桜満集無双   作:らんの

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大変長らくお待たせしました!
本当は3月上旬までに投稿する予定でしたがギリ下旬に入ってしまったでしょうか。
約一年に渡る用事も済んだことですし今後これ以上期間が空くことはないのでご安心ください。


#10 捕食 prey

銃口を口内に突きつけられている老いた修道女は、怯えた表情で上を指差す。その銃が離されると、彼女は安堵したように、またどこか後ろめたそうに俯いた。

 

「自分を責めることはありません。所詮人間でしょう?」

 

不敵な笑みを浮かべたピエロのような風貌の男-嘘界-は、数人の兵士と共に教会の奥へと進んでいった。

 

 

 

バンッ、とドアを蹴り破る。しかし既にそこはもぬけの空だった。

 

「残念、逃しましたか……」

 

嘘界は部屋の中へと入ると、黒色の結晶を拾い上げる。

 

「ヒッヒッヒッヒッ、どうやらビンゴですかね。」

 

彼は笑いを堪えられぬ様子で、窓の外を見るのであった。

 

 

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放課後の人気のない資料室で、二人の男女は話をしていた。

 

「そんなに色っぽい話ではないのだがな」

 

「何か言った?桜満君」

 

「いえ、何も……」

 

天王洲第一高校生徒会長・供奉院亞里沙に呼び出された集は生徒会の仕事を手伝わされていたのだった。

 

「話を聞いてもいいとは言いましたがこんなことまで引き受けた覚えはないですよ……というか他の人たちはどうしたんですか?」

 

「今日中に生徒会室まで運び出さなきゃいけない資料があったのにうっかり全員帰しちゃったのよ。呼び戻してミスをしたことを知られたくもないでしょ?」

 

「完璧人間を演じるために俺に迷惑をかけないでくださいよ……」

 

不服そうに口を尖らす集。

 

「それにしても良かったんですか?あなたのヴォイドを借りっぱなしなんて。」

 

船上パーティでの一件以来、集自身のヴォイドに亞里沙のヴォイドが格納された状態となっている。ヴォイドが壊れればその持ち主も命も失われる以上、それは常に命を預けていることと同義なのだが

 

「ええ、問題ないわ。私のところにあったって役に立たないわけだし。」

 

「俺は随分と信頼されているんですね。もし俺がしくじったらどうするんですか……」

 

亞里沙の全面的な信頼に戸惑う集。

 

「あら?私を口説いたときの自信はどこに行ったのかしら?絶対に守り抜くくらい言ってみなさいよ。」

 

「口説いた覚えなんてないですよ……」

 

あざとくウインクする亞里沙に、げんなりする集だった。

 

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校舎の前で映研の作品を撮っている颯太達を尻目に、一仕事終えた集は涯と連絡を取っていた。

 

「一週間もリーダーが不在で大丈夫か?」

 

「大丈夫だ、問題ない。」

 

「それは死亡フラグだ。」

 

「……俺が行かないとまとまらない話もある。しばらくはおとなしく学校を楽しんでろ。」

 

「へいへい、そりゃどうも。」

 

休日にちょくちょく月島や下っ端達の稽古をつけに行くこともあるから大して変わらない気もするけどね。家に楪がいるのも変わらないし。

それでも折角もらった休暇だ。有意義に過ごさなければ。

 

 

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「最近の集、何か隠してる気がするの。いのりちゃんが遠い親戚っていうのも怪しいし」

 

日が暮れてきたころ、祭と花音は教室にいた。

 

「年頃の男女が家で二人きりなんて、きっと既に大人の階段を昇って……」

 

「や〜め〜て〜‼︎」

 

面白がる花音に対し悲鳴をあげる祭。

 

「でも、人生望んだようには行かないよね。」

 

そう言ってため息を吐く花音。

 

「谷尋君のこと?」

 

「施設にも行ってみたけど顔出してないって。昔はよく一緒に遊んだのになぁ……」

 

儚げにそう呟く花音。

 

「ん?探し物は水族館にあり?探してるのは魚じゃないんだけどなぁ……」

 

「えへへ」

 

占いの結果を嘆く花音に笑みをこぼす祭。

 

