ぬえ→頼政短編。
頼ぬえは・・・・・・いいぞ。
突然ではあるが、妖怪という存在は人間からは恐怖の対象として恐れられている。
しかし、その人間達のごく一部・・・・・・少数ながらどの時代にも存在した、妖怪退治を生業とする者達に聞けば、少し違う答えが帰ってくる。
曰く、
『妖怪は、理不尽の権化である』
というものだ。
人は脆い。心臓や頭部に損傷を死ぬ、血を多く流しすぎれば死ぬ、何て序の口。
かすり傷が原因となる感染症、ただの風邪を拗らせた結果の合併症、そんな事でも容赦なく死に至る。
対する妖怪は、身体的な損傷には滅法強い。
流石に首を切り離されれば大抵は(あくまで大抵は)くたばるが、心臓を貫かれた程度では死なない場合が多い。
また、四肢を切り飛ばされても、そこに対妖怪用の高位の呪術・陰陽術などが込められていなければ時間とともに生えてくるのである。
人の身では絶対に考えられない耐久性。幾人もの同業者を失い、やっとの思いで手足を奪おうとも、取り逃がした場合は五体満足となった妖怪と再戦する羽目になる・・・・・・こんなもの、当事者であれば笑うしかない。
さて、たとえ下級に分類される野良妖怪でもそれくらいの身体回復力があるのだから、妖怪の身体には基本的に傷が残らない。
ましてや、確かな実力のある中堅妖怪、名の知れた上級妖怪ともなれば、袈裟斬りにされようが腹を貫かれようが数日後には傷跡すら見られないだろう。
人間から見れば成る程、理不尽というのも頷ける。
・・・・・・そんな、圧倒的な回復力を持つ妖怪。もし、その者が『いつまでも消えない傷跡』を抱えている場合、理由としては2つが考えられる。
1つ目は先程挙げた、対妖怪用の術式により損傷を受けた場合。腕を切り飛ばされた茨木童子が代表的な例だろう。
そしてもう一つ・・・・・・と言いたいところだが、こちらの理由はまず無いといっていい。
強さを誇示することが当たり前の妖怪にとって、わざわざ汚点を残したままにするなどプライドが許さないからだ。
もう一つの可能性、それは・・・・・・
『傷跡を消したくないから』、というものだ。
地底をフラフラと飛ぶ、1人の少女がいた。
黒髪のショートヘアに、深い紅を思わせる双眸。漆黒を基調とした出で立ちをしており、その背中からは奇妙な形状をした二色の翼が生えている。
つまらなそうな表情を浮かべながらも、目的地自体は決まっているのか一定の方角を目指して進み続けている。
荒れくれ者の多いこの地で、このように斜に構えたような雰囲気の者は因縁をつけられてもおかしくないのだが・・・・・・まばらながらも行き交う土地の者、誰一人として少女に喧嘩を売るものはいなかった。
全員、本能で感じ取っているのだ。この小娘に拳を振り上げれば、こちらもタダでは済まないと。
一瞬だけ目を向けられ、すぐに逸らされる・・・・・・そんなやり取りが数えるのも億劫になり、少女はため息をついた。
(はぁ・・・・・・つまんないの)
地底の中でも、とりわけルール無用の旧地獄跡郊外。中心地の活気あふれる綺羅びやかな都とは打って変わって、どんよりと重い空気が漂っている。
一応は自分も命蓮寺の一員であるため、意味なくこちらから手出しする事には気が引けるが、相手から殴りかかってきた場合は別だ。
これでも地上にいたときは大妖怪と恐れられ、その後地底に封印されていた千年近くは数多の妖怪共と喧嘩や殺し合いをしてきた身なのだ。
聖と出会ってから随分と丸くなった自覚はある。それでも、長年かけて覚えた戦闘の味は忘れてない。
たまには憂さ晴らしをしたいな・・・・・・とわざと隙を見せて飛んでいたが、獲物にかかる者はいなかった。
