五航戦との関係に悩む加賀。そんな彼女に対して、不知火は一つ提案する。
「渾名で呼んでみるのはどうでしょうか」

1 / 1
加賀さんとかくかくずいずい。時々ぬいぬい

戦中ということを忘れてしまいそうになるくらい、屋上から見える水面は何処までも穏やかで静かだった。

 自分がこの鎮守府にやってきた時は、こうしてゆっくり時間を過ごすことなんて出来なかった。それが今では、艦の総数も増え練度も上がり、出撃がない日も増えてきた。喜ぶべきかは微妙なところだけど、後輩の成長というものは素直に嬉しい。

 けれど、と加賀は嘆息する。すっきりしない気持ちがあるというのも、また事実だった。

 

「お悩みですか、加賀さん」

「……貴方って、静音性に優れていたかしら」

「いえ、知り合いに忍者がいるので」

 

 それで、どうなされました? 音もなく現れた不知火は、加賀の隣に立ち同じように水平線を眺める。

 加賀は、一瞬だけ迷う素振りを見せたが、結局話すことを選択した。

 彼女は賢い子だし、このまま溜め込んだままよりマシなはずだ。そう思い、口を開く。

 

「五航戦の子達のことです。未熟だった彼女達も練度が上がり、主力の一翼を担うようになりました。それは、嬉しい事です」

「それに、何の問題が?」

 

 不知火の問に、加賀は首を横に振る。

 

「それは問題では無いの。ただ、いつまでも私を先輩だと思って、遠慮し続けるんじゃないか。自分達は未熟だと思い込んでいるんじゃないか。それが不安なの」

 

 良かれと思い、厳しく接してきた。その結果、確かに彼女達は強くなった。だけど、『一航戦の後輩』で止まってはいけないのだ。私と違って、彼女達はもっと強くなれるのだから。

 

「なるほど。つまり対等な関係であって欲しい、ということですね」

「そういうことね」

 

 しかし、自分でやったことのツケが今やって来たというだけ。今更彼女達から歩み寄れ、なんて言うのは傲慢もいいところだ。

 再び溜息をつく加賀。対して不知火は、得意げと言うわけでもなく、涼しい顔で応える。

 

「なら簡単です。加賀さんから歩み寄ればいいでしょう」

「出来るなら、そうしてるわ」

 

 感情表現が下手な自覚も、口下手な自覚もある。そんな人間にどうしろと言うのか。

 変わらない表情からは、その不満も読み取れない。それを知ってから知らずか、不知火は淡々と続ける。

 

「ですが、そうするしかないでしょう。御安心を、案はあります」

「本当?」

「ええ。不知火もここに来たばかりの時は怖がられたものです。戦艦クラスの眼光だの戦闘ジャンキーだのと」

 

 しみじみと語る不知火。言われてみるとそうだった気がする、と加賀は当時のことを思い出す。

 大人びた不知火に対し、気弱な電は遠慮がち、背伸びの暁は虚勢を張る。そんなことが続いていたが、ある時には馴染んでいた。

 

「陽炎がふざけて不知火のことを『ぬいぬい』などと呼んだのです。思わず陽炎を殴りかけましたが、それを聞いていた響さんが『いい渾名だ』と笑って、それを切っ掛けに私は馴染むことが出来ました」

「そうだったの……」

 

 時々耳にする『ぬいぬい』にそんなストーリーがあったとは。感慨深げに加賀は頷く。

 

「加賀さんも、翔鶴さんと瑞鶴さんのことを渾名で呼んでみては如何でしょう。渾名で呼べる仲というのは、今より一歩進んだ関係だと思います」

「……そうね、やってみるわ。ありがとう、不知火」

 

 加賀はそう言って、水平線を背に屋上から立ち去る。作戦行動は迅速かつ速やかに。それが基本だ。

 

「加賀さん」

 

 その背中に不知火は声をかける。加賀は振り返る。

 

「どうか、ご武運を」

「心配しないで。鎧袖一触よ」

 