「そっちは?」

 

「えっと、恋のラッキーアイテムは虎縞の薬缶。」

 

「そんなのどこにあるのよ。」

 

祭の占い結果に不満な様子の花音。

 

そこにゴロンゴロンと薬缶が転がってきた。それも

 

「これって」

 

「虎縞の薬缶」

 

「だよね?」

 

よりにもよって虎縞の薬缶だった。

 

「すみませーん。」

 

「……っ⁉︎集⁉︎」

 

さらにそれを持ってきたのが祭の想い人本人というおまけ付きだった。

 

「なんだ。二人ともまだ帰ってなかったんだな。」

 

「これ?桜満君の?」

 

花音の問いに対し

 

「颯太が撮影に使ってるんだよ。恋人の形見とかなんだとか、兎にも角にも楪に持たせるらしい。一体どんなセンスしてるんだか」

 

「そうなんだ……」

 

恋敵(仮)の名前が出てきたことに、少し落胆する祭。

 

「そう言えば今日のラッキーアイテムで虎縞の薬缶とかあったな。何座か忘れたけど、まさかホントに存在するとはな。」

 

「へっ⁉︎そっ、そうだね!あはは……」

 

さっきまで見ていた占いの話題を振られ動揺する祭。

 

「桜満君、そういうの見るんだ。」

 

「ああ、信じてはいないけどな。ちなみに俺のラッキーアイテムは1m以上のハサミらしい。変な物しか書いてないよな。このサイト。」

 

「その通りよね。」

 

やれやれと呆れた様子を見せる集。

すると突然

 

「わあああ!部室に忘れ物しちゃった!これ届けといてあげるから代わりに祭の買い物に付き合ってあげて?」

 

薬缶を奪い取り言った。

 

「えっ?別に構わないが……」

 

「ちょっと花音ちゃん!」

 

「ラッキーチャンス。がんば!」

 

動揺を隠しきれない祭の話も聞かず、花音は教室から出て言ってしまった。

 

「ラッキーチャンスってあの薬缶の……」

 

「さあなんのことだろうね⁉︎」

 

集の話も聞かず、祭は言い切ったのだった。

 

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セフィラゲノミクスの一室で、茎道とヤン少将は向かい合っていた。

 

「幽霊が出たそうだよ。大島の研究所に、桜満玄周博士のIDで入った人間がいる。何か釈明はあるかね?玄周博士のかつての同僚、茎道修一郎博士。」

 

「いいえ、ありません。」

 

ヤンの言葉に、茎道はただ同意する他なかった。

 

 

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電車内を沈黙が包む。

 

「なあ祭。どこで降りるんだ?」

 

「えっ、ええと。」

 

「決まってないなら、最近できたとかいうショッピングモールでも行ってみないか?」

 

「うっうん!そこでいいよ。」

 

買い物したいのに行き先が決まってないのか。女子というものはよく分からない。

 

「あっ、あの!」

 

祭が何かを発しようとした時、急に電車は減速する。慣性によって前につんのめった祭は、そのまま俺に突っ込んでくるわけで……

 

「……大丈夫か?」

 

彼女を受け止めながら平然と言う。だがこちらに当たる柔らかい感触は凶悪である。

 

「あああ……うぅっ……」

 

俯かないで欲しいな。こっちまで恥ずかしくなってくる。

 

「集……私ね……」

 

「ん?」

 

突如祭が改まって何かを言おうとする。

 

「私、あなたの事……!」

 

祭が最後まで物を言おうとした途端

 

「ハッハッハッハッ……」

 

「……っ⁉︎」

 

何者かが電車に駆け込んできた。思わず祭をかばうようにしながらそちらを見る。

 

「ハァ……ハァ……」

 

閉まった扉の外には強面の男たちが立っていた。どうやら彼らから逃げていたらしい。電車の中に飛び込んできた彼から大量の錠剤がこぼれ落ち、あまりに飛び散る。その男はすぐに立ち上がると、それらを拾い集め始めた。

 

「久しぶりだな、谷尋。」

 

「えっ⁉︎」

 

俺の言葉に驚く祭。目の前の男は反応すると、こちらへと振り向いた。

 

「集……なんだ?お楽しみか?」

 