ため息をつき、当初の目的地を目指す。
まあいい、どの道憂さ晴らしは本命ではないと目を細めて遠くの景色を見やる。
本来であれば今現在、私の隣には村紗もいたはずだった。
しかし昨日、こっそりと酒を飲んでいたことが聖にバレ、現在は命蓮寺でありがたい説法を受けている。共犯者の一輪と共に。
ちなみに私も同罪である。が、2人よりは酒を飲めないため早めに抜け出したのが吉と出た。
感の良い彼女のことだ。どの道私も寺に戻れば説教となりそうだが、今は考えないようにしよう。
「・・・・・・ん、見えてきた」
1時間以上飛び続け、ようやく視界に入った目的地に小さく安堵の息をつく。
地表に出てからはご無沙汰になっていた場所だが、記憶の中の風景と何一つ変わっていな場所に、不思議と懐かしさを覚える。
『赤一色』
言葉にするなら、そんな風景。
同時に、段々と強くなってくる独特の匂い。
人間はこの匂いが嫌いだというのだから、本当に不思議なものだ。こんなにも、身体の芯が熱くなるというのに。
「よっと」
地に降り立ち、翼をたたむ。ぐるっと辺りを見渡すが、妖怪が1人たりとも見当たらなかった。どうやら本日は貸し切りで堪能できそうだ。
村紗は本当に勿体無いことをしたなと独りごちる。深酒をしなければバレることはなかったのに。人生、何事も見極め、引き際が肝心だ。
目の前には、グツグツと煮立つ真っ赤な液体。さながら溶岩のように沸いているこの場所は『血の池地獄』という名とともに認知されている、知る人ぞ知る温泉だ。
服を脱ぎ、一糸まとわぬ姿となって伸びをする。聖には、もっと恥じらいを持ちなさいと叱られることが多いのだが、およそ女らしさを持たない私の身体に興味を持つ者がいるのか、甚だ疑問である。・・・・・・まあ、モノ好きな輩はいるのかもしれない。
暴力的なまでに赤く染まった熱湯に、身を沈める。
「・・・・・・ふぅ」
焼けるような熱が全身を包む。人が入れば数秒で命を落とすと言われるこの灼熱が、妖怪のこの身には非常に心地良い。
しかし・・・・・・
『ズキンッ・・・・・・』
「うっ・・・!?」
何度も経験した、それでいて慣れることのない痛みが身体を襲った。
命蓮寺のメンバーは例外として、群れることが好きではない。
何故なら、この傷を見られる可能性があるのだから。
視線を落とす。スレンダーな体型、その胸の間にある、赤黒い傷跡。見る人が見れば、矢傷だと判断できる大きな跡があった。
桁違いの回復力を持つ妖怪だ、昨日今日に付けられた傷だと思われるのだろうが、違う。昨日今日どころか、1年2年の話ではない。
千年前。平安の世と呼ばれていた時代に、ある男によって付けられた傷。
湯に入るのは好きだ。綺麗好きというわけではないが、身体の芯から火照って幸せな気分となれるから。
湯に入るのは嫌いだ。傷跡に滲みる度にあの男を、その『目』を思い出してしまうから。
振り払おうと目を閉じようと、逆に鮮明に脳内に浮かび上がる。
人の都にその名と恐怖を轟かしていた私。その私を地底に封印したのは、高名な陰陽師ではない。武勇はあれど、術式には疎いただの男だった。
運命のその日もフラフラと夜の都に現れた私。そんな私を迎え入れたのは人々の悲鳴ではなく、武器を携えた十数名程の男だった。
どうやら本腰を上げて退治に来たようだが、思わず失笑をしてしまう。
人の身での武勇など、妖怪の前では紙切れ一枚の約にも立たない。現に、彼と共にいた屈強な男どもは、私の腕の一振りでたやすく吹っ飛んだ。
いや、正確に言えば彼も吹っ飛んだのだ。構えていた名刀らしき刀を真っ二つにするおまけ付きで。
最初の威勢は何処へやら、吹っ飛ばされた男どもは我先にと悲鳴を上げて逃げ出した。
