからな。これは適切な間引きって奴だよ」

「酷い! 街の人達はどうなっても良いんですか!」

「知るかよ!」

 

 ザルマの抗議を意にも介さず、彼らが襲い掛かって来るよりも先にフロイドが動いていた。拳サイズの石を拾い上げ、野盗の頭に打ち付けた。額が割れ、血が噴き出して、崩れ落ちた。

 

「見ろよ。平和を手に入れようとする冒険者達を狙った卑劣な悪党どもめ。こんな奴らは生きていることも許せねぇよな! 相棒!」

 

 大気を震わす程の叫び声を上げると。こん棒を拾い上げて、別の男の頭を叩き割り、また新しい武器を拾い上げては使い潰す様にして使う。

 一面に広がる血の臭いを嗅ぎつけた魔物達が姿を現す。唸り声を上げてフロイド達を威嚇すると、ザルマが口元を覆った。

 

「待って下さい! 私達は戦うつもりはおげぇろぉ!」

「うわぁ!?」

 

 突然、地面一帯に黄色い吐瀉物がぶちまけられた。余りの刺激臭にイデアが鼻と口元を覆うと、魔物達は鳴き声を上げて引き返した。

 

「あれれぇ? どうして、引き返したんでしょうか?」

「近くで、こんな刺激臭をまき散らされたら、連中も逃げざるを得ないだろうね」

 

 人間の嗅覚を狂わせるほどの物であるから、魔物達にとっては攻撃にも等しい行為だろう。吐瀉物の掛かった死体の骨肉はグズグズに溶け始めていた。

 

「……そう言えば、朝食食べてなくてお腹減っているんでした。ちょっと待ってもらって良いですか?」

「どうぞ」

「おぃい! 人間食うのかよ! 人を食い物にしてきた奴を食うだなんて! 運命ってのは皮肉だな!」

 

 死体のスープを啜り上げるザルマと大声で笑うシャーディ。フロイドは無表情のまま、彼らの動向を見守っていた。誰一人として常識的な反応をしないことに、イデアは笑う外なかった。

 

「ハッハッハ!! イカレてんね! これが噂のスキルって奴の力なのかい? 一体、どんな能力なんだ?」

「報復(リベンジ)」

「オイラから見て、報復対象になった相手を葬るだけの力が沸き上がるって力なのさ。別にフロイドが直接何かされたわけでなくても、使えるんだけれどな!」

「直接? どういうことだい?」

「精神的苦痛を与えて来た奴相手の排除にも使えるんだよ」

 

 道理で、ハルキがあんなに容易くボコボコにされていたのかと納得した。だが、同時に疑問も湧き出た。

 

「アンタが報復したいと思う相手の基準は?」

「ムカついたら!」

 

 極めて曖昧な物であったが、少なくとも身を守る程度には使えるのだろうと判断して、一同は歩を進めた。

 

~~

 

 頂上へと進む彼らは、魔物に追われる一行の囮として利用されそうになったり、過酷さの余り発狂した冒険者から殺されそうになったりもしたが、全て返り討ちにした。

 彼らの遺品を拾得しつつ、全てを乗り越えて辿り着いた先。邪龍と呼ぶに相応しい威圧感と体躯を備えた存在は、光陽の勇者達と対峙していた。

 

「邪龍! お前の悪行もここまでだ!」

「愚かで、矮小な人間どもが!! 大地の染みにしてやるわ!!」

 

 大気を焦がす龍の息吹(ブレス)は光のヴェールに阻まれていた。続けて、バフを唱えたのか、前衛の二人は翼が生えたかのような身軽さで邪龍に飛び移り、角や翼を切り裂いていき、火球や氷槍が傷口目掛けて降り注いでいた。

 

「グギャアアアアアアア!!!」

「これで終わりだ!」

 

 剛健な爪も翼も切り飛ばされた、体表を散々に切り刻まれた邪龍は地にひれ伏した。岩場の陰から観察していたイデア達は息を呑んだ。

 

「なんてこった。これが光陽の勇者の実力ってやつかい」

「ヘヘッ……」

「勇者さん達って凄いんですねぇ。これで、街も平和を取り戻しますよぉ」

 

 誰もが邪龍が討伐されるという結末を信じて疑わない中、フロイドは駆け出していた。彼の姿を見るや、光陽の勇者は叫んだ。

 

「ルミナ! 防御魔法を張れ! ルネート! 迎撃しろ!」

「ヒッ。は、はい!?」

「了解!」

 