祭に抱きつかれている俺を見て、嘲笑しながら言った。

 

「そのお楽しみを邪魔されたところだよ。」

 

俺の返答に谷尋はつまらなそうにする。

 

「谷尋君!違うの!これは……」

 

「谷尋、話がある。来い。」

 

「……わかった」

 

祭は谷尋の誤解を解くべく弁明しようとしたが御構い無しに集は続ける。

 

「祭、悪い。買い物は明日にしよう。外せない用事ができた。」

 

「うっ、うん。わかった……」

 

祭は、内心残念に思いながらも集の真剣な表情に頷くことしかできなかった。

 

 

 

 

「桜満集君、あなたを張っていて正解でしたね……」

 

二人の邂逅をモニター越しに見つめる嘘界は、満足げに呟くのだった。

 

 

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工業地帯を歩きながら、谷尋は話す。

 

「葬儀者が隔離施設を襲ったときに俺は逃げた。奴らは潤を処分しようとしたからな。だがその後GHQや商売相手から追われてな。潤を連れて転々としているところだ。」

 

「俺を売って入った施設を早々に抜け出した結果がこれか。ゾッとしねえな。」

 

「返す言葉がないな。」

 

一発殴ろうと思っていたがこれほど悲惨だと同情すら覚えるな。

 

 

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「潤、どこが痛いところはないか?」

 

ソファーから落ちていた少年には、かつて見たとき以上のキャンサーが出ていた。

彼が何かに怯えた様子なのが引っかかる。

 

「あっ……ああっ……」

 

こちらの存在に気づくと潤は目を見開いた。

 

「大丈夫だ……兄ちゃんの、友達だ。」

 

ツッコミたいところだが話がややこしくなるので堪えた。

 

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しばらく時間が経ち、既に外は暗くなっていた。

 

「金、貸せないか?逃げるにも食べるにも、金がいるんだ。」

 

同情をひくために潤を見せたのが容易に想像できる。

 

「ぬけぬけとまあ……しかし潤に罪はないしな。金は貸さぬが助けてはやろう。」

 

ここで見捨てるほど人でなしになった覚えもない。潤が安全となればこいつも俺を裏切る必要もないわけだ。

 

「……恩に着る」

 

「いずれこの借りは返してもらうからな。」

 

そう言うと集は葬儀社に連絡を入れた。

 

「集?」

 

すると綾瀬が出た。

 

「保護して欲しい人が二名ほどいる。これからそっちに向かうから。じゃあな。」

 

「えっ、ちょっと待って……」

 

ちょっと待ってよと言い切る前に集は電話を切った。

 

「大丈夫なのか……?」

 

「問題ない。異論は認めない。」

 

集の適当さに谷尋も心配になるのだった。

 

 

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潤をカートの上に寝かせた状態で、集と谷尋は外を歩いていく。

 

「やっと出てきましたか。」

 

身を潜めていた嘘界と兵士達は、彼らを見下ろしていた。

 

「遺伝子キャプチャーの準備は?」

 

「出来てるけど、なんでこんなものを?」

 

嘘界の言葉に、ダリルは疑問を抱く。

 

「恋した相手を知りたいと思うのはいけないことですか?」

 

意味深な言葉を残すと、嘘界は電話を切った。

 

「やってください。」

 

それと同時に二発の銃声。

 

「「……っ⁉︎」」

 

いち早く気づいた二人は、それを瞬時に躱す。

 

「もうバレたか。」

 

「予想はできていた。走るぞ。」

 

集の言葉を合図に二人は駆け出した。

 

 

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既にエンドレイヴも出ている。囲まれるのも時間の問題。守りながらの戦いは厳しいが今戦えるのは俺だけじゃない。

 

「谷尋、戦えるな?」

 

「ああ。」

 

谷尋と目を合わすと、銀色の光が輝き始める。

 

「これは……」

 

「六本木で見ただろ。俺の能力だ。何、悪いようにはしないから受け入れろ。」

 

谷尋の右手を取ると、俺の右手でハサミのヴォイドを引き抜いた。

 

「うっ……これが俺の体の中に……」

 

まじまじと見ている。確かに不思議だろうが今はそんな時ではない。

 