・・・・・・だが、その男だけは違った。
刀が折れたというのに、私に背を向けなかった。
他の者が手放した刀を手に取り、斬りかかってきたのだ。
面食らったとは言え、文字通り驚いただけ。片手でその斬撃を受け止め、再び吹き飛ばす。今度は、拳に力を込めて。
確かな手応えとともに、彼は宙を舞った。数秒に渡る滑空劇を経て、強かに背中を地に打ち付ける。
ごはっ!!という声と一緒に、血を吐き出すのが見えた。
骨の何本かは逝っただろう。この結果は至極当然のこと。人の身で妖怪に歯向かおうなど片腹痛い。
しかし、今回は割と気分がいい。一度とはいえ、私の予想を裏切り立ち上がったのだ。中々骨のある人間もいたものだと感心する。
そんな者に、痛みを抱え続けたまま死なれるのは少々不親切だ。苦しむ時間が少なくていいように、ここでトドメを刺すのがせめてもの慈悲だろう。
そう考え、彼に近づこうとして・・・・・・
「・・・・・・は?」
と、声が出た。
彼が、また立ち上がったのだ。
血を吐きながら、指一本動かすのも辛いほどの重症のはずなのに。
「まだだ・・・・・・!!」
地に根ざしたような、力強い声。その声だけでも分かった。彼はまだ、僅かたりとも折れてないと。
自身の力を弁えない、馬鹿な人間には呆れるほど見てきた。慢心しながら、最後まで勘違いした数多の人を見てきた。
しかし、彼は違う。圧倒的な実力差を体感しながら、それでも逃げることなくこちらを見据えている。
彼は、背中に背負っていた弓矢を、片膝を付きながらも震える手で構える。
・・・・・・何なのだ、こいつは。
その時、私は初めて人間に対して『恐怖』を覚えた。
理解できない。既に彼の身は風前の灯。力を込めるでもない一払いでその命を刈り取ることが出来るだろう。
それなのに、どうしてこの大妖怪に立ち向かうことが出来るのか。
どうして・・・・・・
「その目を、私に向けることが出来るの・・・・・・!?」
思わず、取り乱して叫ぶ。
深い黒。その双眸が、真っ直ぐに私を射抜く。様々な人の目を、見てきたつもりだった。
でも、こんな目は知らない。
それでいて、彼から瞳を離せない。
理解不能。意味不明。様々な感情がごちゃ混ぜになって私を縛る。
「はぁぁぁぁ!!」
絞り出すような気迫の声を込めて、矢が放たれた。
妖怪の身からすれば、目を閉じていても躱せるような死にかけの一撃。
そのはずなのに、私は動けなかった。
その矢が私の胸を貫いても、男の瞳から目が離せなかった。
「・・・・・・っ!!」
ドガッ!!と背を預けていた岩を殴る。木端微塵に砕け、破片となったそれを顧みることなく、静かに湯に身を預ける。
心臓が早く脈打つ。傷が疼くたび、あの男を考えるたびに鼓動が暴れる。
思い出す度に、ズキン、ズキンと胸が痛む。
ふぅ、と深呼吸をするが、それでも治まることがない。
千年という、妖怪の身からしてもそこそこ長い年月が過ぎた。ましてや、人の身では到底生き続けることなど出来ない悠久の刻。
あいつは、この大妖怪であるぬえ様を封印した男は、今何処にいるのだろうか?
幾重もの輪廻を超えて、天界へを至ったか?それとも、未だに新たな生を得て、地上にとどまっているのか?
もし、まだ地上にいるのなら・・・・・・
「・・・・・・はあ、本当に『重症』ね。私」
千年前から、僅かたりとも治っていない傷跡に手を添える。
封印されてから、地底でたくさんの妖怪と出会った。村紗という悪友も出来た。
楽しいこと、辛いこと、数え切れないほど経験した。
それなのに、彼の目が忘れられない。
・・・・・・千年経っても、この胸の痛みはまだ消えない。