 フロイドが投擲した石は光の壁に阻まれて消えた。お返しと言わんばかりに放たれた氷槍は、彼の体を貫きはした物の全く止まる気配が見えない。

 

「ライト! コイツは一体何なんだよ!?」

「コルン! 説明は後だ! 気を付けろ! コイツは邪龍以上の化け物だ!」

 

 邪龍から飛び降りた二人が一斉に切り掛かったが、どちらの刃も彼の皮膚を切ることすら出来なかった。シャーディが叫んだ。

 

「ここで逢ったが100年目。テメェだけはぶっ殺してやる! フロイド! 殺っちまえ!!!」

「リクトォオオオ!!」

 

 あまりの声量に周囲の地面に亀裂が走った。全身の皮膚が黒く変色し、拳を振るった。掠っただけで、祝福を受けたはずの鎧が砕け、盾も破砕された。

 

「ライト。リクトって、確かお前の……こいつは生き残りってことか」

「そう言うことだ。謝って済む問題じゃないなら、ここで片を付ける」

 

 ライトが手にした剣の刀身が光を帯びて行く。怒りと言う強大な力に動かされているフロイドでさえ、生存本能が警鐘を促す程の物だということを察していたが、止まることはない。

 両者が激突し、勝敗が決するかと思われたが、二人を分け隔てる様にして息吹(ブレス)による炎壁が立ち上がった。

 

「皆! 逃げるぞ!!」

 

 彼らの行動は速かった。一時的とはいえ、フロイドの動きが鈍った瞬間に振り向きもせずに走り出した。千載一遇のチャンスを失い、怒りに打ち震えながら倒れている邪龍を見れば、傍にはザルマとイデアが居た。

 

「ヤバそうだったから、コイツの治療をして援護したけれど!」

「バカヤロー! 余計なお世話だ!」

 

 シャーディが怒声を巻き散らしていたが、フロイドは真っ先にザルマの方へとやって来ていた。

 

「どういうつもりだ」

「あの人達は、良い人達です。殺しちゃ駄目です」

 

 普段から陽気に喋る彼女が、抑揚を抑えて喋っている。と言うだけで、シャーディさえも口を噤んでしまう程だった。暫し、誰もが口を閉ざしている中。声を上げたのは意外な者だった。

 

「助かった。とでも言うべきか」

「あんまり動かないでおくれよ。私の回復魔法なんて、微々たるものだからね」

「心配いらん。この体では治癒も遅いが」

 

 邪龍の体躯が紫煙に包まれ、輪郭がぼやけると少女の物へと変わっていた。竜の象徴たる金色の瞳に、燃える様に真っ赤な髪は腰まで伸びていた。

 

「わぁ。人間になりました!」

「邪龍として人に貸しを作るのは気に食わん。が、お前はどうやら光陽の勇者と浅からぬ関係があるらしいな。目的が合致していて都合が良い。余の名前は『ミロ』。暫し、付き合って貰うぞ」

「勝手にしろ」

「そうさせて貰う。我の誇りを傷つけた者達は、決して許さんぞ!!

 

 かくして、街を騒がせていた邪龍を仲間に加えて、彼らは街へと帰還することにした。が、下山中にイデアが尋ねた。

 

「アンタ、光陽の勇者達とどういう関係があるんだ?」

「いやぁ、何というか。オイラ達とアイツらはちょっと複雑で」

 

 フロイドに尋ねた所で答えは期待できないと考え、シャーディへと投げかけたが、普段は饒舌な彼にしては歯切れの悪い返事だった。

 

「俺の報復(リベンジ)を唯一妨げた、善意の塊の様な人間だ」

 

 代わりに。普段は淡々と答えることしかしない彼が、感情を滲ませながら答えた。詳しいことは分からなかったが、彼もそれ以上は答えてくれようとはしなかった。

 

~~

 

 街へと帰還したライトは住民達から歓迎を受けた。邪龍の気配は消え去り、平和が戻ったと確信していたからだ。酒や料理に舌鼓を打ちながら、魔導士であるルネートは彼に尋ねていた。

 

「あのフロイドとか言う化け物。一体何者なの? アンタとどういう関係?」

 

 彼女が質問した瞬間。ルミナはキュッと唇を噛んで、小刻みに震えていた。コルンに目配せをして、彼女を下がらせた後。ライトは語りだした。

 

「あの男、本名はコジマと言う。俺と同じ転生者だ」

「アンタの『光刃(ルミナス・ブレード)』と同じく、スキル持ちってこと?」

「そうだ。アイツのスキルは強力無比だが、制御がまるで利かない。ルミナの故郷を滅ぼしたのもアイツなんだ」

 