「お前はこれで戦え。」

 

「集は?」

 

「俺にも武器がある。」

 

会長から預かった最強の盾がな。

 

「わかった。行くぞ!」

 

谷尋は駆け出して行った。

 

「あああっ……!あああっ……!」

 

潤が今までよりも怯えているのがわかる。あのハサミを見てからそれが顕著だ。

しかし今日のラッキーアイテムは1m以上のハサミだったが、あれはどう見てもそんなにない。

ヴォイドでダメならどこに存在するのだろうか。

 

「見つけたぞ桜満集!」

 

後ろで爆発音がした。後ろを振り返るとそこにはエンドレイヴがあった。

 

「その声は、ダリルか。」

 

よりによって面倒な相手と出くわしたものだ。

 

「今度こそぶっ殺してやる!」

 

そう言うが否やダリルの操縦するエンドレイヴはマシンガンをぶっ放した。

潤を庇うように盾を展開すると、それは全ての球を弾いたのだった。

 

「なんだと⁉︎」

 

「流石は会長のヴォイドだ!」

 

悔しさを滲ませるダリルと対照的に集は嬉しそうに声を上げるのだった。

 

「ならこれでどうだ!」

 

するとダリルはエンドレイヴの指を伸ばしてきた。集はそれを避ける。すると

 

「何っ⁉︎」

 

その指は軌道を変えて集を追ってきた。

 

「この光を追いかけるんだよ、こいつは。」

 

(この光⁉︎……ヴォイドのことか。ならば!)

 

「なっ!」

 

ダリルは驚きの声を上げる。なんと集はヴォイドを仕舞ったのだ。当然指の追跡は止んだが。

 

「馬鹿め!丸腰で何ができる!」

 

再びマシンガンを集に向けるも

 

「……っ⁉︎消えたっ⁉︎」

 

体術『抜き足』によって姿を消し

 

「がはあああっ⁉︎」

 

エンドレイヴの左腕にまとわりつき、そして捥いだのだった。

 

「生身だって戦える。お前は月ヶ瀬ダムでヴォイドなしの俺に負けたのを忘れたか?」

 

「クソがあああああっ!」

 

集の煽りに逆上したダリルはさらに指を伸ばすも全てを躱される。しかし

 

「ああっ……!」

 

「……どこに行く⁉︎」

 

あろうことかそれは潤を追跡し、そして刺さった。

 

「しまった!」

 

「ああああああああぁぁっ!!」

 

「潤っ!」

 

潤の悲鳴に、エンドレイヴを相手取っていた谷尋が駆け寄ってくる。

 

「おい嘘界!どう言うことだ!」

 

ダリルが不満げな声を漏らす。

 

「予定外ですが、これはこれで興味深い。あの物体とアポカリプスのキャンサーが同じ反応を示した。」

 

嘘界がそう言っている間にも、潤のキャンサーが逆流し、エンドレイヴを侵食し始める。

 

「グアッ⁉︎なんだ……⁉︎あああああっ!」

 

一瞬にしてダリルはベイルアウトした。

 

「ああああああああぁぁっ!!」

 

潤の悲鳴がキャンサーをまとったエンドレイヴから聞こえてくる。

 

「どういうことだ!」

 

「俺にも分からない。とにかく潤の身体とあのエンドレイヴを守るぞ!」

 

「……わかった。」

 

言いたいことがありそうな様子の谷尋だったが、そこは堪える。

集も判断しかねるこのイレギュラーな展開。どちらが潤の本体なのかがわからない以上、どちらも守るという選択しか思い浮かばなかった。

 

「アポカリプスウイルスでマシンがゲノム共鳴を起こしたか。では、あそこにいるのは……」

 

嘘界は戦いの様子を見ながら思考していた。

 

「おい、どうした。何があった。」

 

他のエンドレイヴの操縦士が、ダリルの操縦していたエンドレイヴに声をかけるも

 

「あああっっ!!」

 

そのエンドレイヴはキャンサーを伸ばし、一瞬にして相手を串刺しにした。

 

「グハァッ⁉︎」

 

串刺しにされたエンドレイヴは大爆発を起こすのだった。

 

