森を抜けた先にある一つの高台。
その高台の辺り一面を覆い尽くす花が満開に咲いていた。
「今日もこの子達が綺麗な花を咲かせます様に」
全ての生物を祝福するかのような晴れやかな空。
大空に向かいながら優雅に咲く花を照らす太陽の光。
そんな快晴の中で私は祈りを捧げる様に花達に水を撒いている。
彼女の名前はティア。
マサゴタウンで暮らすポケモンコーディネーターを目指しているポケモントレーナーである。
今彼女が育てている花は亡くなってしまった母が大切にしていた花であり、こうして毎日花達に水をやりに来るのが日課になっている。
「サーナッ」
そんなティアと同じく両手を合わせながら祈りを捧げるのは彼女のポケモンであるサーナイト。
その純粋な姿は彼女の心の優しさを見事に体現していた。
たがそんな彼女の優雅な一時は脆くも崩れ去る事となってしまう。
「グワアアアアアアアアアッッ!!!」
突如上空より飛来してきた巨大なドラゴンポケモンであるボーマンダの出現によって。
「ターゲット、発見」
ボーマンダの背中に乗った女。
彼女こそ悪名高きポケモンハンターの首領であるポケモンハンターJその人であった。
両目を覆う計測器の様な機械を取り付けたJは少女のポケモンであるサーナイトに視線を向けながらそんな冷徹な一言を言い放つ。
「あ、あなたは……」
ティアもJの只ならぬ雰囲気を少しでも感じ取ったのか。
これから起こるであろう己の不幸に不安と恐怖を声色に滲ませていた。
獲物を射竦める独特の視線。
トレーナーにとって一番大切なポケモンを微塵の躊躇なく略奪する残忍さ。
その全てが彼女にとって今まで出会ってきたどんな人よりも異質に感じられていた。
「アリアドスッ!」
空高くに舞い上がったモンスターボールより繰り出されたのはアリアドス。
イトマルの進化系で蜘蛛の巣で動きを抑えてから持ち前の牙で敵を仕留めるという習性を持つ。
Jが繰り出したこのアリアドスもそんな敵の動きを抑える事が一番の目的なのだ。
「アリアドス、いとをはくっ!」
「アリアーーッ!!」
故に実践では余り見られない『いとをはく』攻撃による捕獲戦法。
Jにとってサーナイトのトレーナーであるこの彼女の存在は邪魔でしかない。
ならばこその捕獲攻撃による対象の無力化をJは真っ先に選択した。
「きゃあああああーーーっ!!」
ティアの体はアリアドスの『いとをはく』攻撃によって後方に聳え立つ一本の大木に縛り付けられてしまう。
その衝撃で身に着けていたモンスターボールも散乱する。
何とかしたいが厳重に縛られており最早自力での脱出は不可能だった。
同時にティアは突然現れた人物がポケモンハンターだということを認識する。
幼い頃からマサゴタウンに住んでいた少女は飽くまで噂の上でポケモンハンターの存在を知っていた。
トレーナーからポケモンを奪う犯罪集団。
その話を聞いた時は心底震え上がった事を覚えている。
ティアは幼い頃からポケモンが大好きでサーナイトも彼女と生を共にしてきた親友である。
そんな大切な存在を奪うような人達がこのシンオウにいると知った当時はその不幸がいつか私にも降りかかるのではないかととても不安だった。
その時からだった。
ティアが毎晩うなされる様に奇妙な夢を見る様になったのは。
夢の中に出てきたのは一度も見た覚えの無い女性。
夢の中で奪い去られていく私のポケモン。
何度も泣いた記憶がある。
友達を失ってしまう悲壮感と絶望感。
何より私一人になってしまうという孤独感。
幼かった彼女はその怖い夢を見る度に泣いていた。
そんな幼い彼女の両隣で眠るサーナイトとキルリア。
特にキルリアは私と同じ様に泣きながら眠っていた。
悪夢にでも魘されていたのかもしれないが、不思議とティアはそう思わなかった。
キルリアは持ち前のサイコパワーを操る事によって現実には無い風景を見る事が出来る。
また、彼女と同じくポケモンハンターの話を聞いていたキルリアも似たような恐怖を抱いていたのかもしれない。
飽くまでその結果は無意識であったが潜在意識の奥深くに潜むポケモンンハンターへの強い恐怖がキルリアの力を引き出していた。
その光景は今なら断言出来る。
あの夢はキルリアのサイコパワーによって引き出された未来の光景なのだと。
「サーナイトお願いっ!! 逃げてっ!!」
もうあの時のような悲しみは二度と味わいたくない。