 加賀は変わらない澄まし顔のまま、そう応え屋上を後にする。残された不知火は、閉じたドアを見て、次に空を見上げて呟く。

 

「……心配です」

 

 やはり、彼女も表情は変わらないままだった。

 

 

「せ、先輩……? どうしましたか?」

「……」

 

 やる、とは言ったが屋上から降りてすぐというのは想定していなかった。明日やるという選択肢もあったが、そうするといつまでも出来ない気がした。赤城さん、明日って今さ。『やる』と思ったのなら、既に行動は終わっているのだ。

 そんな益体の無い考えがぐるぐる回っている間も、目の前の翔鶴は困惑した様子で加賀を見つめていた。対する加賀は仏頂面のまま必死に思考を回転させていた。

 まずは、渾名で呼びかける所からだ。不知火が『ぬいぬい』だったから、翔鶴は……。

 

「……しょうしょう」

「えっ?」

 

 いや違うそうじゃない。彼女は塩や胡椒じゃない。これは違う、正解じゃない。

 さらに困惑した様子の翔鶴に焦る加賀は、ある答えに行き着く。『しらぬい』だから『ぬいぬい』なら、『しょうかく』は!

 

「……かくかく」

 

 彼女はプレステのポリゴンじゃない。艦これは2013年のゲームです。

 そんなことはどうだっていい、重要な事じゃない。今重要なのは目の前の翔鶴が、こちらを心配する目になってきていることだ。このままでは先輩後輩とか対等な関係以前に、可哀想な人にランク付けされてしまう。

 

「せ、先輩? 私、何か気に触ることをしました?」

 

 対する翔鶴も焦っていた。何しろ厳しくも頼りになる先輩が、よくわからないことを自分に向かって言っているのだ。何かしでかしたのだろうか、という当惑もやむ無しである、

 そして、それは加賀の本意ではない。早く、早く言わなくては。

 貴方はとてもよく頑張っているし、私よりも強くなれる。だから、もっと自分に自信を持って。ただ、そう言うだけでいいのだ。簡単なことではないか。

 しかし、真顔のまま冷や汗を流す加賀が紡いだ言葉は、

 

「……頑張りなさい」

「あっ、先輩!」

 

 究極的にどうとでも取れることを言ってその場を逃げ出した。この正規空母、ヘタレであった。

 加賀は背中から当たる声を無視し、とにかくその場から離れることだけを考えて足早に鎮守府を歩く。解決にはならなくても、あの場にいるよりはずっとマシだと言い聞かせながら、ひたすら廊下に足音を響かせる。

 だが、悪い時には悪いことが重なるのか。それとも、これは試練なのか。

 

「あっ、加賀……さん。こんにちは」

「……」

 

 逃げ出した先で遭遇した試練――瑞鶴はそっけなく挨拶をする。まだ混乱の冷めない加賀は何も言えなかった。

 それが気に触ったのか、瑞鶴はむっとした表情で言う。

 

「挨拶くらいはして欲しいんですけど。それとも、五航戦は眼中にない、と?」

「……いえ、ごめんなさい。少し混乱していたから」

「別にいいですよ。どうせ私と貴方は違いますから」

 

 刺々しいその言葉が、加賀の胸に刺さる。しかし、そんな言葉を言わせる原因を作ったのは、自分だ。憎まれ役を望んだのは自分なのだから、それから脱却するのも自分でやらねば意味が無い。

 混乱していた思考はもう落ち着いた。そう、自分がすることは決まっている。

 小さく深呼吸した加賀は、改めて瑞鶴と向かい合う。

 

「……瑞鶴」

「何ですか? まだ何か?」

 

 そう、自分がすべきこと。それは、

 

「……ずいずい」

 

 ――彼女を渾名で呼ぶことだ。

 

「………………はっ?」

 