「嘘界少佐、危険です!離れてください!」

 

隊員の呼びかけに

 

「ひとまず撤退します。作戦中止。」

 

と、嘘界は撤退の意思表示をしたのだった。

 

 

「谷尋、それを貸してくれ。」

 

そう言うと集は谷尋はハサミのヴォイドを奪い取った。

 

「お前、何を⁉︎」

 

集は谷尋の声も聞かずハサミをエンドレイヴに突き刺した。

 

「うおおおあああっ‼︎‼︎」

 

 

突如、集の意識は真っ白となった。

 

 

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「ここは……六本木か?」

 

集の目の前に広がったのは、六本木の光景だった。しかしそれは現在と違い。

 

「ロストクリスマスの……起こる前……」

 

「そうです。」

 

後ろから声がかかる。そちらへと振り向くと

 

「お前は、潤か。」

 

そこにはキャンサーの全くない姿の寒川潤が立っていた。

 

「ようやく話せましたね。」

 

その言葉が発せられると

 

「わああ!ありがとう!」

 

無邪気な声が聞こえる。そちらへと顔を向けると

 

「特別だぞ!誕生日だから。」

 

幼き日の谷尋と潤がいた。谷尋は潤に誕生日プレゼントの腕時計をしてやっていた。

 

「2020年12月24日。僕が一番幸せだった時間です。……もうすぐ、ロストクリスマスが起きる。この幸せな思い出だけ抱いて、僕はもう旅立ちたい。集さん、そのヴォイドで僕の命を切ってください。」

 

「……何を言ってる。」

 

「それは僕を葬るためのヴォイドです。」

 

「……そんなわけが」

 

潤を葬るためのヴォイド、それはすなわち谷尋の潤への殺人衝動を意味する。今まで潤を守るために自らを犠牲にしてきたあいつが、そんなわけ……

 

「僕の自由を奪った結晶が代わりにヴォイドが見える『眼』をくれました。」

 

「ヴォイドが見える……眼……」

 

「そこには僕に見せる兄さんとは、別の兄さんがいた。」

 

潤に見えた別の谷尋、それは潤にハサミを突きつけ、そして

 

『邪魔だ……お前は邪魔だ……』

 

「僕はもう何度も、優しい人の優しくない姿を見ました。友達、親戚のおばさん、医療センターの人、多分集さん、あなたも。」

 

集は驚いた様子で目を見開く。

 

「これ以上生きれば何度でも、この悲しみが僕を襲う。兄さんのことも嫌いになってしまう。素敵な兄さんを大好きな僕のまま、僕は生きたい。」

 

「っ!」

 

爆発音がする。ロストクリスマスが始まった。

 

「お兄ちゃん怖い、怖いよ。」

 

「大丈夫、兄ちゃんがついてる!ずっとついてるから!」

 

幼き声が聞こえる。

 

「お願いです。僕を殺してください!さもなくば…」

 

『兄さん!僕がいて迷惑だった?僕が兄さんの人生を滅茶苦茶にした?僕のこと嫌いだった?僕だって!兄さんのことなんか……』

 

「やめろっ!!」

 

「かはっ⁉︎」

 

集は潤を思い切り殴った。

 

「死にたいなんて言うんじゃない!殺してくれなんて言うんじゃない!お前が死ねば、間違いなく谷尋は悲しむんだぞ!」

 

集は声を張り上げる。

 

「だから!ホントは兄さんは僕を殺したくて……」

 

「お前を大切に思う谷尋は嘘だったのか⁉︎」

 

「……っ⁉︎」

 

集の言葉に潤は押し黙る。

 

「谷尋がお前を邪魔に思ってるのは本当なのはわかる。当然だ、あいつがお前のためにどれだけ苦労してたか、俺も少しはわかる。」

 

「……だから僕は」

 

「でもな!ちょっと苦労かけたくらいで殺すわけねえんだよ!家族なんだから!」

 

「……。」

 

潤は集の言葉を俯いて聞いていた。

 

「人間誰しもさまざまな面を持ってる。だからこいつはこうだとか、あいつはああだとか、そんな一言で人ってものは表せねえ。お前を大切に思う谷尋も、疎ましく思う谷尋も、どちらも谷尋なんだ。」