気付けばティアはポケモンハンターに狙われているサーナイトにそう叫んでいた。
「サーナッ!!」
サーナイトも身の危険を感じ取ったのだろう。
ティアが言うと同時にテレポートを使用して瞬時にこの場を離脱した。
「テレポートを使ったか…。テレポート先をSENSINGする」
しかしJはサーナイトのテレポートに決して動じず、計測器にスイッチを入れる。
実際Jはサーナイトがこの場から離脱したとは微塵も思っていなかった。
ポケモンとはトレーナーとの信頼関係が高い程常に傍にいる事が多い。
それは今回の様なトレーナーの危機的状況であれば尚更である。
ならばサーナイトも自分のトレーナーが視認できる程の近距離にテレポートした可能性が非常に高い。
そんな今までの経験と判断からJは計測器のサーチ機能をフル稼働させながら周囲を隈なく見渡す。
「―――見つけた」
そして数秒の内に計測器はサーナイトのテレポート先を導き出す事に成功していた。
其処にサーナイトの姿は微塵も見当たらない。
だが計測器越しにはハッキリとテレポートで姿を隠すサーナイトを捉えていたのだ。
「感謝しろ。お前の美しさを永遠のモノにしてやる」
サーナイトの姿を捉えたJは右腕に取り付けている小型の光線発射装置を構える。
しかも装置から発射される光線には特殊な加工が施されており、光線を浴びた対象はまるで石化したかのように固まってしまう。
この装置を駆使してポケモンハンターはありとあらゆるポケモンを略奪しているのだ。
そして今宵、ポケモンハンターの魔の手により新たなポケモンが一匹トレーナーの手から略奪される。
「サーッ……。――――」
テレポートを解除したと同時に発射された光線をその身に浴びてしまったサーナイトの前身は完全に石化していた。
其処には全く生気を感じない変わり果てた一つの銅像だけが残される事となった。
「ターゲットを搬送しろ」
Jの指示と同時に現れる一台の大型車が石化したサーナイトが即座に回収していく。
その後大型車から降りてくるのはJの部下でざっと見ても10人以上いるだろう。
最早私にはどうする事も出来ない。
「サーナイト…、サーナイトーーーーッ!!!」
それは幼き頃の夢の再現だった。
キルリアが無意識の内に夢の中で見せてくれた未来の映像。
二度と思い出したくもない悪夢の様な惨状が現に目の前で繰り広げられていた。
ティアは名前を呼ぶことしか出来なかった。
あの夢がキルリアのサイコパワーによって映し出された未来の映像だとわかった時点でこうなる事は予想できた筈なのに。
しかし結果は何もできなかった。
家族であるサーナイトが奪われてしまうのを黙って見ている事しか出来なかった。
そんな自分自身に対しての無力感なのか。
家族を失った事へ対する悲しみなのか。
ティアは唯只管慟哭の涙を流しながらサーナイトの名前を呼び続けていた。
無残な姿に変わり果ててしまった家族の名前を。
しかし彼女の呼び掛けは無常にも虚空へと虚しく響く。
その呼び掛けに応じる筈の者は――もう既に私の前から消えてしまったのだから。
「お前達は後始末をしておけ」
部下に一言通達を残すとJはボーマンダに飛び乗り早々にこの場を後にした。
そこに残されたのは大木に縛り上げられたテティアとJの部下一同のみ。
「さて……、お前の残りのポケモンも序でにいただいておくとしよう」
残された部下が私を一瞥した後に辺りに散らばるモンスターボールを回収しようと手を伸ばす。
もうこれ以上家族がいなくなるのを見たくない。
これ以上大切な存在を失う事が堪らなく嫌だ。
―――助けて―――
「―――やめて………」
―――誰でもいいから―――
「やめてっ!」
―――お願いだから―――
「やめてええええええーーーーーーーーっ!!!!!!」
「ガアアアアアーーーーーッ!!!」
それは誰の仕業だったのだろう。
それとも彼女の願いが叶えられたのか。
大空より急降下してきた一体のポケモンが私を守るようにポケモンハンター達の前に立ちはだかっていた。
「なっ、何故こんな所にガブリアスがいるっ!?」
「調査では全く報告されていないポケモンだぞっ!!」
ポケモンハンター達は予想外の敵に対して明らかな動揺の様子を見せていた。
しかしそれも無理はない。
これ程のポケモンがこの近辺に生息しているという報告は一切無く、近隣のトレーナーが所持しているポケモンのデータの一覧にもガブリアスのデータは存在していなかったのだから。