 ルネートは息を呑んだ。彼女が居た王国は屈強な兵士や、ライトの様な強力なスキルを持つ転生者を何人も抱え込んでいたはずだと言うのに。

 

「一体、どんなスキルの持ち主なの?」

「『報復(リベンジ)』。周囲の怒りや復讐心を糧に、無限に強化されて行くスキルだ。矛先を向けられれば、魔族だろうと王国だろうと手痛い損害を被る」

「どうして、そんな奴が捕縛されていないの?」

 

 ライトは宴会で盛り上がる一同を見ていた。彼らの中には勇者と言うだけで自分に妬みや僻みを向けて来たり、時には暴言を飛ばして来る者も居た。

 だが、それも仕方がない物だと考えていた。人が動物である以上は感情に振り回されてしまうことは重々に承知していたからだ。だが、限度はある。

 

「アイツは報復心を抱かせた相手を決して許さない。だから、アイツの顔を覚えている人間が殆どいないんだ。俺だって雰囲気で分かっただけだったから」

「厄介な奴に絡まれた物ね。でも、放っておけば悪党も狩りつくされるんじゃ?」

「駄目だ。アイツは報復心を抱かせるような行為をした者なら、善人でも手を掛ける。だから、アイツの存在は許しちゃいけないんだ」

 

 人々が宴を楽しんでいる中。当事者達だけが事態を重く受け止めていた。

 邪龍以上の化け物と称される相手をどの様に対処するべきか。そもそも、無限に強くなっていく相手を倒す方法など存在するのだろうか?

 

「勝ち目はあるの?」

「ある。無敵な様に見えるが、アイツには弱点がある。……俺だけが生き延びることが出来たのも、偶々弱点を突くことが出来たからだ」

「そんな物が? 一体、それは?」

 

 今後、自分達の脅威として立ちはだかる可能性があるなら情報の共有は必然だ。魔力付与(エンチャント)や魔導式の指向強化等、出来ることは大量にある。

 答えを待っていたルネートに対して、ライトは真面目な表情を崩さずに言い放った。

 

「愛だよ。敵意を向けることで無限に強くなるのだから、愛で包まれるのが弱点なんだ」

「……は?」

 

 話の重大さに対して、間の抜けた反応になってしまった。だが、彼の表情は真剣そのものだった。

 

~~

 

 街では光陽の勇者達が邪龍を討伐したという話題で盛り上がり、催しが開かれていた。彼らは次の目的の為、と言って街を早々に出て行ってしまったので、主賓が居ないという奇妙な状況であった。

 

「よぅ、兄ちゃん達! よく、生きて帰って来れたな!」

「はい! もう、ライトさん達凄かったんですよ! 剣でズバズバーって!」

 

 普段は食す機会のない美味の数々に、ザルマとシャーディは齧りついていた。イデアも多くの男性達に誘われる中、フロイドだけはほんのり柔らかいパンを齧っていた。覇気のない様子に、思わずミロが声を掛けた。

 

「我を殺そうとした勇者達と対峙していた怪物とは思えんな」

「普段は何も考えていないんだ。何もせずに、こんな風に平和が当たり前にあって、崩される訳も無くて、昨日と変わらない今日が訪れると思ってるんだ」

「大した平和主義者だ」

「そうです。俺って平和主義者なんです。だから、平和を乱す奴は殺したいって思う位に腹が立つんですね」

 

 ヘラヘラと語っているが、全て本音なのだろう。報復のカタルシスを得る為だけに平和の状態を維持している。自分が攻撃されることは理不尽であるという状況を自分から構築しているのだ。

 

「(寄生虫の様な奴だ)」

 

 世界には自らを態と捕食させて肉体を乗っ取る生物が存在しているらしい。このフロイドと言う男には似た様な物を感じていた。

 

「あぁ。ふわふわでとても美味しい。俺の毎日も、このパンみたいにフワフワしっとりした物だったらいいのに」

「何を言っているんだお前は」

 

 余程気に入ったのか。フロイドが幾つか持って帰ろうと、ポケットを探った所。財布が消えていることに気付いた。見れば、コソコソと走り去って行く男を見つけた。

 先程までの雰囲気が豹変し、目は血走り、口の端から涎が溢れ、獣の様に歯を剥き出しにした。

 

「待ちやがれ!! その指引き千切ってやる!!」

「ヒィイイイイ!!」

 

 人垣を縫うようにして走り去って行く男を追いかける姿を傍目に、ミロは溜息を吐いた。

 

「碌な旅路になりそうにないな……」

 

 予感は実際にその通りであった。

 



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