 

「そうですよ!兄さんは僕を疎ましく思って……」

 

「絶対にお前を大切に思う谷尋は、疎ましく思う谷尋に勝てる!」

 

拳を握りながら集は言う。

 

「勝……てる?」

 

「ああ、絶対にあいつはお前を殺したりしない。それになお前、ロストクリスマスの前が一番幸せだった時間とか言ってるけど大して生きてもいねえのにそんなことわかるわけねえだろ!」

 

「わかる!どうせこの世界に希望なんてない!朽ちていくだけの世界を生きることに意味なんてない!」

 

「俺が変えてやる!」

 

「っ⁉︎」

 

集のぶっ飛んだ発言に潤は呆気にとられる。

 

「お前が生きてて良かったって思える世界に俺が変えてやる。また谷尋と、普通の仲のいい兄弟に戻れるようにしてやる。」

 

映し出されていた惨状が消えていく。

 

「そんなのできるか分からないじゃないですか……」

 

集の描く理想の世界を見て、悲しそうに嘆く。

 

「ああそうだ。できるかもできないかも分からねえ。だからそれを確かめるまで生きろよ。」

 

「……無茶苦茶なこと言いますね。」

 

涙を流しながらも笑みを浮かべる潤。

 

「生きてみて、生きてて良かったと思えればそのまま生き続ければいい。死にたくなったら別にその時死んだって遅くないだろ?」

 

「凄いですね、その前向きさ。でも、僕の身体ではどちらにしてももう長くは……」

 

生きたいと願っても、きっとこの身体は生かしてはくれない。アポカリプスウイルスに侵食された今の状態では。そう諦めた潤だった。しかし

 

「俺が生かしてやる。お前のその痛みも、お前を苦しめたその目も、全部俺が背負ってやる。だから来い!」

 

そう言うと、集はハサミを手放す。そして潤へと右手を差し出したのだ。

 

 

 

『兄さん!今日は誕生日でしょ!はい!』

 

『俺にくれるのか?ありがとな、潤!』

 

 

もし、こんな世界が来るのだったら彼に賭けてみるのも、悪くないのかもしれない。

 

 

潤は安らかな表情で、集の手を取るのだった。

 

 

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さっきまで悲鳴をあげていたエンドレイヴが急に静かになったものだ。どうにかうまくいったようだな。

 

「おい!集!何をした⁉︎」

 

谷尋が駆け寄って来る。なるほど、結晶がくれた『眼』で見る世界は、中々気持ち悪いな。

 

「安心しろ、全て解決したんだ。全て……」

 

そう言って集は潤の方へ見やる。谷尋もそちらへ向くと

 

「ん……あぁ……」

 

「っ!潤!大丈夫か!」

 

潤が気がついたのを見て、谷尋は駆け寄った。

 

「お前……キャンサーは……」

 

「大丈夫、全てもう……無くなったから。」

 

キャンサーが無くなった。あり得ない現象に一瞬戸惑うも

 

「集……お前がやったのか⁉︎」

 

「ああ、俺のヴォイドの力でちょちょいとな」

 

「……ありがとう…………。」

 

突如谷尋は涙を流し始めた。

 

「おいおい!泣くなって。全くもう。」

 

泣き続ける谷尋に呆れる集。

 

「ありがとうございます。集さん。」

 

「少なくともお前の無事を喜んで泣く谷尋もまた谷尋だ。ちゃんと肝に命じておけよ?」

 

「はいっ!」

 

満面の笑みを浮かべ、潤は答えたのだった。集の『眼』に映るのは、曇り一つない感謝の気持ちだった。

 

 

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二人を葬儀社のアジトに届けた集は、自宅に戻っていた。許可も得ずに勝手に連れてきたことにお咎めがなかったわけではないが、無事保護してもらえることになり安堵する集だった。

しかしいい事ばかりでもなかった。

 

「ステージ4のウイルス吸って、これで済んだことを感謝するべきなのかねえ……」

 

上半身裸で鏡の前に立つ集は思わず苦笑いする。彼の背中には、正真正銘アポカリプスウイルスのキャンサーが出ていたのだった。

 


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