完全に想定外のポケモンの出現。
その上目の前に立ちはだかるこのガブリアスは只ならぬ敵意をポケモンハンターに対して向けていた。
その威圧感は並大抵のトレーナーならそれだけで戦意喪失してしまう程の迫力を醸し出している。
「ガアッ!!」
突如ティアの方へと振り返るガブリアス。
そして次の瞬間には片腕を空高く振り上げ―――
「ガブリアス、ドラゴンクロウッ!」
この場を支配する第三者の声によりその巨大な腕が振り下ろされた。
「っ!」
眼前に振り下ろされる恐怖に私は思わず目を瞑る。
そして次の瞬間には彼女を拘束していた何重もの糸がバラバラに切り刻まれて紙吹雪の様に宙を舞っていた。
「どうやら危機一髪といった感じね」
ティアは誰ともわからない声の主の方へと視線を向ける。
それはポケモンハンターも同様で突然の救援者に若干の苛立ちを滲ませながら
声の主の方へと振り返る。
そこには
「あ……あなたは―――」
このシンオウ地方に身を寄せるトレーナーならその名を知らぬものはいないと言っても決して過言ではない。
そんな雲の上の存在である人物。
「―――チャンピオンっ!?」
シンオウリーグチャンピオン。
それが彼女の現在の肩書きである。
その実力は数多のポケモントレーナーから尊敬され憧れの眼差しを向けられる程に強い。
「もう大丈夫よ。あとは私に任せて」
子供を諭すように優しく言い聞かすシロナ。
だがティアはそのまま素直に引き下がる訳にはいかなかった。
「でも、私のサーナイトが……」
涙を滲ませながらのティアの一言でシロナは全てを察知した。
そう、ポケモンハンターにとっての本来の目的は既に遂げられた後だったのだ。
現在の状況は後始末の段階である。
「ごめんなさい。もう少し私が早く駆けつけていればこんな事にはならなかったのに」
タイミングとしては完全に後の祭りという間の悪い事を理解したシロナは力が及ばなかった自分の不甲斐なさを悔いるように謝罪していた.
「でも大丈夫。あなたのポケモンは絶対に無事だから」
そうティアに諭すシロナの表情は絶対的自信に充ち溢れていた。
「えっ、どうしてですか……?」
この危機的状況で何故こうも自信満々でいられるのか。
決してチャンピオンの実力を疑っている訳ではなかった。
それでも芳しくないこの現状を前にしては疑問に思わざるを得ない。
しかしシロナの続く言葉にティアは不安を抱く事を無意識の内に中断させられていた。
「―――私の”ライバル”が既に救出に向かっているから」
■
時は少し前に遡る。
「お願い―――間に合って」
シロナがポケモンハンターJの追跡に向かっていた時である。
「どうやら緊急事態の様だな。救援は必要か?」
「ッ!?」
突如背後より聞こえてきた声にシロナは驚き足を止めて振り返る。
そこには先程まで熱いポケモンバトルを繰り広げた一人のトレーナーの姿があった。
「ミュウツー…。何故此処に。それにミュウはどうしたの?」
「ミュウはポケモンセンターに預けてきた。バトル後の応急処置は済んでいたが念のためにな」
次から次へと湧き出てくる疑問だがミュウツーは慌てる事無く一つ一つ疑問を解消していった。
「そしてポケモンセンターを出た途端に頭上を通り過ぎるボーマンダの姿が見えたのでな。
気になって後を追っていたらお前の姿が見えてな。声をかけた訳だが…」
自体が逼迫している事はシロナの顔を見れば火を見るより明らかであった。
逆に言えばそれほどまでに焦らなければならない何かが起きているという事だ。
ならば言葉を交わしている時間が今は惜しい。
一刻も早くその何かが起こっている現場に駆けつけなければならない。
「どうやら何か良からぬ事態が発生している様だな」
「ええ。貴方は初耳かもしれないけどポケモンハンターJが現れたの」
「ポケモンハンターJというのは?」
「シンオウ地方で目撃されていうポケモンをトレーナーから奪ったり、野生のポケモンを捕らえては商品として売りつけている犯罪集団よ」
「………そうか」
ポケモンハンターの話を聞いたミュウツーの顔はどこか沈んでいる様にも見えた。
決して気のせいではないだろう。
――思えばあの時の私も、そうだったな――
そう、事実ミュウツーは遠い過去を思い出していた。
人間に対して逆襲を誓ったあの頃の事を。