 おまえは何を言っているんだ。ぽかんと口を開けた瑞鶴は、言葉にせずともそう言っていた。それが何故なのか、加賀にはわからなかった。

 ……あれ、期待していた反応と違う。不知火が言うには、これで打ち解けられるはず――。

 いや違う。だから違う。渾名で呼ぶのは手段であって目的はない。打ち解ける切っ掛けであって、全てではない。それはさっきでわかっていたはずなのに。

 どうやら間違った方向に落ち着いていたらしい思考が導いた答えは、更なる状況の悪化を招いた。怪訝な目で見やる瑞鶴の視線に耐えられなくなった加賀に選択の余地はなかった。

 すなわち、

 

「って、なんで逃げるの!?」

 

 後ろに向かって全力前進である。

 

 

 屋上からの見える水面は、変わらず穏やかだった。そう、水面『は』穏やかだった。

 

「……」

 

 膝を抱えて項垂れる加賀の内心は荒れ果てていた。自分の不甲斐なさに泣けてくる。実際には涙も出ないし、表情だって仏頂面のままなのだが、それが余計に苦しかった。せめて人並みに感情表現が出来ていれば。そう思わずにはいられない。

 波の音に混じって、昇降口のドアが開く音が耳に届いた。もしかして、彼女達が――。

 

「……加賀さん」

「……不知火。ごめんなさい、助言してもらったけど、私には出来なかったみたい」

 

 何を期待しているのだろう、私は。そんなことを期待できるような立場じゃないのに。

 余計に自分に嫌気が差す加賀に、不知火は声をかける。

 

「あまり風に当たっても気が滅入ります。こっちに来て話しましょう」

 

 何処と無く優しい口調の不知火の言葉。年下に気遣われるのも情けなかったが、その優しさは身に染みる。無言のまま加賀は頷き、不知火と同じように昇降口の壁に背中を預ける。

 

「溜まっているものがあるなら、ここで吐き出してください」

 

 不知火は、それだけ言って黙る。聞き役に徹するつもりのようだ。加賀は、心苦しさはあったがこちらを案じる彼女の目に、心情を吐露することを決めた。

 

「……私は、あの子たちに嫉妬していたと思う。私みたいに紆余曲折を経て空母になったのではなく、初めから空母だった彼女達に」

 

 もし最初から空母として設計されていたら。そうしたら、もっと戦果を上げられたかもしれない。なのに、彼女達はそれを生かすことが出来ていない。私が望んでも叶わないことを、叶えているのに。

 理不尽な八つ当たりだ。自分がそうだったように、彼女達だって自分で望んだわけじゃない。それはわかっている。だけど、感情は理屈だけでは飲み込めない。

 飲み込むことが出来るようになったのは、些細な一言が呼び起こした感情だ。

 

「翔鶴が旗艦を任せられた作戦があったの。私は、きっと失敗するだろうと思っていた。まだ未熟だったし、あの子が出来るわけがない――出来て欲しくなかった」

 

 言葉に出すと、何て子供っぽい感傷かしら。加賀は自嘲する。不知火は、黙って聞き続けた。

 

「けど、彼女は立派にやり遂げた。そして、私にこう言った」

 

 『やりました! 先輩の教えてくれた通りに、私出来ました! 先輩のお陰です!』

 

「彼女に信頼されて、頼られているんだと思うと胸が温かくなった。素直に嬉しいと思ったわ」

 

 それを聞いたら、生まれなんてどうでも良くなった。そして、安っぽい感情に流されていた自分を恥じた。そんな自分でも出来る事は何がある?

 それは、憎まれ役を演じてでも彼女達の力を引き出し、いつか一航戦を超えて貰う。それが、私が彼女達に出来る事だ。

 

「……そう思ってやってきたけど、そんなことをしなくても、きっと彼女達は成長したわね。私のしたことは、余計なお世話だった」

「そんなことありません!」

 

 否定の叫びは、不知火のものでも、加賀のものでもなかった。勢い良くドアが開かれ、次いで倒れこむように現れた人物は、

 

「……翔鶴? それに……瑞鶴?」

 

 隠し切れない驚きの声をあげる加賀。どうして彼女達が?