『ポケモンがポケモントレーナーッ!? バカなっ!!』
『人のポケモンを取る気なのっ!?』
『やめろっ!! そんなの反則だっ!!』
『何なの―――この闘いは……。本物だって、コピーだって、今を生きている』
『やめろっ! もうやめてくれーーっ!! やめろーーーーーーっ!!!』
繰り広げられた数々の破壊と略奪。
それは最早ポケモンバトルと呼ぶには程遠い力による暴力だった。
慈悲も何も無くトレーナーの前から奪い去られていく数々のポケモン。
ミュウとミュウツーの本物とコピーの存在意義を掛けた熾烈な闘い。
思わず目を背けたくなる惨状。
ミュウツーはそんな過去の自分と重ねて考えていたのだ。
只管力に任せて人間へ逆襲の為に破壊と略奪を繰り返していたあの頃の自分を。
「今は長々と話している時間は無いわ。一刻も早く現場に駆けつけないと」
過去を振り返るミュウツーだがシロナの一言で意識が現実へと引き戻される。
そう、今時分が成すべき事は過去を振り返る事では無い。
今時分と同じ過ちを犯そうとしているポケモンハンターを食い止める事なのだから。
そんな現場へ向かう2人の足は遥か前方の上空へと再び飛び立ったボーマンダの姿を視認する事で静止していた。
大型のトレーラーが入れ違いのタイミングで現場へ向かう所が少々遠いが現時点でも確認できる事から最悪の展開もある事が容易に想像できる。
「ミュウツー。貴方はJの行方を追って。捕われたポケモンの救出をお願い」
「お前はどうするのだ?」
「私はこの先の現場に駆けつけるわ。妙な胸騒ぎがするから」
「……わかった」
色々と気になる事はあるが、今は話を深めている時間はない。
何か考えがあってのことだろうと判断したミュウツーはシロナの命令通りにJの後を追うべく上空へと飛び立ち去っていった。
そんな飛び去ったミュウツーの方角を遠い目で見詰めながらシロナは静かに呟く。
「……ごめんなさいミュウツー。重荷を押し付ける様な真似をして。
でも他でもない貴方なら―――彼女を救う事が出来るかも知れないから」
ミュウツーとミュウ『座談会』
皆様おはこんばんちは。作者のイグのんです。
仕事が忙しいですが失踪はせずに頑張って投稿していきますよー。
「よろしく頼む」
「ミュウ~♪」(嬉しそうに飛び回っている)
さて、今回も張り切って座談会やっていきますので宜しくお願いします。
「~~♪」(嬉しそうに拍手している)
ではまずは、今回で初登場したアニメのみのキャラであるティアに関してです。
このキャラに関しては名前はオリジナルです。
気になる人はアニメポケットモンスターDPのポケモンハンターJのお話をご覧下さい。
因みに自分個人の意見を言わせてもらうと只のモブキャラにしておくのが勿体無いぐらいの可愛い女性キャラでしたね。
分かり易く言うならジムリーダーエリカに似ていますね。
花を愛している所がそっくりです。
ただ、彼女を見ていると何となく守ってあげたくなる――そんな気持ちになりますね。
「……随分と入れ込んでいるのだな。ティアに」
――えっ!? そ……そうですかね……? 別にそんな事は特に無いと思いますが……。
「クスクス」(微笑ましい物を見る様な笑顔を作者に向けて笑っている)
うっ……べっ…別に良いじゃないですか。モブキャラとは言え初めて見た時から可愛いと思ったんですから。
「……他の存在に好意を持つ事は誰しもが一度は経験する事だ。……そう、誰でもな」
…………ミュウツー…………。……やっぱり今でもまだ、『アイ』の事は振り切れ――――ムグッ!
「……一応は、物語の根幹にも関わりかねない内容だ。黙秘権を行使させてもらおう」
「……………」(僅かに切ない視線をミュウツーに向けながら尻尾を作者の口に巻き付けて口を封じている)
ムグムグッ!? ンーーーっ!
「…だが、その質問の答えはこれからの物語で語られる……とだけ言っておく。さて、今回は此処までだ。また次回会おう」
「ミュウミュウ~♪」(別れの挨拶でバイバイの手を振っている)
あとがき
皆様お久しぶりです。イグのんです。
大変長らくお待たせいたしました。第5話投稿しました。
今回はアニメから一人モブをヒロインとして昇格し登場させてみました。
設定や名前はオリジナルです。
気になる方はアニメの方を一度確認してみてください。
投稿が遅れてしまい申し訳ございませんでした。
それではっ!!