 加賀の疑問に応えるように、翔鶴は、息を切らしながら途切れ途切れに言う。

 

「加賀さんを探していたら……不知火ちゃんが……屋上にいるって……」

 

 瑞鶴がその後を継ぐ。

 

「先に話をするから、待っていて欲しいって言われて……、その、ごめんなさい」

 

 バツが悪そうに言って、瑞鶴は頭を下げる。その言葉の意味することは、つまり。

 

「……不知火」

「不知火に何か落ち度でも?」

 

 そもそも、貴方がヘタれるからいけないのです。彼女の目はそう言っていた。

 清々しいまでに悪びれない彼女に、加賀は何も言わず、代わりに溜息をついた。

 確かに、こんなことになったのは自分の責任だ。ならば、最後くらい意地を見せよう。それが私の責任だ。

 加賀は、決意を持って立ち上がり、翔鶴と瑞鶴の二人と向かい合う。

 

「……翔鶴」

「は、はい!」

「貴方はとてもよく頑張っているし、私よりも強くなれる。だから、もっと自分に自信を持って」

 

 たったそれだけの事を言うだけなのに、随分と回り道をしてしまった。けれど、やっと伝えることが出来た。

 

「……先輩!」

「……ええと」

 

 感極まったのか、加賀に抱きつく翔鶴。どうすればいいのかわからず、不知火に視線を送ると『抱きしめろ」というジェスチャーが返ってきた。とりあえず、その通りにすると、さらに強く抱きしめられ、加賀もさらに困惑する。

 それを瑞鶴は呆れたように眺めていた。

 

「……瑞鶴」

「あーその。……私も今までツンケンした態度とってごめんなさい。加賀さんのこと、何も知らないで」

「……いいのよ。私がそんな教え方しか出来なかったのがいけないのだから」

 

 それに、もう対等なのだから『さん』付けはしなくてもいい。そう言うと、瑞鶴は首を横に振る。

 

「対等って言ってくれるのは、すごい嬉しいんだけど、さ。私と翔鶴姉にとって加賀さんは目標で、憧れだったから。それは変わらないよ」

 

 それに、『加賀さん』って呼び方、結構気に入っているから。照れくさそうに、瑞鶴はそう言った。

 加賀は、二人が自分を受け入れてくれたことに驚き、そして感謝した。それは、自然と言葉になって溢れた。

 

「……ありがとう、瑞鶴」

「ッツ! あーもう!」

 

 たじろいだ瑞鶴は、そう叫ぶと、加賀にぶつかるように抱きつき彼女の胸に顔を隠す。意図が理解できない加賀に、顔を隠したまま瑞鶴は言う。

 

「ずるいよ……そんな優しいこと急に言われたら、なんて言ったらいいかわからないって……」

「……そうね。こんなこと言ったこと無かったわね」

「そうだよ……」

「でも、これからはちゃんと言うから。だから、大丈夫よ」

「~ッツ! そういう事言わないでってばー!」

 

 瑞鶴が、耳まで赤くなっていることに気がつかない加賀は、彼女の言っていることがよくわかっていなかった。

 とりあえず、『抱きしめろ』のジェスチャーが出ていたので、加賀はしばらくそうしていた。

 

 

「あら、加賀さん……?」

「……赤城さん」

 夕焼けに染められた屋上にやってきた赤城は、加賀の両隣に座って目を閉じる二人を怪訝そうに見やる。その間に挟まれている加賀の腕は、しっかりと両腕を回されていた。

 くすくすと赤城はおかしそうに笑う。

「新しい装備ですか?」

 加賀は、両隣の二人を見やり、応える。

「……ええ、そうね。さすがに気分が高揚します」

 ふふっ、と赤城は同じように微笑み返した。




こちらでは初めましてになります、すねいくです。
どんなものかと思い、渋からですが投稿させていただきました。
お楽しみいただければ幸いです。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。